彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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あなたはだあれ3

 御酒清夏は、東北のとある酒蔵『御酒家』の一人娘である。

 一人娘といっても、両親と血のつながりはない。ある日酒蔵の隅に捨てられていたところを拾われ、育てられた。とはいえ親は捨て子である自分を我が子のように愛し、育ててくれて、清夏も御酒夫妻こそが親だと思っている。顔も知らない産みの親など、正直興味すらない。

 『親』から大事に育てられた清夏は、幼稚園に通い、小学校にも通い、今年から中学生となった。友達百人、は流石にいないが、五十ぐらいはいると胸を張れるぐらいの交友関係はある。中学生活も満喫し、部活動にも入り ― ちなみにバレー部 ― 、さぁこれから新しい生活を楽しむぞ……と思っていた四月下旬頃の事。

 突然現れた防護服姿の連中に拉致された。

 一瞬の事で、正直なところ何があったのかはよく覚えていない。確かなのは学校からの帰り道、友達と別れて一人きりになった直後、男達は現れた。無論抵抗したが、彼等は皆スポーツ選手のようなガッチリとした体躯をしていて、運動部に入ったばかりの女子中学生が敵うような相手ではなかった。あっさりと車に引き込まれ、連れ去られ……見知らぬ、白い部屋に閉じ込められた。

 何か酷い事をされるのではと思い怖かったが、白い部屋での生活は拍子抜けするほど快適だった。テレビが置かれていて好きな番組を見る事が出来たし、漫画や小説、ゲームも積まれていた。食事もごく一般的な、それでいて健康的なメニューであり、美味しかった。嫌いなものを残したり、大声で食べたいものを伝えると、すぐメニューに反映された。強いて嫌な事を上げるなら、週に一度注射で少量の血を採られたぐらいだろう。

 しかし快適である事と、ずっと暮らしていたい事は別問題。

 帰りたいという気持ちだけは変わらず、何時か警察が助けてくれると信じて待つ日々。だけど何時まで経っても助けは来なくて……もしかしたらずっとこのままなのではないかと、諦めかけた時だった。

 テレビで、自分を探している両親の姿を見たのは。

「後の事は、あんまり覚えてない。なんか頭がくらくらして、それで……気が付いたら、部屋が吹き飛んでた。外に続く大穴が開いていたから、そこから外に出て、逃げて……でもお金とか持ってないから、何日も歩いて。それで、多分気絶しちゃったところで、あなた達と会ったの」

 そのような経緯があったのだと、清夏はぽつぽつとした語り方で説明した。

 大桐家のリビングにて。テーブルを挟んで向かい合った状態で椅子に座り、清夏の話を聞いていた花中は唇を噛み締める。

 なんて酷い話なのか。

 清夏は誘拐事件の被害者だったのだ。それも四ヶ月前に起き、四ヶ月もの間解決していない大事件の。犯人の男達の目的も気になるが、清夏本人、そして清夏の両親の気持ちを想うと胸が痛くなるほどの悲しみが込み上がる。すぐにでも彼女は警察に保護してもらい、地元に帰してあげたい……それは花中の、紛う事なき本心である。

 反面、こうも思った。

 ――――何故自分は、()()()()を聞かされている?

「ほーそれは中々大変でしたね」

 フィアは特段清夏の正体などどうでも良いのか、或いは単純に気付いていないのか。彼女の話をすっかり信じている様子だった。

「……裏は取れたわ。ネットの力って本当に便利ね」

 ミリオンの方も、しっかり調査をして清夏の言葉の正しさを証明する。彼女が持ってきたノートパソコンには、『御酒清夏』を探している旨を記載したホームページが表示されていた。顔写真も掲載されていて、確かに今花中達の眼前に居る少女が行方不明の少女・御酒清夏であると証明する。もっと調べれば、清夏が見たというテレビ番組も突き止められるだろう……そこまでする必要があるとは思えないが。

 清夏の言葉に、恐らく嘘はない。しかし花中は違和感を覚える。

「……あの、すみません。御酒さんは、その、超能力者、なのですよね? どうして、超能力者って、分かったのですか?」

「え? どうしてって言われると……なんか部屋から逃げた後から、変な力が使えるようになってて。あっちいけーとか、近寄るなーとか思うと、大体その辺りが爆発するの。で、多分これは超能力だと思うから、それを使えるわたしは超能力者なんだーって……」

 訊けば、清夏はなんとも適当な答えをくれた。随分曖昧な認識で発動する力のようだが、フィア達の力の使い方を見るに、ミュータントはその程度の認識で力のコントロールが出来るものなのだろう。ましてや自分の出自をちゃんと理解する必要なんてない。

 そして清夏は、つい最近まで自身の力に気付いていなかった。だとすると、もしかすると彼女は――――

「……あの、これを言うと、図々しいって思われるかも知れないけど……」

 考え込んでいた花中は、清夏からの言葉に僅かながら反応が遅れた。それでもすぐに顔を上げ、花中は清夏と向き合う。

 尤も清夏の方は花中から顔を逸らしていたので、花中と目が合う事はなかったが。清夏の口はむにゅむにゅと動き、極めて居心地が悪そうにしている。

「はい。えと、なんでしょうか?」

「その……わ、わたしを……」

「わたしを?」

「……匿って、くれない……?」

 やがておどおどと出てきた言葉は、自らの保護を求めるものだった。

「あん? 何故我々があなたを匿わなければならないのですか? 家に帰れば良いじゃないですか。よく知りませんけど警察に行けばなんとかなるんじゃないですか?」

「だ、だって……その、今日あなた達を襲った、変な格好の連中がいたでしょ? アイツ等、多分わたしを連れ戻しに来たんだと思うの」

「はぁ。それで?」

「それでって、アイツ等普通じゃないのは分かるでしょ!? 人数も多いし、あんな武器を持ってたら、警察でも勝てるか分かんないし、もしかしたらお父さんやお母さんが……」

 フィアが突き放すと、清夏は不安そうに訳を話す。

 その言い分は至極尤もなものだと花中は思う。

 花中達が遭遇した防護服姿の集団……清夏を連れ去った者達の一員であろう彼等は、警告一つせずにフィアを攻撃してきた。それも爆発する何かという、立派な兵器を用いて。フィアだからこそ無傷だったが、並の人間ではバラバラに吹き飛んでもおかしくない威力だった。彼等が殺人も厭わない集団なのは間違いない。今日現れた彼等はフィアがボコボコにした後、一応武器も全部破壊したが……警察に逮捕された訳ではない。フィアの正体を隠すため彼等を突き出す事は出来なかった。しかも生きてる人間なので『破壊』も出来ない。立ち直った彼等がまたやってくる可能性は十分にある。

 日本の警察は優秀だと花中は信じているが、武装した『兵士』に襲われて立ち向かえるような組織ではない。保護を申し出ても、警察では清夏を守り切れないだろう。そして戦いの過程で、多くの犠牲者が出てしまう。

 それよりも『超能力者』であるフィアの傍の方が安全で、被害も少ない事は間違いない。極めて合理的な判断だ……相手の気持ちを無視すれば。酷な言い方をすれば、大勢の人を守るためにフィアを巻き込もうというのと同じである。

「お願い! アイツ等の事は、わたしが、その……なんとかする、から……困ったら、見捨てても、良いから……だからしばらく、此処に置かせてくれない……?」

 最初は勢い良く、途中からおどおどと頼み込む辺り、清夏としてもそこに引け目を感じているのだろう。怯えたような眼差しで、清夏はフィアを見つめる。

 対するフィアは如何にも面倒臭そうに、けれどもそれ以上の感情を感じさせない顰め面を浮かべるのみ。

「花中さん。こう言ってますけどどうします?」

 ややあって出てきた言葉も、花中の意見を伺うものだった。

「……わたしからも、お願い、したいな。助けてあげたい、から」

 花中が正直な気持ちを伝えると、清夏は目を煌めかせる。OKが出ると期待している様子だ。

 とはいえ基本自らの都合しか考えないフィアの事。果たして危険な人間達に襲われるリスクを許してくれるだろうか。

「分かりました。花中さんがそうしたいのでしたら構いませんよ」

 そんな心配を嘲笑うように、フィアはすんなりと花中の意見を受け入れた。

 ……あまりにも簡単に受け入れるので、花中は少し呆けてしまう。

「え? い、良いの? その……変な人に、襲われるかも、知れないのに……」

 呆けるあまり殆ど無意識に尋ねると、フィアはこてんと首を傾げる。

「そうですけどそれがなんです? 人間なんて虫けらみたいなものじゃないですか。どれだけ来ようが私の敵ではありませんよ」

 そして平然とそう答えた。

 要するに、弱っちい奴等がいくら来ようがどうでも良い、という事らしい。極めてフィアらしい発想に、花中は少し口許が引き攣る。

 しかしながら実際フィアは防護服姿の集団を簡単に倒しているのだから、虫けらみたいなものという評価はあながち間違いではない。それに清夏の保護を許してくれたのだ。ならばどうしてその考えを改めさせる必要があるのか。

「……うん。ありがとう、フィアちゃん。えと、ミリオンさんは……」

「んー。私はどっちかといえばNoなんだけど、まぁ、人間相手なら良いか」

 ミリオンにも訊けば、彼女も渋々ではあっても承諾してくれた。

「ありがとうございます……えと、みんな大丈夫との、事なので……大丈夫、です」

「あ、ありがとう!」

 かくして花中は保護の意思を伝えると、清夏は眩い笑みを浮かべながら感謝を表す。

 それからすぐに、笑みを浮かべたままの顔に涙が伝った。 

「あ、あれ? わたし、なんで……あれ?」

 拭っても拭っても、清夏の目から溢れる涙は止まらない。段々とその笑顔もくしゃくしゃな泣き顔に変わり、明朗だった声の代わりに嗚咽が漏れ出る。

 いきなり泣き始めた事が不思議なのか、フィアはこてんと首を傾げる。しかし人間と長年暮らしていたミリオンと、人間である花中には清夏の気持ちはすぐに分かった。

 だから花中は清夏に近付き、ミリオンは花中を引き留めはしない。

「良いんですよ、泣いても。もう、大丈夫ですから。わたしは、何も出来ないですけど、でも……あなたの気持ちを聞くぐらいなら、出来ますから」

 花中はそっと清夏を抱き締め、優しく語り掛ける。

 清夏の口から大きな泣き声が上がるのに、さしたる時間は掛からなかった。

 ……………

 ………

 …

 ベッドの上ですやすやと寝息を立てる清夏に、花中は彼女を起こさないようそっとタオルケットを掛ける。

 時刻は十五時をようやく回った頃。まだまだ気温が高い時間帯であるが、清夏を寝かした部屋……花中の自室では今、クーラーが起動している。現在の室温は二十六度前後。寝る前にお茶を飲ませているので、寝ている清夏が熱中症を患う心配はほぼないだろう。

 文明の利器とは素晴らしいものだとしみじみと感じつつ、花中は静かに自室を出る。扉を閉めてしまえば小さな音など届かない筈だが、それでも一階へと続く階段を下りる時は自然と忍び足になっていた。

 花中が普通に歩くようになったのは、一階のリビングに足を踏み入れてからだった。

「おかえりなさい花中さん」

「おかえり。あの子、どんな感じかしら?」

 冷房の冷たい空気と共に、フィアとミリオンが出迎える。花中は二匹の顔を見ながら、こくりと頷いた。

「ただいま、フィアちゃん、ミリオンさん。御酒さんは、とてもよく、眠ってます。しばらくは、起きないかと」

「眠ってる? ……ふぅん」

 花中としては思った事をそのまま言ったつもりだが、ミリオンは興味を抱いたかのような反応を示す。

 何かおかしな点でもあったのだろうか? 考えてみようとする花中だったが、すぐに止めた。

 わざわざ考えなくても、察しは付く。

「さぁて。あの子との付き合い方、どうしたもんかしらねぇ」

 こんなぼやきをするぐらいなのだ――――ミリオンもまた()()()()()()と、花中は思った。

「? どうするとは?」

 ……思った通り、フィアだけは気付いていない様子だが。

 花中は苦笑いを浮かべながら、ちらりと自身の後ろを振り返る。

 階段を下りてくる少女の気配は、ない。防音扉ではないものの、部屋とリビングにある戸で二重の壁が出来ている。余程の馬鹿騒ぎでもしない限り、花中の部屋まで声は届くまい。

 それでも小さな、だけどフィアの聴力ならば難なく聞こえるであろう声で、花中は教えた。

「えっとね……御酒さん、自分の事……人間だと、思ってるみたい、なの」

「人間だと思っている? 自分が人間じゃない事に気付いていないという事ですか?」

「うん。多分だけど、そうだと思う。だから、それを伝えるか、秘密にするか、考えないといけないの。わたしは、秘密にした方が良いと思ってるけど」

 訊き返してくるフィアに、今度は出来るだけハッキリと花中は答える。自分の中では確信のある言葉であり、伝える事は難しくなかった。

 清夏の言動は、あたかも自身が人間であると主張するかのようだった。話し方は年頃の少女のそれであるし、怯え方や逃げ方も人間そのもの。これまで様々なミュータントや超生命体を目の当たりにしてきた花中は、なんとなくだが人間ではない存在の動きを覚えている。そんな花中でも、清夏の動きに人間以外の気配は感じられなかった。

 そして力を振るうフィアを清夏は『超能力者』と呼んでいた。超能力者という呼び名は、普通は人間相手に使うものだ。どれほど不思議な力を持っていようと、動物を超能力者と呼ぶ者は少数派だろう。つまり清夏は、フィアを人間だと思ったという事。自身も不思議な力を持った『人外』にも拘わらず。

 このチグハグな言動への説明……それが、清夏が自分の正体を忘れてしまったミュータントである、という仮説なのだ。

 勿論、花中達を警戒して人間のふりをしている可能性も否定は出来ない。しかし先程の涙が嘘だとは、花中には到底思えなかった。人間に追われ、怯えているのもミュータント()()()()()

 或いは人間のミュータント、という事も十分に考えられる。人間は特別な存在ではないが、かといって自然界に蔑まれている訳でもない。多種多様なミュータントが存在する中、人間がミュータントになれないというのもおかしな話だ。されどこの可能性も低いだろう……インフルエンザウイルスの集合体であるミリオンならば、体内構造をチェックする事で清夏が人間であるかどうかなど一瞬で見抜ける。そのミリオンが付き合い方に悩んでいるのだから、この可能性もまずあり得ない。

 消去法ではあるが、花中には清夏が自分の正体を失念しているとしか思えないのである。

「えぇー? そんな事あり得るのですかぁ?」

 尤も、フィアは花中の説明に半信半疑な様子だったが。基本花中の言う事は鵜呑みにするフィアも、今回は違うらしい。

 普段フィアから疑われる事があまりなかった花中は、ちょっとばかり驚いておどおどしてしまう。言葉もすぐに出てこなくて、喘ぐように口が空回り。

 見かねたミリオンが話に割って入ってくれなければ、長い沈黙が流れてしまうところだった。

「あら、左程変な話じゃないと思うわよ? 可能性は幾つか考えられるわ」

「そうなのですか?」

「ええ。例えば、赤ちゃんから伝達脳波を受け取った場合が考えられるわね。ミュータントとして目覚めた直後に有している知識は、伝達脳波を発している人間に依存している。だから赤ん坊の伝達脳波を受けてミュータント化したなら、そのミュータントが持つ知識は赤ん坊と変わらない。これじゃあ自分が何者かなんて分かる訳もないわ」

「……その状態であなたは人間だと教えられたなら自分が人間であると信じ込んでしまうと?」

「その通り。他にも頭を強く打って記憶を失ったとか、薬を飲まされて脳に障害を負った、精神的苦痛からの逃避、ただのお馬鹿……記憶なんてやり方を知っていれば、簡単に改竄出来る程度の代物よ。どんな理由で忘れたとしてもおかしくはないわ」

「むぅ。そういうものなのですか」

 口振りでは理解したようにぼやきながら、しかしフィアの眉間に寄った皺が心の中のもやもやを表す。どうやら未だ納得はしていないらしい。

「えと、フィアちゃん? 他にも、何か気になるの?」

「気になると言いますか……アイツが人間じゃない事に気付いていないのは分かりましたがどうしてそれを秘密にしておく必要があるのです?」

 花中が尋ねてみると、フィアの方からも質問が飛んでくる。

 その疑問に、成程と花中は思った。確かにフィアならば、或いはミィや妖精さん、その他のミュータント達も似たような疑問を抱くかも知れない。例外はミリオンぐらいだろう。

 そしてきっと、ミリオン以外にはどれだけ説明しても理解してはもらえまい。

「ああ、それははなちゃんにも説明出来ないわよ。だってさかなちゃん、もしも自分が実はフナじゃなくてナマズだったと知ったとしても、別にショックなんか受けないでしょう?」

「……逆に訊きますけど何故そんな事がショックなのですか? どーでも良いでしょう自分がなんて動物かなんて」

 ミリオンからの問いに、このような答えを返すぐらいなのだから。

 人間ほど、自分達の種族に拘る生物は他にいまい。

 歴史を振り返り、宗教と科学を学べば、人間が常に自らを特別視していた事は明らかだろう。何かにつけて自分達を特別視し、自分達以外を蔑視する。種というものは自分達の都合で区分けしているにも拘わらず、人間だけは他の生物と何かが違うと妄信するのだ。本当は大した違いなどなくて、人間に神秘なんて存在しないのに。

 それは恐らく、仲間意識を発達させる中で手にした『進化』なのだろう。特別な者同士で協力し、自然と明白な区別を付ける……これにより人類は社会を発展させてきたのだ。そして発展させ過ぎた結果、人間は社会の中でしか生きていけなくなり、社会に適合する事が生存上重要となる。

 要するに「仲間外れになると割と本気で生きていけない」ので、何がなんでも同族である事に拘るのだ――――と花中は人間の種族的自尊心の根源について考察する。大変冷めた見方だと花中自身思うところだが、実のところ清夏の立場を自分に置き換えても、なんとなく乗り越えられるような気がしてあまり大事に思えなかったのだ。もしも自分が人間じゃなかったところで、人間じゃない友達の仲間入りをするだけなので。

 と、花中にとっては清夏が人間かどうかなど些末事であるのだが、清夏自身にとってはそうではあるまい。花中とて、この考えに至れたのは人間じゃない友達に一年以上囲まれてきた事が原因だろう。人外の存在を知らない清夏にとって、自分が人間でないと知る事は大きなショックの筈だ。

 知らないままで済むのなら、それが一番。教えるにしても、フィアやミリオンの正体を伝え、少しずつ『不思議な存在』への抵抗感をなくしてからにすべきである。

 それが花中の考えだった。

「えっと、人間にとって、それはとても悲しい事だから……だから、出来れば御酒さんが人間じゃない事は、秘密にしてほしいの」

「ふーむ理由はさっぱり分かりませんが花中さんがそう仰るならそのようにしましょう。秘密にしないでおく理由もありませんし」

 花中が頼めば、フィアは極めて無関心そうに約束してくれた。尤もフィアは極めて忘れっぽく、相手によって態度を変えもしない。何かの拍子にうっかり言うのではないかと、恐ろしく確かな『信頼』ばかりが花中の脳裏を過ぎる。

 とはいえ不安を抱いていてもどうにもならない。今更清夏を追い出すなんて出来ないのだ。

 清夏を狙う謎の集団の正体を解き明かし、二度と清夏に酷い事が出来ないようにするまでは。

「じゃ、今後の方針はこうね。御酒ちゃんの正体は秘密にしながら、彼女をうちで匿う。そして襲い掛かる人間をこてんぱんにして、正体を暴いて壊滅させる……何か異議はある?」

「そう、ですね。それで良いと、思います」

 ざっと話を総括してくれたミリオンに、花中は同意を示す。言葉にするとやるべき事、起こるであろう事が強くイメージ出来、花中の心に小さな闘争心が宿る。

 対してフィアは、能天気にこてんと首を傾げた。

 何か気になる事があったのだろうか? 疑問を覚えた花中がじっと見ている中、フィアはやがて得心がいったような明るい笑みを浮かべ、ポンッと手を叩く。 

「あーそういえばアイツ変な人間に追われていたんでしたっけ? やっつけた人間があまりに弱過ぎてすっかり忘れてました」

 そして割と大事な、話の根幹をすっかり忘れていた事を打ち明けた。ほんの十数分前の出来事なのに。

 打ち明けられた花中はその場でずっこける。ミリオンも膝を折り、力なくへたり込む。キョトンとしながらフィアは花中達を見下ろし、再び首を傾げた。

「どうしたのですか二人とも? 何故独りでにこけているのです?」

「……はなちゃん。割と本気で、御酒ちゃんには早いところ正体教えてあげた方が後々面倒がなくて良いと思うわ」

「……善処します」

 多難な前途を予感し、花中もミリオンも乾いた笑いが漏れ出る。

 仲間外れにされたフィアだけが、つまらなそうに唇を尖らせるのだった。




フィアはお馬鹿ではありません。
ただ興味のない事をすぐに忘れてしまい、
そして興味の範囲が著しく狭いだけです。

次回は3/16(土)投稿予定です。

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