IS × AC ~空を駆る深緑の瞳~   作:幻想迷子

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第二話 染空と貴族

二限目の途中なのですが、問題が発生しました。

私にではなく、一夏君に、ですが。

 

彼、授業が殆ど分からない発言をした上、何を思ったのか参考書を捨ててしまったようです。

それも、『電話帳と間違えた』そうで...彼、目は見えてますよね?

千冬さん――公私を分けてこれからは織斑先生と呼びましょう――が必読と書かれていたと申してますし...

 

「えっと...そ、染空君は大丈夫ですか?」

 

っと、ここで山田先生から私に白羽の矢が立ちました。

まぁ、私も分からないと思われるのは当然でしょうか。

同じ男子ですし。

 

「はい、問題ありません。流石にノートは書けませんが内容は把握しているつもりです」

 

「ほう、ではアラスカ条約を可能な範囲で構わない、説明してみろ」

 

今度は織斑先生から。

この条約、あまり好きではないのですが、駄々を捏ねても仕方ないですね。

 

「...正式名称、IS運用規定。通称IS条約。開発者が日本人だった為日本が技術を独占していましたが、他国がそれを危険視、その為にこの条約を作成。内容は、全ISの情報開示と共有、研究機関の設立。軍事運用の禁止。各国に割り振られたISコアの譲渡、取引の禁止。発覚した場合、終身刑。但し、国家防衛の為にのIS使用は許可――こんなところでしょうか」

 

「上出来だ、染空」

 

織斑先生からのお褒めの言葉...嬉しいです、嫌な事をやってのけた甲斐がありました。

 

「凄いですね、染空君!」

 

「これから嫌と言ってもISに関わっていく身ですから...これぐらい憶えていないければクラスの足手まといになってしまいます」

 

特に目を使えない私は、と心の中で付け加え、席に座りました。

 

隣では、参考書を一週間で憶えろと織斑先生に言い渡され、絶望に打ちひしがれる一夏君が。

 

...あとでお手伝いでも名乗り出ましょうか?

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

授業も終わり、私と一夏君、箒さんの三人が集まります。

他の方々は外野としてこちらに視線を送ってきています。

学園唯二の男ですし、興味はあれど、というものでしょうか。

 

「思希、先ほどの件は忘れていないな?」

 

そう言ったのは箒さん。

いや、私としては忘れていただけるとありがたいのですが...それを聞いた一夏君もそれを問い詰める気でいるのか、私への視線を強めました。

自然と嫌な汗が伝うのを感じます。

 

「そ、それより一夏君の勉強を...」

 

「俺のことは後だ、思希。ここ三年一体どこで何やってたんだ?」

 

言い逃れもさせてもらえなさそうです。

周りの方々も私の空白の三年間が気になるようで、手助けの気配はありません。

これは...詰みでしょうか。

仕方がありません、『あの方』には勧められていませんが...

 

「わかりま――」

「ちょっとよろしくて?」

 

話し始めようとした直前、救世主が現れました。

本当は感謝の言葉を述べて跪きたいぐらいでしたが、こう...言葉の節に威圧感を感じてしまい、感謝の言葉は喉元で止まってしまいました。

それでもこうして話しかけてくださったのですから、それに答えましょう。

どうやら私と一夏君に用事があるようなので。

 

「はい、私達に何かご用でしょうか?」

 

「あら、男の方にしては礼節があるようですわね」

 

...あぁ、この方は女尊男卑主義の方でしょうか、あからさまに言葉に棘がありますし。

一夏君と箒さんもその言葉を聞いて雰囲気が曇ります。

 

「初対面の方への礼節は弁えているつもりですので...それでどちら様ですか?」

 

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試主席のわたくしを?」

 

ちょっと地雷を踏んでしまったでしょうか...言葉の端に憤りを感じました。

 

「申し訳ございません、何分(なにぶん)この通り眼が使えないものでして...彼女は一夏君のお知り合いですか?」

 

「いや、知らん」

 

てっきり知り合いかと思いましたが、違ったみたいですね。

また地雷を踏み抜いてしまったのか、オルコットさんからピリピリとしたものを感じます。

 

「ふん、IS開発者の国だから期待していましたが...それはただの例外、他は所詮、極東の島国ですわね。このわたくしのことさえ知らないだなんて。本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡...幸運なのです。その現実を、少しは理解していただけません?」

 

「へえ、それはラッキーだな」

 

「...馬鹿にしていますの?」

 

素なのか態となのかは分かりませんが一夏君、煽るのはやめてください。

こちらはいつオルコットさんの怒りが爆発するかヒヤヒヤしていますから。

 

「ISのことで分からないことがあれば、まあ...礼を尽くすのでしたら、教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒した、エリート中のエリートなのですから」

 

ほう、オルコットさん()倒したのですか...流石は国家代表候補ですね。

 

「入試って、あれか?ISを動かして戦う?」

 

「それ以外にありまして?まあ確かに、ペーパーテストもそれを作った者との戦いと言えるでしょうが」

 

「...おかしいな、俺も倒したぞ、教官」

 

「...は?」

 

一夏君もですか...!凄いですね、教官を倒してしまうなんて。

ですがまぁ...

 

「...私も倒してしまいましたけど」

 

「...え?」

 

...結構小声で言ったつもりでしたが、どうやら聞こえてしまっていたらしいです。

急いで弁解しなければ...

 

「いえ、とは言ったものの...専用機を使いましたから...」

 

「「「「「えぇっ!?」」」」」

 

あぁ、また余計なことを口走って...今度は聞き耳を立てていた方々からも声が上がりましたし...やってしまった...

 

「待ってくださいまし、本当に盲目のあなたが専用機をお持ちで!?」

 

おや?オルコットさんは私のことを盲目と仰いましたか。

 

「えぇと、私、盲目という訳では---」

 

――キーンコーンカーンコーン――

 

...なんとも言い難いタイミングでチャイムがなってしまいました。

 

オルコットさんは「また後で来ますわ」と去っていき、外野の方々の気配も離れ、一夏君と箒さんも自身の席に戻りました。

...次に話す時には誤解を解かなければいけませんね。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

さて、次は織斑先生の授業のようですね。

気配が他の方々とは比べられない程威圧...あ、いえ、洗練されたものだったので直ぐに分かりました。

だからそんな殺気混じりの視線をぶつけないで...

 

「さて、これから授業を始める...ああ、その前にクラスの代表を決めなくてはな」

 

それは放課後などでよろしいのでは...アッハイ無心でいます。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席...まぁ、クラス長だな。クラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないが競争は向上心を生む。ちなみにクラス代表者は一度決まると一年間変更はないからそのつもりで。自薦他薦は問わない」

 

...織斑先生、それ、暗に私か一夏君にやれと言っていると同意義なのでは...

 

「なんだ染空、何か不満でもあるのか?」

 

「イエ、ナンデモナイデス」

 

顔に出ていたのでしょうか...いや、きっと心眼でしょうね。

布で目元を覆ってるのですからそうに違いない。

 

「それで?誰か居るか?」

 

「はいっ!織斑君を推薦します!」

 

「じゃあ、私は染空君を推薦しまーす!」

 

あぁ、やっぱりこうなりましたか。

でも、私がついでのように言われたのは些か納得出来ません...むぅ。

っと、それ以前に私はそんな大役務められませんか。

 

「...え!?俺!?」

 

一夏君、反応がワンテンポ遅れてますよ。

考え事でもしていたのでしょうか?

 

「織斑先生、私は辞退したいのですが」

 

「お、俺も辞退したいです!」

 

「自薦、他薦は問わないと言った。推薦された者に拒否権などない、と言いたいところだが、確かに染村の現状を見るに代表は厳しいか。良いだろう、染村は認める」

 

辞退できたことにホッと胸を撫で下ろします。

私を推薦してくださった方は私の現状を思い出してか「あっ...」と声を漏らしていましたし、ど忘れていたみたいですね。

まぁ、折角の男性IS搭乗者(珍しいもの)ですし、代表にしたがる気持ちも分からなくはありませんけど。

 

「ちふ――」

 

「織斑先生だ」

 

一夏君の発言を遮るハリセンの音。

私は出席簿でしたし、やはり可愛い弟には加減しているのでしょう。

何故一夏君が呻き声を上げているかは知りませんが。

 

「お、織斑先生、俺は辞退できないんですか?」

 

「染空には事情があっての例外だ、織斑の辞退は認めん」

 

それを聞いてか一夏君が諦めたように溜息を吐き、恨みの籠った視線が私に向けられてます。

好きで眼を封じてるわけではないんですよ、半分は。

 

「では、織斑が代表ということでいいな?」

 

なかなかスムーズに採決までいきましたね。

これで授業に――

 

「待ってください! 納得が行きませんわ!」

 

戻れませんでした。

この気迫はオルコットさんですね。

急に机を叩く音が聞こえたのでびっくりしてしまいました。

概ね、男の代表が気に食わないと思ってるのでしょうか?

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を1年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

ほう、合ってるとは、私にしては良い予想でした。

いや、ここでは『悪い』、ですかね。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭御座いませんわ!」

 

...ちょっと待ってください、流石にヒートアップしすぎなのでは?

大分恐ろしいことを口走ってますよ?

これは止めに入った方がいいですよね、これ以上は――

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはならないこと自体、わたくしにとって耐え難い苦痛で――」

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

「なっ...!?あっ、あっ、貴方ねえ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

一夏君!?なんで火に油を注ぐんですか!

あぁ、クラス内の空気も次第に澱んで...オルコットさんもよくあんな喧嘩売りましたね。

このクラス、唯でさえ日本人が多いというのに...あ、拙い、織斑先生が殺気を溜め始めてます。

山田先生は怯える雰囲気を醸し出しながら、教室の隅に...ってあなた本当に先生ですか!

確かにやんわりと優しい雰囲気の方でしたから喧嘩ごとは苦手みたいですけど...!

あぁ、目立ちたくないのに...!

 

――ガン!!バキッ

 

「なんだ!?」

「なんですの!?」

 

なにですって?

お二人を止めるために杖で床を思い切り突いたんですよ!

この空気に耐えられなかったんですよ!

今度は床を凹ませてしまったかもしれない罪悪感と皆さんの視線が辛いですけどね!

...まぁ、少し腹が立っているので、ついでに晴らさせて頂きましょう。

発言の為に立ち上がって、まずオルコットさんの声がしていた方を向き言葉を発します。

 

「...失礼、余りにも耳障りだったので」

 

「耳障りですって?祖国を――」

 

「祖国を侮辱されたのが許せない、ですか?貴方から始めた事でしょうに。そも、貴方は己の発言の重みを理解出来ていますか?」

 

「な、何を――」

 

「貴方は先程、この国の人々(日本人)を極東の猿と形容致しましたが、何処の誰がISを開発したのかお忘れなのですか?また、貴方はイギリス代表候補生。貴方の言葉が御国の言葉と捉えられるとは考えないのですか?」

 

「ッ...!」

 

オルコットさんがこれ以上自らの立場を貶めないように言葉に被せるように言いましたが、少し言葉が強かったでしょうか?

取り敢えずは置いておくとして、一夏君も諭しましょう。

 

「一夏君、貴方の愛国心は素晴らしいとは思います。が、侮辱に対して侮辱で返すのは愚の骨頂。それは己自身も相手と同レベルであると言うも同じです」

 

「で、でもよ...」

 

「でももなにもありません。貴方の発言で無関係なイギリスの留学生の方々が気を悪くするとは思わなかったんですか?」

 

これだけ言えば一夏君も自分が何を口走っていたか理解できたでしょうか。

彼、根は良いんですが熱くなると軽く我を忘れるのは昔も今も変わってませんね。

それが一夏君の良いところでしょうけど。

 

「...そうだな、思希の言うとおりだ。悪い、言い過ぎた」

 

「...私も口が過ぎましたわ。申し訳ございません」

 

双方の謝罪の言葉を聞けてホッと一息。

あわや大惨事かとも思いましたが、止めに入って正解でしたね。

嫌でしたからね、入学早々この険悪ムードの中で過ごすのは。

 

「ですが」

 

...ん?

 

「やはり男だからといって代表者にさせるのは納得がいきません。そこで、貴方()に決闘を申し込みますわ」

 

あぁー、そこは譲らないんですね、オルコットさん。

まぁ男嫌いのようですしそれも...あれ?

 

「貴方...『達』?」

 

「えぇ、染空 思希さん、貴方にも決闘を申し込みます」

 

どういうことなの...

今の流れから何故私に飛び火したんですかね...

 

「貴方は先程『専用機を所持している』ことを示唆していました、それに相応しい方であるのか見極めたいのです」

 

貴方が妄言を吐いてないかの確認でもあります、とはオルコットさんの言葉。

成程、ここでさっきの失言が活きてきた訳ですか。

...やはり余計なことは言うものではありませんね...

 

「なんだ染空、専用機所持者でいることを明かしたのか」

 

「いえ、織斑先生...口を滑らせたといいますか何と言いますか...」

 

そう言うと織斑先生は呆れたように溜息を吐きました。

分かってますよ織斑先生、私自身呆れてますから。

 

「ならば染空、オルコットと対戦しろ。お前の蒔いた種だ、責任を持て」

 

「...了解致しました。オルコットさん、その決闘の申し出、承諾させていただきます」

 

ここまで来たらもう自棄です。

負けるつもりはさらさらないのですが、やっぱり目立ちますよねぇ...絶対。

 

「それで、一夏君はどうするんですか、決闘。断っても問題ないと思いますが」

 

「それについてだが、その決闘をクラス代表者決定戦とする。染空の言った通り、受けるつもりがないのなら降りても構わん」

 

成程、それに勝ったどちらかに決めるというわけですか。

手間も省けていいですね、一夏君はやりたがっていませんでしたし、ここは降り――

 

「いや、やるよ。思希、ち...織斑先生。もう腹は括ったから」

 

――ないみたいですね。

多分、さきの口論で何か思うことがあったのでしょう。

 

「では一週間後にクラス代表決定戦と染空対オルコットの対戦を行う。三人ともいいな?」

 

その言葉に私は頷き、否とする言葉がないのでお二人も同意したようですね。

ではさっさと机に座って授業を...あれ、杖の先が床に着きません。

こんなに短かったでしょうか?

 

「...染空、予備の杖は持っているか?」

 

「?いえ、持っていませんが...」

 

「...」

 

えっ、なんでそこで溜息を...あっ(察し)...

 

「...一夏君、放課後の先導、お願いできますか...?」

 

「...おう」

 


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