彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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未来予想図3

 マーガレットは銃を構えながら、急ぎ足で泥落山を登っていた。

 泥落山は木々が密に生え、空を葉が覆っている事で、極めて視界が悪い。五メートル先すらろくに見通せないほどだ。もしも木の陰や崖の上などになんらかの『生物』が隠れていても、人間であるマーガレットには発見出来ないだろう。その上マーガレットが居るのはまだ山の麓近くであり、最も木々の密度が高い中腹には辿り着いてすらいない。

 即ち、進めば進むほどに、マーガレットはより危険な環境に近付いている事になる。

 それでもマーガレットは怯まずに前へと進み続けていた。恐れなど一切抱いていない、力強い足取りで。

「いやー、肝が据わってるねぇ」

 そんなマーガレットの姿を後ろから眺めながら、ミィは小声で独りごちた。ミィの小声を三メートル以上離れた位置でしっかりと捉えたフィアは、こくりと頷いて同意する。フィアにお姫様抱っこの形で抱えられている花中だけがミィの言葉を聞き取れず、不安そうにマーガレットが進む方を見つめる事しか出来なかった。

 マーガレットを追う事、早十五分。

 未だ中腹に達していないとはいえ、泥落山の地形はいよいよ本領を発揮し始める。隆起した地面はしっとりと湿り、積もった落ち葉が滑りやすさを増長する。あちこちに切り立った崖があり、うっかり転ぼうものならあの世へとスムーズに行ける事だろう。

 人間には極めて優しくない足場である……が、水を自在に操れるフィアは地面を滑るように移動し、ミィはその圧倒的重量で大地に足を突き刺しながら進んでいた。二匹からすれば、こんな道は険しいなんて言わない。彼女達にとって険しい道というのは、惑星を貫通するレーザーやら火球やらが飛び交う中へと突っ込むような状況を指すのだ。

 故にこの二匹には、銃と防具を装備した状態で山を登る事の苦労が分からない。たかが『美味しいもの』のためにここまでの苦労なんてする筈がないのだ……と花中は道中二匹に説明してみたが、あまり信じてもらえなかった。

「しかし中々着きませんねぇ。美味しいものはまだでしょうか」

「ほんとねー」

 むしろ二匹とも、マーガレットがこっそり美味しいものを食べるつもりであると決め付けている有り様だ。

 こんなおとぼけコンビ(+運動神経壊滅少女)に追跡され続けるマーガレットは、如何にも間抜けそうである。されどフィア達は野生のケダモノ。フィアの移動はそれこそアリが歩くよりも静かで、ミィの歩みも殆ど音を立てていない。フィアは既存の流体力学では説明が付かない事象をさらっと用いており、ミィは足の裏の弾力性を調整して衝撃の殆どを吸収している。二匹とも、人智を超える方法で音を消していたのだ。一番五月蝿いのが、必死に抑えている花中の吐息と言っても過言ではない。

 おまけに人間では五メートル先も見通せない環境下でも、フィア達ならば音や臭いで追跡可能。そのため十分な……花中ではかなりの頻度でマーガレットを見失う、十メートル近い……距離を維持すら事が出来ていた。万一花中の吐息に気付いてマーガレットが振り返っても、木々に阻まれフィア達の姿は見えまい。

 かくして無駄にハイスペックな怪物達に追跡されているマーガレットは、フィア達の存在に気付く事すらなく森の奥へと進んでいき

 不意に、マーガレットは足を止めた。

 がさがさ、がさがさ。

 耳元に届く、ナニモノかが草を掻き分けるような音。姿は見えないが、しかし近くに『動くもの』が居る事は間違いない。マーガレットは銃口を前に向け、素早く周囲を見渡す。周りには苔の生えた木が数十本と、小さな茂みが三ヶ所もある。

 やがて訪れる静寂。マーガレットの様子を遠目で見ている花中はごくりと息を飲み、マーガレットも構え直すように銃をカチャリと揺すった

「『……上かっ!?』」

 刹那、英語で叫びながら素早く頭上へと銃口を向ける。

 マーガレットの銃が向いた先には、真上から彼女目掛け落ちてくる生物の姿があった。生物は口を大きく開け、触手をうねらせながらマーガレットに迫って来る。もしもここで頭上を見ていなければ、マーガレットはその頭に生物の鋭い嘴を突き立てられ、脳の中身を食い破られたに違いない。

 だが、マーガレットは気付いた。故にマーガレットは生物に正確に照準を合わせ、引き金を引ける。

 マーガレットが構える銃は重低音を轟かせ、弾丸を撃ち出す。花中の目にも白い閃光のような形で、銃弾の軌跡が微かに見えた。放たれた弾丸は生物の脳天を正確に捉え、その肉を吹き飛ばす。頭の一割近くが吹き飛び、生物は悲鳴を上げて身を捩らせる。拍子で軌道が逸れ、生物はマーガレットから離れた場所に墜落。身体を激しく地面に打ち付けた。

 それでも、生物が死ぬ事はなかった。

 それどころか素早く立ち上がるや、生物は再びマーガレット目掛け跳び掛かって

 いく寸前に、マーガレットの構える銃が再度火を噴く。

 放たれた五発の弾丸は一発も外れる事なく生物の胴体に直撃し、大量の血と内臓を辺りの大地にぶち撒ける。ここまでの傷を受けると流石に致命傷なようで、生物はジタバタとのたうち、やがて動かなくなった。

 マーガレットは最後に一発の銃弾を生物に撃ち込み、生死を確認。確実に死んだのを確かめてから、生物の頭を勢いよく踏み付ける。銃弾で崩れていた生物の頭は、ぐちゃりと音を立てて砕けた。

 無事一匹の生物を殺し、マーガレットは安堵の息を吐いた。

「ふーむ。やはりあの人間中々やりますねぇ」

「う、うん。凄い」

「よくまぁ、上の奴に気付いたよねぇ」

 そしてマーガレットに降り掛かる危機を傍観していたフィアは感嘆の声を漏らし、花中もそれに同意した。ミィもそこそこ驚いている様子である。

 マーガレットは知る由もないだろう。生物が降下してくる遙か前に、フィアとミィがマーガレットを守る用意をしていた事など。ミィは持ち前の身体能力を活かすべく身体に血を巡らせ、フィアは密かに糸を展開していたのだ。理由は勿論、此処で死なれたら美味しいものに辿り着けないかも知れないからである。

 結果的に、護衛は不必要だったが。

「普通の人間だったら、とっくに死んでるよね」

「あの生き物も狩りが下手という感じではありませんからね。少なくとも森に入るまで我々にもその気配を悟らせていませんし」

「ま、馬鹿ではあるみたいだけど」

「確かにおつむが足りませんねぇ」

 フィアとミィは小声 ― 加えて人間では聴き取る事が難しい高音である。すぐ傍に居る花中ですら聴き取り辛い ― で言葉を交わし、マーガレットと生物についての意見を交換する。

 フィア達は決して、件の生物を見くびってはいない。自分が倒される事はあり得ないと考えているが、その身体能力は極めて高く、並の生物では間違いなく相手にならない強者であると理解している。道中花中はその具体的な強さを尋ねたところ、フィア曰く単独でも大人のクマを仕留められる筈、との事。自分はクマなど百万匹掛かってこようと余裕だ、という自慢も付け加えていたが。

 高々五十センチ程度の体躯で、体長一メートルを超える大人のクマをも倒すとは恐るべき戦闘能力だ。そんな生物を、見事一人で倒してみせたマーガレット。武器の性能もあるのだろうが、何より凄まじいのは野生動物並の反応だ。一体どんな訓練を積んできたのか、そもそも訓練だけであれほどの力が身に付くのか……

「そういえばあの生き物の名前を決めていませんでしたね」

「んー? それならホワイト・モールなんてどうかな! 白いし、モグラみたいだし」

「長ったらしいので却下です。白饅頭で良いんじゃないですか食べられますし」

「えぇー、そんなのカッコ良くないよー」

「カッコいい必要などないと思うのですが」

 等々考え事をしていた花中を他所に、動物二匹は暢気な会話を交わしていた。人間には聞こえ難いのを良い事に、わいわいと楽しげに盛り上がっている。ちょっとだけなら彼女達の話が聞こえている花中だが、自分の声はマーガレットに聞かれるかも知れないのであまり喋れない。二匹の会話に入る事が出来ず、ちょっとジェラシー。

 ふて腐れるように花中は、生物こと白饅頭 ― 結局フィアの意見が通った ― を仕留めたマーガレットを見遣る。フィア達の会話が聞こえていないであろう彼女は、一息吐くや再び山奥目指して歩き始めた。

 直後にその身体を強張らせ、また歩くのを止める。

 どうしたのだろうか、もしかしてまた白饅頭が近くに?

 そんな疑問を抱いたのは花中だけ。フィアとミィは気付いていた。

「花中さん足音が聞こえます」

「人間のものだね。ざっと五十メートル先」

 マーガレットの進行方向から、複数の人の足音らしきものが聞こえる事に。

 フィア達に教えられた花中がハッとするよりも早く、マーガレットは不安定な足場を駆け足で登り始めた。フィアとミィは音もなくマーガレットの後を追う。

 フィア達にとってマーガレットの追跡は容易だ。しかしその表情が、何故かどんどん強張っていく。

「ど、どうした、の?」

「妙です。この先に居る人間の足音が慌ただしい感じがします。何かから逃げているかのようですね。それに足音がもう一つ――――」

 花中が問うと、フィアは自分の感じたものをすぐに教えてくれた。が、その言葉は最後まで語られない。

 その前に茂みを力いっぱい掻き分けたマーガレットが、『人影』と鉢合わせしたからだ。

 現れた人影の数は四。全員マーガレットと同じ格好(ただしヘルメットは付けているが)をし、大きな銃を持っていた。四人組はマーガレットが茂みから出た瞬間銃口をマーガレットに向けてくる。びくりとマーガレットは身体を震わせたが、幸いにして彼等の銃口が火を噴く事はなかった。

 されどマーガレットに安堵の気配が浮かぶ事はない。四人組……マーガレットの仲間らしき人間達は、例えヘルメットで顔が隠れていても分かるぐらい、怯えた様子なのだから。

「『ま、マーガレット少佐! 無事だったのですか!』」

「『ああ、なんとかな……しかし通信機が破損し、状況が分からなかった。現在戦局はどうなっている?』」

「『……仮設基地は守りきったと聞いています。ですが残存兵力は襲撃前の半分にまで減りました』」

 マーガレットが彼等と交わす会話を、花中は聞き逃すまいとしっかり聞き耳を立てた。仲間との再会で警戒心が解けていると判断したのか、フィア達はこれまでよりかなり近い、三メートルほどの距離まで詰めている。森が静かなお陰もあり、声自体はちゃんと聞こえた。

 彼等の言葉はネイティブな上に早口な英語だったが、それでも花中は大凡の会話を理解する。どうやら部隊が壊滅したらしい。マーガレットが一人で行動していたのは、何かしらの理由により仲間とはぐれた、もしくは自分以外の仲間がやられたという事なのだろう。白饅頭の数は花中が予想していたよりも多く、またマーガレット達の部隊も花中が思っていたより大きなものらしい。尤も後者は、現在半壊しているようだが。

「『なっ!? 半数だと!? 今日の戦闘前まで、損耗率は一割を超えた程度だった筈。確かに二時間前の襲撃は大規模だったが、まさかそこまで……』」

 マーガレットは信じられないと言わんばかりに声を荒らげる。仲間もマーガレットの気持ちを察するように、こくりと頷いた。

「『ええ、その通りでしょう。確かにあの襲撃は大規模でしたが、我々ならば損耗軽微で撃退可能なレベルでした……No.(ナンバー)3FB2だけなら』」

 ただしヘルメットを被った一人がこう 告げた時、マーガレットはハッとしたように身を強張らせる。

「『……まさか』」

「『新種が現れました。形態的にNo.3FB2と酷似している事から、成長個体という可能性が高いと思われます。しかしサイズが……』」

 驚きを露わにするマーガレットに、仲間の一人が事細かく説明をしようとする。秘密の話なのか、段々声が小さくなっていった。

 人間である花中には、三メートル離れた位置からでは聞き取るのが難しくなってきた。しかし恐らく難なく話が聞こえている筈のフィアとミィは、英語が分からないためキョトンとしている。彼女達から後で詳細を訊く事は不可能だ。自分がやらねばと花中は意識を集中させた。

 刹那、ずしんと、大地が揺れる。

 それも一回ではなく、まるで揺さぶられるかのように絶え間なく!

「『っ!? なんだこれは!?』」

「『しまっ……』」

 動揺するマーガレットと花中を余所に、ヘルメットを被った人間達は素早く銃を構えようとする。されど揺れが大きくなる、否、近付いてくる速さに追い付けない。

 誰もが銃口を真っ正面に向ける事も叶わないうちに、それは山の木々を押し倒して現れた。

 青味の混じった白色の身体、四つに分かれたクチバシ、触手のような手足、寸胴な胴体。どの特徴も白饅頭とよく似ていた。が、あまりにも大きさが違う。白饅頭が五十センチほどしかないにも拘わらず、マーガレット達の前に現れた『生物』の体長は四メートルを超えていた。身体もよく見れば屈強な筋肉がぎっしりと詰まっており、白饅頭の肌が赤子のように無垢に思えてくる。体表には無数の傷が刻まれ、かの生物が苛烈な争いを切り抜けた『戦士』である事を物語った。

 明らかに、麓で出会った小さな白饅頭とは実力が違う。

 遠目からその生物を目の当たりにした花中の本能は、即座にそれを察した。白饅頭は銃で殺せたが、コイツはそもそも銃弾が皮膚を貫通するかも怪しい。マーガレット達の武装では歯が立たない筈だ。

 もっと大きな、例えば戦車のような兵器がなければ――――

 そう思っていたところ、不意に森の奥からきゅるきゅるという()()()()()()が聞こえてくる。いや、確かに必要だと思ったけど……あり得ないつもりで考えていた事が現実になろうとして、花中は口許を引き攣らせた。

 そして森の中から細い木を押し倒しながら跳び出してきたのは、一台の戦車。

 機種は不明。全長は十メートル程度で、大きな白饅頭よりも更に倍近く大きい。車体には細かな傷と、黒ずんだ青い液体がべっとりと付いていて、切り抜けた戦いの激しさを物語る。車体には立派な砲塔が備わり、大きな白饅頭に向けられていた。

「『! 戦車か! これなら……』」

 マーガレットも期待の声を上げ、それに応えるかのように戦車の砲が火を吹く!

 その爆音は、何かしらの技術によって抑えられているのか、花中には左程五月蝿いとは思えない大きさだった。だが放たれた砲弾の威力が落ちた様子はなく、超音速の攻撃は巨大白饅頭目掛け直進し

「ギギャゥッ!」

 巨大白饅頭は戦車の砲弾を()()()()()()

 文字通り、素手で殴り、落としたのだ。軌道を捻じ曲げられた砲弾は地面とぶつかり、大爆発を起こす。舞い上がる多量の土砂が、放たれた弾丸が決して低威力の代物ではない事を物語った。衝撃波に寄るものか木々が何本か倒れ、日の光が森の中を照らす。お陰で巨大白饅頭の姿がとてもよく見える。流弾と殴り合ったかの者の手には傷一つ付いていなかった。

 即ち戦車砲さえも、大きな白饅頭には通じていないという事。

 花中は驚愕した。戦車砲が通じない生物……それ自体は、幾らでも見てきた。今此処に居るフィアとミィもそうだし、海の向こうの大蛇、宇宙の彼方よりやってきた異星の生命体、先日の古代植物もきっとそうだろう。

 だが、此処は地元にある山だ。そしてあの大きな白饅頭は、きっと小さな白饅頭達が成長した姿である。

 将来あんな怪物となるかも知れない生物が、この森には何十何百もひしめいている――――

「ギギャアアッ!」

 花中が身の毛もよだつ恐怖を感じた最中も状況は移り変わる。

 大きな白饅頭は戦車に跳び掛かるや、その装甲を素手で剥がし始めたのだ。戦車は機銃で反撃を試みるが、主砲すら効かない化け物に傷を付けられる筈もない。白饅頭は悠々と、まるでミカンの皮でも剥くように金属の装甲を粉砕する。いくら加えられている力の性質が異なるとはいえ、同格の戦車砲ならば耐えられるほど頑強な装甲がなんの役にも立っていなかった。

 ついに白饅頭は戦車の上部ハッチを破壊、するや即座にその中へと頭を突っ込む。次いで奏でられる、パキリ、ポキリ、クチャクチャ、ジュルジュル……

「う、ぶっ……!」

「花中さん? あらあらあらあら大丈夫ですか?」

 何が起きているか。例え直視した訳ではなくとも、その明確なイメージが脳裏を過ぎり、花中は吐き気を抑えられなかった。フィアは自分の腕が花中の吐瀉物で汚れてもさして気にせず、花中の背中を綺麗な方の手で摩る。お陰でほんの少しだけ気分が良くなった……晴れたと呼ぶには程遠いが。

 何しろ大きな白饅頭は未だ健在。

 加えてその傍には、逃げ出せていなかったマーガレット達が居るのだから。

「『クソっ、化け物が……!』」

 顔を引き攣らせるマーガレット、慄くように後退りする彼女の仲間達。されど『食事』を終えた巨大生物は顔をもたげると、彼女達の方を凝視した。見逃してくれるつもりはないらしい。

 マーガレット達は素早く武器を構えた。花中も彼等を助けるよう、友達に頼もうとした。

 だが、何もかもが遅い。

 かの生物は巨体を有していながら、正しく弾丸の如く速さで動けたのだから。人間達は誰一人、逃げる仕草をする暇すら許されない。遠くから客観視している花中でさえ、目の前の光景の意味を、未だ脳細胞が理解していなかった。

 故に人間は呆然と、恐怖する暇すらないまま白饅頭を眺め――――激しい土埃が舞い上がるのと同時に、爆音が周囲に轟いた。

 そして共に舞い散る、無数の肉片。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……へ?」

 ずっと白饅頭とマーガレット達を見ていた ― 見る事しか出来ていなかった ― 花中は、その瞬間も目の当たりにしていた。されど理解出来ない。

 瞬きすら出来ない刹那の隙間に割り込んだ『一人』の少女が、白饅頭の顔面を素手でぶん殴ったという事なんて。少女の拳が弾丸よりも速く、目視すら許さない速度で放たれた事も。拳を受けた生物の身体が、ぐにゃぐにゃに歪み、膨れ、破裂した光景さえも……花中は遠目で見ていながら、何一つ分かっていなかった。何もかもが速過ぎて、シナプスの反応が追い付かないがために。

 少女の拳は、一撃で大きな白饅頭を粉砕した。ならばその拳の威力は、戦車など比較対象にすらならないだろう。

「あ、ヤバ。ちょっと力入れ過ぎたかも」

 ましてやその少女のぼやきが、如何にも『うっかり』していたなら?

 誰もが呆けた後、恐怖するに違いない。しかしながら今この瞬間、恐怖を抱ける人間は何処にもいなかった。

 何故なら少女の放った拳の余波が、マーガレット達を襲ったのだから。

「ぐぎゃあっ!?」

「ごっ!?」

「おぐぅっ」

「へぎゃっ!」

 四人のマーガレットの仲間達は衝撃をもろに受けてしまい、次々と吹っ飛ばされる。離れている花中ですら、少し衝撃を感じたほど。仲間達の後ろに居たマーガレットはなんとか踏み留まっていたが、それだけで彼女の体幹の強さが窺い知れる。

 暴風が止んでからも、人間達は中々起き上がれない。マーガレットだけが、辛うじて少女を見据えられる。

「な、何故、お前が此処に……!?」

 マーガレットは日本語で、助けに入った少女――――ミィを問い詰めた。

 そして問い詰められたミィはゆっくりと振り返り

「アターシ、ガイコクジンデース。アナタナンテシリマセーン!」

 片言の日本語がとてもよく似合う、外国人男性の顔を見せた。

 ……声と身体付きは間違いなくミィなのに、顔だけがミィではなかった。思っていたのとまるで違う顔を見せられ、マーガレットはぽかんと口を開けたまま立ち尽くす。

「……はいぃ?」

 ようやく絞り出した言葉は、どこぞのドラマに出てくる紅茶好きな警部のような声だった。

「ソレデーハ、アターシハコレニテシツレイシマース!」

 マーガレットにミィっぽい誰かさんは別れを告げるや否や、地震を伴うほどの脚力を以てして跳躍。マーガレットは襲い掛かる震動で尻餅を撞き、誰かさんは瞬きほどの時間も掛けずにこの場から消えた。

 残されたマーガレットはへたり込み、ぽかんと虚空を眺める。

 そしてそれを木陰から遠目に見ていた花中も、ぽかんとマーガレットを眺める。ずどんっ、と重々しい揺れが起きても呆けたままなのは変わらず、揺れがあった方……自分達の真横へと振り返るのは半ば無意識。

「ふぅー、どうにかやり過ごせたね!」

 そこにはおっさん顔をぐにゃぐにゃと歪ませながら、自信満々にそう告げてくるミィの姿があった。

 ああ、そう言えばあなた姿をある程度なら変形させられるんでしたよね……今更ながら思い出したミィの力の一端に、花中は項垂れる。

 恐らく、マーガレット達が死んだら美味しいものが何処にあるか分からない、だけど追跡がバレたら美味しいもののある場所まで連れて行ってくれないかも知れない……とでも考えて、『変装』してから助けたのだろう。発想は ― 前提を根本的に間違えているという点に目を瞑れば ― 悪くないのだが、あんなパワーを見せ付けたら誰でもミィだと気付く。ミィの能力を知らずとも、「さっき出会ったヤバい戦闘力の持ち主」の仲間と思うに違いない。

 つまるところ、何一つ誤魔化せていない訳で。

「う、うぅ……」

「『何があったんだ……?』」

 やがて、衝撃波で吹っ飛ばされていた仲間達がのろのろと起き上がる。彼等は困惑からか酷く動きが緩慢で、しかしバラバラになった白饅頭を見て跳ねるほどに驚愕した。

 そして唯一意識を保ち続けていたマーガレットに、視線で説明を求める。

 ……マーガレットは額に手を当て、深々と項垂れた。頭痛もするのか顰め面も浮かべている。「何故」「どうして」という単語ではなく、「何やってんのアイツら」と言いたげだ。深いため息も吐いた。

「……隠れてないで出てこいっ! 目的があるなら話を聞こう!」

 次いで全方位に向け、大声で『日本語』を振り撒いた。

 突然声を張り上げるマーガレットに、彼女の仲間達は驚くよりも怯えるように身を震わせる。彼等からすればこの森は白饅頭達が蠢く危険地帯。『餌』は此処に居るぞと公言するような真似に、恐怖を感じぬ筈がない。

 そして()()()()()()()フィア達は、彼等よりも驚いていた。

「なっ!? あの完璧な変装を見破るなんて……!」

「ほうアレで誤魔化されないとは……少しばかり人間を見くびっていましたか……」

 ……どうやらミィだけでなく、フィアまでもアレで誤魔化せていたと信じていたらしい。今度は花中が、先程までのマーガレットと同じ顔になった。

 なんにせよ、バレてしまったものは仕方ない。

 このままだんまりを決め込む、というのも手の一つだろう。ただの人間であるマーガレットにフィア達を捕まえる、いや、見付ける事すら出来やしないのだから。とはいえマーガレットは、それで自分達が近くに居ないとは思ってくれまい。まさか本当に美味しいものを独り占めにしようとしている訳ではないだろうから、隠れて尾行する意味なんてない筈だ。

 隠すのなら徹底的に、開かすのなら正直に。何事も半端なのは良くない。

「……うん。バレちゃったし、隠れるのは、止めようか」

「花中さんがそう仰るのでしたら」

「むぅ、仕方ないか……」

 花中の提案に人外二匹は同意。花中はフィアに抱きかかえられている体勢から下ろしてもらい、全員同時に木陰から出てマーガレット達に姿を見せる。

 マーガレット以外の者達は現れた追跡者に素早く銃口を向けてくるものの、マーガレットの手がそれを下げさせる。彼女は前へと出てくると、呆れたような顔で花中達を見据えた。

「一応訊いておこう。何故我々を尾行する?」

「ふふん隠そうとしても無駄ですよ。あなた達だけで美味しいものを食べようとしているのでしょう?」

「独り占め、じゃないかもだけど、人間だけで美味しいものを食べようなんてズルいぞ! あたし達にも食べさせろー!」

 マーガレットからの問いに、フィアとミィは自信満々に抗議した。

 無論人間からすれば意味不明ないちゃもんである。マーガレットの仲間達はぽかんとした様子で棒立ちしたり、互いに顔を見合わせて首を傾げたりするだけ。きっとヘルメットの中で、キョトンとした表情を浮かべているに違いない。

 マーガレットだけは花中の事をジト目で見つめてきて、花中は申し訳なさからぺこぺこと頭を下げる事しか出来ない。マーガレットは大きなため息を吐いた。

 されどその一息吐いた後には、彼女の顔に呆れの感情はない。鋭く、獰猛で、勇ましい……兵士の表情を浮かべていた。

「良いだろう、ちゃんと説明しよう。着いてこい。仮設基地まで案内してやる」

 マーガレットはそう言うと、すたすたと歩き始めた。彼女の仲間達は一瞬戸惑ったように足を止めていたが、ちらりと花中達を一瞥してからマーガレットの後を追う。

 フィアは花中の目をじっと見つめてくる。ミィも花中の方を見る。友達二匹から意見を求められた花中は、少しだけ考えた後こくりと頷く。

 今度は隠れる事もなく、一人と二匹はマーガレット達の後を追うのだった。




こんな事もあろうかと戦車を持ち込んでおいたのさ!
戦車さんは主砲の圧倒的パワー、装甲による破格の防御力、なんやかんや自動車並にはあるスピードを兼ね備えた、かなり『強い兵器』なんで私は好んで登場させます。航空機と違って撃破方法に頭抱えなくて良いしね!(オイ)

次回は12/23(日)投稿予定です

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