彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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孤独な猫達4

 花中達があの公園を訪れた理由は、昨今巷を騒がしている『猫殺し』を誘き寄せ、自分達の手で捕まえるためである。

 何故そんな事をしようと思ったのかと言えば、そんな危ない人間を野放しにしていたら気が休まらないし、猫が殺されるなんて可哀そうだし、フィアとミリオンの力を借りればなんとかなるという安心感もあったし……と、とても一言では語りきれない。

 あえて一言で纏めるなら、『猫殺し』を捕まえれば花中にもたくさんの『得』があったから。ボランティア精神がないとは言わないが、割と打算的な行動だったのは間違いない。

 ……準備も何もせずにやる事となったのは、一名が暴走した結果だが。

「だから、フィアちゃん達と、あの公園に、行ったのは、その、猫を殺すためでは、なくて……むしろ、猫を殺している、『猫殺し』を捕まえる、ためだったの、です」

 そんな内容の話を言い終えて、花中は一息とばかりに緑茶入りの湯呑みに口を付けた。

 花中が今居るのは自宅の和室。和室は一階にあり、障子を開ければ小さな庭が一望出来る。初夏を迎え、日当たりの良い場所では雑草が茂ってきたが、夜の暗闇の中で揺れる草むらというのも中々風流な光景だと花中は思う。今朝降っていた雨粒が葉の上に残っていて、部屋の明かりを受けキラキラと輝いていたのも風情を感じさせる一因かも知れない。

 そしてその光景の中にはフィアが居て、そのフィアが手から出している水に頭以外の全身を包まれプカプカと浮いている黒髪の少女――――猫少女も居た。

 公園での猫少女の言葉により、花中達と猫少女の間には ― 凡そ一名の行動の所為で ― 大きな誤解が横たわっていると判明してから、既に半刻ほど経っている。

 フィアと猫少女の『ケンカ』が終わり、すぐにでも花中は猫少女の誤解を解きたかった。が、そのケンカで大きな音を何度も立ててしまっていた。仕方なかったとはいえ、公園の周りにある家々に音は五月蝿いぐらい届いている筈。騒音に悩まされた住人達の通報を受け、警察が駆け付けてくる事態が予想された。当然警察に問い質されても、事情は説明出来ない。そもそも「ケンカです(真実)」を語っても信じてはくれまい。

 そうなっては面倒と、花中は一先ず猫少女を自宅の庭まで連れてくる事にしたのである。本当は家の中に招きたかったが、推定体重数十トンの彼女を支えられるほど、大桐家の床は頑丈ではない。仕方なく、庭と和室で応対する形を取らせてもらった。

 とはいえ猫少女は自分達を『猫殺し』だと思っていたため素直についてきてはくれず、結果的にフィアが力尽くで連行する形となってしまったのだが。猫少女的にはきっと面白くない状況だったろう。そもそも拘束している時点で友好的な態度とは言えない。

 花中としては、猫少女にはこの説明で自分達が『猫殺し』ではないと分かってもらいたいのだが……

「(難しいかなぁ……難しいだろうなぁ)」

 不信を買った状態で物証のない話をいくらしても、信じてはくれまい。花中は湯呑を口に付けたまま、視線を上げて猫少女をちらりと見る。

 ……猫少女は花中からそっぽを向いていて、なんというか、バツが悪そうだった。花中の予想に反して。

「……その……言い訳にしては、まぁまぁかな。だけど、信じてもらえると思わない方が良いよ」

 気丈な口ぶりで花中を突き放す猫少女。けれども花中には、その話し方が公園で出会った時よりも僅かながらぎこちなく感じられた。

 花中の話を聞いて、どうやら結構心が揺れているらしい。同時に気丈な強がりを言えるあたり、言葉通り花中達の事はまだ信用していないだろう。その可能性もあったと、後から重要な事に気付いた居心地の悪さに悶えている程度か。

 しかし僅かでも不信感が薄れたのならそれで十分。これならもっと距離を詰めても大丈夫、な筈。

「……フィアちゃん。その子を、放してあげて」

「えっ!? でもコイツは……」

「やっぱ、話を聞いて、もらうのに、縛り付けるのは、失礼だから……ね?」

 花中のお願いに、フィアは噤んだ口を不服そうに歪める。目付きだってあからさまに不機嫌で、無言で異議を訴えていた。

 けれども花中は言った事を撤回せず、じっとフィアの目と向き合い……やがてフィアが肩を落として項垂れる。

「花中さんがそう言うなら仕方ありません。良いですか? もし花中さんに傷一つでも付けようものなら今度こそその首を捩じ切ってやりますからね」

 それからしっかりと釘を刺した上で、フィアはようやく猫少女を解放した。猫少女を包む水はあっという間にフィアの『身体』に戻り、猫少女は鉛でも落としたかのような鈍い音を鳴らして地面に着く。かくして自由を取り戻した猫少女は、ぱたぱたと身体の汚れを落とすように叩いた後、ふんっ、と小さく鼻を鳴らした。

 フィアは猫少女の態度を見て今にも殴りかかりそうなぐらいムスッとしていたが、無言で猫少女の脇を通り過ぎ、花中の隣まで移動して胡坐を掻く。眼差しはしっかりと猫少女を捉え、未だ敵意で満ちている。フィアの仕草に、お願いした花中はちょっぴり苦笑い。

 と、花中としては猫少女を笑った訳ではないのだが、猫少女はそう思ってくれなかったのか。猫少女は目元と口元を強張らせ、わざとらしくそっぽを向くや横目で花中を睨みつける。

「随分と余裕じゃない。でもね、解放したぐらいで心を許すと思ったら大間違」

「はなちゃーん。さっきネットで調べたら、『猫殺し』の容疑者がお昼頃逮捕されたって記事あったわよー」

 そして敵意を見せ付けようとしていたが、和室に入ってきたミリオンの報告に遮られた途端、開いた口から出てくるのは掠れた息遣いだけになった。

「あ、ミリオンさん。調べてくれて、ありがとう、ございます」

「このぐらい大した事じゃないわよ」

 花中がお礼を伝えると、ミリオンは手をひらひらと仰ぎながら答える。目覚まし時計すら止められない機械音痴のフィアと違いミリオンはパソコンを普通に扱えるので、リビングにて調べ物をしてもらっていた。頼んだ内容と結果は、今し方ミリオンが話した通り。

「でも良かったわねぇ。丁度良いタイミングで犯人逮捕されて」

「まだ、犯人じゃなくて、容疑者ですよ……でも、本当に犯人なら、わたしも、そう思います」

 ミリオンを窘めつつも、花中は笑みを浮かる。逮捕に踏み切った以上、警察としては容疑者の有罪を立証出来るだけの証拠や証言を掴んでいる筈。日本の警察官の大半は真面目で誠実だと信じている花中としては、恐らくこれで事件は解決したと思えた。

 さて。ご近所の平和が多分戻ったところで、今度は自分達の身に降りかかった騒動の解決だ。

「おやおやぁ? 犯人逮捕だそうですけどぉー?」

 ミリオンと花中の話が終わるのを見計らっていたのか、フィアがそれはもう嫌味ったらしい言い回しで猫少女を問い詰め始める。フィアは花中の傍から動いていないが、猫少女は苦い物でも食べたかのような顰め面になりながら後退り。かなり逃げたそうにしている。無理もない。自身の意見の正当性は、先のミリオンの一言で無残にも崩れ去ってしまったのだ。

 とはいうものの、猫少女が勘違いしてしまった理由は『花中達』の側にある訳で。

「フィアちゃん。調子に乗り過ぎ」

 ぺちんっとフィアの頭にチョップ一発。物理的ダメージはゼロでも、怒られたという事実だけでフィアは不貞腐れたように唇を尖らせる。

「えと……こ、これで、わたし達が、『猫殺し』じゃないって、納得して、もらえ、ましたでしょう、か……?」

「……分かったというか……うん……ごめんなさい」

 それから花中は改めて尋ね、猫少女は目を逸らしつつも頷き、謝ってくれた。

 実のところ捕まった人が冤罪だったとか、模倣犯で真犯人は野放しだとかは否定出来ていないのだが……猫少女は気付いてないようなので、花中は触らないでおいた。なんとブラックな思考。フィアやミリオンのような自己中心的発想だ。友人達の色に自分が染まっているような気がして、それが意外と嬉しくて、ついニヘッと笑ってしまう。

 尤もすぐに自分の顔がだらしなくなっていると気付き、花中は慌てて頬を捏ねくりまわして硬さを戻そうとしたが。こんなものかな? 大丈夫かな? ……鏡が近くにないので確かめられないが、わざわざ鏡のある洗面台まで行くのも難なので不安は心の奥底に押し込んでおく。

 ともあれ一件落着。なんか微妙な距離感が横たわってしまったが、『猫殺し』の疑惑は晴れた。これでもうケンカは起こらない。容疑者が逮捕されたので猫少女及び野良猫達、そして花中も一応は安心した日々を過ごせる。めでたしめでたし――――

 と、そこでふと花中は疑問を抱く。

「あ、あの。そう言えば、あなたは、これから、ど、どうする、つもりです、か?」

「? どうするって?」

「いえ、あの、『猫殺し』を、や、やっつけるのが、目的だったの、ですよね?」

 その『猫殺し』が逮捕されたのだから、明日から暇になるのでは?

 花中としてはそんなごく普通の、連想ゲーム的に浮かんだ些細な疑問をぶつけたつもりだったのだが――――ほんの一瞬、猫少女の口元が出かかった言葉を飲み込むように空回りしたのが見えてしまった。

 何かを言おうとして、止めた……その止めた言葉がなんなのか、気にならないと言えば嘘になる。けれども悪巧みならばいざ知らず、負い目や隠したい事情を暴くような真似は、花中としてはやりたくない。そして超能力者ではない花中に、猫少女の言い淀みの理由など分からない。

 考えた末、花中は訊かない事にした。

 確証なんてないが今の言い淀みに『悪いもの』は感じられなかったし……何より今の猫少女は押し黙っているのではなく、何かを言おうとして考えているように見える。

 だったら話してくれるまで待とう。二週間前の自分がしてもらったように。

 それが、花中の答えだった。

「……………あの、実」

「は、はいっ!」

 しかしながらいざ話してくれるとなると嬉しくて、身を乗り出すほどに食いついてしまったが。しかもまだ声が『言葉』ではなく『音』の段階にも拘わらず。

 みっともない反応の仕方に、花中の顔は茹でダコのような赤さに。フィアがあやすようにその豊満な胸に顔を埋めさせてくれなければ、熱暴走する感情のまま夜の町に駆け出していた事だろう。

「おーよしよし恥ずかしかったですねー……何か言おうとしていたのなら聞きますよ。花中さんに聞こえているかは分かりませんので我々がと言っておきますが」

 行動不能に陥った花中に代わり、フィアが猫少女に話の続きを促す。結果的に出だしを挫かれてしまった猫少女は、先とはちょっと違った沈黙を挟み、ややあってから再度口を開いた。

「実は、あたし、ちょっと観光に来ただけなの」

「観光ですか?」

「うん。産まれも育ちもこの町の辺りだけど、ペットだった訳じゃないから、人間と関わった事ってあまりなくて。最近、人間ってどんな生き物なのかなーって興味を持ったから、ちょっと見てみようと思ったの」

「そして偶然にも『猫殺し』の話を聞いたのでものはついでと退治に乗り出したと?」

 フィアの確認に、そんな感じ、と言って猫少女は肯定。

 相変わらず顔を埋めたままだが、ちゃんと話を聞いていた花中は少し思索に耽る。

 人間がどんな生き物か知りたい……つまるところ、人間観察が猫少女のしたい事らしい。人間並みの知能を持っている存在が、自分以外の生き物に興味を持つというのはおかしな話ではないだろう。またそれが事実だとすると『猫殺し』討伐は単なる気まぐれという事になるが、猫少女の実力を鑑みれば人間がいくら凶器で武装しようと、ハエ退治ぐらいの気軽さで文字通り叩き潰せる。その割には花中達を糾弾する言葉には必死さが溢れていたが……いくら経緯は軽くとも、同族が殺されている事実は変わらない。実際に『犯人』と顔を合わせたら怒りを抑えられなくなった、といったところか。

 成程、そういう事だったのか。

「成程そういう事だったのですか」

 そんな花中の気持ちを代弁するように、フィアは花中の抱いた感想と同じ言葉で答える。ミリオンは特に何も言わなかったが、疑念の言葉や表情もないので、それなりには納得したのだろう。

「つー訳で明日からまた色々見て回ろうかなって考えてるんだけど……ねぇ、人間」

「ふ、ふぁい?」

 名前 ― ではないが、この場に人間は自分しか居ないので ― を呼ばれ、花中はフィアの胸元から少しだけ顔を上げて猫少女を見る。

「今更図々しいとは思うけど、ちょっと人間の町を案内してほしいの」

 そして猫少女の頼み事に少し驚いて、視線はそのまま、頭だけ再びフィアの胸元に埋めてしまった。

「あ、案内……です、か?」

「うん。さっきも言ったけど、あたし野良だったから人間社会って詳しくないの。だから町を案内してくれると助かるんだけど、駄目かな?」

「えっと……」

「私は反対です。こんな早とちり傍に置いとくだけで危険です。その怪力が何時暴発するとも限りませんし」

「さかなちゃんに同じー。私が言えた事じゃないけど、あまり誰彼構わず付き合うのもどうかと思うわ」

 花中はチラッと見ただけだが、訊いてもいないのにフィアもミリオンも猫少女に反発する。二人の言い分は尤も。しかしミリオンが自覚しているように、それを言い出したらフィア達とも一緒に居られない。早とちり云々に関しては特に。

 それに自分達の意見を言うという事は、花中も自分の意見を言って良いという訳で。

「……わたしは、わたしで、良ければ、案内、してあげたいのだけ、ど……」

「はい知ってました」

「まぁ、頼まれてるのははなちゃんだし、好きにしたら?」

 試しに言ってみれば、二人とも無頓着なぐらいあっさりと認めてくれた。ワガママを言っちゃったかなと花中は不安になったが、二人とも呆れたようにではあっても微笑んでいたので、気分はすぐに晴れる。

「えっと、二人から、OKが、で、出たので……ど、んな場所に、行きたい、ですか?」

 許しが出たので花中が了承すると、猫少女はしばし黙考。かなり真剣な眼差しで、何か、深く思考に耽っている様子を見せる。

「……出来れば、人間がたくさん居る場所が良いな。色んな人間を見てみたいから」

「た、たくさん人が居る場所、ですね」

 ややあって出されたリクエストを承り、要望に添った場所は何処だと花中は意気揚々と考えた。

 が、すぐに表情の雲行きが怪しくなってしまった。

 人が集まる場所の心当たりならいくらでもある。遊園地、水族館、映画館、スーパーマーケット……しかし明日も学校なので、案内は放課後になってしまう。遊園地や水族館は最寄りの場所でもそこそこ距離があり、放課後急いで向かっても到着時刻は恐らく七時か八時。閉園・閉館時間が八時か九時頃だとすれば、案内出来るのは精々一時間、最悪到着時には門が閉められている。映画館は学校から一時間も掛からずに行けるが、人が集まる場所と言うのは上映されているホールであり、基本みんな黙って映画を見ているだけ。観察する面白さなんてきっとない。消去法で残ったスーパーマーケットも味気ないし、生活感丸出しなところが見られると思うと些か恥ずかしい。

 では、学校はどうだろう。年齢が偏っている以外は、かなり色んな人間が集まっていると思う。休み時間では各々自由に行動しているから、観察していて結構面白みがあるかも知れない。それに花中が朝から向かう場所なので時間はたっぷりあるし、入学してからもう二ヶ月も経つので案内だって出来る。

 しかし学校は娯楽施設ではなく、基本的に部外者は立ち入り禁止だ。猫少女は猫なので正確には『部外者』ではないが、だからと言って彼女が人間ではないと証明する訳にもいかない。何より猫少女を教室に連れていくと、自分が怒られてしまいそうだ……晴海に。

「うーん。ちょっと、思い付かない、ですね……」

 中々丁度良い場所が浮かばず、花中は降参を伝えた

「じゃあ『あそこ』はどうですか? あそこなら明日の朝から色んな人が集まると思うのですけど」

 ところ、フィアが無邪気に言った言葉に、花中の全身がピシリと凍る。

「……ド、ドコノコトカナー?」

「ふっふっふーそれはですね今日私が大活躍したあのこ」

「はぅんっ!」

 そしてフィアの話半ばで、花中は短い悲鳴と共に倒れ付した。花中の反応にフィアは目をパチクリさせながら戸惑い、猫少女はキョトンと首を傾げ、ミリオンだけが同調するように己の顔に手を当てる。

「……やっぱり、見に行かないと、駄目、ですか……?」

「私としては、どっちでも良いんだけどねー。見に行って何かが変わる訳じゃないでしょうし……でも、はなちゃん的には見に行かないと駄目じゃない? 多分見に行かないと、一週間ぐらい延々と悶えて時間を無駄にするんじゃないかしら」

 ミリオンにすがるように訊いてみたが、ミリオンの答えはフィア寄り。しかも花中の性格をよく分かった、ぐうの音も出ない正論。

 項垂れ、突っ伏し、意気消沈する事約十秒。

「えっと、あの、無理にとは言わないから……」

 ついには猫少女に遠慮の言葉を出させてしまい、花中はようやく覚悟を決めた。突っ伏していた顔を上げて、引き攣りながらも笑顔を浮かべる。

 そして、

「……大丈夫です。明日、人が集まる、場所に、案内します……ミリオンさんが、言うように、見て、何がどうなる訳では、ありませんから……それに、わたしも、見に行きたいので……」

 精根枯れ果てた声で言って、一体どれだけ信憑性があるのだろうか。

 恐らく全くないと思いながら、花中は乾いた笑いを絞り出したのだった。

 

 

 

 今朝の空は、何処までも続く青空だった。

 天気は快晴、青空を隠すような雲は欠片一つも見当たらない。梅雨入りを迎えてからしばらく姿を見せていなかった太陽は、今までため込んでいたパワーを放出しているかのようにギラギラと輝いていた。けれども連日の雨で冷やされた空気が風となって肌を撫でるお陰で、暑さは左程感じない。久方ぶりの晴れ間に鳥達も嬉しいのか、囀りもよく聞えてくる。陽光を浴びて緑に輝く草木の眩しさも懐かしい。

 なんと爽やかで、清々しい朝なのだろう。

「ど、ど、どうしよう、これぇ……!?」

 その爽やかさと清々しさの中で、花中は顔面蒼白になりながら全身をガクガクと震わせていた。

「どうしようと言われましてもどうにもならないのでは?」

「どうにもならないし、どうにかしようとしても多分悪化するだけよ?」

 傍には花中と同じく帆風高校の夏服である半袖ブラウスを着たフィアとミリオンも居たが、どちらも殆ど関心なしの様子。心底どうでもいいらしく、何かしようとする意志すら感じられない。

「あ、あたしは悪くないからな! 大体コイツのせいなんだから!」

 唯一花中と同じく動揺していたのは、花中達から少し離れた位置でフィアを指差しながら憤る黒髪少女……人の姿でいる『猫少女』だけ。その猫少女も、花中が貸し与えた花柄のワンピースの裾がふわっふわ舞うほど身体を揺れ動かしながらフィアを責めるばかりで、見事な解決案を出してくれそうにはない。

 結局花中にはどうすれば良いのか分からず、自分達から少し離れた位置で数十人もの老若男女がざわめきながら見つめている――――昨晩フィアと猫少女が戦った公園を、ただただ眺める事しか出来なかった。

「あわ、わわわわわわわわわわわわわわ」

「花中さん気持ちは分からなくもないですけどその露骨過ぎるほどに不審な態度は自分達がやりましたと申告しているようなものではありませんか? それとも申し出るおつもりなんですか? 私は別にそれでも構いませんけど」

「申し出たところで誰も信じないけどね。私達が実践しない限り」

 狼狽える花中を落ち着かせようとしてか、フィアとミリオンが宥めてくる。フィアに至ってはあやすように背中から抱きしめ頭を撫でてくれるが、花中からしたら二人の緊張感のなさが際立って感じるだけ。不安は全く拭えない。

 この騒動の理由は分かっている。公園に突如現れた、戦場のような痕跡だ。

 昨晩繰り広げられたフィアと猫少女の争いは、公園にとんでもない規模の傷跡を残していた。何しろ数十トンはある水と肉体が激突し、殴り合い、暴れまわったのだ。周囲はさながら空爆でも受けたのかのような有り様。「こんなのが見付かったら大騒ぎになる、というか公園なんだから明日には誰かに見付かって騒動になるに決まってる」と危機感を覚えた花中は、フィアとミリオンに頼んで修復を試みたのだが……彼方まで吹っ飛んだのか土の量が全然足りないわ、壊れた水飲み場はどうにもならないわ、切り倒した木々と消し飛んだ芝生もどうにもならないわ……やってはみたがやりきれず。空爆地帯が爆発現場にランクダウンした程度にしか誤魔化せなかった。

 当然そんな酷い地形の変化に公園利用者が誰も気付かない展開は期待出来ず、昨日の花中は全力で現実逃避して考えないようにしていたがそれもフィアに突き付けられてしまった。そして何時もの通学時間より早めに家を出て公園に寄り道してみれば、予想通り大騒動。こんな朝早い時間帯に数十人も集まったとなれば、騒ぎの規模は察して知るべし。

 もしかしたら、これがきっかけでフィア達の事が世間に……

「はわわわわわわわわわわわわわわわわ」

「うーん此処からだと良く見えませんね。どれぐらいの騒ぎになっているのでしょうか」

「ちょっと待ってー。さっきいくらか飛ばしたからもうちょっとで見える……あ、警察が何十人も来てる。まぁ、爆弾でも使われたんじゃないかって状況だし、そりゃそうでしょうけど」

「ほびゃあ!?」

 国家権力が出てきたと分かり、いよいよ花中の不安は頂点に。近くに知り合い以外居ないのを良い事に、悲鳴とも奇声とも付かない声を上げながら花中は涙を浮かべる。

「あ、大桐さんとフィアちゃん、あとミリきちだー」

「ぴぃっ!?」

 挙句名前を呼ばれたので酷くビックリし、驚きのあまり撫でるフィアの手から逃げ出すように飛び跳ね、その勢いのまま無様に顔面からすっ転んでしまった。

 尤も、顔を上げて振り返った先に居たのがクラスメートの小田加奈子と分かった途端、半べそを掻くほど取り乱していた心はいくらか落ち着いたのだが。慌てて立ち上がり、恥ずかしいところを見られて赤くなった顔をぺこぺこ下げながら挨拶をする。

「あ、お、お、お、お、小田、さん……お、おはよう、ございます……」

「おはよう、おだちゃん」

「おはようございます小田さん」

「おっはー。なんか大桐さん、何時もに増して忙しない割に元気ないねー」

「はうっ」

 つまり何時も忙しない割に元気がないって思われていたんだ……自分の小物っぷりと根暗さを突き付けられ、精神ダメージを負った花中は大袈裟に仰け反る。とはいえ普段通りに話し掛けてくれたお陰からか、先程までのどんよりとした気持ちがいくらか失せていた。人懐っこい加奈子の笑顔も見ていると心が落ち着く。気が付けば顔の熱さは引き、身体の震えも止まっていた。

 これなら先程よりは幾分マシな応答が出来るだろう。

「というかこの人だかりは何? なんかお祭りでもやってるの?」

「あ、えと……」

「なんか警察沙汰になっているみたいですよ」

 それでもいざ尋ねられると言い淀んでしまう花中だったが、すかさずフィアがフォローを入れてくれた。フィアの話で納得したのか、それともあまり興味がなかったのか。加奈子の返事は「ふーん」の一言だけであまりに素っ気ない。

「それはそうと、その子は誰?」

 或いは、見知らぬ『黒猫』の方に興味があったのだろうか。

「……っ」

 加奈子の意識が向いた途端、猫娘は何歩か後退りして花中達から更に離れる。決して敵対的な様子ではないのだが、初めて会った親戚の馴れ馴れしい態度を警戒する幼子のような、微妙な心の距離を感じさせた。

 が、加奈子はそんな警戒心などなんのその。雰囲気の壁を容易に踏み越え、ズカズカと猫少女に歩み寄る。人がたくさん集まったこの場で身体能力を振るうのは不味いと思ったのか、あまりにも唐突な近付き方に反応が遅れたのか、猫少女は逃げずに立ち止ったまま。あっという間に加奈子との距離は手を伸ばせば触れるほど縮まった。

 すると何を思ったのだろう。加奈子は一瞬顰め面を浮かべるや、ずいっと乗り出すように顔を猫少女の方へと突き出した。まるでキスでもするかのような動きに驚いたのか、猫少女は身体を仰け反らせたが加奈子はお構いなし。その姿勢のまますんすんと鼻を鳴らし、

「ん? この子、人間じゃないの?」

 そしてさらっと呟いたこの言葉に、花中も仰け反るほど驚いた。

「な、な、なな、な、な」

「すんすんすん。あ、やっぱり人間じゃない」

 パクパクと花中が言葉未満の音を出している間に、加奈子は猫少女に更に接近。猫少女は混乱した表情を浮かべるだけで動かず、加奈子が自分の髪に顔を埋めるのを許してしまう。

 猫少女を捕らえた加奈子は執拗に、深呼吸するように髪の臭いを吸い込んでいる。傍から見れば奇異な行動だが、今の花中には真実を追求する名探偵のように見え、

「これは、猫、かな」

 見事その正体を当てたので、花中は決断を下した。

「と、とととととととととりあえず適当な路地裏にれんこーうっ!」

「さーいえっさー」

「あいあいさー」

「へ?」

 花中の号令を受け、フィアが花中を、ミリオンがキョトンとした加奈子を素早く持ち上げる。そして人間を抱えた二匹はやや人間離れした速さでダッシュ! 後を追ってきた猫少女と共に、手近な脇道へと入り込んだ。特に場所は指示していなかったので、フィアとミリオンは小道の奥へ奥へと自由に突き進む。

 駆ける事約一分。ひょっこり現れた突き当りで花中達は降ろされた。周りは家に囲まれ、道は途切れている。辺りを素早く見渡しても人の姿はなく、しばらく第三者は現れないと期待出来た。

 此処なら、幾分マシな内緒話が出来るだろう。

「ほへー……あれ? 私、拉致られたの?」

「な、なん、なんで小田さん、猫さんの正体を……!?」

 フィアに下ろしてもらった花中は自分が走った訳ではないのにバクバクしている心臓を抑えながら、ミリオンから解放されても未だ能天気さを振りまく加奈子を問い詰める。

 最初、何を問われているのか分からなかったのか加奈子は首を傾げていたが、ややあってからポンっと手を叩く。

「だって臭いが人間じゃなかったし」

 それから平然と、そっちも分かってるんでしょ? と言わんばかりに答えてみせた。

 そんな馬鹿な――――と一瞬否定しようと思う花中だが、寸前で思い留まる。視線を加奈子から逸らし、自分達と一緒に此処まで来た猫少女の方へと歩み寄って……身動ぎする猫少女に一言断りを入れてから、彼女の麗しい黒髪に顔を埋めてみる。

 臭くはない。

 臭くはないのだが……確かにこれは、獣っぽい臭いだった。

「た、確かに、人間ぽくない、臭いですけど……でも、だから人間じゃないって」

「私ね、鼻には自信があるの。ほら、私なんか犬っぽいってみんなから言われてるでしょ? だからじゃないかなー」

「いや、それは、雰囲気の話……そ、それに、臭いだけじゃ……」

「うん。流石に臭いだけじゃ断言なんて出来ないけど」

 そう言うと加奈子はフィアの方へと振り返る。何ですか? と訊きたげに首を傾げるフィア。

「フィアちゃんは人間じゃないみたいだから、知り合いも人間じゃないんじゃないかなーって思って」

 そのフィアがこの事態の元凶だったので、花中は何もないその場ですっ転ぶほどに動揺した。もたもたと立ち上がるや花中としては素早い身のこなしで、バツの悪そうな苦笑いを浮かべるフィアの下へと詰め寄る。

「ふぃ、ふぃ、フィアちゃーん!? なんでばれてんの!? 気を付けてって言ってたのにぃーっ!」

「いやはや一応気を付けていたんですけどねぇ。勿論正体を明かしたりもしていませんからどうしてばれたのやら」

「フィアちゃん、大桐さんが近くに居ない時は結構もろに不思議な力使ってたよ? 手から水をばしゃばしゃ出したり、床に落ちたペンを拾うのに腕をびよーんと伸ばしたり、グラウンドから校舎の三階までぴょんってジャンプしたり」

「え? でもそれをした後ちゃんと手品だって言いましたよね?」

「フィアちゃああああああああん!?」

 行動も言動も何一つ気を付けていないのならばれて当然。最早追求するのも馬鹿馬鹿しいぐらい隠せておらず、この調子だと一体何人のクラスメートにバレているのやら。失意のあまり、花中はその場で膝を付いてしまった。

「うう……まさかバレバレだったなんて……」

「まぁまぁ花中さん落ち着いて。ばれてしまったものは仕方ないですしばれたところでそう困る事もないでしょう。別に悪い事はしていないのですから少なくとも私は」

「してなくてもだよ! に、人間は、怖いんだよっ!」

「いやいやそんなに怖くないでしょうたかが人間如きにどう思われようと。ミリオンもそう思いません?」

「なんか一緒にされるのは癪だけど……私達からしたら確かに人間如きだし、思わなくもないわね。さかなちゃんの言うように、あまり気にしなくて良いんじゃない?」

「むぅーっ! そ、そういう話じゃ、ないのにぃー!」

 反省する気のないフィアと、左程気にしていないミリオン。花中は二人の態度にすっかりご立腹で、頬をぷっくりと膨らませる。

「てな訳でよろしくねー。あ、私は小田加奈子って言うよー」

「……よろしく」

 そんな花中を尻目に、加奈子はちゃっかり猫少女の傍に寄り、握手を求めて手を伸ばしていた。猫少女はややあってから右手を伸ばし、きゅっとその手を掴む。

 途端加奈子は空いていたもう片方の手でガッチリと猫少女の右手を捕まえ、

「それで? もしかしなくても最近噂の町に現れる都市伝説の正体だったりしちゃうの?」

 目をキラキラ輝かせながら、何やら問い掛けた。猫少女は質問の意味が分からなかったのか眉を顰める。

 そして花中は、一瞬心臓が止まった。絶対止まった。間違いなく。

「……あの、小田さん……? 都市伝説って……?」

「ん? 口裂け女みたいな、怪談話?」

「いや、そうじゃ、なくて……その、噂って……」

「ああ、そっち? なんかね、最近色々あるの。商店街の上空に浮かぶ喪服姿の女の子とか、道路を割りながら歩く超ヘビー級少女とか、川に現れる妖精とか、高速道路で車と並んで走る妖怪金髪女とか、泥落山のダムに出現する山男とか」

「なんかものすごく広まってるぅぅぅぅぅ?!」

 隠し切れているとは思っていなかったが、まさかここまで噂が広まっているとは……

 予想外に混沌とした現状に耐え切れず、膝を付いていた花中は肘も付いてもう一段項垂れる。対してフィアとミリオンはあまり気にしていないようで、ほんわかと、噂の意味するところを淡々と受け止めたようだった。

「あー、私物を買いに行った時のやつ、見られてたのか……近くに人が居なかったからって、空飛ぶのは不味かったかしらね」

「不味いって、レベル、じゃないですよ、ミリオンさん……フィアちゃんも、何してるの……」

「うーん多分ですけど花中さんがミリオンに攫われた時の話ですかね。一般道だとごちゃごちゃしてるんで高速走っちゃいました。しかし妖精とか山男は流石に心当たりがないですよ? 確かに私は元々泥落山の池で暮らしていましたけど花中さんと出会ってからは戻っていませんし。というかあの山ダムがあったんですね」

「うん。町の中心を流れてる川の水系のやつがあるよ。ちなみに山男を見たのは私ね。梅雨入りして貯水量が限界まで増えたからダム穴が見られるって話を聞いて、先週の日曜日に見に行ったの。んで、その時山男を見た。ただの大男っぽかったけど、あれは山男だね!」

「それはただの大男でしょあなたと同じくダムを見に行った。というかダム穴ってなんですか」

「えっとねー、ダム穴ってのはダムとかの水を貯める施設にある排水機構で、溜まり過ぎた水をこうドバーッと出すための……」

 気が付けば、他愛無い話で盛り上がるフィアと加奈子。

 相変わらず仲が良くて、花中はムッと頬を膨らませる。

「とっ、とっ、兎に角小田さんっ! その、この事は秘密に……して、おいて、くれませんか……?」

 その勢いのまま花中は加奈子に呼び掛けるも、振り向いた加奈子の無垢な瞳を見ていると話に割り込んでしまった事の申し訳なさと羞恥が込み上がり、言葉が尻すぼみになってしまった。急に萎んだ花中の態度が不思議なのか加奈子はニコニコしつつもキョトンとなっていたが、やがて指でOKサインを作り「良いよー」と気軽に答えてくれた。

 加奈子の返答に花中は安堵の息を吐く。今更全く意味がないような気はするが、どうにか一人分の口止めは出来た。それにフィア達の正体を知っても加奈子に恐れる様子はなく、今まで通りの親しさで接してくれている。恐れていた事態は杞憂で済んだ。

 これにて一難は去った。

 ……なのにまた一難やってきそうに感じるのは、加奈子の笑みが何時も通りおっとりぽわんぽわんしていて――――フィアと良く似た、子供っぽい傍若無人な自由さを滲ませているからだろうか?

「えっと、あの、じゃ、じゃあ、そろそろ学校に……」

 予感とも悪寒とも付かない嫌な感覚に、この場から立ち去ろうとした花中。

「あ、そうはいかんのじゃー」

 しかしそんな花中の肩を、誰かがガシッと掴んだ。突然の事に花中は驚き、怯えながら振り向けば、そこには加奈子の意地悪な笑みが。

 まだ何も言われていないのに、花中は自分の嫌な感覚が的中してしまった事を察した。

「んっふっふー。颯爽と正体暴いたのに、じゃあこのまま日常に戻りましょうなんて言われて、はいそうですねーって答えると思う?」

「……ダメ、ですか?」

「ダメ♪」

 キッパリと、清々しく加奈子は断言した。よもやここまできてそんな事を言われるとは――――想定していなかった状況に花中は戸惑いの色を隠せない。目にはちょっと涙が浮かんできてしまう。

「じゃ、じゃあ、どうすれば……」

「そんな難しい事じゃないよ。ちょっとみんなで遊んで、そんで色々話を聞いてみたいってだけだからさ。ほら、こういうファンタジーな世界があったって分かったら、色々知りたくならない?」

「あ、ああ……そういう、事、ですか……」

 思っていたよりも大した要求ではなく、花中は再び安堵。それからフィアとミリオン、猫少女を見遣る。猫少女は視線を逸らすだけで是非を語らず、ミリオンはお好きにどうぞとばかりに片手を花中の方に向け、フィアは「私は構いませんよ花中さんが良ければ」と言葉で返事をしてくれた。

 猫少女だけはOKとは言い難いが、反対という訳でもない様子。何分彼女と加奈子は初対面。一緒に遊ぼうとか話を聞かせてとか、いきなり言われても戸惑うのが普通だ。誰かがハッキリと方針を告げれば、じゃあそれで、となるだろう。

 花中の答え次第で、これからどうなるかが決まる。なら自由にやらせてもらおうと、花中は自分の意思を加奈子に告げた。

「えっと……それで、良いのなら……みんなで遊ぶの、は、わたしも、したい、です、し」

「よーし! それじゃあ場所は、喫茶店とかファミレスじゃ流石に色々言われそうだから……ゲーセンで良いかな? 話をするにはちょっと騒がしいけど、ま、遊びながらのんびりとねー」

「げーせん? あ、ゲームセンター、ですか? えと、わたし、行った事、ないですけど……」

「あ、そうなの? まぁ、私がエスコートするから大丈夫。そんじゃあ早速行こうか!」

「は、はいっ!」

 肯定の返事をすると、加奈子はノリノリでそう促してくる。つられて返事をしてしまう花中だったが、特に後悔はない。むしろこうして遊びに誘われたという事実が嬉しくて、頬の筋肉が弛んでしまう。

 ……と、このまま正気を失っていれば楽なものを、酔っていても案外聡明さを保っていた花中の脳はふと違和感を覚える。

 ――――今、加奈子は早速と言っていたような?

 早速って、『何時』?

「……あの……今、早速って、言いました、か?」

「? うん、言ったよ?」

「えっと、今日は、学校が……」

「サボれば良いじゃん」

 サボる!

 思いもしなかった一手に花中は目を丸くする。無論その手があったか! などと納得なんてしない。

 だって学校をサボるなんて……そんな不良みたいな事、やってはいけないのだから!

「だ、ダメです! そんな、学校をサボる、なんて……も、もうすぐ、期末テストも、ありますし、ちゃんと、学校には行かないと……」

「良いじゃん別に。一回ぐらい休んでも留年にはならないって。それに期末って確か七月の頭ぐらいでしょ? ノートは晴ちゃんに見せてもらえば良いし、それにどうせ早めにやっても頭から抜けるんだから七月になってからやれば大丈夫だよー」

 説得しようと試みるも、加奈子は聞き入れてくれない。みんなからも何か言ってほしいと花中は友人達に目で訴えてみるが、猫少女は目を逸らして戸惑い、ミリオンは肩を竦めて放任し、フィアは微笑みながら「よく分かりませんけど別に良いんじゃないですか?」と言うだけ。野生動物達に勉学の大切さを理解してもらう事は難しそうだった。

 いや、フィア達はそれで良いだろう。人間ではないのだから、無理に人間流のやり方を理解する必要はないし、実践する義務もない。しかし加奈子は人間だ。具体的に言うなら日本人の一般進学校に通う女子高生だ。ちゃんと勉強して、社会で生きていける大人にならなくてはならない。

 放任するのは簡単だ。だが、花中はその選択肢を選ばない。むしろ止めねばならないと意志を固める。

 だって自分は加奈子の友達なのだから。

 友達が間違った道に進もうとしているのなら、ちゃんと止めるのが本当の友達だ!

「ダメったら、ダメ、なんですっ! 遊ぶのは、やる事をやってから――――」

「ちなみにもしこれを断ったら、今日の話クラスのみんなにばら撒いちゃうんでよろしく」

「ぴぃっ!?」

 等と花中は勇ましく説得を試みようとしたが、加奈子が悪びれる様子もなく脅してきたので言い切る前に固まってしまった。

 これがネットに話や動画を上げるとかなら「超能力染みた力を持つ人間っぽいけど実は人間じゃない生き物の話なんて、誰が信じるものか」と、心臓バクバク全身ブルブル声ガクガクになりながらも言ってやれただろう。だがクラスメートとなれば話は違う。彼等彼女等はその気になればフィアに話し掛け、加奈子の話が本当なのか確かめられる。それに加奈子のように、フィア達が人間じゃないと気付いた者が何人か居るかも知れない。その人達の確信を深めたとなれば、事が大きくなるのは避けられない。事が大きくなれば、最終的に何処までフィア達の事が知れ渡るか……

 正義を示すべきか、脅しに屈するか、それとも第三の案はないのか。恐るべき強敵であったミリオンや猫少女すらも打倒した自らの頭脳を花中はフル回転させ――――

「そいじゃ、しゅっぱーつ♪」

「……しゅっぱーつ……」

 元気よく腕を上げながら言う加奈子の掛け声に、花中は萎んだ声でオウム返しするのだった。




おっとりぽわぽわだけど、やる事結構やんちゃ系。
はい、私の趣味です。

次回は8/2投降予定です。

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