IS × AC ~空を駆る深緑の瞳~   作:幻想迷子

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第一幕 白毛の鴉は表舞台に舞い立つ
第一話 染空の再会


――何故こんなことになったのか、私は理解が追い付かなかった。

 

私――染空 思希(そめぞら しき)は手を引かれながらそう思いました。

『私』とは言ってますがれっきとした男ですので悪しからず。

諸事情で眼が使い物にならないので布で目隠しみたいに覆っています。

髪も腰の辺りまで伸びてしまっています。

おっと、自分語りはここまでにしましょう。

あまり無駄話に花を咲かせる時間もありません。

 

「そろそろ教室に着く。覚悟は良いか?」

 

今私の手を引きながら私の足並みに揃えてゆっくりと歩き、声をかけてくださったのは織斑 千冬さん。

 

私の眼が普通だった時、千冬さんの弟の一夏君と小学一年生の時に友人になって、知り合った方です。

今の私は15歳なので時が経つのはあっという間だと思います。

女性ですが、私なんか千人居たって足元にも及ばない程強くて、私の憧れの人です。

小学校から三年前までに掛けては親無しの私を預かってくれた恩人でもあります。

きっと、今はより美しく優しい方になっていることでしょう。

 

「...あまり褒めないでくれ、私はお前を...」

 

...あと、人の心を読む事が出来ます。

本当に同じ人間なのかはさておきこの方を超えられる気が全くしません。

そして、私の所為でこの方の心に暗い陰を落としている自分を歯痒く思っています。

 

「それ以上は言ってはいけません、千冬さん。あれは私自身が望んだ結果です」

 

過去にあったある事件の所為で、千冬さんは負い目を感じていることを私は知っています。

その事件の結果が、今の私なのですから。

 

「...責めてもいいんだぞ、私はお前を、思希を見捨てたんだ」

 

「それが私の選択です。...あなたをこれほど苦しめる位なら、私は――」

「それ以上は言うなッ!」

 

私の声に重なる形で千冬さんが怒鳴りました。

多くの視線を感じます。

早計でした、これでは彼女の印象が悪くなってしまいます。

 

「...済まない、怒鳴るつもりはなかったんだ、私にはその資格が無いのは解っている...それでも、『死んだ方が良かった』なんて、思わないでくれ...」

 

「...はい、申し訳ありません」

 

僅かに震える声を潜める千冬さんを耳と手で感じ取り、余計な事を言ってしまったな、と自分に悪態を吐きました。

 

気まずい雰囲気のまましばらく歩き、不意に千冬さんが足を止めました。

どうやら目的地に着いたようです。

 

「これから自己紹介をしてもらう、少しここで待っていてくれ」

 

そう言って、私の手を離して、歩いて行きました。

ちょっと残念だと思ったのは内緒です。

 

...少しすると、パァンと何かの破裂音が聞こえました。

誰かハリセンでも持っていたのでしょうか?

その後すぐに二発目のハリセンの音が。

またちょっとの間を置いて、黄色い悲鳴が響き渡りました。

私はどうやら廊下に居たようで、声が反響して奥まで響いてます。

『千冬様』という単語が聞こえたので、どうやら千冬さんが自己紹介したようです。

大人気ですね、千冬様。

なんて考えたら殺気を飛ばされました、ヤメテクダサイシンデシマイマス。

 

おや、呼ばれましたね、では入る事にしましょう。

 

拡張領域(バススロット)から杖を取り出して、一度床を杖の底で叩きます。

 

所謂空間把握(エコーロケーション)の為です。

そうして扉の位置を把握して入室します。

 

...教室に入ってまず感じた強い視線は千冬さんのものでした。

やめてください、私が杖を出す前に手を取ったのは貴方dはい私が悪いですだからそんな殺気をぶつけないでください。

 

次に、というより残りの全ての視線から感じるものは、驚きでしょうか。

まぁ妥当でしょう、私の存在は()()()()()()()()()()()

取り分け強い視線を向ける方が2人程居るのは気になりますが、今は自己紹介を終わらせましょう。

教室に入った直後にもう一度杖を叩き教壇の真ん中あたりに立つ。

 

「はじめまして、私は染空 思希という者です。諸事情により眼が使えないので皆さんにご迷惑をお掛けしますが、どうかお許しを。

趣味と言えるものは今はありませんが、特技はエコーロケーションです。これからよろしくお願い致します」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

俺――織斑 一夏は困惑していた。

きっと幼なじみの箒も同じだろう。

箒の場合は6年越しの再開だから無理もない。

それに、驚いたのは知らされていなかった2人目の男のIS乗りが現れたからではない。

三年間失踪していた筈の親友が、現れたからだ。

 

しかも、三年前から容姿もかなり変わっていた。

身長は少し伸びていたが、何故か眼を布で覆い隠しているし、髪の毛に至っては黒い筈だったのに今では真逆、真っ白だった。

銀とかではない、本当に、絵の具を塗りたくったみたいに白く染まっていた。

首には何故か黒い首輪(チョーカー)を付けている。

 

三年前、思希が失踪した時のことはよく憶えている。

なにせ、千冬姉の晴れ舞台だった日だから。

ドイツで開催されたモンドグロッソ、ISの第二回世界大会。

千冬姉がそれに日本代表で参加して優勝した。

ただ、決勝の時、千冬姉の様子がおかしかったのは今でも憶えている。

太刀筋に迷いがあった、普段の千冬姉から考えられない程に。

それでも優勝したのだから、流石は千冬姉、そう思っていた。

 

問題はそこからだった。

突然、千冬姉がISを付けたままどこかに飛去っていったのだ。

周りは大混乱だった。

その時やっと気付いたんだ、一緒に来ていた思希が、未だにトイレから帰ってきていないことに。

 

トイレに行ったのは千冬姉が試合に出る前だったし、本人は俺と同じくらい千冬姉の決勝を楽しみにしていた。

そんな思希が未だに帰ってこないのはおかしすぎる。

咄嗟に思希の携帯に電話するが、いつまで出ない。

そこまできてやっと理解できた。

思希に何かあったから、千冬姉の様子がおかしかったって。

 

結局、当時の俺には何も出来ず、帰ってきた千冬姉を問い質すことしかできなかった。

しかし、問い質すことすらできなかった。

帰ってきた千冬姉の『この世の終わり』のような顔を見てしまったから。

 

日本に帰ってきてからも色々大変だった。

千冬姉は『勝手に市街地でISを動かしたから』という理由で一年間ドイツに滞在することになったし、鈴や弾達にも問い詰められた。

それに答えられる筈もなく、あの時はとんでもなく苦しかったことを覚えている。

 

その思希が今、俺の目の前に居る。

見た目はだいぶ変わってしまったけどそれが堪らなく嬉しかった。

だからか無意識に、彼に声をかけていた。

 

「本当に...思希なのか?」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「本当に...思希なのか?」

 

む、たった今そう名乗ったのに疑われてしまいました。

まぁ非公開でここに来たわけですし、それも...ん?男性の声?まさか...

 

「もしかしなくても、一夏君ですか?」

 

「あぁ!そうだ!お前の親友の織斑 一夏だ!」

 

あぁ、この声、三年も経っているけれど、しっかりとした芯のある声、間違いありませんね。

 

「お久しぶりです、元気してましたか?大怪我や大病は患っていませんか?相変わらず鈍感ですか?」

 

「おう、見ての...聞いての通りぴんぴん、いや待て、最後のはなんだ?俺は繊細さには磨きが掛かっているぞ?」

 

「そう冗談が言えるのであれば、変わりないようですね、安心しました」

 

「いや冗談じゃ――」

「いつまで駄弁っている馬鹿者」

 

パァンと破裂音がなる。

成程、先ほどのハリセンは千冬さんでしたか。

しかし何故一夏君は呻き声を――

 

「お前も無駄話は後にしておけ」

 

コツンと千冬さんに何かで叩かれてしまいました。

触った感じ、四角い板状...出席簿でしょうか。

痛みはありませんし、きっと手加減してくださったのでしょう。

だってクラスの方々が「千冬様が加減した!?」とか「あの男の子、一体何者?」とか聞こえますから。

 

「な、なんで俺だけ...」

 

「ほう、私が織斑と染空を差別していると?」

 

呻き声が上がるほどのハリセンと痛みが全くない出席簿ではかなり差があると思いますが...

 

「なら、染空にも加減はいらないな」

 

急に私の耳元で囁かないでください、鳥肌が立ちました。

何故か冷や汗も流れます、理由はわかりませんが。

 

でも、先程までの暗い空気が今は千冬さんにない事がわかってよかったです。

自然と顔がにやけてしまいました。

 

「千冬様に耳元で何か囁かれてる...!?」

 

「幸せそう...羨ましい」

 

「やっぱり、千冬様の彼氏なんじゃ...」

 

盛大な勘違いを受けてますね。

二番目の方、確かにいつものと、いうよりよく知る千冬さんの雰囲気に戻ったのでホッとはしましたよ?

三番目の方、あまり失礼なことを言ってはいけません。

私が千冬さんに釣り合う訳がないじゃないですか。

ほら、千冬さんも怒って...

 

「そ、そう見えるか...そうか...」

 

...ないですね、どちらかというと満更でもないような...あっ、咳払いして皆さんを黙らせたうえに誤魔化した。

まぁ、万が一つもありえませんよね。

 

「...それより染空、眼について言っておくことがあるんじゃないか?」

 

おぉそうでした、忘れるところでした。

慌てて姿勢を正して皆さんに向き直ります。

 

「私の眼についてですが、一定条件下では見えるようになることを報告させていただきます。例えばISに乗っている間とかですね、IS搭乗時と普段の私のギャップに驚くことがあるかもしれませんが、先に謝罪させていただきますね」

 

ペコリと一礼して、手に持つ杖で床を突き、人影のない席を...どうやら一夏君の左隣りみたいですね。

足がもつれないように注意しながら席に着きます。

やっぱり見えないというの厄介極まりないですね。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

一限目、終了。

 

()()()の下で勉強した事柄ばかりだったので、特に悩む問題もありませんでした。

隣の一夏君は終始呻いていましたけど。

そういえば、授業を教えてくださった方が千冬さんではなかったので少し驚きましたが、どうやら山田先生という副担任の方らしいです。

確かに、千冬さん一人に担任を任せるわけにもいけないでしょうしね。

 

「大丈夫ですか、一夏君」

 

「いや、全然...思希はどうだ?」

 

「私は良い先生に教えてもらいましたから」

 

ある方に三年間も根気良く教えてもらっていたのですから、分からないなんてこと言えません。

何故か一夏君から怪訝な視線を感じます。

なにかおかしかったでしょうか?

 

「ちょっといいか?」

 

おや、箒さん、いつの間に。

御用事は一夏君にでしょうか。

 

「久し振りだな、一夏、思希も」

 

「そうだな、あれからもう六年か...」

 

「感慨深いものを感じますね、お久しぶりです箒さん」

 

おや、また怪訝な視線を...箒さんからも?

やはりどこかおかしいみたいですね。

 

「思希、さっきからどうしたんだ?その喋り方」

 

「昔の思希は...こう、もう少し砕けた言葉使いではなかったか?」

 

...あぁ、そういう事ですか。

まぁ確かにだいぶ変わりましたね、()()()()()()()()()()()()()()()()

でもそれを言う訳にもいきませんし、誤魔化しましょう。

 

「三年も経てば言葉使いなど変えられますよ。あまり気にしないでください」

 

「いや三年でここまで変わるか普通...待て、それよりお前、三年間もどこに居たんだ?」

 

あ、これは拙いですね、墓穴でしたか。

言えるわけないです、特に箒さんには。

言ったらあの方が何をされるか...

 

「...まさかと思うが思希、お前---」

 

――キーンコーンカーンコーン――

 

良かった、予鈴に助けられました。

お二方に着席するように促すと、渋々といった視線を最後に各々の席に座りました。

隣の一夏君が「あとでまた聞くぞ」なんて言ってません。

言ってないったら言ってないのです。

 


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