彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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第十三章 適応者
適応者1


 十月というのは、とても心地の良い季節だとフィアは思っている。

 フィア自身は本体を大量の水で覆っているため、外気温の変化は殆ど受けない。が、なんとなくこの時期は活動しやすい気がする。夏の暑さで枯れかけていた植物は活気を取り戻し、昆虫達も元気に飛び回るようになっていたので、自分以外の生物もそうなのだろうと考えていた。

 今朝も爽やかな秋晴れで、窓から入り込む朝日がとても気持ち良い。フナである自分ですらそう思うのだ。人間というのは季節にやたら感動するものらしいので、さぞ秋の過ごしやすさを満喫している筈である。

 筈であるのだが。

「なんで花中さんはさっきから悲しそうな顔をしているのですか?」

 抱いた疑問を、フィアはなんの躊躇もなく花中にぶつけた。

 質問された花中は、目をぱちりと開いてこちらを見る。見るといってもフィアはソファーに腰掛けて ― 正確には腰掛けている『フリ』だが ― いて、花中が居るのはそんなフィアの隣。間近で目を合わせる形になると、花中は恥ずかしがるように視線を逸らした。

「え、えと、そんな顔、してた?」

「はい。もう何時泣き出してもおかしくないような顔でした」

「うぐ……」

 思った事をそのまま伝えると、花中は恥ずかしそうにほんのりと頬を赤らめた。そして逃げるように僅かながら顔を反らしてしまう。

 恥ずかしがる花中は可愛いので、フィアとしては見られて嬉しいものだ。しかしその顔がまたすぐに悲しそうな、今にも泣きそうなものになるのは気に入らない。フィアは可愛い花中の顔が好きである。泣き顔が嫌いという訳ではないが、他の顔と比べてあまり可愛くない。出来れば別の表情をしてほしいものだ。

 一体何が原因なのだろうか?

 もしかするとその両手で握り締めている新聞に理由があるのだろうか。

「もしかして新聞に何か書いてあるのでしょうか?」

 尋ねてみると、花中は俯くような頷くような、よく分からない仕草を見せる。次いでその手に持っていた新聞を、フィアの方に差し出してきた。

 読んでみろという事だろうか? フィアがとりあえず差し出された新聞を掴むと、花中は紙面の一部を指差してから新聞を手放した。フィアは花中の指先が向けられた場所に目を向ける。

 大きな文字で書かれた見出しは『フランスに現れた超巨大生物』というもの。

 記事曰く、日本時間の昨夜未明頃フランス東部でトゲだらけの球体的生物……日本人に身近な例えを使えばウニのような生物が出現したらしい。体長は百メートルを超えており、移動するだけで町に壊滅的被害が生じる有り様。当然大きさからして猟師や警察の手に負えるものではなく、直ちに軍が出動したものの、超音速で射出される針によって出撃した陸海空軍が壊滅した……との事だ。

 他にも細かな事 ― 例えば確認された一般市民の死者が三千人を超えたとか ― が色々書かれているが、大まかなまとめとしてはこんなものか。最後まで記事を読み終えたフィアは、内容を自分の頭の中でしっかりと読み解く。そしてこう思った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 昨今、世界中で『怪物』が現れている。

 それは今日の新聞に書かれていたような、フランスに現れたウニの怪物だけではない。ロシアに出現した、全身が甲殻に覆われた体長三十メートルを超えるクマ。インドに出現した、五十メートルを優に超えるムカデのような生物。アメリカ沿岸部に上陸した、十脚の巨大甲殻類の群れ……他にも様々な生命体が確認されている。

 どの生物も軍事兵器では歯が立たず、少し暴れるだけで何千何万という命が奪われるほどの強さらしい。この圧倒的な力により多くの国が甚大な被害を受けていた。いや、今も被害は拡大している。これら恐るべき『怪物』達を全滅させた国はなく、今も奴等は暴れ続けているからだ。おまけに新種の出現頻度は低下するどころか日に日に増しており、加速度的に状況は悪化している。

 この前例のない異常事態の原因は、間違いなく昨年の出来事――――アナシスと異星生命体の決戦だ。

 彼女達の攻撃により多くの環境が破壊され、生態系が乱れた。急変した環境が偶々合ったがために大増殖したり、それとは逆に合わなくて絶滅した生物種も少なくないだろう。先月泥落山で大発生し、フィア達がいなければ町まで溢れかえったであろう白饅頭……その白饅頭の天敵のように。

 一月前、アルベルトの語っていた事が現実になろうとしている。白饅頭のような恐ろしい怪物達が、ついに人間社会への侵出を始めたのだ。

 大きな変化が生じている。いや、変化自体は前々からあったのだろう。怪物が人間社会に出てきたのは、その変化が限界まで積み重なり、最早手遅れなほど進んだ証に違いない。しかもこれで変化が終わりという保障はなく、もっと大きな『変化』が起きる可能性もあるのだ。

 この世界はこれからどうなるのだろうか。

 人間はどうすべきなのか。

 人間は、どうなるのだろうか。

 ……という感じの話を先日花中から聞いていたフィアだったが、殆ど忘れていたので「また妙な生き物が現れたのか」以上の感想を持たなかった。改めて話されたところで、人間が何人死のうが、その末路がどうなろうがどうでも良い。花中と一緒に過ごせるだけでフィアは幸せなのだから。

「ふーんまた怪物が現れましたが。まぁどんな奴だろうとこの私の敵ではありませんがね!」

 とはいえその花中を怯えさせているのがコイツらだと思ったので、自分が傍に居る事をアピールしておいた。無論これは強がりではなく、本気でそう思った上での言葉である。

 フィアがフィアなりの方法で励ますと、花中はふにゃっと笑ってくれた。安心したのか、人間がよくやる『世辞』というものなのかは判別出来ないが、花中の笑顔を見られたのでフィアとしては満足だ。

「うん。ありがとね、フィアちゃん」

「いえいえ礼には及びません。花中さんが元気になってくれたならこちらとしても嬉しい事です」

「えへへ……ん。元気になったら、ちょっと小腹が空いちゃった。今日は休みだし、久しぶりにお菓子でも作ろっと。あ、でも小麦粉あったかな。最近高くて、あまり買ってないんだよね……」

 ソファーから軽やかに降りると、花中はキッチンの方へと向かう。

 フィアはソファーに座ったまま、満足げな鼻息を吐いた。それからふと、花中が置いていった新聞に目を向ける。

 普段、フィアは新聞など殆ど読まない。人間達の社会情勢など興味がないからだ。精々漫画を読んだり、テレビ欄を見てアニメの時間を調べるぐらいである。今新聞を読もうとしたのも、花中がお菓子作りを始めてしまい暇になったので、時間でも潰そうと思ったからに過ぎない。

 適当にぱらぱらと捲り、人間社会で起きた出来事をぼうっと眺めるフィア。経済がどうたらこうたら、政治がどうたらこうたら、犯罪がどうたらこうたら……何を言いたいのかよく分からない。やっぱり全然面白くないと感じたのでそろそろ閉じようかと思い、しかし無意識に次のページを捲り、

 フィアはその目を大きく見開いた。

 その記事は決して大きなものではなく、人間ならばそのまま見逃す事もあり得ただろう。

 されどフィアの目は、悪くはあっても鈍くはない。書かれている文字を瞬時に捉えて理解する。内容は今時()()()()()()ものだ。フィア自身そう思っていたが、しかし今は真剣に読み進める。何時、何処で、何が起きたのかをちゃんと理解しようとした。

 やがてフィアは、ぱたんと新聞紙を閉じる。

 次いでソファーから立ち上がると、フィアは早歩きでキッチンへと向かった。そこには花中が居て、お菓子の材料と思しき小麦粉や牛乳を並べている。今はボウルや泡立て器などの道具を棚から出し、取りやすい位置に置いていた。

「花中さーん私ちょっとお出掛けしてきますねー」

「えっ? あ、うん。何時ぐらいに帰ってくる?」

 そんな花中に、フィアはお構いなしに自分の『する事』を伝える。いきなり伝えられた花中はキョトンとし、予定を尋ねてきた。

「そうですねー。ちょっと遠出しますから十八時ぐらいでしょうか」

「ん、分かった。気を付けてね」

「はい。ではいってきます」

 手を振る花中に手を振り返し、フィアは爛々とした足取りでキッチンを後にする。そのまま目指すのは玄関だ。

 フィアとしては、十分な時間を取ったつもりである。

 目的地までそれなりの距離があるし、現地で色々やるつもりなのだ。加えて相手が『素直』とは限らない。自分が負けるとは微塵も思わないが、小狡くて中々捕まらない可能性は流石に否定出来なかった。あとお土産分も捕まえたいので、数が少ないと見付けるのが大変かも知れない。

 そうした理由から、フィアは『九時間』ほどの猶予を設けた。しかしその時間設定は、人間が詳細を知ればあまりにも短いものと思うだろう。

 フィアが居なくなったリビングに、窓から入り込んだ秋風が吹き込む。風はフィアがつい先程まで読んでいた新聞を扇ぎ、ぺらぺらとページを捲る。

 表に出てくる世を知らせる無数の情報。その中の一つには、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中国北西部の農村に巨大な甲虫が複数出現。駐屯していた人民解放軍が応戦するも壊滅した、と。




花中達と全く関係ないところで怪物出現済み。
まぁ、花中は主人公ですけど、世界の中心ではありませんので。

なお、今回の視点はフィア。
間違いなくろくな事になりませんね!

次回は明日投稿予定。

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