彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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女神の美食11

 テレビのリモコンを恐る恐る掴み、端にある電源ボタンをぽちりと押す。

 点いたテレビに映るのは、午前八時から放送されている民放のニュース番組。若い女性アナウンサーがニュースの原稿を読み上げているところだった。花中は和室にあるそのテレビの前で正座をし、報道内容に耳を傾ける。

 曰く、とある町に『怪物』が現れたとの事。

 怪物の数は二体。体長は十数メートルから五十メートル以上と、目撃した人によって証言が異なり詳細不明。怪物達は昨晩なんの前触れもなく現れると、いきなり取っ組み合いの争いを始めた。最低でも十メートルオーバーの巨体がぶつかり合ったのだ。町への被害は甚大で、半径十数キロの広範囲に渡って建物の大半が全壊するという地震(天災)すらも生ぬるく思える規模に達している。怪物が暴れ回った範囲の外でも、怪物達が起こした振動による『震災』が発生し、怪我人や行方不明者もいるとの事。耐久面での影響がないか調査を行うため、近隣の学校では臨時休校の措置を執っているところも少なくない。

 そして日本国政府は怪物の出現を『事実』として公式に認めた。

 同時に、異星生命体襲撃を受けて組織されていた対策チームにより、怪物の撃退に成功したという。現在被害状況の確認を進めており、住宅がなんらかの被害を受けていると判明した場合、政府が修復或いは引っ越しに掛かる費用を全額肩代わりすると発表。先々月『危険生物被害対策法案』が可決・翌月施行されており、予算については十分に確保してあるため安心してほしいと政府は国民に呼び掛けている。このように政府の先を読んだ対策の数々は、国民の多くに評価され――――

 話が政治に移ったため、花中はテレビを消した。自宅の和室に置かれたテレビの前に居た花中は、正座していた足を崩して楽な姿勢を取る。次いで大きなため息を吐いた。

 オオゲツヒメとの戦いから、一夜が明けた。

 政府……『世界の支配者(タヌキ)』達は、フィアとオオゲツヒメの存在を隠さなかった。異星生命体の出現により、世界中の人々が既に怪物達の存在を知ってしまっている。下手に隠すよりも、自分達が活躍して被害を最小限に抑えたというストーリーにした方が、何かと都合が良いと判断されたのだろう。巨大生物被害対策法案とやらも、元々は自分達の新たな資金源として作ったものかも知れない。

 無論花中は『世界の支配者』達が怪物退治などしていない事を知っている。政府により発足された対策チームがなんとかした、というのは真っ赤な嘘だ。とはいえ社会の混乱を抑えるという意味では、彼女達の発表が役立っているのも事実。法律により、被害者への救済も行われるだろう。

 そう、被害者への……

「あら、はなちゃんどうしたの?」

 俯いていたところ、後ろから声を掛けられた。ハッとして無意識に振り向けば、首を傾げながら自分を見ているミリオンの姿が目に入る。

 わたわたと平静を取り繕おうとして慌てる花中だったが、どうせ見られていたのだから無意味と気付き、自然体へと戻る。その顔は、ほんの少しだけだが憂い、俯いていた。

「……その……ニュースを、見ていたら……暗い、気持ちに……」

「ああ、昨日の事ね。気にしてもしょうがないわよ、って言ってもはなちゃんには無理でしょうけど」

 半ば諦めたような口振りで励ましてくれるミリオンに、花中はこくりと頷く。

 フィアとオオゲツヒメの戦いは、多くの人間達にとって不意の出来事だった。

 それでいてフィア達はどちらも手加減などせず、自分達の力の行き先など考えずにぶつかり合った。当然だ。『相手』は自身に匹敵する力を持った強敵であり、油断をすれば自分が喰われてしまう。顔も知らない人間に構って負けるなど愚行でしかない。どちらも殺戮は好まないが、それは他者の命を大事にするという意味ではないのだ。

 容赦なく破壊される家々。

 問答無用で砕かれる道路。

 燃え盛る炎。

 吹き荒れる衝撃波。

 多くの市民が巻き込まれた筈である。花中はミリオンに守られていた上に、高度百メートルほどの高さに避難していたので怪我一つ負わなかったが、並の人間なら致死的な災厄だ。果たしてどれだけの人が傷付いたのか、命を落としたのか……自衛隊や警察の調査の結果は、まだ出ていない。

 勿論フィアがオオゲツヒメを倒さなければ、オオゲツヒメは大好物である人間を今後も食べ続けただろう。分裂した身体が問題なく個体として活動していた事から、分裂による無性生殖によって爆発的に増殖する可能性もあった。何千、何万もの超生命体を相手にして、人類が生き残れるとは花中には思えない。人間では到底駆逐出来ない生物を打ち倒したフィアは、間違いなく人類の救世主である。

 それでも、何も知らないまま命を失った人々の気持ちを考えると、素直には喜べない。

「……まぁ、悲しむ気持ち自体は分からないでもないわ。それが自分となんの関係もない人間にまで及ぶのは、ちょっと理解出来ないけど」

 花中の悲しみに、ミリオンは彼女なりに寄り添ってくれる。心を覆っていた暗雲が少しだけ晴れた気がして、花中はこくりと、小さく頷いた。

「それに、あんまり他人の事ばかりも言ってられないんじゃない?」

 尤もこの悲しみを一番拭ってくれたのは、同情や共感の言葉ではなく『現実』だったのだが。

 フィアとオオゲツヒメは、それはもう盛大に暴れた。花中が悲しみを抱くぐらい何も考えずに暴れた。

 他者の命さえもどうでも良い彼女達が、命すらない物体に気を遣う筈もなく。

「法案、可決してて良かったわね。この家も、二階部分がぐしゃぐしゃにされたし、一階も一部燃えたし」

「ええ、まぁ、そうですけどね……」

 しっかり自宅も新制度の補償対象となっていた花中は、苦笑いを浮かべた。

 あの時は驚き、途方に暮れたものだ……二階部分に、恐らくオオゲツヒメとフィアの戦いによって吹っ飛ばされたであろう何処かの家の柱がぶっ刺さっていたのだから。それも自室を貫通である。慣れ親しんだ部屋の中に巨大な角材が横たわり、棚から落ちた多量のぬいぐるみ達が周りを飾る景色は、シュールな美術品にも思えた。単なる現実逃避であるが。

 これでも一応、花中にだけは被害が及ばないようフィア達は注意していたので、()()()()()()()()()()()大桐家の被害はまだマシである。火災の被害が部分的であったため、貴重な蔵書や思い出の品が失われる事も避けられた。家の破損も、花中の部屋の一部が壊れた程度。最悪修理をしなくても ― 耐震性や、雨水による腐食を無視すれば ― 生活自体は続けられるだろう。実際今も暮らしていて、和室でテレビを見ている訳で。

 倒壊した家の数を考えれば、果たしてどれだけの人々が生活を奪われたのか。元の生活に戻るまでに、どれだけの月日が必要なのか。自分が、どれだけ幸運なのか……

「たっだいま帰りましたー♪」

 再び思考が暗くなり始めた、丁度そんな時に玄関から快活な声が聞こえてきた。ハッとして我に返る花中の耳に、ぺたぺたと裸足で廊下を歩く音が届く。

「花中さーん言われた事はやっときましたよー」

 やがて花中が居る和室に、市街地を壊滅させた怪物――――フィアが、満面の笑みを携えてやってきた。勿論金髪碧眼の美少女姿である。

 『友達』の帰宅を、花中は微笑みで出迎える。引き攣ったものでも作ったものでもない、素朴で、正直な気持ちによって浮かべたものだ。

「おかえり、フィアちゃん。ありがとね」

「ふふんこの私の手に掛かればこの程度の事朝飯前というものですよ」

 花中がお礼を伝えれば、フィアは可愛らしく鼻を鳴らし、自慢気に胸を張る。

 外出していたフィアがやっていた事は、花中からの頼み事。

 彼女の能力により、崩壊した市街地全域を探査。生き埋めになっている人々を探し、その救助をしてもらったのだ。人間にはかなりの労力を有する十数キロ圏内の探索も、無数の『糸』を張り巡らせ、その触覚で周囲を探知出来るフィアにとっては楽な仕事。昼食である虫を探しに行く()()()ではあるがフィアは快諾し、人々の救命を行ってくれた。とりあえずはこれで、窒息や圧迫によって死ぬ人は以降いなくなる筈だ。

 フィアが繰り出した攻撃に巻き込まれた人も、大勢居ただろう。けれども「だからフィアが助けるのは当然だ」とは花中には思えない。人間同士が争った時、それに巻き込まれた生物をわざわざ助けるのか? 家族の一員であるペットや、絶滅が危惧されている種以外の、例えば足下のアリや、芽吹いたばかりの雑草を。

 そうだ、と答えるなら構わない。

 しかしそうでないのなら、それでも人が助けられる事を当然だと言うのなら、その人はきっと人間以外の生き物を見下している。人間が他の生物より尊い存在だと無意識に、或いは本気で思っているのだ。

 それが最早自負や慈愛ではなく、身の程知らずであると気付かずに。

()()()()よりもお腹が空きました! 花中さんそろそろお昼にしませんか?」

「……うんっ」

 一仕事は終えたとばかりに上機嫌なフィアの誘いに、花中は頷いて応える。フィアは満面の笑みを浮かべるや、懐から捕まえたばかりであろう大きな蛹を取り出し、早足でリビングのテーブルへと向かう。花中もすぐにフィアが待つリビングへと歩いた。

 その中で、思う。

 今後もミュータントは現れるだろう。それは花中が生き続ける限り、決して避けられない未来である。しかし花中は自らを終わらせる事を選ばない。選びたくないし……選んだところで、ちっぽけで根暗な小娘がこの世からいなくなるだけだ。アナシスのように花中がいなくても生まれるミュータントはいるし、異星生命体のようにミュータントですらない脅威の出現にはなんの影響もない。

 そもそもミュータントに襲われる事は『間違った』事なのか?

 人が死んでしまう事は悲しい事だ。戦いに巻き込まれて命を落とすなど、起きてほしくないとは花中も思う。だけどそれは、他の生き物からしても同じである。釣り上げられた魚と、痴話ゲンカをする男女の足下に居たアリと、怪物に喰われた人々と、怪物達に踏み潰された市民。彼等の間に違いがあると思うのは、人間だけ。自然は、そして生物は、『自分』の好みの外にあるもの全てに平等だ。

 人間はこの平等から自分達だけが外れていると誤解している。ミュータントはその勘違いを考慮しないだけだ。彼女達は決して優しくない。だけど厳しくもない。数百年間甘えた時間を過ごしてきた人間には、ミュータントは酷く残忍で獰猛な生物に見えるかも知れないが、そんなのはただの思い上がりだ。彼女達はあらゆるものに平等なだけである。

 もう、人間は特別などではない。

 だからそれを知る人間として、一生懸命に生きていこう。自分が特別だと思い上がるのではなく、人間の権利など考えるのではなく、全力で生きていきたい。

 否、生きていかねばならない。

 驕り、怠け、自惚れた生き物に、全てに平等である自然界が『居場所』を与えてくれる筈がないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら失敗したみたいだな」

 世界の最奥にて、一人の乙女が楽しげに微笑みながらそう零した。

 乙女の言葉が向かう先には、一人の女性が佇む。

 彼女はウェーブの掛かった栗色の髪をしていた。

 彼女は麗しくも素朴で、親しみのある美顔を持っていた。

 彼女は乳児と見紛うほどに瑞々しい肌をしていた。

 そして彼女は淑女と呼ぶに相応しい、嫋やかな笑みを浮かべる。

「みたいですわねぇ。はぁ……やっぱり、わたくしに荒事は向いていないみたいですわ」

 淑女……オオゲツヒメは、心底ガッカリしているのが伝わるため息を吐いた。

 意気消沈したオオゲツヒメを前に、乙女はニヤニヤとした笑みを浮かべるばかり。何時までも笑われて、乙女はムスッと唇を尖らせる。その見た目の歳よりもあどけない仕草は十数時間前までの……花中達と出会い、戦い、全身が粉微塵になる直前までと何も変わらない。

 まるで、そんな事など起きていなかったかのように。

「ちょっと、いくらなんでも笑い過ぎじゃありませんこと? わたくしはあなたの数少ない『友達』なのに」

「くくく……いや、失礼した。詫びとして人間を千人ぐらい連れてきて、パーティーでも開くかね?」

「……結構ですわ。そんな食べきれませんし、最低限の目的は達しましたから」

 オオゲツヒメはちらりと、乙女から視線を逸らす。

 その逸らした視線の先で、ずるり、ずるりと、這いずるような音がした。

 音は段々と大きくなり、明らかにオオゲツヒメ達の方へと近付いていた。オオゲツヒメと乙女もその事には気付いていたが、彼女達は逃げ出すどころか警戒すらしない。

 やがてオオゲツヒメ達の前に現れたのは、挽肉のような歪な形をした肉塊だった。

 それは高さ三メートルほどある巨大な塊であり、生命の息吹を感じないほど醜悪な外観ながら、脈動するように至る所が蠢いていた。挙句肉同士が擦れた際のものなのか、言葉にするのもおぞましい異音を奏でる。常人ならば目にした瞬間、耳にした瞬間に正気が削られていくだろう。

「噂をすれば、だな。丁度帰ってきたぞ」

「お帰りなさい。お使いは出来まして?」

 されど、乙女もオオゲツヒメも何一つ動揺せず、やってきた肉塊に話し掛けた。

 肉塊はぐにゃぐにゃと変形してその形を人型に、オオゲツヒメと全く同じものへと変える。肉塊だった方のオオゲツヒメはにこりと微笑むと、最初から淑女の姿をしていたオオゲツヒメの傍へと自ら寄ってきた。

 そして淑女のオオゲツヒメの手に顔を付けるや、肉塊だった方はずるりとその手に吸い込まれていく。

 比喩などではなく、文字通り吸い込まれた。自身と同程度の ― その同程度の体躯も元は数メートルの肉塊だったのだが ― 人物がするりと体内に入ったにも拘わらず、オオゲツヒメの身体は寸分も膨らまない。変わらず、淑女の姿を保っていた。

 変化があったのはその表情。光悦としており、高級な淫売婦さえも霞むほどの色香を出していた。

「~~~~~っ! っあぁ! 素敵な『味』……やっぱり、人間の味は最高ですわぁ……」

 オオゲツヒメは至福の感情を剥き出しにした言葉を吐き連ねていく。あたかも、今正に人間の味を楽しんでいるかの如く。

 実際、オオゲツヒメは楽しんでいた。それも一人二人分ではなく、何十もの数を、いっぺんに。

 ――――オオゲツヒメは『プラナリア』のミュータントである。

 プラナリアはミュータント化をせずとも、百の欠片になろうと再生し、百の個体として復活してしまうほどの再生力を有した生物である。オオゲツヒメはミュータント化によって、この再生力が著しく強化された。身体を千切っておけば、それだけで新たな個体を生み出せる。

 即ち、花中達が出会ったオオゲツヒメ ― 仮に、オオゲツヒメモドキとしよう ― は、世界の最奥に潜んでいたオオゲツヒメ『本体』の端末でしかなかったのだ。端末といっても能力はオリジナルと同等だが、端末をいくら潰してもオオゲツヒメ本体はなんの損傷もないのである。いや、そもそも端末自体潰されていないというべきか……フィアを戦う前に、保険としてその身の一部を既に切り離していたのだから。

 かくして生き延びたオオゲツヒメモドキこそが、先の肉塊の正体である。

 そしてオオゲツヒメモドキには、数十もの人間を味わった『記憶』がある。オオゲツヒメ本体はオオゲツヒメモドキと一体化する事で、オオゲツヒメモドキの『記憶』を共有。その記憶を()()()思い出す事で、オオゲツヒメモドキが堪能した人間の味覚を楽しんだのである。

「……相変わらず、お前は食事が好きだなぁ。有機物と酸素を反応させて活動のためのエネルギーを生産するなど、時間的にも効率的にも資源的にも無駄だと思うのだが。熱エネルギーを直接吸収すれば良いではないか。余が体質を()()()それも可能になると何度も言っているのに。ましてや味の記憶など、なんの価値もないだろう?」

「あら、価値はありますわ。美味しいものを食べると心が豊かになるんですのよ? 健全な精神は長生きの秘訣ですわ」

「精神状態など神経伝達物質の制御でなんとでもなるではないか。そっちの方が手早く確実だぞ」

 心底理解出来ないと言わんばかりに、乙女は自身の考えについて語る。『嗜好』の違う友人に、オオゲツヒメは「ほんと、不粋ですわねぇ」と愚痴をこぼす。分かってくれなかった事がちょっと不服なのか、オオゲツヒメの唇はへの字に曲がった。

「それに本命は結局手に入らなかったようだしな」

 ただし、乙女がこの一言を漏らすまでは。

 乙女の発言を聞き、オオゲツヒメはにたりと笑う。まるで勝ち誇るかのような笑みに、今度は乙女の方が不服そうに口をへの字に曲げる。

「……なんだ、その笑みは」

「ふふっ。花中ちゃん達の周りに厄介な連中がいる事は、最初から明らかな事。無策であると思いまして?」

「うむ。お前は結構考えなしだからな」

「……今回は、ちゃんと考えてましてよ」

 一瞬ふて腐れるように頬を膨らませるも、すぐに自信を取り戻し、オオゲツヒメは胸を張る。

 そしてビシッという効果音が聞こえそうなほど力強く、乙女に向けて自らの右手をグーで突き出した。次いで見せ付けるように拳を開き、その内側に握り締めていたものを披露する。

 オオゲツヒメの手にあったのは、数本の毛髪。

 色はどれも半透明で、煌めくような銀色をしている。長さは二十センチ以上あり、かなり長めだ。それでいて痛みが少なく、髪の毛からも持ち主の健康と若さが分かるだろう。

 オオゲツヒメはこれ以上の事は語らなかったが、乙女は髪の毛の持ち主を察したようで、興味深そうにオオゲツヒメが持つ髪の毛を眺める。

 オオゲツヒメモドキが拾ってきた、花中の髪の毛を。

「髪の毛とはいえ、人体の一部。香りや味の大まかなサンプルにはなりますわ。これさえ手に入れば、目的の八割は達成したようなもの」

「残りの二割のために、あそこまで固執した事の方が理解出来んのだが」

「美味しさなんていう『無価値』なものを追求するんですのよ? 費用対効果なんて最初から考えていませんわ……ああ、もう我慢出来ません」

 友人の意見を皮肉交じりの言葉で跳ね除け、オオゲツヒメは手にした花中の髪の毛を鼻に近付けて香りを吸い込む。芳醇で魅惑的な香りにオオゲツヒメは悦楽の表情を浮かべ、もう辛抱堪らないとばかりに髪の毛を口に含んだ。

 もぐもぐと、しっかりと噛んでいく。味覚の受容体を口内に集約し、破砕した髪から染み出すアミノ酸やタンパク質の『刺激』を存分に堪能する。

 堪能している最中に、オオゲツヒメは眉を顰めた。

 噛むのを止めはしない。吐き出すなんて以ての外。しっかりと味を感じ取る。しかしその顔に笑顔が戻る事はない。ごくんと、喉を鳴らしてからも。

「……さっきから浮かない顔だが、どうした?」

「ん? ああ、別に不満とかそーいうんじゃないのだけれど……香りマツタケ味シメジってやつかしら」

「は?」

 オオゲツヒメの返答に、乙女が不思議そうに首を傾げる。

 そんな乙女に、オオゲツヒメは吹っ切れたような笑みと共に付け足すのだ。

「私は庶民派だった、って話ですわ」

 『マツタケ』を得るまでのお弁当だった『シメジ』達への、オオゲツヒメなりの感謝を――――




美味しかった。ごちそうさま。ありがとう。また食べたい。もっと食べたい。
それは本当に、嬉しい言葉なのですかね?

次回は今日中に。

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