自分に与えられた部屋で、セリエズがベッドに腰をおろす。
座った拍子にベッドが、ぎぃ、という音を立てた。
前に使っていた兵の雰囲気が、まだ残ってる気がするな・・・などと考えつつ、ベッドに寝転がる。
『私たちは、その穴埋めとしてここに配属されるって訳ですか。』
『そうだ。』
『体のいい捨て駒ですね。相手に小隊一つを殲滅させる程の戦力があると知りながら。』
『兵士である以上、今さら捨て駒である事に文句はあるまい?孤児だけの部隊とも聞いたしな。』
『今のジオンに、捨てられる駒なんてろくに残っていないでしょう。』
数分前の会話が頭をよぎる。
この基地で、一つの小隊が壊滅、ヴァイス・トート隊はその穴を埋めるために配属されたというのが、基地指令からの説明だった。
敬語を維持できた自分にご褒美でもやりたい気分だった。
「ここでもまた捨て駒か・・・孤児ぐらい、いくらでも代わりは効くってのか?まったく」
ベッドに寝転がったまま、顔を横に向ける。
セリエズの視線の先、テーブルの上に、一枚の写真があった。
写真の中心に、子供の頃のセリエズがいる。その両側には、セリエズの両親がいた。
幸せそうな笑顔の家族。全てを奪っていく悲劇が起きるとも知らず、漠然と平和を貪っていた頃。決して戻っては来ない日々。
今となっては、それは余りにも遠い記憶だった。
一年戦争が始まる、4年前。
「が・・・かは・・・」
全身を襲う激痛。息をしようとする度に、口から赤い液体が漏れる。
それが何なのか、考えたくなかった。
当時15歳だったセリエズ。平和な日常は一瞬にして崩壊した。
自分の家だったものの残骸の中で倒れながら、セリエズの命は少しずつ、確実に、すり減っていた。
連邦軍が、デモの鎮圧を名目に軍を投入、セリエズの住んでいたサイド3の町に絨毯爆撃を行い、更に戦車によってあますこと無く町を破壊、デモに集まっていた人間を含む数多くの死者を出したのだ。
だが、政治の事など気にも留めていなかったセリエズにとって、それは突然降って湧いた災厄でしか無かった。
家が爆撃によって破壊され、残骸の下敷きになっていたセリエズの目の前で、セリエズの家族は射殺された。セリエズだけが、残骸のせいで気付かれないまま生き残った。
当時生まれたばかりのセリエズの弟も、優しかった両親も、容赦無く殺していった連邦軍の兵士。
その軍服の胸には、片翼を血に染めた堕天使の紋章が描かれていた。
「やあやあ、親友がやってきたぞい」
扉の向こうからそんな声が聞こえる。
無駄に明るい声に、リーシュは顔をしかめた。
アレシアはいつも、唐突にやって来る。そして好き勝手をする。そして帰っていく。
リーシュはいつも面倒な奴だ、と文句言っていたが、心の底では面白い奴だと思っていた。
幼い頃・・・サイド5、ルウムに住んでいた頃からずっとだ。
リーシュは無言で扉を開けた。
「やあリーシュ君、元気かい?今日は任務も無くヒマだろう、HAHAHA」
「黙れ、俺は寝たい」
「いやあ~君もつれないなぁ!そんな事言わなくてもいいじゃないか、はっはっは」
どうやら迷惑度がいつもの数倍に達しているようだ。しかも明らかに不自然だった。
アレシアは、落ち込むとやたらろ明るく振舞う。端から見たら頭がおかしいんじゃないかと疑われたりするが、なんだかんだで付き合いのいい友人のリーシュは、いつもそれを受け入れていた。
「捨て駒、だってさ!いやあ素晴らしい!これでこそ軍だね!人を殺す為の組織!味方だって殺しても構わないらしい!最高だわ~」
「孤児なら身寄りは無いし・・・ジオンからしたら、俺らは強力な戦力であると同時に、早く死んで欲しい存在でもあるんだろうな」
『ルウムの生き残り』という単語がリーシュの頭をかすめる。
アレシアとリーシュは、崩壊していくコロニーの中で、セリエズによって救出されたのだ。
だが、身寄りなど当然無く、結局は軍にいいように利用されるだけだった。
ルウムで死んだ方が幸せだったのか、戦争の苦しみを味わいながら生きている今の方が幸せなのか。
今でも、リーシュには分からない。
「一年前、ガトーに会ったろ?あの時、大義がどうとか言ってたけどさ、コロニー落としのどこに大義があるんだよ!味方を捨て駒にするのも大義の下では許されるんだと!傑作だわ!」
リーシュの気も知らず、爆笑しながら言うアレシア。
アレシアが『バカ』と評されるような性格になったのも、ルウムの直後からだった。
アレシアは全てを失った苦しみを、明るく振舞うことで心の奥底に閉じ込め、蓋をした。
そのバカな言動は、当時は空虚な響きと、精神の壊れたような狂気があったが、最近は新しい『故郷』であるヴァイス・トートの下で、『心の入った』明るい言動も見受けられるようになった。
ただし、精神のタガが外れる事は無くなった訳ではなく、ルウムのトラウマが強烈に蘇る『発作』が時々起きてはいたが。
見かねたリーシュは、アレシアの頭にポン、と手を置いた。そのまま頭を掴み、力を込める。
「あはははは・・・いだだだだだ」
「そろそろ落ち着こうか」
「ハイ・・・」
セリエズの部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」とセリエズが言うと、扉が開けられた。
「セリエズさんですよね。エースパイロットの」
「えっと・・・、確か、ファラク、だっけ?」
「違います、フィラクです」
「そうそう、フィラク。天才って呼ばれてたよね」
部屋を訪ねた意外な人物に、セリエズが驚きながらも応対する。
フィラクが、唐突に切り出した。
「私と、模擬戦をやってください」
「残念ながら、俺のMSが無い」
「ではシュミレーターで良いです」
フィラクが、セリエズに勝負を持ちかける。
「エース」と言われたセリエズと戦いたい。それは「天才」としての意地だった。