彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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幕間十一ノ十二

 無数のモニターとそれを操る人がひしめく、小さな部屋があった。

 部屋の中は暗く、モニターや周りの機械類の明かりだけが辺りを照らす。人々の顔はそれらの光を浴びてぼんやりと浮かび上がり、機械のような無表情を露わにする。誰もが眉一つ動かさずモニターに備え付けられたコンソールを操作し、複雑な文字の羅列を眺めて、何か考え込み、それから新たな操作を行う……飽きる素振りもなく、この動作だけを繰り返す。男も女も居たが、やる事に違いはない。淡々と、作業を続けるのみ。

 部屋の中にはコンソールを叩く無機質な音と、機械の駆動音だけが満たされていた。

「やぁ、調子はどうだい?」

 その無機質な室内に、淡々とした、されど生きた人間の声が不意に響く。

 一瞬、部屋に居た誰もがその身体を強張らせる。が、振り向きもせぬまま、彼等は自分の作業を再開する。まるで、その声に応えるのは自分ではないと言わんばかりに。

 或いは自分こそがその役目を担うと誇示するかのように、モニターと向かい合っていた若い女性の一人が立ち上がる。それから寸分の狂いもない動きで声がした方へと振り返った。不満も喜びも怯えもない、無感情な顔のまま。

 そんな女性の姿を見て――――『彼』は笑みを浮かべた。

「問題なく職務を遂行しています。作業時間は十四時間を超えましたが、身体的・精神的疲弊は感じていません。他の職員もバイタルチェックを行う限りでは同様と思われます」

「うん、それは実に結構。精神調整は予想通りだけど、肉体健康は予想以上だね。量産化を進めるとしよう」

「了解しました」

 女性の答えを受け、『彼』は満足げに深々と頷いた

 最中の出来事だった。

 突如、建物全体を揺れが襲ったのは。それも地上から突き上げるような強烈なものが、ほんの一瞬だけ。モニターが揺れ、建物の建材が悲鳴のような軋みを上げる……しかしながら部屋に居る人間達は殆ど表情を変えず、作業を続けるか、精々モニターや機器が落ちないよう抑え込むだけ。逃げようともせず、狼狽など誰一人として見せない。

 異様な地震と、異様な人間。

 『彼』もまたキョトンとしていたが、慌てふためいて逃げる事はなかった。ただし表情から笑みが消え、素早く懐にあった機械 ― スマートフォンのようで、それよりもずっと無機質かつ小型の通信機器だ ― をズボンのポケットから取り出して耳に当てる。

「何かあったのかい?」

【『サンプル』が脱走を試みました】

 『彼』が問うと、通信機器から淡々とした報告が飛んできた。

 『彼』は一瞬、ほんの一瞬口許を歪ませ、されどすぐに楽しそうな笑みを浮かべる。

「そうかそうか。何時かは逃げると思っていたけど、思ったより早かったね。『人形』にアレの世話は難しかったかなぁ?」

【申し訳ございません。ただちに保安部に通達します。また、再発防止策の検討にも入ります】

「うん、そうしてね。あ、再発防止策はゆっくりで良いから。そうだねぇ、一週間以内かなぁ」

【了解しました】

「じゃ、よろしくー」

 気軽な言葉を最後に送り、『彼』は通信機の電源を落とす。それから踵を返し、『彼』はモニターだらけの部屋を出て行った。

 部屋から出た『彼』はエレベーターに乗り込み、エレベーターは『彼』一人を乗せて急上昇。やがてエレベーターは止まり、無音で開いた扉の先にとある部屋が現れた。

 部屋にあるのは大きなデスクが一つ。壁はガラス窓に覆われ、外の景色を眺める事が出来る状態だった。外には昼間の大都会……無数のビルが建ち並び、大勢の車や人々の行き交う姿が見える。

 エレベーターから出た『彼』は、部屋の真ん中に置かれたデスクに腰掛ける。それから虚空を指でなぞると、デスクに置かれた一枚のガラス板に映像が投射された。

 映し出されたのは、金髪碧眼の美少女。

 或いは黒髪で死んだような目をした美女。

 もしくは小柄でスレンダーな体躯をした少女。

「……良し。やるとしようか」

 画像を眺めながら独りごちた『彼』は、おもむろにデスク上にあった電話を手に取る。ボタンは押さない。何もしていないのに、コール音は勝手に鳴る。

【はい。こちら保安部】

 一秒と立たずに、感情の起伏が感じられない淡々とした声の男性が電話に出た。

「僕だよ。『彼女』が逃げたみたいだね」

【はい。先程通達を受けました。現在部隊編成は完了しており、間もなく確保に向かわせます】

「ああ、その件なんだけど少し待ってくれないかな? やりたい事があってね」

【……やりたい事、とはなんでしょうか】

「大したものじゃないけどね。そろそろ彼女達は痛い目を見るべきだとは思わないかい? あまり人間を嘗めるんじゃないって」

 『彼』の言葉に、電話越しの男は数瞬黙りこくる。されど間を開けて出てきた声は、やはり先程までと変わらない、淡々としたものだった。

【つまり、しばらく様子を見て、アレらと『サンプル』の合流後に専用装備で出撃せよ、と?】

「うん。そーいう事」

【現時点で、アレらと『サンプル』の合流確率は極めて低い筈です】

「それでも合流してしまう。アレはそういう存在だ。忌々しいけど、今回はそれを利用するとしよう」

【タヌキ達については?】

「情報部で手を打ってもらう。ま、アレの中にも僕達に友好的な派閥があるからね。時間稼ぎはしてくれるだろうさ」

【……了解しました】

「頼んだよ。じゃ、またね」

 通信を切り、『彼』はにやりと微笑みながら席から立ち上がる。

 向かう足取りは、部屋をぐるりと囲うガラス窓。

 窓の傍に立った彼は、下界をその目で見下ろす。木々のように生い茂るビル、アリのように列を作る車、蔓延るカビのような人混み……人間が幾代も掛けて作り上げた奇跡の光景であり、人類繁栄を象徴する景色。

「大きな力を手にして、随分と粋がっているみたいだけど……それももう終わりだ」

 『彼』は呟きながら、人が自らの暮らしを豊かにするため、自然を壊して作ったそれらの景色を眺める。

 とても愛おしそうに。

 とても誇らしげに。

 とても楽しげに。

 やがて『彼』は軽やかな足取りで振り返ると、虚空を撫でるように片手を大きく振るう。

「真の知性というものを見せてあげよう……ケダモノ達と、それを忘れてしまった人間に、ね」

 そして楽しげに独りごちた。

 銀髪紅眼を持ち、人外(ケダモノ)達に囲まれて笑顔を浮かべる、少女の画像を眺めながら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十二章 あなたはだあれ?

 

 

 

 

 

 




次章は本作では珍しい男性敵役登場。
胡散臭い男性キャラって結構好きです。

次回は3/3(日)投稿予定です。

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