東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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メイドは心に新たな感情を


8話 吸血鬼と人間

side 紫苑

 

目が覚めたら紅い天井が目に入った。

 

「――ここ、どこだっけ?」

 

上半身だけ起こそうとして、体に違和感を感じた。

その違和感はすぐに分かる。

 

「……あれ? 右腕なくね?」

 

右腕が肘より先がない。

加えて下半身に重みを感じたので見てみると、そこには金髪幼女が俺の足元を枕にしてうつぶせに眠っていた。宝石のような羽を持った天使のような少女だ。

……コイツ誰?

 

「……あ。あー……」

 

思い出した、俺の右腕粉砕した吸血鬼じゃん。

ここでようやく、俺は紅魔館に来てフランドール・スカーレットを救いに来たことを思い出した。十六夜さんを突き飛ばし、レミリアさんに殺気飛ばし、フランドールを奇跡的に救えたことを。

 

そして出血多量で気絶したことも。

 

「なんて情けねぇ……たかが腕吹っ飛ばされた程度で気絶するなんて……」

「普通は腕を吹っ飛ばされたら大変ですよ」

 

いきなり声が聞こえたので振りむいたところ、メイドの十六夜さんがベッドの横に座っていた。

椅子もどこから持ってきたのか知らないし、気配すら感じなかった。

 

「紫苑様、具合はいかがでしょうか?」

「んな畏まらなくてもいいよ。腕がない違和感除けば全然大丈夫。というか倒れてどれくらいたったのかな、十六夜さん?」

「咲夜、と呼び捨てで構いません。紫苑様が倒れてから2日経ちました」

「へぇ……思ったより経ってるな」

 

血が止まって千切れた部分が赤黒くなっているが痛みはない。

利き腕が使えないのは不便ではあるが、人一人の命と比べれば安いもんだ。正確にはメイドの命と少女の心が救えたというべきか。本当はフランドールに左腕を破壊させる(・・・・・・・・)予定だったけれど……後の祭りだな。

 

ただ十六夜さん――咲夜の申し訳なさそうな表情が消えることはなく、立ち上がって俺に頭を下げてきた。

 

「この度は本当に申し訳ありませんでした。本来ならばメイドたる私が受けなければならなかった傷であったのに……」

「気にすんなって、咲夜。あっちでも勝手に首突っ込んで勝手に傷受けてきたし。あとヴラドのじーさんとの約束果たす計画あったしな。元々腕を壊させる予定だったし問題ないさ」

「しかし……」

 

どうやら咲夜は納得してくれないようだ。

確かに自分が同じ立場に立たされたら絶対納得しないし……はて、どうしたもんか。咲夜が目頭に涙貯めてるし、余り言いたくはないけどばらしたほうがいいか。

 

「ホント大丈夫だから! 2・3週間すれば直るから!」

「……え?」

「俺の能力のことは霊夢とか魔理沙から聞いたか?」

「は、はい……。確か〔十の化身を操る程度の能力〕と」

「咲夜と会った時に少し話したと思うが、俺の第8の化身『雄羊』は自他の回復もできるけど、本来の効果は『再生』。肉体・力を本来あるべき姿に戻すために、治癒能力を限界以上に上げる能力だ。頭や心臓とかの致命的な傷は無理だし、欠損とかは不老不死以上に時間はかかるけど、いずれ俺の右腕は勝手に生えてくるから安心してよ」

 

頭や心臓のくだりは自己解釈だけど、欠損の直りの遅さからして間違いじゃないとは思う。試してみようとは全く考えない。

そういうこともあり、あまり『雄羊』の効果については他人に話さないようにしている。今回は自業自得だから咲夜に話したが。

 

「しかし……」

「もう謝るのはやめてくれ。逆に困る」

「そう、ですか。なにかご要望があれば何でもお申し付けください」

「真面目すぎるなぁ……疲れないか、それ。 あ、要望ならレミリアさんに会わせてくれない?」

 

さっさと残りの約束片付けて早く帰りたい。

それを知ってか知らずか、咲夜は二つ返事で了解してくれた。

 

「ついでにフランドール連れてくか」

「フラン様を、ですか?」

「総仕上げってところだな。――おーい、フランドール起きろー」

 

気持ちよく寝ているところ悪いけど、俺は左手でフランドールの身体を揺さぶった。なんか寝顔が天使すぎて吸血鬼って印象が湧かない。

 

やがてフランドールが眠たげに目を擦りながら起きる。

 

「……んぅ……ん?」

「おはよう、フランドール。何時かわからないけど」

「――お兄様っ!」

「お、おう?」

 

弾かれたように起きたフランドールが、今はない俺の右腕の付け根をペタペタと触って確認し始めた。くすぐったい。

 

「ごめんなさい……お兄様……」

「それはもういいって。今からレミリアさんとこ行くんだけど、フランドールも一緒に行こうぜ」

「フランで良いって言ってるでしょ? お兄様のところならどこでもついてくよ!」

 

さっきの咲夜と同じような顔してたフランが花のように笑った。

咲夜もそうだけど『なんでも申し付け下さい』とか『どこにでもついてく』とか、コイツらは俺の紳士力を試しているのか? 紫苑さんは紛れもなく思春期真っ只中の男だせ?

 

まぁ、それはいいとして。さっさとレミリアさんとこ行くか。

 

二日ぶりにベッドから降りた俺は、背筋を存分に伸ばした。ポキポキと心地の良い音が鳴り、体が動いてると言う実感を取り戻す。

服は倒れたときのままだったようで、長袖のシャツが右だけ半袖というシュールなコーディネートになっていた。割りと気に入ってた色だけど、捨てるしかないようだ。

 

俺は左手を握って隣を歩くフランと、一歩後ろをついて来る咲夜と共にレミリアさんの部屋へと向かった。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 咲夜

 

『彼は本当に人間なのかしら?』

『どういうことだぜ?』

 

紫苑様の後ろを歩きながら、二日前のパチュリー様の疑問のことを考えていた。私も彼の治療を手伝っていただけに、パチュリー様の疑問はもっともであると考えていたからだ。

 

 

 

『――彼、もう傷が塞がっているわ』

 

 

 

正確には『治療をしようとした』だろう。私が見たときにはすでに腕の千切れた部位から血が流れることはなく、青い顔で倒れていた紫苑様も涼しそうに寝ていた。まるで最初から怪我をしていなかったような雰囲気だった。右腕が消えていなければそう錯覚を起こしただろう。

 

私は紫苑様とフラン様が楽しそうに歩いている姿を見て、顔を綻ばせる。微笑ましい姿だ。

 

 

 

しかし――彼の能力はどこまで規格外なのか。

 

 

 

霊夢に聞いたところ、現在判明している彼の能力は、遠くに移動できる『風』、瞬く間に速く動ける『大鴉』、雷を精密に操る『山羊』……そして、肉体を欠損すら回復させる『雄羊』。

まるで幻想郷にいる能力者の劣化版を集めたような化身。

驚くべきは――まだ6つの化身(・・・・・)を、彼は隠し持っているのだ。

 

『彼の本当の能力は〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕よ』

 

そのような能力、恐らくお嬢様ですら対処するのは難しいだろう。もしかしたら不可能かもしれない。

紅魔館の驚異となる人間。本来ならば排除するのが従者の役目であるが……私的な感情では彼と敵対したくない。

 

 

 

 

 

『――あぁ、無事でよかった……』

「――っ!」

 

 

 

 

 

私が彼の顔を見上げたとき、紫苑様は無意識だったと思われるが、私のことを心から心配してくれる声が耳に残っていた。この二日間、その言葉を思い出す度に胸が締め付けられる感情に襲われる。

この感情の正体は……いや、分かっている。

生まれてはじめての感情だが、いくらなんでも私は鈍感ではない。

 

 

 

ただ――この感情は紫苑様とお嬢様が敵対しなければの話だが。

 

 

 

例えこの感情があったとしても、私はお嬢様を優先させなければならない。お嬢様に拾われたあの時から誓ったことだ。

 

「ここがお姉様の部屋だよ」

「お、ありがとな。フラン」

「えへへ」

 

私は紫苑様とフラン様の前に出て、扉をノックした。

 

「お嬢様、紫苑様とフラン様をつれて参りました」

『――入りなさい』

 

私含む3人はお嬢様の部屋の扉をくぐる。

お嬢様はいつものように紅茶を優雅に嗜みながら、紫苑様とフラン様を興味深く観察するように目を細める。背後には美鈴とパチュリー様が控えている。

その間、お嬢様の圧倒的な妖力が紫苑様に向けられる。

フラン様はその様子に少し怯えたけれど、紫苑様はなにも感じないかのようにお嬢様へ挨拶をする。

 

「初めまして……というのは不自然か。聞いているだろうけど、俺はヴラド公の知人の夜刀神紫苑だ。遅くなったけど客室を貸してくれてありがとう」

「……なるほどね。私は紅魔館のの主、レミリア・スカーレットよ」

 

お嬢様は紅茶をテーブルに置き、フラン様を呼ぶ。

 

「フラン、こちらに来なさい」

「……はい」

 

フラン様は渋々といった感じで頷いた。

まだお嬢様とフラン様には決して浅くない溝のようなものがある、そう見える光景だった。

その光景を無表情で見つめる紫苑様。何を考えているかは分からない。

 

「さて――夜刀神紫苑」

「どした?」

「この度は我が従僕と妹を助けてもらって本当に感謝している。代表して礼を言うわ」

「俺はヴラドとの約束を果たしただけだ。礼を言われることじゃな――」

「けど」

 

お嬢様は紫苑様を――赤い瞳で睨みつけた。

 

「正直――余計なお世話だったわ」

「………」

「例えヴラドおじいさまの知人であったとしても、フランの問題は我ら紅魔館が解決する。たかが人間如きが口を挟んでもいいような問題ではない。腕に関しては我々の落ち度だから紅魔館に滞在するといい。しかし、もしも今後も口を挟むようなら――」

 

――どうなるか分かっているよな?

お嬢様はそう声を出さずに告げた。フラン様は肩を震わせている。

紫苑様はレミリア・スカーレットのカリスマ性に畏怖を感じる――様子は一切なく、

 

 

 

 

 

「――あははははははははははははははっっっっ!!!!」

「なっ!?」

 

 

 

 

 

いきなり大声で笑い出した。あまりにもの突然の声に部屋にいた全員が目を丸くする。

悪意も含みもなく、ただお嬢様の言葉が心の底から面白かったように笑った。目じりから涙が見えるくらいに。

 

「あはははははっっ、やべぇ! こんなの傑作以外の何もんでもないだろ!? 吸血鬼の連中って同じことしか言えないのかよ!? お前ら人間の腹をよじれ殺す気かってんだ!」

 

数分笑いこけた紫苑様は涙をふきながらお嬢様に謝罪した。

 

「あー、悪い悪い。あまりにも――懐かしかったもんでな、つい笑っちまった」

「……懐かしい?」

「――『人間風情が口を挟むな。これは儂ら吸血鬼の問題じゃ』」

「!?」

 

お嬢様は目を見開いた。紫苑様の口調から察するに、ヴラド公の言葉でしょう。

 

「紅魔館の主レミリア・スカーレット。お前を見てると史上最高の吸血鬼・ヴラド公を彷彿させるよ。その気高くも冷徹な姿に敬意を表して、かつてヴラド公に言われたその言葉に返した言葉を――そっくりそのまま貴女に送ろう」

 

厳かに、しかし敬意を言葉のまま評しているように、紫苑様は言葉を紡ぐ。

私には分からない。恐らく部屋にいる全員が状況を理解していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ただ歳重ねてるだけの蚊蜻蛉(・・・)風情が。周りの状況すら把握できない愚か共の集まりが。せいぜい無知のまま、孤高気取って悔いを残して死んで逝け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員の表情が強張った。

 

 

 

 


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