――その日は、特に何でもない普通の日。
両親は朝早くに出かけて行って、愛する弟も友人と遊びに公園に出掛けている。
私は休日をダラッと部屋で過ごしているだけだ。
お昼時を過ぎた頃に、両親が帰ってきた。
私は部屋から出て、出迎えに行き――思わず固まってしまった。
帰ってきたのは三人、父と母。
そして――
「...」
弟と同じくらいの歳の、白い肌に無造作に跳ねた黒髪、眠たげに垂れた眼の男の子。
それが私――織斑 千冬と染空 思希の出会いだった。
――――――――――――――――――――
染空 思希という名前の少年は、どうやら彼の両親が蒸発してしまったらしい。
そこで、染空家と縁のあった私の両親が彼を引き取った、ということだ。
...何故、そんな大事な話をしてくれなかったのかと、内心両親に悪態を吐いた。
口には出さなかったが。
「...」
思希は黙ったまま、ジッと私を見続けている。
正直、居心地が悪かった私は、正面に座っている彼に話しかけてみた。
因みに両親は私と思希を会話させる為か、少し離れた場所で見守っている。
「...何か、用か?」
言って、心の中で頭を抱えた。
もう少し言い方がなかったのかと。
威圧的だし、無意識に睨んでしまった感覚がある。
視界の端には、苦笑いしている両親が映っていた。
人付き合いの苦手な私は、当時友人...いや腐れ縁と呼べる存在は片手で数える程しかおらず、目つきが鋭いのも相まって腐れ縁以外に話しかけてくる人物は皆無に等しかった。
その腐れ縁曰く、
『ちーちゃんが人を睨みつけたときの視線って、ほぼ人殺しのそれと――あばばばばばばばばば!?』
と言われて無意識に頭をわし掴んでいたぐらいだ。
...私だって傷つくのだ、そういうことを言われると。
そんな視線を真っ向から受けたのだ、弟――一夏と同い年の彼が。
また因みに一度、一夏にも
宥めるのにかなりの時間とおやつ代が私の小遣いから消えたのは言うまでもない。
きっと泣かれるだろうと思っていたが、思希は――
「...これから、よろしくお願いします」
僅かにはにかみながら、そう言ったのだ。
流石の私も面食らって呆けて、両親も驚いていた。
ただ、黙っているつもりもなかったので――
「あぁ、これから、よろしく」
そう、返した。
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それから思希と、
幼いながらにしてどこか大人びいたというか、子供らしからぬ落ち着いた様子の思希は、両親には好評だった。
曰く、手のかからない良い子と。
同い年の一夏からは、あまり遊び甲斐がないといった主旨のことを口では言っていたが、新しい家族が増えて喜んでいたのは知っている。
私はといえば...まぁ、その落ち着きぶりに少し違和感を感じたが、仲は悪くなかった、と思う。
...お互いに話すことがなかっただけで、決して怖がられないか不安だった訳ではない。
思希はといえば、私達家族を見て、楽しそうにしていた。
何を考えていたのかは分からない、訊きもしなかったが、それが邪なものではなかったとは、断言出来る。
先も云った通り、一夏と同年代らしからぬ落ち着きを見せていて、一人の時には歳らしい幼さが散見できた。
...普通は逆じゃないのか、と何度か思った。
とにかく、新しい家族を迎え入れて家が賑やか、とはいかないが、明るい雰囲気になったのは事実だ。
だが、それも――私達の両親までもが失踪するまでの、僅かな間だけであったが。
何も言わずに消えてしまった両親が残したのは、私達三人が数ヶ月暮らしていけるだけの僅かな金だけだった。
一夏が両親の失踪に関して
思希はそんなことはなく、かと言って涙を流す訳でもなく、悲しそうにしていた。
彼に訊いた、「何か知っているのか」と。
彼は首を横に振り、
「何も。俺には、何も...」
そう、顔を歪めて答えるだけだった。
いつも通りの大人びいた態度の内に、何かを乗せて。
昔は、それが何を意味していたのかは分からなかったが、今は分かる。
あれは、何かを忌み嫌う表情と、同じだった。
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それから私は『あの事件』を起こすまで、学校に通いつつバイトを始めた。
これからは私が一夏と思希を育てなければならないと、ある種の脅迫観念に動かされて、学校と道場――両親が失踪する前から通っていた、友人の実家――と睡眠時間以外の殆どを働くことに割り当てていた。
そこに同年代との青春なんてものはなかったが、当時はどうでもよかった。
友人やその家族に心配されるようになった頃、家族に変化が起きた。
一夏と思希が家事をするようになった。
勿論、私は驚いた。
小学校に入ってそれ程経っていないというのに、私が促した訳でもなく率先して掃除洗濯料理としているのだ。
一夏は朝食を、思希は私が遅く帰ってきたときの夜食を。
最初こそ見た目も味も酷いものだったが、あまり気にならなかった。
思わず、一夏を捕まえてどういうことかと話を聞き出した。
「しきが言ってたんだ、ちふゆねぇにだけふたん?をかけちゃいけないからおれたちもできることはやろうぜって」
「...本当に、思希がそう言ったのか?」
「うん、『おれたちはかぞくだから、ちふゆさんにだけつらい思いをさせちゃいけない』って言ってた」
そう聞いて、その日の夜食を作る思希に、一夏が言ったことの真偽を訊いた。
一夏はとっくに眠っている時間にも関わらず、眠そうな仕草すら出さずに夜食を支度していた思希は手を止める。
「はい、確かに言いましたよ」
「...何故、そんな事を?いや、そもそも、お前は本当に...」
その先を言おうとして、口を噤んだ。
思希の表情の変化を見て、これは聞いてはいけないことだと、本能が告げていた。
「...俺は、貴方と一夏の為なら、この命を賭しても構わないと、思っています。むしろ俺は、そのためにここにいる」
「思希、お前は...」
「家族というものを教えてくれた貴方達に、俺は感謝している。そういうものを、俺はここに来るまで知らなかったから。この暖かさを教えてくれた貴方達を、俺は守りたい。この楽しさを教えてくれた貴方達を、俺は助けたい。家族を失う辛さを教えてくれた貴方達を、俺は支えたい」
歳不相応の言葉の羅列を一息に言う思希。
私は、黙って聞いていることしか出来なかった。
「...千冬さん、他人に頼れとは言いません。でも、せめて俺と一夏には、少しだけでも良い、頼ってください。俺達は、家族です。貴方一人に負担を、辛い思いをさせたくない。やれることは確かに少ない、けどそれでも、少しは俺達にも担わせてください。頼りないと言われてしまえば、そこまでですけど...」
生意気言ってすいません、と思希は顔を俯かせる。
普通なら、彼を不気味がるだろうか。
なにせ、一般的な子供の言葉とは大きく逸脱して、流暢に言葉を発している。
これを異常と言わず、なんとするか。
ただ私は――涙を流した。
思希が珍しく狼狽して私に駆け寄り心配していたが、涙が止まることはなかった。
私を心配し支えたいと言ってくれた思希対しての感謝と、思希を疑っていた私の愚かさに対する後悔の涙が、流れ続けた。
そう、
思希が、両親の失踪に関わる原因じゃないのかと。
私と一夏に仇なす、敵じゃないのかと。
今はそんな事、思ってもいないが。
ただ、今でも時折考えてしまう。
思希は、何者なのかを...
――――――――――――――――――――
「...い...ら先生...織斑先生?」
思希の声が聞こえて、思い出の海から浮上する。
久しく会った彼と二人きりになって、昔の事を想い耽っていたらしい。
思希は心配そうに、
身長が僅かに伸びたことは些細なこと、昔の日本人らしい黒髪からは色素が抜けきってしまったようで、雪のような――あるいはそれよりも白い――白髪を、後ろ髪は腰にまで長く伸ばし肌もそれに応じてか死人のように、とまではいかないが病的に白く。
何よりも変わってしまったのは、その眼。
一般的に白目と呼ばれる部分は黒く染まりあがり、緑色の瞳は僅かにだが光を放っているように見える。
口調もどこか昔と変わり他人行儀になって。
おおよそ、彼を彼たらしめていた要素は殆ど変わってしまっていた。
何故こうなってしまったのか。
詳しい事は知らない。
少なくとも二年、思希と共に居た
「ごめんねちーちゃん、それはしーくんから直接聞いて」
とはぐらかされてしまった。
私が思希を同室にしたのは、護衛と、それを聞き出すことが目的だ。
しかし、いざ本人を目の前にすると、言葉が詰まる。
仕方ないとは思わない、彼がこうなってしまった一端は、間違いなく私が担っているのだから。
彼がこうなった経緯を知る義務がある。
「...今はプライベートだ。畏まる必要はない。それよりも思希、教えてほしい。今まで、どこで何をしていたんだ?」
「...あの方と居た時期のことなら、話します。ですが、それよりも前は...申し訳ありません、まだ、話せません」
顔を俯かせて言う思希は、言葉通り申し訳なさそうに言う。
本当は全部話してほしい。
だが、思希にも話す覚悟が必要なのだろう。
それを了承すると、思希は携帯端末を取り出しどこかに連絡を取り始めた。
――――――――――――――――――――
千冬さんが私のこれまでを知りたいと言ってくるのは予想していた。
一夏君や箒さんも気にしているようだったから、千冬さんも気にしてるんじゃないか、と少し期待していた。
千冬さんが悲痛な面持ちで訊いてきたので、不謹慎だったと自分を軽蔑しましたけど。
ただ、私がこの体になった後から今までの話をするには、一応許可を取っておいた方が良いかもしません。
あの方は身内にダダ甘ですから問題ないでしょう。
事前に貰っていた携帯端末の中に登録してあった番号にかけて端末を耳に当てる。
『...もしもし』
数回コール音が鳴った後、目的の人物ではないが知人の声が聞こえる。
「私です、クロエさん」
クロエ・クロニクル。
目的の人物の庇護下にあり、寝食を共にした家族と呼べる一人。
庇護下に入る前からも少しだけ知った仲ですが、
『思希...どうかしたんですか?』
どこか喜色を含んだ声でクロエさんが言う。
今日別れたばかりだというのに、寂しかったのでしょうか?
「相変わらず、可愛いですね」
『えっ』
思わず声に出してしまった。
端末から衝撃音が鳴る。
不必要なことを言って驚かせてしまったらしい。
少し間を置いて、咳払いが聞こえる。
『...突然、変なことを言わないでください』
「申し訳ございません、驚かせてしまったようで」
『別に、怒っている訳ではありません。...それより、何のごよ――』
『クーちゃんどうかした?あぁ、しーくんから電話かな?うん?クーちゃん顔真っ赤だね、しーくんに何か言われたのかな?』
『た、束様!?』
おや、お呼びするまでもなく来てくれましたか。
お電話代わっていただきましょう。
「クロエさん、今回は束様に用事があるので、代わっていただけますか?」
『え?あ...はい、分かりました...』
どこかしょんぼりとした声で言うクロエさん。
実は顔を赤くするぐらい怒っていて、追求できなくてしょげた?
いや、彼女はそんな性格じゃありませんし、気のせいでしょう。
『お電話代わって、世界の
「はい、今朝ぶりですね、束様」
『様付けは辞めてほしいんだけどなぁ...ま、いっか!それよりしーくん、クーちゃんに何言ったの?顔真っ赤にしてにやけてたんだけど』
「ちょっと思う所がありまして、相変わらず可愛いと。怒っている訳でなくて安心しました」
『...あぁ、うん。しーくんもそっち方面はいっくんみたいになってきたね、クーちゃん達も苦労しそうだね!で、しーくんの要件だけど。別に言っても良いよ!困ることじゃないし!』
「そうですか、ありがとうございます」
『しーくん自身の事は逐一許可取ろうとしなくても良いよ、しーくんが話したいと思ったら話せばいいさ。...ただ、初日に専用機のことをバラしたのは頂けないなぁ』
「...聞いてたのですか」
『束さんだからね、割り切って!...まぁ、外野が煩くなるだろうから、ダミーの企業立てといたよ!【
「流石です、束様。では、明日より企業所属として振る舞うように致します。...もしかしなくても、今日の騒ぎは、ご覧に?」
『勿論、あの金髪ドリルがいっくんとしーくんに喧嘩売ってる所なんてバッチリと。イギリスのコア、全機停止させてやろうかな?それともあの金髪ドリルの罵倒を世界に――』
「やめて差し上げてください。前者は世界が大混乱します、後者も...一夏君の実力を知る機会をいただいたということで」
『うーん、束さんはイギリスとあの金髪がどうなろうと知ったこっちゃないけど...しーくんが嫌みたいだし、辞めてあげる』
「ありが――」
『そのかわり。あの金髪と戦うのは
「...了解しました」
『まぁ、あれにしーくんが負けるなんて万が一にも有り得ないけど!実戦経験もないみたいだし。条件破らずに勝ったらご褒美あげちゃうよ!用事はこれで終わりだね、じゃ、しーくん!アディオス!』
ぷつりと電話が切れる。
束様と話すと思考する暇が殆どない。
最後は一気にまくし立てられて終わり。
まぁ、少し疲れるだけで会話は楽しいのですけど。
「...あいつを様付けで呼ぶんだな」
黙っていた千冬さんはおかしなものを見る目をこちらに向ける。
まるで私が変人だと言わんばかりに。
ちょっと失礼じゃないですか、千冬さん。
「命の恩人ですから。それより、私が束様と居た時期のことを簡単にお話します」
姿勢を正して千冬さんに顔を向ける。
全方向見えているからといって、礼に事欠くつもりはないです。
「とは言ったものの、違法な研究所を潰してまわったり束様を付け狙う組織や部隊を撃退迎撃撃墜したり...それを約二年ですね」
「何をやっているんだお前達は...」
本当にそれぐらいしかしていなかったのでそのまま伝えると、千冬さんに呆れられた。
「...ん?となると、お前はいつからISを起動出来るようになったんだ?」
「...束様と出会う直前辺りです。起動した環境については...申し訳ございませんが」
あぁ、嫌な事を思い出してしまった。
確かにあの状況では仕方なかったし、束様もそれについては、むしろ心配してくださったくらいだ。
...だが、どんなに言い訳を並べようが、束
「思希」
「!...すみません、少し考え事を」
「いや、お前にとっては嫌な思い出だったようだな。すまない、不愉快な思いをさせて」
表情に変化があったのだろうか、千冬さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
別に、貴方が頭を下げる事ではなく、私自身の問題だと言うのに。
「それはそれとして...私の目の前で所属の偽装とはいい度胸だな、思希」
「え?...あ、それは」
千冬さんがギロリと私を睨みつける。
あぁ、よくよく考えれば確かに不味かった。
千冬さんはこの学園の教員だ、みすみすこんな不正を目の前で繰り広げられては見逃せないのだろう。
この学園に来てからドジばかり踏んでいる気がしてならない。
が、私の焦燥を見た千冬さんはフッと呆れたように笑う。
「さっき言ったろう、今はプライベートだ。私は何も聞いていなかった、そうだろう?」
「...よろしいのですか?」
「教師としては失格だろうさ。ただそれ以上に――お前と
「...ははは」
乾いた笑いしかでませんでした。
自覚しているので弁解できない。
「大体、束は何故始業式一週間前などという面倒極まりない時期にお前を表舞台に出したんだ。おかげで教員一同地獄を見たぞ。しかも一般公開するななどと無理難題を押し付けてきたせいで――」
そこからは千冬さんの愚痴が止まりませんでした。
原因がこちらにあるだけに何も言えない。
私はただ、千冬さんが止まるのを待つしかありませんでした。
――――――――――――――――――――
「――と、もうこんな時間か」
やっと止まりましたか。
千冬さんの言葉につられて部屋に据え付けられた時計を見れば、既に20時を回っていた。
約三時間程愚痴を言い続けられるとは、千冬さんは不満を溜め込みすぎなのではないでしょうか?
「それだけ私の周りには厄介事が多いということだよ、思希」
自然に心を読んでくる千冬さんはやはり人間を辞めていると思います。
私が言えることではございませんが。
「 それより、夕食はどうするんだ? 」
「明日の朝、食べますので不要です。私はもう寝ますよ」
「そうか。私はまだ少し仕事が残っている、おやすみ、思希」
「はい、おやすみなさい、千冬さん」
千冬さんはそのまま部屋を出て行った。
私は寝間着に着替え、床に敷かれた布団に潜る。
そろそろ頭痛が酷くなってきたので、『瞳』を停止させる。
あぁ、明日からどんな日常が待っているのか。
私は心を踊らせながら、意識を手放した。
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≪システム、シュミレーションモードを起動≫
≪搭乗者と接続...承認≫
≪時期選択...国家解体戦争、受諾≫
≪任務...『アマジーグ奇襲』、
≪記録の読み込み中...読み込み完了≫
≪状況再現...異常なし≫
≪機体編成、読み込み完了≫
≪戦闘を開始します≫
≪
好きなように書いて、好きなだけ放置する。
それが俺の書き方だったな...(殴
そのうちタイトル変えます。