彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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適応者4

 村があった地点から凡そ二キロほど離れた位置に、人間達の住処……住宅がずらりと並んでいた。

 住宅といっても、屋根と壁とドアがあるだけの代物。窓はないし、金属製の壁では耐寒・耐熱性に難があるのは明らか。平らな屋根では雪が落ちず、大雪に見舞われた場合潰れてしまう恐れがある。ドアもよく見れば微妙に隙間が空いているので、秋の冷たい外気が進入し放題。コンテナを改造したとしか思えない粗末さは、一時的な避難ならまだしも、数日~数週間以上の生活にはどう考えても向かないだろう。

 それもその筈。此処に並ぶのはあくまで仮設の住宅なのだから。

 この『住宅地』に暮らすのは、巨大昆虫に襲われた村の人々である。彼等の故郷は虫により徹底的に破壊された。自宅は瓦礫の山と化しており住めたものではなく、しかも何時また巨大昆虫に襲われるか分からない。雨風が凌げて、巨大昆虫の生息域から離れたこのコンテナの方が、今や故郷よりも遙かにマシなのだ。仮設の住宅地の中を歩く人々の顔は暗いものだったが、不満の言葉が聞こえないのはそれが理由であろう。

 ……『巣』を持たないフィアからすれば棲めない場所から離れるのは当然であり、何故人間達が暗い顔をしているのか理解出来なかった。興味もないので理由を尋ねようとも思わないが。

「どうぞ、こちらが、私達の家です」

 コンテナで出来たそんな住宅地の中をフィアが歩いていると、フィアの前を歩いていた白髭の男性 ― リ・ハオユーという名らしい ― は拙い言葉遣いの日本語でそう言いながら一件の仮設住宅を指差した。フィアが見る限り、他の家と大した違いのない仮設住宅(コンテナ小屋)だ。

「○▽△▽!」

 フィアがハオユーの家を認識するのと同じくして、ハオユーの孫である少女……こちらはシィンイーという名前だそうだ……が喜びに満ちた声を上げ、フィアとハオユーを差し置いて一番に家の中へと入る。ハオユーは娘の言動を見て呆れたように首を左右に振ったが、礼節なんて左程興味がないフィアは特段思う事もなし。何も言わず、シィンイーの後に続いてコンテナ小屋に足を踏み入れる。

 小屋の中もまた、外見通り殆どコンテナ同然だった。床には敷物なんてなく、布団が二つあるだけ。テレビも見当たらず、代わりとばかりにラジオが置かれていた。壁にあるのはカレンダーと時計。花中の部屋と比べて面積はこちらの方がずっと広いとはいえ、かなり殺風景なものだとフィアは思った。

 フィアが小屋の中を眺めている間に、ハオユーも小屋に入る。ハオユーは小屋の中央まで行き、布一枚ない金属の床の上で胡座を掻いて座った。

「申し訳ない。座布団一つ、用意出来ず……不快でなければ、布団の上に、座っていただいて、構いません」

「はぁ。別に私は何処でも構いませんので気にしなくて良いですよ」

 『身体』が水で出来ているフィアからすれば、立っていようが座っていようが違いはない。気分的に座りたければ座る程度だ。ましてやお尻の下にあるものがコンクリートか布団かなど、どうでも良い事である。

 つまるところ言葉通りの意味なのだが、ハオユーは謙遜や遠慮と受け取ったのだろうか。フィアが立っていると、自分が座る訳にはいかないとばかりに立ち上がる。ハオユーがそうしたいのなら邪魔したり止めたりする理由もないので、フィアは彼の好きにさせた。

 何より、彼が疲れようが疲れまいがどうでも良い。

「それより早速話を聞かせてくれますか? あの虫と鳥について」

 フィアは、自分に役立つ話が聞けると思ったから此処に来たのだから。

 フィアに話を促されたハオユーは、こくりと頷き、口を開く。

「……まず、我々は大昔より、彼等の存在を、知っていました。人を喰う、地獄より這い出る、恐ろしい魔虫。その魔虫を狩る、神の使い。神の使いは、魔虫が、森の外に出ぬよう見張り、そして魔虫が人を襲う時、森より人の前に現れる……と」

「ほーん。まぁお隣の森に棲んでるようですからあなた方がアイツらを知っていても不思議はないですね。神だのなんだのは胡散臭いですが」

「ええ、それは実に、現実的な考えです。我々も、知っているといっても、伝承やお伽噺として、でした。国による、近代化政策などの、影響もありまして、近年では、殆ど、信じている者は、いません。私も、その一人。つまり」

「つまり?」

「……つい最近まで、虫も、鳥も、滅多に見られないほど、少なかった、という事です」

 しかしその数がなんらかの要因により増えてしまった。

 ハオユー曰く、『その日』まで予兆と呼べるものはなかった。村人は今まで通り森を大事にし、森を汚さないよう生きてきたつもりだ。確かに魔虫や神の使いの存在は信じていなかったが、それでも伝統を捨てた訳ではない。森の大切さを伝えるものだと理解し、自然と共存してきた。森も『その日』……二日前まで、変わらず自分達を支えてくれた。

 なのに。

 二日前、村を小さな地震が襲った。耐震性など殆どない建物ばかりの村だったが、それでも潰れたものがないぐらい小さな地震だ。だから誰も気にしなかった。

 その日のうちに巨大昆虫の大群がやってこなければ、きっと誰もが忘れ去ったに違いない。

 彼等は何百という大群で、森から村へと押し寄せてきた。彼等は家々を破壊し、村人を次々と喰らった。勿論村人は抵抗したが、しかし巨大昆虫の力には敵わず。数百人は居た村人は、たった一晩で数十人しか残らなかった。

 生き残った村人はすぐに通報を行った。不幸中の幸いというべきか、世間的に『怪物』の存在が一般化してきた事もあり、間もなく軍が派遣されてきた。これが昨日の事だ。

 そして軍隊が巨大昆虫に壊滅させられたのも昨日の事。

 数々の兵器は効かず、歩兵は残らず餌となり、戦車さえも叩き潰すパワーで一瞬にして蹂躙された。確かに通報からたった一日で送り込まれた軍隊だから、十分な戦力ではなかったかも知れない。空爆なども行われなかった。けれども軍事兵器である事には変わりない。ゾウやクジラ程度なら問題なく倒せる部隊の筈だ。

 そんな軍隊を難なく粉砕する圧倒的な力を、神話の怪物と呼ばずになんとする?

 そして今日になって、森から光り輝く鳥が現れたなら?

 ――――正しく、伝説で語られていたのと同じ事が起きているではないか。

「無論、だからあの虫達は、地獄からの怪物とは、そして鳥が、神の使いとは、思いません。いえ、一部では、そう信じた者がいますが……私の孫も、含めて」

 申し訳なさそうな目でちらりとハオユーは孫娘を見て、見られたシィンイーはこてんと首を傾げる。シィンシーには祖父の日本語が分からないのだから、ただ視線があったようなものだ。

 花中であればこの話から「シィンイーがフィアちゃんに石を投げたのは、神様の使いの邪魔をしないよう、追い払うためだったのかな?」と考え付いただろう。しかしフィアにとって人間の気持ちなんてものは理解が及ばないところ。そもそもシィンイーに石をぶつけられた事さえもすっかり忘れていた。

 他者の心境を全く理解していないフィアを見て、何を思ったのか。ハオユーは咳払いをしてから、話を戻す。

「……科学的に考えるなら、あの鳥は、虫達の天敵、なのでしょう。普段は、虫達を食べて、その数が、我々に危害が及ばないまで、減らしていた。そしてもし、なんらかの要因で、大きく増え、人里まで虫が、溢れた時、虫を追って、人々の前に現れる。それが、この辺りの、自然のルール、だったのでしょう」

「ふむふむ成程。つまり虫達はそのうち鳥に食い尽くされてしまうと」

「ええ。解決だけを考えるなら、時間が経つのを、待つだけ。それだけで、良いですし、それ以外の事は、人間の力では、出来ますまい」

 ハオユーは諦めたような言い方で、そう話を締め括る。

 人間的には、確かにそれしかないのだろう。何しろ巨大昆虫に武力で挑んでも勝てないのだから。むしろ放置すれば解決するだけマシというものだ。

 しかしフィアからすると、このまま解決してしまうのは困る。昔から繰り返されてきた食物連鎖だとすれば、巨大昆虫が全滅する事はないだろう。だが、数は大きく減ってしまう筈。自分の嗅覚なら例え最後の一個体になったとしても見付け出せるという自信がフィアにはあるが……探すのが面倒になるのは確かだ。楽に目的が達せられるならそれに越した事はない。

 やはり狩りをするなら今しかないという事だ。延期する気はなかったが、時間制限があると分かったのは大きな収穫である。

 なら、さっさと『居場所』に向かうべきだ。

「じゃあ虫の住処を教えてくれますか? 狩りに行きますから」

「……その前に、二つ確認させてください。シィンイーから、あなたには、不思議な力があると、聞いています。故に、あなたならば、可能かも知れないから問うのです……あなたは、魔虫を根絶やしにする、つもりですか?」

 フィアが話を促すと、ハオユーは質問を投げ付けてきた。

「何故そんな事をする必要があるのです? 私は一匹食べてみたいなぁと思ったから此処に来ただけです。美味しくなければそれ以上捕りません。美味しければお土産として何匹か捕まえるかも知れませんが根絶やしにしたらもう味わえませんからね」

 その問いに、フィアは首を傾げながら正直に答える。

 人間からすれば魔虫は恐ろしいかも知れないが、フィアにとっては恐ろしくもなんともない。そしてフィアには人間を助ける気なんて微塵もないのだ。巨大昆虫を根絶やしにするつもりなんて、これっぽっちもない。

 そんな気持ちを包み隠さず開かすと、ハオユーは僅かに戸惑った表情を浮かべた。けれども嫌悪や軽蔑の意思はなく、安堵したようにも見える。

「……では、二つ目の質問です。あなたは、神の使い……鳥と争う、おつもりですか? 彼等を、根絶やしにするという、事は、考えていますか?」

「向こうが襲い掛かるならそうなるかも知れませんねぇ。向こうが私を襲わないなら私から手を出す理由もないのでそうならないと思いますが」

 次の質問にも、フィアは嘘を吐かずに答える。吐く意味が分からない。自分のやりたい事を隠すなど、フィアには理解出来ない行為なのだから。

 二つの質問が終わると、ハオユーはしばし考え込む。それからため息を吐き、フィアと向き合った。

「問い質すような、真似をして、申し訳ありません。確かめたかったのです。人に仇為すとはいえ、魔虫も神の使いも、自然の一部。根絶やしにすれば、生態系に、どんな事が起きるか、分かりません。あなたが、彼等を根絶やしに、するつもりなら、お教えする訳には、いきませんでした」

「はぁ。まぁその時には自力で探すつもりでしたから別に良いですけどね」

「いやはや、あなたなら、それも出来そうです。これは、私の、自己満足です。一つ、頼むとすれば、神の使いと、争ってはほしくないのですが」

「奴等が邪魔さえしなければ私からは手を出しませんよ。向こうが私の邪魔をするのなら徹底抗戦します。まぁ大抵の奴は私に恐れをなして逃げ出すでしょうがね!」

 ハオユーのお願いに、フィアは自慢げに胸を張りながら満面の笑みで応じた。が、すぐにその眼差しを真剣なものへと変える。

 そう、大抵の奴ならば自分に恐れをなして逃げ出す。それだけの力の差が、フィアと『普通の怪鳥』の間にはある。

 だが、アイツだけは。

 ミュータント化したアイツだけは、こちらの邪魔をしてくるかも知れない。先程襲い掛かってきたのはこちらの獲物を奪うのが目的だろう。しかしその理由は空腹だから、というものではあるまい。自分に比する強さがあるのだから、あんな虫けらを捕まえる事など造作もない筈なのだから。

 恐らく怒った原因は、フィアが虫を捕った……その行動自体に対して。

 自分達以外に虫を渡すつもりがないのか、或いは虫達の数を『管理』しているのか。フィアには奴の目的など分からないし、何処まで本気なのかも知り得ないが、いずれにせよフィアが虫を捕ろうとすれば奴はまた襲ってくるだろう。

 望むところだ。今度こそ返り討ちにしてくれる。

「……そうなる事を、期待します。では、魔虫の住処を、お教えしましょう」

「おっ。何処です何処です?」

「この避難所から見て、南西の山の、中腹。そこにある、洞穴が、魔虫の住処と、伝承では、語られています。とはいえ、今は魔虫が、大量発生している、最中。その道中で、たくさんの虫が、見付かるでしょう」

「南西の山ですね。分かりましたお話ありがとうございますでは私は早速そちらに向かいますね!」

 ハオユーから虫の居場所を聞き出したフィアは、嬉々としながらお礼を言う……が早いか、すぐに仮設住宅から出た。

 外に出たフィアは、本能的に察知した南西へと視線を向ける。ハオユーが言ったようにそこには立派な山があった。木々に覆われ、かなり深い森が大地を覆い隠している。一見して洞窟の姿は見えない。

 成程人間ではあの森の中から洞窟を発見するのは不可能だろう。しかしフィアにとっては造作もない。日光が届かないため植物の生えない洞窟は、森とは異なる臭いを発する。風に乗って漂ってくるその臭いを辿れるフィアには、洞窟を見付けるなど簡単な事なのだ。

「さぁーて取り尽くされる前に行きませんとねー……ん?」

 思い立ったが吉日。早速行動を起こそうとするフィアだったが、ふと漂ってきた臭いに意識が逸れる。

 火薬と金属の臭いだ。

 この避難所に来た時にもこれらの臭いはあったが、ハオユーの話を聞いている間に随分と強くなっていた。なんとなくだが、周りの気配もかなりざわざわしたものになったような気がする。

 恐らくまた人間の軍隊が来たのだろう。どの程度の規模かは知らないが、気配から察するに数百人ぐらいはいるかも知れない。キュリキュリというキャタピラ音が聞こえるので、戦車もやってきているようだ。

 彼等の目的はフィアにも分かる。巨大昆虫退治のためだろう。

 どうせ勝てない癖に何故戦いを挑むのか。フィアには全く理解出来ないが、人間のやる事に口出しする気はない。どうせ勝てないという事は、つまり自分の虫取りにはなんの影響もないという事なのだから。戦いを挑み、何千という人間が死のうが、別にどうでも良い。

 訪れた軍隊への興味は、三秒と経たずに失われた。フィアは再び山に目を向け、そして浮き足立った歩みで進み出す。

 あの忌々しい怪鳥共が巨大昆虫を壊滅させる前に。

 一秒でも早く、美味しいかも知れないものを堪能するために……

 

 

 

 フィアが立ち去ってから、三十分後の事。

「……理解出来んな」

 コンテナで造られた仮設住宅地の中心にて、背筋をピンと伸ばした中年の男が、中国語で嫌悪に塗れた悪態を吐いた。苛立つように、中年の男の足は草一本生えていない地面を靴先で何度も叩く。彼の傍に立つ四人の兵士達は、おどおどとした視線を中年の男に向ける。

 中年男性からの悪態を正面からぶつけられたハオユーは、しかし『若造』の威圧になど負けず、堂々と彼の目を見る。その眼に宿るのは、中年の男……王大佐への侮蔑だ。ハオユーの背中には孫娘のシィンイーがしがみついていたが、そのシィンイーも王大佐を睨み付けている。尤も王大佐も武人だけあり、老人と小娘の視線で怯むほど柔ではなかったが。

「ワシらからすればお前達の方が理解出来ん。虫も鳥も徹底的に退治し、絶滅させるなど」

「はっはっはっ! 自殺志願の狂人に正気を疑われるとは思わなかった! 人食いの怪物を退治するな? その怪物をも喰らう化け物に手を出すな? 頭の湧いた自然保護主義者が我が国に居るとは思わなかったよ」

「まさか生態系を知らん訳じゃあるまい。あの鳥が虫を食べる。食べられた虫は数が減る。子供でも分かる理屈じゃ。軍の力は必要ない。時間が全てを解決してくれる。逆に人が下手に手を出し、絶滅させようとすれば、もっと大きな災いが来るかも知れない」

「その考えが前時代的だと言っているんだ。自然保護の重要性は分かるが、その自然は管理するもの。故に人の手に負えない危険な生物は、人の手で駆除するのが正しいのだよ。猛獣共がいなくなれば、この山の開発も保護も人間の思うがままだ。そうは思わないかね?」

「ふん。そうやって管理しようとして、どれだけ失敗してるのやら」

「……共産党が行った自然保護政策に、失敗などない。あるとすれば、政策をまともに実施出来ない無能な官僚によるものだ」

 王大佐の理屈に、よくもまぁそんな事を言えたものだとハオユーは呆れ返った。七十年、稲を荒らす害鳥だからスズメを駆除しろと命じたのは誰だ? その結果普段スズメ達が食べていた害虫が大発生したのは失敗ではないと?

 人は過ちを犯すものである。それは仕方ない。けれども同じ過ちを繰り返すのは間抜けであり、そして今度の失敗が()()()()()()()という保証はないのだ。

 しかしどれだけ訴えても、王大佐にハオユーの意見を聞くつもりはないらしい。尤も、彼自身にその意思があっても、上からの命令ならば軍人は逆らえないだろう……王大佐の側に居る兵士の表情が、本当に申し訳なさそうなものになりながら、此処から逃げないように。

 話し合いで解決出来れば良かったが、共産党(政府)が関与してるとなれば無理な話だ。なら、こちらは精いっぱいの邪魔をするだけである。

「兎に角、ワシは絶対に居場所については話さん。精々部隊を散開させ、森の中を当てなく探し回ればええ。尤も、戦力を分散させては虫一匹殺せんだろうがな」

 例えば、フィアには教えた『魔虫の住処』を教えない、とか。シンプルだが効果的な嫌がらせだ。森に囲まれたこの山々から、虫達の住処である洞窟をピンポイントに見付け出すなど出来やしない。

「……くくく」

 筈なのに、何故か王大佐は嗤う。

「……何がおかしい」

「大した事じゃない。お前達以外にも協力者は居るという事だ」

「ワシ以外……まさか!?」

 ハオユーは反射的に、自分の背後を見遣る。

 そこに居たのは、数人の若者。

 されど軍人ではない。私服姿の、巨大昆虫の襲撃を生き延びた村の若者達だ。彼等はハオユーと目が合うと一瞬を身を竦めたが、その後はきちんと向き合ってきた。

 魔虫の住処は、伝承として語られている。

 だからハオユー以外の、それこそ村の子供でも答えられる事だった。しかし伝承から魔虫と鳥の関係は明らか。ハオユーも村人達に、自然の摂理に任せようと話した。故に彼等も自分と同じように、軍人に問い詰められても誤魔化すと考えていた。

 まさか軍人達は村人を尋問して……とハオユーは思ったが、若者達の目に怯えはない。身体にも不審な傷や汚れがないため、脅された訳でないのは明らかだ。

 つまり若者達は、自主的に情報を明け渡したという事である。

「お前達! 何故……」

「だ、だって、人を喰う化け物だぜ!? しかもあんな化け物を喰う鳥まで現れて……」

「そ、そうだよ! あんな化け物、さっさと退治した方が良い!」

「俺の母ちゃんは歳なんだ、早く故郷に帰してやりたいし……」

「畑だって、今年についてはもう諦めるにしても、早く元に戻さないと来年からの仕事が……」

 ハオユーが問い詰めると、若者達は口々に理由を答える。年配からの『尋問』に少し怯えながらも、しかし彼等は自分の正しさを確信した、強い言葉で返してきた。

 これが今の村の意思なのか。

 ハオユーは失望した。村人に対してではない。伝承があり、学問を身に着けたからこそ、村人も自然の摂理を重視する……そんな風に思い込んでいた『自分』に対してだ。彼等には彼等の生活があり、守りたいものがある。誰もが悲劇を受け入れられる訳ではないというのに。

 自然に寄り添い過ぎて、人の心から離れてしまっていた。

 自分の言葉は、今やケダモノの唸り声となんら変わりないのだ。

「という訳で、村人は我々に協力してくれたよ。ああ、安心したまえ。『民主的』な国家の軍である人民解放軍は、例え非協力的な市民であっても、私怨で拘束や懲罰は行わないからね」

 絶望に染まるハオユーを、王大佐はにやにやとした笑みを浮かべながら挑発する。けれどもハオユーには、今やそれに反発する気力もない。

 王大佐がハオユーに質問したのは、あくまで得られた情報に確信を持つためだったのだろう。そしてハオユーの姿を見て必要な確信は得られた。ハオユーにはもう用がないとばかりに、王大佐は踵を返す。軍人達は王大佐の後を追い、村の若者も少し申し訳なさそうな表情を浮かべつつもこの場を後にした。

 残されたハオユーに、孫娘のシィンイーが寄り添う。ハオユーはシィンイーの手を握りながら、深々と項垂れた。

 そして彼は願う。

 どうか、自分が時代遅れの老害でありますように。

 現代の人間の力というのは老いぼれの想像の及ばぬ域に達していて、神も悪魔も恐れるに足りぬ事を……




軍が首を突っ込むとより面倒になるの法則(壮絶なネタバレ)

次回は明日投稿予定。

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