彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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未来予想図4

 泥落山の中腹、最も木々が鬱蒼と茂る場所に、無数のテントが立てられていた。

 テントはいずれも迷彩色をしており、遠目からでは森の景色に紛れて発見は困難だろう。テントの側に置かれている大量のプラスチック製の箱や、駐車しているトラックや戦車にも迷彩が施され、隠密性を高めている。誰からも見付かりたくないという意思がひしひしと感じられた。当然、テントの間を行き来する何百もの人間達も迷彩服である。

 迷彩服を着ていないのは、テントの中へと『案内』された花中達ぐらいなものだった。

「……………」

「ほー何時の間にかこんな場所を作っていたんですねぇ。最近この山には来てませんでしたから全然気付きませんでしたよ」

「そだねー」

 パイプ椅子に座る顔面真っ青な花中を挟むような位置取りで、フィアとミィが能天気な会話をしている。花中達の周りにはアサルトライフルのような ― しかしより大型で、威力が高そうな ― 銃を構え、その物騒な銃口をこちらを向けている男性が二人も居るのに。

 確かにフィア達には銃など通用しないだろう。花中に関しても、野生の勘で瞬時に行動を起こせるフィアと、弾丸を簡単に躱せるほど素早いミィが両サイドに居るのだ。仮に銃口を向ける二人が何かの拍子に撃とうとしても、撃つ前にフィアが彼等を八つ裂きにするか、ミィが迫り来る何十何百もの弾丸を易々と叩き落とすだけである。花中の身は『絶対』に安全だ。

 それでも怖いものは怖い訳で。

「……銃を下ろしてやれ。どのみち、奴等にこんな豆鉄砲では効果がない」

 花中と同じくパイプ椅子に座っているマーガレットが指示を出してくれなければ、花中は何時までも震えていただろう。

 指示を受けた男性二人は素早く銃口を地面へと向ける。花中達を見張る彼等はマーガレットから、フィア達がどれほど強大な……それこそ此処に居る人間を一瞬で皆殺しに出来るぐらい……生命体であるか伝え聞いている筈。上官からの命令とはいえ、フィア達(危険生物)を前にして躊躇なく命令を遂行する精神力。相当の訓練を受けた兵士であろうと花中は察する。

 それが花中の違和感を膨らませるのだが。

 マーガレット当人や、道中で出会ったマーガレットの部下達も、極めて優れた戦闘能力を有していた。そして白饅頭という恐ろしい怪物に立ち向かえる精神力を有している。マーガレットは白饅頭の恐ろしさを知りながら仲間の下に戻ったし、その仲間達も戦車の搭乗員が白饅頭に喰われてもパニックには陥らなかった。身体能力と併せて考えれば、軍隊の中で精鋭と呼ばれるような部隊に所属出来る実力者かも知れない……本当にそうかは、軍隊の知識があまりない花中には断言出来ないが。

 なんであれ彼等が優秀な兵士なのは間違いない。では、何故そのような実力者達が泥落山に居るのだろうか?

「さて、聞きたい事は色々あるだろうが、まずはこちらから質問させてもらおう。お前達は、なんの目的でこの山に来た? 私は、町に帰れと言った筈だが」

 残念ながら、この疑問の答えはすぐには教えてくれないらしい。

 とはいえ明らかにぴりぴりした顔付きをしているマーガレットや彼女の部下達を見て、こちらの駄々を通す気にもならない。花中はマーガレットからの問いにおどおどしながらも正直に答えた。

「え、えと……か、狩りに……というか遊びに、来ました」

 ……正直に答えない方が、色々面倒がないような気もしたが。

「……遊びに?」

「は、はい。えと、ミィさん……この子に、誘われまして」

「そーそー。今日はね、良い獲物が獲れそうだなーって思ったからさ」

「そしてあなた方が狙ってる怪物が大変美味しいと分かりましたからね。独り占めなんて許しませんよ!」

「……成程。私の警告は、美味しいものを独り占めするための言い訳と取られた訳か。なら、こうは思わなかったのか? 独り占めするために、人間達は自分達を攻撃してくるんじゃないか、とは」

「んー、ちょっとは思ったかな。でも、なんでそんなの気にする必要ある訳?」

「人間なんて雑魚なんですから攻撃してきても無視すれば良いだけの話ですからね」

 ミィとフィアの意見に、場の空気が僅かに張り詰めたのを花中は感じ取る。兵士だけに、戦闘能力には自信がある筈だ。それを貶められて、何も感じないというのは難しい。

 しかしやはり彼等は優秀な兵士であり、フィア達の意見に反発する者は出なかった。マーガレットは何やら思案顔で、フィア達の言葉を吟味している様子。

 マーガレットは他にも、普段フィア達が何をしているだとか、何処に暮らしているとかを尋ねる。次々と投げ掛けられる質問に、フィア達は嘘偽りなく答えていった。あまりにもすらすらと答えるからか、周りに居る兵士達は疑念より呆けている様子だ。

 マーガレットの方も、質問を重ねる毎に緊迫感が薄れていくのが花中にも分かる。やがてマーガレットは身体から力を抜き、自身が腰掛けているパイプ椅子の背もたれに寄り掛かった。

「……一先ず、君達が我々の敵でない事は理解した。信用するとしよう」

「最初からそう言ってるじゃないですか」

「ねー」

「あ、あの、えと……あ、ありがとう、ございます」

「礼には及ばない。むしろ先程助けてもらった礼を言わねばならんぐらいだ……その上で、厚かましい事は承知しているが一つ頼みたい事がある」

「? 頼みたい事、ですか?」

「端的に言うと、我々が遭遇した怪物の退治を頼みたい」

 真っ直ぐに目を見つめながら、ハッキリと告げた言葉。

 マーガレットの『頼み事』が冗談の類でない事は、付き合いが浅い花中にもすぐ理解出来た。故に花中は目を見開き、思わず息を飲む。

「た、退治、ですか?」

「そうだ。それも完全な、絶滅させるレベルでの駆逐だ」

「絶滅……」

 ごくりと、花中は息を飲む。絶滅……一匹残らず始末するというのは、穏やかな話ではない。白饅頭がどんな存在か分からない今、マーガレットの言葉は酷く物騒に聞こえた。

 マーガレットにもその自覚はあるのか、無意識に花中が表情を強張らせても不機嫌になったりはしない。凜とした顔は、ぴくりとも揺らがなかった。

「とはいえいきなり言っても訳が分からないだろう。まずは我々について説明しよう」

 マーガレットは椅子から立ち上がり、花中のすぐ目の前までやってくる。長身なフィアをも上回る体躯に、花中は座った体勢のまま思わず身動ぎ。

「我々はDCE。人類にとって危険な生命体の探知・追跡、そして駆逐を任務とする……所謂秘密結社だ。私はこの組織のメンバーの一人であり、実働部隊の戦闘指揮官をやらせてもらっている」

 尤も『自己紹介』をした時のマーガレットは、誇らしげで、眩い笑みを浮かべてみせたので、花中の中にあった怯えた感情は簡単に抜けてしまったが。

「秘密結社とはまた胡散臭いですねぇ」

「他に例えがないのだから仕方ない。一般には知られていないが、公的機関の支援を受けている組織とでも思ってくれれば良い」

「……公的って、どの辺りの事を、指してますか?」

「それについては黙秘する。尤も、あまり意味はないだろうがな」

 マーガレットの台詞に、確かに、と言いたくなるのを花中はぐっと堪えた。

 此処は日本の一地域であるが、しかしマーガレット達はお世辞にもアジア系にも見えない。そこから考えれば……どの程度の規模で活動している組織、その組織のバックの大きさが、なんとなく見えてくる。

 話したところでフィア達は「ふーん」としか思わないだろう。しかし花中としてはあまり敵対したくない相手だと思った。

「話を戻そう。今回、我々はこの地である種の生物の活動が活性化した事を捉えた。あの怪物達……我々は奴等の事を3FB2と呼んでいる」

「3FB2……」

「覚え難い名前ですねぇ。白饅頭で良いじゃないですか」

「我々には分かりやすい名前でね。呼び方を強制するつもりはないが、我々はこの名前を使わせてもらう。さて、3FB2について調査を進めた結果、三つの事実が判明している」

 マーガレットは三本の指を立て、すぐに一本の指を折る。

「一つ、この生物は『現代』の生物である」

 二本目の指も、すぐに折られる。

「二つ、この生物は現在その繁殖に止まる気配がない」

 最後に三本目の指を折り、マーガレットは花中を見つめながらこう告げる。

「三つ、野放しにした場合、大量発生した3FB2により大量の人命が失われ、現代文明は大きなダメージを受ける」

 マーガレットは指の数だけ述べると、口を噤んだ。あたかも、花中の意見を待つかのように。

 しかし花中はすぐには言葉を紡げない。

 押し込まれた情報が、あまりにも『刺激的』だったがために。

「……あ、あの……ど、どういう、事、ですか……?」

「一つ一つ説明しよう。現代の生物というのは文字通りの意味だ。君は『マグナ・フロス』を知っているか? 数ヶ月前に古代より蘇った植物であり、航空機すら撃ち落としたという怪物だが……あれとは違い、3FB2は現代の生態系に適応した生物だ。在来種と言えば分かりやすいか? 元々この地に生息していた、ただの野生動物という事だよ」

 少しばかり他の動物より強いがね――――皮肉混じりの説明を受け、花中は一つ目の『事実』をどうにか飲み込む。フィア達はこの泥落山に、『マグナ・フロス』に匹敵する『何か』の存在を察知していた。白饅頭がその何かであるならば、マーガレットが言うように昔から生息していた生物なのは事実なのだろう。

 けれども、だとすると二つ目の『事実』に違和感を覚える。

「えと、では何故、今は、繁殖が止まらない……あんな、人里近くに降りてくるまで、増えたのですか? 現代の生物で、時折大発生するような生き物、なら、もう、とっくに周知の存在になっている、筈です」

「詳細については不明だ。何かしらの地殻変動があった影響で天敵となる生物が激減または絶滅した、というのが我々の考えだが確証はない」

「地殻変動……」

 脳裏を過ぎる可能性……昨年末に体験した、アナシスと異星生命体の激戦。彼女達の戦いは凄まじく、地球のあちこちで火山噴火や大地震を起こし、幾つもの国が壊滅的被害を受けた。

 そして天災は良くも悪くも『平等』だ。被害を受けたのは人間だけに留まらない。多くの野生生物も、天変地異の影響を受けている。個体数が少なかった種や、不運にも災害が直撃した種が絶滅していたとしてもおかしくはない。

 白饅頭の天敵がアナシス達の『ケンカ』に巻き込まれて滅びたとしても、これは自然の出来事である。なんらかの生物により、他の生物が滅ぼされるという事は、大昔から度々起きているのだ。だからこれは善悪で語れる話ではない……しかし人間にとって死活問題である。

「……三つ目については……」

「人間を喰うような生物が何千万と拡散すれば、日本がどうなるかなど容易に想像が付く。日本の生産力と軍事力、経済力が短期間で消失すれば、人類文明は大きなダメージを受けるだろう……そんな時に新たな、3FB2と同程度に危険な生物が現れたら、どうなると思う?」

「そんなの……」

 訊くまでもない。口を閉ざした花中を見て、マーガレットもそれ以上語ろうとはしなかった。

 『マグナ・フロス』を撃破して以来過ぎる、人類繁栄の儚さ。その考えは正しかったらしい。地球の支配者を名乗っていた種族なのに、ほんの二種の生物が暴れ回るだけで危機を迎える。数千年と栄える事が出来たのが、如何に奇跡的な事だったのか。

 そして奇跡は何時か終わるもの。そのタイミングが『今』だとしても、なんらおかしな事ではないのだ。

「無論、我々とて手をこまねいている訳ではない。先進国で採用されている以上の装備を持ち、撃滅に当たった。だが既に奴等は膨大な数に増えている。現状の戦力では苦戦……いや、正直に言おう。このままでは3FB2を抑えきれない」

 マーガレットは更に、自分達……ひいては人類が置かれている状況についても教えてくれた。花中が思っていた通り、否、思っていた以上に状況は悪いらしい。

 人間には優れた英知があるが、それらが『敵わないモノ』が幾らでもいる事を花中は知っている。3FB2と名付けられた生物も、人間の手には負えない存在のようだ。もしかしたら何かしらの対抗策があるのかも知れないが、ない可能性だってある。人間は決して選ばれた種族なんかではない。『天敵』との戦いに、勝利は約束されていないのだ。

 人類に滅びが歩み寄っている。

 だけどフィア達ならば。

 人類が作り出した数々の兵器すらも耐えられる、人智を超えた出鱈目な能力ならば、人の世を滅ぼす怪物であっても……

「だから頼みたい。人類のために、君達の力を貸してもらえないだろうか」

 一人の人間として、花中はマーガレットの言葉に無意識な頷きを返し

「嫌です」

「あたしもやだ」

 耳に入ってきた二匹の友達の言葉に、小さく項垂れる。

 フィアも、ミィも、その顔に迷いなんてこれっぽっちも見られない。声の暢気さからしても、彼女達は本当に人間を助ける気はないようだ。

 マーガレットは睨むような眼差しをフィア達に向ける。

「……理由を聞いても?」

「理由も何も別に白饅頭を倒さずとも私が困る事はありませんし」

「あたしも同じ。人間は好きだけど、人間に尽くすつもりもないからね。なんでも言う事聞くと思ったら大間違いだよ」

「何よりあの白饅頭は美味しかったですからねぇ」

「ほんとほんと、ほっぺた落ちそうなぐらい美味しかったよねー」

「あなた達は白饅頭を絶滅させるつもりなのですよね? 根絶やしにしたらもう食べられないじゃないですか」

「そんなのごめんだね」

 マーガレットや彼女の部下達からの視線などお構いなしに、フィアとミィは自由気儘に、堂々と自分の考えを伝える。そこに一切の後悔や後ろめたさは感じられない。むしろ自分の答えが最良だと信じているような、自慢げな笑みまで浮かべていた。

 ああ、やっぱりそういう答えになるよね――――花中は分かっていた二匹の反応に、苦笑いを浮かべてしまう。

 フィア達(野生動物)は何時だって利己的だ。自分の得になるかどうかが最も優先される。知性を獲得してもそれは変わらない、いや、知的になったからこそ長期的な利益にも思考を巡らせる事が出来るのだ。

 美味しい食べ物をどうして皆殺しにしなければならない? 人間の命が掛かっている? 人間だって美味しいという理由で、他の生き物を食べている肉食魚の放流をしているではないか……それと()()()()()()()

 フィア達の答えは、花中にとっては予想の出来るものだった。とはいえマーガレット達は違う。彼女達がミュータントの事を知っているかは分からないが、あまり友好的でないフィア達に親しみを覚えてくれると考え難い。

 もしかすると、マーガレット達から敵として認識されるのでは……

「君達の意見は分かった。そういう事なら、無理強いはしない」

 不安に思っていた花中にとって、マーガレットのこの言葉は安堵を感じさせるものであり、同時に疑問を抱かせるものでもあった。

「え? ……い、良いの、ですか……?」

「良いか悪いかで言えば、あまり良くはない。此度の件は最悪人の世が滅ぶきっかけとなり得るのだからな。しかし同時にこの危機は、乗り越えられる可能性がある危機だ。だとしたら、人類にとって『チャンス』でもある。小さな危機から経験を積み、成長のための足掛かりに出来るのだから。それをみすみす見逃すのも、それはそれで愚策だろう」

「……………」

「何より、誰かに守ってもらうのでは家畜と変わらない。自称ではあるが万物の霊長を名乗る種族が、自分達の生存を他者のご機嫌に委ねるなど滑稽ではないか?」

 マーガレットの意見に、花中は無言のまま小さく頷いた。

 人の問題であるなら、人の力で解決すべきだ。自分達よりも大きな力に安易に頼るのは、確かに簡単で、確実で、効果的で……故に気付けない、衰退への道である。

 最期の間際まで自分の足で立っていたい、というのは人間的な考え方かも知れないが……花中は人間である。マーガレットの意見に強い賛同を覚えた。

「まぁ勝手に頑張れば良いんじゃないですかね」

「うん。手伝いはしないけど、邪魔するつもりもないし」

 そんな人間達を、動物二匹は他人事のように応援する。手伝う気はないのに励ますという適当ぶりに花中としても思うところがない訳ではないが、しかし逆に考えれば自分達の食べ物を守るため人間を攻撃するとも言っていない。好きにやらせてくれるだけマシかなぁ、と花中は考える事にした。

 それに、正直なところフィア達が人間に協力し、白饅頭を根絶やしにするのは()()()()行いだと花中は感じていた。

「……すみません、お力になれず」

「気にしないでくれ。後は、我々の仕事だ」

「話は終わりましたか? でしたら私そろそろ狩りに戻りたいのですけど」

「あたしもあたしも。もうお腹ぺこぺこだよー」

 そろそろマーガレットとの話にも飽きてきたのか、フィア達は花中の服の袖を引っ張りながら訴えてくる。花中としては、マーガレットと話したい事はまだあるが……多分教えてくれないだろうものばかり。マーガレットの顔色を窺う限り、彼女にはもう話はなさそうだ。

「えと……では、わたし達は、行かせてもらいます。応援、してます……その、応援しか、出来ませんけど……」

「ああ、ありがとう。我々から言えた事ではないが、道中気を付けてくれ」

 花中は別れを伝え、マーガレットもそれを受ける。

 フィア達と共に花中はテントを出て、見送ってくれているマーガレット達に手を振りながら、『森』を目指して歩いた。

 無論、そのためにはテントがあるこの場所――――マーガレット達が設営した野外基地の中を通る必要がある。此処に来たばかりの頃は銃を向けられていた事もあり、あまりじっくりと見る余裕はなかったが……改めて見ると、彼等の疲弊具合が窺い知れた。置かれている車両は傷だらけ。物資らしきプラスチック容器には空の箱が押し込まれている有り様。歩いている兵士は疎らだが、誰もが暗い表情をしていた。

「……フィアちゃん。あの、この人達……あの白饅頭に、勝てると思う?」

「一匹二匹ならなんとかなるんじゃないですか? 大きいのが群れで来たら駄目でしょうけど」

 無意識に花中はフィアに尋ねて、フィアは何も考えずに正直な感想を伝えてくれる。予想通りの答えに、花中は小さなため息を吐いた。

 しかし、ため息を吐いただけだ。

 やがて花中とフィア、ミィは野外基地の外に足を踏み出す。此処まで自分の足で歩いていた花中だったが、フィアが訊きもせずに身体に手を回してきて、軽々と抱き上げた。一瞬の驚きはあるが、元より森の中ではずっとこの体勢だったので、すぐに慣れる。花中はフィアにしがみついて、万が一にも落ちないようにした。

「えと、それで、何処に、行くの?」

「あっちですね」

「こっちだね」

 それから花中が行く先を尋ねれば、フィアとミィは同じ方角を指差した。

 彼女達が指し示すのはより森の奥深く、のように見える景色。見えるだけで、本当に森の奥かは分からない。

「あっちに、何かあるの?」

「白饅頭の気配がします。それもとびきりたくさんの気配です」

 花中からの問いに答えながら、フィアは爛々とした足取りで自分が示した方へと歩き出す。ミィも大地に穴を開けながら、フィアの隣を歩く。

 花中にとっては、『期待通り』の展開だった。

 マーガレットは自分達人間の手で3FB2……白饅頭の打倒を望んでいた。花中も一人の人間として、マーガレットの意見に同意している、が、本心では別の考えを抱いていた。というのもマーガレット達は白饅頭を絶滅させるつもりだったが、話によれば彼等はこの泥落山の生態系を構成する一員である可能性が高い。人類にとって危険だからという理由で駆逐すれば、彼等が抑え付けていたものが大繁殖する可能性がある。それも退治すれば良いのかも知れないが、そうしたらそれが押さえ付けていたものが大繁殖し……同じ事を何度も繰り返し、本当に手が付けられなくなる時まで犠牲を出し続ける事になるだろう。勝ち続けたところで、最後に残るのは生命のいない荒野だけだ。

 だが、フィア達なら。

 フィア達にとって白饅頭は有象無象に過ぎない。何十もの兵士や兵器が集まっても敵わない大群も、圧倒的な力で簡単に蹴散らしてしまう。彼女達は襲い掛かってくる相手は容赦なく叩き潰し、自らの餌としてしまうだろう。それでいて、必要以上の殺しもしない。白饅頭は美味しい餌であり、敵ではないのだから。

 故にフィア達ならば、白饅頭達の新たな天敵になれる。いや、実際天敵になろうとしているところだ。彼女達は既に何千もの白饅頭を大地に還しながら、より美味なものを求めて森を練り歩いている。去る者は追わず、迫る者だけ殺し尽くす。彼女達ならば白饅頭の個体数を適正なところまで、人間に気付かれないところまで減らしてくれるに違いない。

 勿論フィア達は人間や自然のバランスなど考えていない。加えてミュータントは、花中の予想では『未来』の生物……この地の生態系の一員ではない。だからまだまだ数が多いのに狩りを止めたり、逆にやり過ぎて白饅頭を根絶やしにしてしまう事も考えられる。しかし少なくとも、明らかに絶滅を目的としている人間よりも()()()()可能性は低い。

 人命を守るという観点ではマーガレット達の迅速な対応は間違いなく正解だが、フィア達の力を信じている花中は、少しばかり『自然(フィア達)』に任せてみるべきではないかとも思っていた。不安がないと言えば嘘になるが、今の時点ではあまり危機感を抱いてもいない。フィア達に任せておけば『なんとか』してくれる……そんな確信に近い予感がある。

 それが今の花中の、正直な想いだった。

「花中さんどうしましたか? なんか先程から顔が緩んでますけど」

 考えていたところ、花中の顔をよく見ていたフィアから質問が飛んできた。どうやら気の緩みが顔に出ていたらしい。

 ぷるぷると顔を横に振り、花中は自らの頬を揉み解す。ニコッと浮かべた笑顔は、きっと何時も通りのものになっている筈だ。

「ううん、なんでも、ないよ。ちょっと、お腹空いてきたかもって」

「おおっと花中さんもついにあの白饅頭に興味を持ったのですね! ふふんならば一層大きくて美味な個体を探さねばなりませんね!」

「おっと、一番大きいのはあたしが頂くよ?」

 フィアの物言いに、楽しげにミィが異議を唱える。フィアは不遜な笑みで見つめ返し、ミィも獰猛な笑みを浮かべた。

 動物二匹はやる気十分。

 だとしたら花中(自分)に出来る事は、大人しく彼女達の行動を見守る事だけだ――――そう思った花中はたくさんの考えを巡らせた頭を休ませるように、フィアの腕の中で力を抜き、彼女達に全てを委ねる。

「……む?」

 尤も、お陰でフィアが不意に漏らした声がよく聞こえ、気にしない、という事が出来ないぐらい印象に残ったが。

 顔を上げてみれば、フィアは空を仰いでいた。空といっても頭上は生い茂る木々の葉に遮られ、青空の色など全く見えないが……フィアは間違いなく、空を見ていた。

 フィアは頭上の気配に敏感だ。何か、人間である花中には感じ取れないものを察知したのかも知れない。

「? フィアちゃん、どうしたの?」

「んー……いえ大した事ではありません」

 しかし訊いてみてもフィアは曖昧に答えるだけ。とはいえ隠すようではなく、フィア自身あまりよく分かっていない様子だ。

 少なくとも、フィアからすれば些末事なのだろう。

 それが人間にとっても些末とは言い切れないが……フィア自身分かっていないのだから、問い詰めても時間の無駄である。調べてみたところで、ちょっと大きな鳥だった、なんて事も十分考えられる。

 気に留めておくべきだろうが、心奪われても仕方ない。

「むむっ!? 野良猫の奴の姿が見えません! アイツ抜け駆けしましたね! 私達も急ぎましょう!」

「あ、うん。そう、だね」

 見えなくなったミィを追い駆けようとするフィアを邪魔するまいと、花中は考えるのを止めてフィアの『身体』に再びしがみつく。

 頭の片隅に置かれた小さな違和感は、フィアの力強い駆け足の中で段々と遠退いていくのだった。

 

 

 

 

「……協力は得られませんでしたね」

「想定内の反応だ。なんの問題もない」

 花中達が立ち去った後の野外基地の広間で、マーガレットとその部下の一人が話をする。マーガレットは本当になんの問題も感じていないかのように、落ち着いた表情を浮かべていた。

 基地内に居た兵士達はぞろぞろと集まり、マーガレットの前に並び立つ。総勢二百三十八名。誰もが屈強な肉体を持っていたが、その顔には疲労が滲み出ていた。

 マーガレットは兵士達の前で、堂々とした仁王立ちをする。胸を張り、そして開いた口からは、山中に響きそうなほど大きな声が出てきた。

「諸君! まずは私から礼を言いたい! 人類が未だその繁栄を享受出来ているのは、生き残った君達、そして惜しくも使命を果たした戦士達のお陰だ! 人類の一人として、君達には感謝してもしきれない!」

 マーガレットからの謝辞に、兵士達は神妙な面持ちを崩さない。彼等は現実が見えている。着飾った『言葉』なんかでは心は動かない。

 それは彼等の隊長であるマーガレットも同じ事だ。

「先程、本部から通達があった! 内容は二つ! 一つは増援が間もなく到着する! 総勢三百名の精鋭達だ! ……しかし聡明な君達は、現状をよく理解している事だろう。たった五百人ちょっとの戦力で、あの虫けらのように増えに増えた怪物共を駆逐出来る訳がない……私も同じ意見だ! 本部も同じ意見だった! 故に!」

 マーガレットは力強く、天を指差す。

 広間に集まった兵士達は、そろそろとマーガレットが指し示した方角に目を向ける……すると、彼等の強張っていた表情が呆気なく変化を起こした。

 最初は驚きで目を見開く。次いで、信じられないとばかりに首を横に振る。

 最後に、満面の笑みを浮かべるのだ。

「そう! 我々は、人類はついに『あれ』を完成させたのだ! どのような存在だろうと、どのような怪物だろうと……例え『神の炎』でも焼けない化け物だろうと、粉砕する力を!」

 マーガレットの大声の演説が、掻き消される。

 空から降りてくる、無数の大型輸送ヘリのプロペラ音によって。

「さぁ、反撃を始めるぞ! この星は人類のものである事を、無知蒙昧な畜生達に思い知らせるのだ!」

「「「おおおおおおおーっ!」」」

 勇ましき言葉に呼応し、兵士達は感極まった歓声を上げる。

 人類の未来のために。

 自分達の勝利を確信して。




順調にフラグを積み重ねる人類。彼等自慢の『アレ』は何処まで通用するのか。人類は自力で自然に立ち向かえるのか。
……立ち向かえたら立ち向かえたで、ますますヤバい事になるのが本作の大自然さんですけどね。だからって、ほっとくと白饅頭に人類喰い尽くされますが(ぇー)

次回は12/30(日)投稿予定です

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