彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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適応者2

 花中に出掛ける旨を伝えたフィアは、早速北西に向けて元気よく駆け出した。

 駆けたといっても、ちんたら足を動かしたりはしない。地面と接している『足』の水分子を流動させる事で、地上を素早く滑っていくのだ。空気抵抗もパワーで強引に押し退け、達した速度は脅威の時速六百キロ。

 これでも全然本気など出していないが、十分に出鱈目な速さである。花中に怒られるのが嫌なので人間との接触はちゃんと避けたが、巻き起こる爆風で通行人を吹っ飛ばしたり、車を横転させたり、建設中のビルを倒したりしていた。尤もフィア自身は前しか見ていないので、自分のやらかした事に気付きもしなかったが。かくして大規模な、しかし犠牲者が出ていないなんとも不思議な破壊を振りまきながら、フィアは日本列島を横断する。

 続いて行く手を遮るのは大海原……なのだが、フィアにとっては障害物どころか得意なフィールド。何しろ彼女は水を自在に操れる。海という水に満ちた環境は、十全に力を発揮出来る場所でしかない。

 海中へと潜り、水中を進む時の速さはなんと時速五千五百キロ。かつての最高速度を遙かに上回るものだ。一月前の戦いにより大きく成長したフィアは、駆け抜ける速ささえも向上したのである。

 これほどの速さになると、最早太平洋すら四時間と掛からず渡りきる。ましてやそれよりずっと狭い日本海なら、何処に向かおうと三十分も掛からない。当然こんなパワーを発揮すれば、余波だけで大津波が起こるだろう……普通ならば。しかし水を操るフィアにとって海を荒波立てずに移動するなど造作もない。津波など起こらず、フィアは悠々と日本海を渡りきった。

 ここまでの移動は、フィアにとって左程体力を使うものではない。むしろ良い具合に身体が温まり、軽い興奮状態に入った。機嫌も大変良い。

 ただし海を渡った先、中国国土内の川に辿り着いた時は少々荒れた。

 というのも川の汚染があまりに酷く、このままでは生存すら難しかったからだ。フィアの実力であれば『一手間』加えて汚染をシャットアウトする事は可能であり、その手間自体もフィアにとっては意識すら必要ないものであるが……割と健康に気を遣うタイプであるフィアからすれば大変不愉快な環境。憂さ晴らしとして川の水を激しく巻き上げて市街地を汚水塗れにし、それでもまだむしゃくしゃしていたので行く手を遮っていたダムを粉砕してやった。流れ出た大量の水を制御して人的被害が出ない流れ方にしたのはせめても情け、ではなく、やっぱり花中に叱られたくないからだった。

 そんなこんなで野を越え海を越え山を越え……日本の関東圏にある大桐家を出てからたったの二時間半。ついにフィアは辿り着いた。

 巨大昆虫が現れたという、中国僻地の村()()()場所に。

「んー多分この辺りだと思うんですけどねー」

 川から這い出したフィアは、辺りをきょろきょろと見回しながら独りごちる。

 フィアが辿り着いた場所は、かなりの山奥だった。今日の天気は快晴のようで、秋の日差しが燦々と降り注ぐ。周りを囲うようにそびえる山々には木々が満ち、日光を浴びて煌びやかな緑が一面に広がっている。流れる風は森の香りをフィアの下まで運んできた。多種多様な生物由来の臭いが混ざった、複雑な香りだ。この近隣の森が人工的なものではなく、古来より続く天然のものだと窺い知れる。

 そうした山々の麓に位置する場所、フィアの立つ位置よりざっと百メートルほど彼方に、小さな村があるのが確認出来た。建物はどれも木材で作られたもので、コンクリートで建築された所謂『近代的』な建物は見当たらない。村の中には畑が見え、農業が主要な産業なようだ。

 しかしながらこの村、お世辞にものどかとは言い難い。

 何しろ多くの家が潰れていて、ぶすぶすと黒煙を上げているような状態なのだから。畑も、まるで巨大モグラにでも襲われたかのように数メートルもの大きな盛り上がりが何個も出来、農業が出来る状態ではない。そして地面には無数の血痕と……潰れた戦車が転がっていた。

 人間ならば、このおぞましい景色に戦慄し、恐怖で足が竦むだろう。この地で起きた惨劇を想像し、自分も巻き込まれるのではないかと考え逃げ出しても不思議はない。

「うん。多分此処ですねきっと!」

 対してフィアは、破壊された村を見てむしろ嬉しそうに笑った。

 というのもフィアは新聞に載っていた、巨大昆虫に襲われた村 ― 正確には村を襲った巨大昆虫の方 ― を探していたが……実はその場所が何処にあるのか、全く知らなかったからである。新聞には中国の〇〇村としっかり書かれていたが、なんという名前の村だったかフィアはもう忘れていた。仮に覚えていても、場所を知らないのだから名前だけ覚えていても意味がない。

 ついでに言うと巨大昆虫の姿も知らないし、臭いも分からないという有り様。人間的に考えればどう頑張っても見付けられない状態だろう。されどフィアは「水の中を漂う嗅いだ事もない虫の香りとあと人間の血の臭いを辿ればなんとかなるだろう」と根拠もなく思い込んで即行動。

 やがて日本海でキャッチした『変な虫の臭い』及び『人間の血の臭い』を頼りに泳いできて、辿り着いたのがこの村だった。フィアは自分の嗅覚に絶対的自信を持っているので間違いなく此処が巨大昆虫に襲われた村だと思っていたが、裏付ける物的証拠があるのならそれに越した事はない。破壊された村は正に『物的』な証拠だ。確信を一層深め、フィアは上機嫌になる。

 さて、目的地には辿り着けた。後は目当ての虫を捕らえるだけだ。

 巨大昆虫は果たして何処に居るのか? 考えるまでもない。村が巨大昆虫に襲われたという事は、きっと村の中に居る筈だ。人間の軍が壊滅したと新聞には書いてあったので、きっとまだまだ生き残りが潜んでいるに違いない。

 ……もしも巨大昆虫が潜んでいるなら、その割には村がえらく静まり返っているのだが、フィアは自分の考えを疑わない。悠々とした足取りで村へと向かった。

 村に近付くと、此処で繰り広げられた惨状がどれほどのものかよく分かる。

 村の中には、無数の人間の死体が転がっていた。上半身と下半身が分かれている程度ならまだマシな方。頭を叩き潰されていたり、身体が左右に引き裂かれていたり、七割ぐらいが挽き肉になっていたり……多くの死体が迷彩服を着ており、フィアでも彼等が軍人だという事は理解出来た。夏ほどではないにしろ暖かな時期に、それなりの時間放置されていたのだろう。どの死体からも腐敗臭が漂っており、死肉に群がる虫達が卵を産み付けているのをフィアの鼻は感じ取った。

 新聞には人間の軍隊が壊滅したと書かれていた。成程この感じは確かに一方的にボコボコにされたようだと、フィアも納得する。

 無論この軍人達を襲った生物が、『非戦闘員』を区別している筈もない。人数的には全体のごく一部、しかし本来ならばこの地の住人である村民……一般人らしき亡骸もちらほらと見受けられた。言うまでもなく、彼等も軍人と同じぐらい凄惨な姿と化している。

「ふーん。本当にこっぴどくやられてますねぇ……この人間とか顔面だけ喰われてますね。中々贅沢な輩のようで」

 フィアは倒れていた村人らしき亡骸の顔を見下ろし、淡々とぼやく。フィアからすれば人間の死体も虫の死体も、大した違いなどない。花中がこれを見たらとても悲しむという事は想像出来るが、その気持ちに『共感』するところまではいかなかった。

 それに殺され方を見る限り、殆どの人間が明らかに食べられている。食べられているという事は、この辺りには人間を襲った生物が居るという証だ。

 きっと目当ての巨大昆虫に違いない。

「うーん楽しみですねぇ」

 笑みを浮かべ、ぺろりと舌なめずり。くんくんと臭いを嗅ぎ、お目当ての虫が何処に居るか探そうとする。血の臭いに紛れて分かり辛いが、人間など比にならないフィアの嗅覚は正体不明の虫の臭いを逃がさなかった。どうやら此処での殺戮後、虫は北へと向かったらしい。

 ならば北に向かうとしよう。フィアは人間の亡骸にはもう目もくれず、北に向けて歩き出す。

 ――――ところで。

「(さっきから()()()()()()()()()()()一緒に来るつもりなんですかねぇ?)」

 フィアは背後に潜む人間の気配が、自分の動きに合わせてやってくる事に気付いていた。

 一体何者だ? 目的はなんだ? このまま一緒に来たら自分と巨大昆虫の争いに巻き込まれるかも知れないのだが……そこまで考えて、しかしフィアは気にしない事にした。

 元より人間など花中以外どうでもいい。自分の後を追いたいなら好きにすれば良いし、逃げたくなったのなら勝手に逃げれば良い。結果的にそいつが食べられようが生き延びようが、フィアには関係も興味もないのだ。万一自分の邪魔をしてくるようなら、その時()()()()()済む事である。

 フィアは後ろを振り返る事すらせず、勝手気儘に北へと歩き続けるのだった。

 ……………

 ………

 …

「うーん大分臭いが強くなってきましたからそろそろだと思うのですが」

 歩き続けていたフィアは一度足を止め、周囲の様子を探りながら念入りに臭いを嗅ぐ。

 辿り着いたのは、村と山の境目付近。蹂躙された村の反対側には森が広がり、恐らくあの森に巨大昆虫は隠れ潜んでいる……と人間ならば考えるかも知れない。

 しかしフィアの嗅覚は、巨大昆虫の進路が森に向いていない事を示す。というよりも臭いそのものがこの場で途切れている。だとすれば恐らく……

 とんとん、と足踏みをしながらフィアは考える。やがて結論に辿り着くと獰猛な笑みを浮かべ、自らの力を振るわんとゆっくりと片手を上げた

 丁度その時に、こつん、と頭に何かがぶつかった。

「あん?」

 振動を感知したフィアは、物をぶつけられた方へと視線を向ける。見たところそこには誰も居ない。

 が、フィアの野生の勘は知っている。自分が見ている景色にある横転したトラクター……その陰に自分を追跡してきた人間が潜んでいる事を。

 ちょいちょいと、フィアは指を動かす。

「キャアアアアアアアッ!?」

 この仕草と共にトラクターの裏側へと水の『糸』を伸ばし、そこに潜む何者かの足に『糸』を巻き付けて引っ張ってみれば、なんともか弱い悲鳴が上がった。

 そのまま『糸』を引っ張れば、出てきたのはやはり人間だった。見たところ中学生ぐらいの女の子。長く伸びた黒髪が身体に巻き付くぐらい激しく暴れ、自分を引っ張るものを引き剥がそうと足首近くを掻き毟っている。今は苦悶と恐怖に歪んでいる顔は、無邪気な笑みさえ浮かべていればかなり ― フィア的には花中の十分の一程度の水準で ― 可愛いだろう。

 フィアの足下まで引きずられた少女は、フィアを見るや悲鳴さえも詰まらせる。身体を小刻みに震わせ、がちがちと顎を鳴らし、目には涙まで浮かべていた。

 どう見ても少女は怯えていた。どうせ呼び掛けてもトラクターの裏から出てこないだろうと思ったから実力行使をしただけで、怯えさせるつもりなど毛頭なかったフィアは首を傾げる。石をぶつけてきた理由も含め、纏めて訊いてみようと思う。

「あなたどうして石を投げてきたのですか? 私はまだあなたには何もしてないと思うのですが。あとそんなに怖がらなくても私はあなたを殺したりしませんよ」

「ゥ……□×△△□○×○□○」

「? はい?」

「□×△△□○×○□○? ○○×○□○?」

 フィアが尋ねてみたところ、少女は何かを言った……が、何を言っているのかさっぱり分からない。無論フィアの聴力であれば少女の声がどれほど小さくとも聞き逃すなんてあり得ない事。純粋に、何を言ってるのか理解出来ないのだ。

 どうやら日本語ではないらしい。此処は日本ではないのだから、当然といえば当然の事だった。

 これは困った。フィアは西洋人染みた容姿を形作っているが、日本語以外は全く知らないのだから。

「んー何を言ってるのかさっぱり分かりません。これが中国語というやつでしょうか?」

 花中さんなら分かるのですかねぇ? 少女の言葉が理解出来ないフィアは、ぼんやりとそんな事を思う。今から花中を連れてこようか? とも思ったが、片道二時間の道をまた行くのは面倒臭い。それに村には人間の死体がごろごろ転がっている。人間が大好きな花中がこの光景を見たら、ショックで気絶してしまうかも知れない。

 何よりあまり悠長にしている暇はないだろう。

 ――――不意に、大地が揺れ始める。

 少女は地面の揺れに気付くと、フィアと向き合った時以上に身体を震わせた。半狂乱で暴れ、遠くに逃げようとする。

 フィアは少女の足から『糸』を解き、自由にした。少女は不意に取り戻した自由に一瞬呆気に取られたが、すぐに我を取り戻し、慌ただしく逃げていく。

 あの少女からは、まだ何も聞き出せていない。石をぶつけてきた理由も、後を追ってきた理由も分からず終いである。

 だが、そんなのは些末な事だ。最後まで分からなくともなんの問題もない。そんな事よりも大事なのは、今、此処に現れようとしているモノの方。

 あの少女のように引きずり出さねば駄目かと思っていたが手間が省けた。フィアは獰猛かつ心底楽しそうな笑みを見せる。

 ただし森や村ではなく、地面に向けて。

「虫けららしい隠れ場所ですねぇ。ですがこの私の鼻からは逃げられな……ん?」

 フィアはふと視線を頭上に向ける。その間も大地の揺れは収まらない。否、それどころか段々と激しさを増していく。

 やがて大地が割れ、三メートル近い長さの節足が生えてくる。

 巨大な足は六本地上に出ると、しっかりと大地を踏み締める。そして土が陥没するほどの力を込め、全ての足の中央に眠っていた胴体を起こした。五メートルはあろうかという身体は空気に触れるや激しく揺さぶられ、背中に乗っていた多量の土石を余さず吹き飛ばす。あたかも小石のようにふるい落とされた一メートル近い大岩は近くの廃屋に突き刺さる。非常識な巨体は、ただ動くだけで破壊を振りまいた。

 地上に露わとなった姿は甲虫に似ていた。如何にも硬そうな翅を持ち、胸や腹にも装甲のようなものが付いている。されど平坦な身体付き、そして二本の牙を生やした顔は、クモのようにも見えた。頭に生えている触覚は短く、棍棒のように丸くなっている。

 正しく『怪物』というべき様相。

 新聞に載っていた巨大昆虫は間違いなくコイツらだとフィアは確信する。それにしても中々個性的な姿だ。フィアはこのような『昆虫』には見覚えがない。もしかしたら昆虫ではないのかも知れないが、フィアにはよく分からない事だ。そもそも昆虫かそうでないかなど、フィアからすれば些末な話である。

 フィアにとって関心があるのは、コイツは美味いのか、不味いのか。その二択だけ。美味いのならこの虫けらが昆虫だろうがクモだろうが魚類だろうが、そんなのはどうでも良いのだ。そして食べるためには殺す必要がある以上、コイツを仕留める事にフィアはなんの躊躇も抱かない。

「ふふん無駄な抵抗は止めて大人しく私に頂かれなさい」

 勝ち誇った笑みを浮かべ、フィアは挑発的な言葉を投げ掛ける。

 巨大昆虫はまるでその言葉を解するかのように、フィア目掛け突撃を始めた! 五メートルもある巨体が、自動車でも出せない速さで、二メートルに満たないちっぽけな生物へと突っ込む!

 きっとこの速さで、巨大昆虫は人間達を襲ったのだろう。何時ぞやの戦いで使われた人間達の兵器……戦車やミサイルが何十と束になろうと、この突進は止められないという感覚をフィアは覚える。抗う事は叶わず、かといって鈍くてのろまな人間では逃げる事すら儘ならなかったに違いない。この破壊の力で、巨大昆虫は村と軍隊を蹂躙したのだ。

 そんな巨大昆虫の力も、フィアから見れば人間に毛が生えた程度にしか思えなかったが。

「ほいっと」

 フィアは片手を前に出し、巨大昆虫の顔面をタッチ。

 ただそれだけで、戦車さえも突き飛ばす運動エネルギーを有していた生命体は、易々と止められてしまった。

 巨大昆虫は自身が体感した事態に困惑するかの如く、複眼をギョロギョロと動かす。再突撃するためか足を動かして後退……しようとするが、フィアは巨大昆虫を掴んで離さない。巨大な節足は大地を削るほどのパワーを発揮していたが、一ミリたりとも胴体は後ろに下がれなかった。

 何時もなら面白がって手を離し、勢い余ってごろごろと転がっていく様を見るのも一興だが……今日のフィアにその気はない。大して疲れていないとはいえ、長旅の果てにようやく見付けた獲物なのだ。遊んでいて逃がしたら間抜けが過ぎる。

「すみませんが今日はあまり遊ぶつもりがないのですよっと」

 フィアは巨大昆虫の顔面を片手で掴んだまま、空いているもう片方の手をすっと横に動かす。

 ただそれだけの仕草で飛ばした『糸』は、巨大昆虫の足を数本呆気なく切り落とした。

 切断された足からは半透明な黄緑色の体液が溢れ、巨大昆虫の身体は地面に墜落する。痛みからか、それとも自分の身に起きた事への困惑か。巨大昆虫は身動ぎし、暴れたが、切られた足は自重を支える事すら叶わない。鳴き声を上げないのは、声帯を持っていないからだろうか。

 人間よりも遙かに聴力が優れているフィアとしては、喧しい鳴き声を上げない巨大昆虫は大変良いものである。満悦の笑みを浮かべながら、戦う力を失った巨大昆虫をフィアは見つめた。

「□□○! ○□×△×△!」

 フィアが巨大昆虫を再起不能にすると、フィアに石をぶつけてきた少女の声が聞こえてきた。振り向くと、瓦礫の物陰から顔だけ出している少女の姿が見える。少女は興奮した笑みを浮かべていて……けれどもフィアと目が合うと、慌てて物陰に隠れてしまう。

 巨大昆虫が倒された事を喜んでいるのだろうか? しかしだったら何故自分と目が合うと隠れてしまうのか……考えてみたがフィアにはよく分からない。分からないので気にしない事とした。

 それに人間などどうでも良い。今は仕留めた獲物の味の方が、フィアにとっては重要事項である。

 このような巨大昆虫を食べるのはフィアにとっても初めての事。どんな味がするのか見当も付かない。漂ってくる血肉の香りは悪くないと思うが、しかし吐き気がするほど不味いかも知れないし、毒がある事も考えられる。もしそうなら捨てるしかない。

 反面とびきり美味しかったら、花中へのお土産としてもう一匹ぐらい捕まえておきたいところだ。幸いにして村の中の地中にはまだまだ()()()()()()()()()()()()()気配を感じられる。探すのに手間は掛かるまい。

 勿論長い付き合いの中で、花中が虫を食べない事はフィアも知っている。しかし人間はエビやカニなどの甲殻類は食べている。虫だって似たようなものだろうから単純に味の問題の筈。もしかしたらこの巨大昆虫ならば花中も気に入ってくれるかも知れない。そうなれば一緒にご飯を楽しめる訳だ。夢が膨らむ話である。十中八九気に入らないだろうが……その時は自分が全て食べるだけなので問題はない。

 明るい未来に想いを馳せて、フィアはぺろりと舌なめずり。早速どんな味か確かめようとフィアは巨大昆虫の甲殻を掴み、その中身を引っ張り出すため甲殻を粉砕しようとした

 瞬間、フィアは全身を強張らせる。

 思考は過ぎらない。考えなんて巡らせている時点で遅過ぎる。

 フィアの身体は、フィア本人の意思を無視して動き出す。素早く巨大昆虫の傍から跳び退いて距離を取った。

 すると、フィアが失せるのを見計らったかのように空から『何か』が降下する。

 降下してきた『何か』は巨大昆虫よりも大きな、体長十メートルほどの体躯だった。それは自分の半分ほどの大きさがある昆虫の身体を易々と持ち上げ、空を飛んでてみせる。掴んだ巨大昆虫をフィアより少し離れた位置に運び、まるでこれは自分のものだと主張するように地面に置いた。

 一度退いたフィアは、空からやってきた相手と向き合う。

 そいつは眩いほどの煌めきを放つ、黄金の羽毛に全身を包んでいた。全身のフォルムはタカなどの小型猛禽類のようなものをしており、全身の羽根を棘の如く逆立てて一層攻撃的な外観を形作る。十メートル近い体長と同じぐらい長い翼を二枚持ち、羽毛に覆われていない二本の足には爬虫類的な鱗がびっしりと生えていた。赤く光る目はフィアをギロリと睨み、ワシのように太い嘴を開いて涎を零す。

 現れたのは巨大な怪鳥だった。

 それも一羽ではない。虫を掴んだ怪鳥がフィアから五十メートルほど村から離れ、森の近くに着地すると、空から新たに二羽の怪鳥が舞い降りてくる。いずれも大きさは同じぐらい。それが成体のサイズなのか、はたまた奴等が同じ年頃なのかはフィアの知るところではない。知るつもりもないが。

 突如現れた三羽の怪鳥。しかしフィアは左程驚かない。

 巨大昆虫が地中で動き始めた時、頭上を飛び回る『気配』が現れた。

 どうやらコイツらが気配の正体だったらしい。鳥は嫌いだ。ミュータント化する前の記憶なんてないが、きっと散々襲われて酷い目に遭わされたのだろう。見ているだけで虫酸が走る。

 おまけにこちらの獲物を奪ったのだ。相応の報いを与えねばなるまい。

「ふん。力の差も理解出来ない輩は長生き出来ませんよ。全員八つ裂きにしてあげます」

 フィアは殺意を滾らせ、怪鳥と向き合う。怪鳥のうち二羽は「クルルオオオオオオンッ!」と金属製の楽器を鳴らすような奇怪な声で叫び、フィアを威嚇した。向こうもやる気満々のようである。

 恐らくこの怪鳥達も、花中や人間達が言うところの『怪物』なのだろう。

 フィアが倒した巨大昆虫を横取りしたからには、怪鳥は巨大昆虫を餌だと認識しているに違いない。ならば怪鳥にとって巨大昆虫というのは、普段から食べている獲物の一つに過ぎない筈だ。フィアが感じ取った『力』の大きさからしても、この怪鳥ならば虫が何十匹束になろうと返り討ちに出来ると思われる。

 途方もない力を有した生命体だ……人間からすれば、という前置きは必要だが。

 フィアからすれば、この怪鳥も有象無象の一つに過ぎない。頭上を取られた不快感から退いてしまったが、真っ向勝負で負けるつもりは微塵もなかった。いや、瞬殺してやるつもりである。

 一つ、ただ一つの懸念があるとすれば……フィアから獲物を奪い取り、フィアの威嚇に声を上げなかった一羽。

 そいつの力だけは、周りの二羽とは格が違うという野生の『直感』ぐらいだ――――




ちょっと遅くなりました。
しかしフィアの頭は相変わらず空っぽですね。
空っぽだけど、未知相手には人間の知力以上に役立つという。

次回は4/28(日)投稿予定。

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