機動戦士ガンダム0084 ―砲撃戦線―   作:リゼルC型

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第19話「闇はその手を伸ばして心を壊す」

自分に与えられた部屋で、セリエズがベッドに腰をおろす。

座った拍子にベッドが、ぎぃ、という音を立てた。

前に使っていた兵の雰囲気が、まだ残ってる気がするな・・・などと考えつつ、ベッドに寝転がる。

『私たちは、その穴埋めとしてここに配属されるって訳ですか。』

『そうだ。』

『体のいい捨て駒ですね。相手に小隊一つを殲滅させる程の戦力があると知りながら。』

『兵士である以上、今さら捨て駒である事に文句はあるまい?孤児だけの部隊とも聞いたしな。』

『今のジオンに、捨てられる駒なんてろくに残っていないでしょう。』

数分前の会話が頭をよぎる。

この基地で、一つの小隊が壊滅、ヴァイス・トート隊はその穴を埋めるために配属されたというのが、基地指令からの説明だった。

敬語を維持できた自分にご褒美でもやりたい気分だった。

「ここでもまた捨て駒か・・・孤児ぐらい、いくらでも代わりは効くってのか?まったく」

ベッドに寝転がったまま、顔を横に向ける。

セリエズの視線の先、テーブルの上に、一枚の写真があった。

写真の中心に、子供の頃のセリエズがいる。その両側には、セリエズの両親がいた。

幸せそうな笑顔の家族。全てを奪っていく悲劇が起きるとも知らず、漠然と平和を貪っていた頃。決して戻っては来ない日々。

今となっては、それは余りにも遠い記憶だった。

 

一年戦争が始まる、4年前。

「が・・・かは・・・」

全身を襲う激痛。息をしようとする度に、口から赤い液体が漏れる。

それが何なのか、考えたくなかった。

当時15歳だったセリエズ。平和な日常は一瞬にして崩壊した。

自分の家だったものの残骸の中で倒れながら、セリエズの命は少しずつ、確実に、すり減っていた。

連邦軍が、デモの鎮圧を名目に軍を投入、セリエズの住んでいたサイド3の町に絨毯爆撃を行い、更に戦車によってあますこと無く町を破壊、デモに集まっていた人間を含む数多くの死者を出したのだ。

だが、政治の事など気にも留めていなかったセリエズにとって、それは突然降って湧いた災厄でしか無かった。

家が爆撃によって破壊され、残骸の下敷きになっていたセリエズの目の前で、セリエズの家族は射殺された。セリエズだけが、残骸のせいで気付かれないまま生き残った。

当時生まれたばかりのセリエズの弟も、優しかった両親も、容赦無く殺していった連邦軍の兵士。

その軍服の胸には、片翼を血に染めた堕天使の紋章が描かれていた。

 

「やあやあ、親友がやってきたぞい」

扉の向こうからそんな声が聞こえる。

無駄に明るい声に、リーシュは顔をしかめた。

アレシアはいつも、唐突にやって来る。そして好き勝手をする。そして帰っていく。

リーシュはいつも面倒な奴だ、と文句言っていたが、心の底では面白い奴だと思っていた。

幼い頃・・・サイド5、ルウムに住んでいた頃からずっとだ。

リーシュは無言で扉を開けた。

「やあリーシュ君、元気かい?今日は任務も無くヒマだろう、HAHAHA」

「黙れ、俺は寝たい」

「いやあ~君もつれないなぁ!そんな事言わなくてもいいじゃないか、はっはっは」

どうやら迷惑度がいつもの数倍に達しているようだ。しかも明らかに不自然だった。

アレシアは、落ち込むとやたらろ明るく振舞う。端から見たら頭がおかしいんじゃないかと疑われたりするが、なんだかんだで付き合いのいい友人のリーシュは、いつもそれを受け入れていた。

「捨て駒、だってさ!いやあ素晴らしい!これでこそ軍だね!人を殺す為の組織!味方だって殺しても構わないらしい!最高だわ~」

「孤児なら身寄りは無いし・・・ジオンからしたら、俺らは強力な戦力であると同時に、早く死んで欲しい存在でもあるんだろうな」

『ルウムの生き残り』という単語がリーシュの頭をかすめる。

アレシアとリーシュは、崩壊していくコロニーの中で、セリエズによって救出されたのだ。

だが、身寄りなど当然無く、結局は軍にいいように利用されるだけだった。

ルウムで死んだ方が幸せだったのか、戦争の苦しみを味わいながら生きている今の方が幸せなのか。

今でも、リーシュには分からない。

「一年前、ガトーに会ったろ?あの時、大義がどうとか言ってたけどさ、コロニー落としのどこに大義があるんだよ!味方を捨て駒にするのも大義の下では許されるんだと!傑作だわ!」

リーシュの気も知らず、爆笑しながら言うアレシア。

アレシアが『バカ』と評されるような性格になったのも、ルウムの直後からだった。

アレシアは全てを失った苦しみを、明るく振舞うことで心の奥底に閉じ込め、蓋をした。

そのバカな言動は、当時は空虚な響きと、精神の壊れたような狂気があったが、最近は新しい『故郷』であるヴァイス・トートの下で、『心の入った』明るい言動も見受けられるようになった。

ただし、精神のタガが外れる事は無くなった訳ではなく、ルウムのトラウマが強烈に蘇る『発作』が時々起きてはいたが。

見かねたリーシュは、アレシアの頭にポン、と手を置いた。そのまま頭を掴み、力を込める。

「あはははは・・・いだだだだだ」

「そろそろ落ち着こうか」

「ハイ・・・」

 

セリエズの部屋の扉がノックされる。

「どうぞ」とセリエズが言うと、扉が開けられた。

「セリエズさんですよね。エースパイロットの」

「えっと・・・、確か、ファラク、だっけ?」

「違います、フィラクです」

「そうそう、フィラク。天才って呼ばれてたよね」

部屋を訪ねた意外な人物に、セリエズが驚きながらも応対する。

フィラクが、唐突に切り出した。

「私と、模擬戦をやってください」

「残念ながら、俺のMSが無い」

「ではシュミレーターで良いです」

フィラクが、セリエズに勝負を持ちかける。

「エース」と言われたセリエズと戦いたい。それは「天才」としての意地だった。


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