東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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計画への後悔
無知への後悔


拾弐話 大きな後悔

side ヴラド

 

『夜刀神』という苗字が日本という名前の島国に存在しない、という事実を知ったのは何年ほど前であろうか?

確か最初にその話をしたのは兼定であったか。

 

そして、紫苑――否、櫻木桜華の過去。

 

儂は霊体である身ゆえ幻想郷から出ることは叶わないが、行き来できる未来と龍慧が暗闇にその事を尋ねたらしい。

なんせ情報不足であるからな。

儂等が紫苑の過去を知ったということを聞いたや否や、暗闇はあっさり口を割ったとか未来が言っておった。

 

 

 

 

 

『私には定まった呼称が存在しない……って、前に言ったかな?』

『そんなこと言ってたね~』

 

 

 

 

 

暗闇は『青年』の姿で語った。

 

 

 

 

 

『紫苑の過去を知ったのなら教えてあげよう。たぶん龍慧は知ってるんじゃないかな? 幻想郷の賢者と人形遣い君も』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『夜刀神紫苑』って名前は、元々は私の名前さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃の事実。

その後に暗闇は笑った。

 

『だからと言って、その名前は彼のものだ。返してくれなんて私の存在に誓って言わないだろうし、もう不必要なものだからね』

『暗闇の名前だったかー』

『ふふ、私の歴史において数億ある呼称の内の、とるに足らない一つだけど。まぁ、今では【彼】が持つことで特別な名となったけどさ』

 

持つものによって『名』の価値が変わる。

面白いよね、言葉ってのは。

 

夜の宴会会場にて、儂は料理を振る舞う紫苑を眺めながら酒を飲んでいた。

博麗神社をさせる柱に立ちながら寄りかかり、優雅に日本酒の味を楽しみながら未来と龍慧の話を思い出していたのだ。

 

 

 

本当にこやつ等は宴会となると行動が早い。

 

 

 

紅魔館で楽しくフランちゃんとレミィちゃんと遊んでいた儂等の元に招待が来たのは夕方。宴会を開くと決まったのは昼頃らしい。

博麗の巫女が二人いるという声を耳にしたから、正体がばれたor兼定がばらしたと推測したものだが、どうやら紫苑の証言によると後者だとか。白玉楼に足を運んだ未来も興味深い報告をしてきたので、本当に幻想郷という場所は飽きぬわ。

 

霊夢の正体をばらしたことに罪悪感があるのか、紫苑が料理を作っている間は一時も霊夢から離れず見守っている兼定をニヤニヤ笑っておると、見知った顔を視界に納めて目を細める。

 

「なんじゃ、浮かない顔をしておるの――ヴァルバトーゼ」

「ヴラドか」

 

あの自信満々で傲慢で高飛車な表情は鳴りを潜め、肩をすくめているヴァルバトーゼに声をかけた。

らしくもないな。まぁ、理由は分からんこともないが。

 

儂の前に立つヴァルバトーゼに、鼻を鳴らしながら茶化す。

 

「義娘が助かってよかったのう。……いや、むしろ計画的には(・・・・・)助からぬほうが良かったのか?」

「!? どうしてそれを――!」

「未来じゃよ」

 

本当に切裂き魔の能力は便利だ。

 

「儂も未来から話を聞いたときは流石に驚いたわ。お主らの計画もそうじゃが――まさか貴様の姉があの(・・)魔神メザロアだとはな」

「姉上に会っただと……? それよりも、なぜ姉上を知っている」

 

『会った』というのは少し語弊がある。

正確には『目にした』という方が正しいだろう。

 

少数精鋭の吸血鬼を率いて異界を旅していた時に、紅の髪を靡かせた美しき魔神を目にしたことがあるだけの話だ。ヴァルバトーゼに会った数百年も後の話である上に、本能的に『敵対してはならぬ』と覚った儂は即座に異界を後にした。

あれ(・・)には肝が冷えたわ。

今の儂でも勝てるかどうかすら怪しい……本気を出せば互角か? 否、アレを使えば儂も無事では済まされぬ。

 

その話をすると「そうか」と一言呟いて考えるようにうつむいた。

……本当に調子が狂う。らしくない、じゃ済まされぬ異常さ。

 

 

 

異変じゃな、うむ。

 

 

 

「それにしても貴様! 儂を騙しておったな!」

「何の話だ? 計画のことと姉上のことなら知っておろう」

「能力のことじゃよ。〔神話を顕現できる程度の能力〕が貴様の真の能力だったとは……」

 

知ったのは龍慧から得意げに聞いた後のこと。

ほくほくとした顔をしながら『〔神話を顕現できる程度の能力〕とは、ヴラドの立場危ういですね♪』と言って来たときには、さすがの器が広い帝王も堪忍袋の緒がキレそうだった。

 

必殺・吸血鬼パンチ(考案者フランドール・スカーレット)を喰らわせるべきだったか……?

 

ヴァルバトーゼが首を振りながら眉間を押さえる。

 

「……貴様等には隠し事は無意味なのか?」

「あの不審者として通報されそうになっている男は、あらゆる能力を複写する切り札を持つ詐欺師じゃ。その時に貴様の能力に気づいたのだろうよ」

 

得意げに言った後、『〔あと0と1を行使する程度の能力〕と〔力を纏わせる程度の能力〕、〔あらゆるものを否定する程度の能力〕でしたか? あれも複写しましたけど面白いですね。今度実践してみましょう』と言っていた。

強者を『視る』度に強化してゆく詐欺師は何とかならんのか。

 

白黒魔法使いと人形遣いに通報されそうになって事情説明をしている龍慧を指さしながら、儂は海よりも深いため息をついた。

 

お、龍慧が最後の切り札(土下座)を出しおったぞ?

周囲にいる紫苑と未来が腹を抱えて笑いながら写メっている。

 

「……帝王、貴様は我らの計画に何とも思わないのか? 場合によってはツルギに危害が及ぶと知っていても、貴様等は傍観者の立場でいると?」

 

傍観者の立場とな。

儂は声高々に笑った。

 

 

 

 

 

「かかかかかっっ、お主等で解決できる問題に、どうして儂等が干渉せねばなるまい。知っておるか、ヴァルバトーゼ。儂等5人は共にいることは多いが、5人で共闘したことなど生涯一度もない(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

タッグを組んだことは多々あれど、5人で一つの敵に立ち向かうなんて展開は一度もなかった。

そして永劫そのようなことはないだろう。

 

あ、オンラインゲームでなら共闘したな。

全員アタッカーでパーティーダンジョン行って全滅したあの頃が懐かしい。

 

「つまりはそういうことじゃ。儂等は必ずといっていいほど『傍観者』という立場になることが多いのだ。じゃから、儂はお主等の問題に干渉はせぬ」

「そうか……」

「さっきから『そうか』しか言わぬな。AIか? 壊れたAI入っとるのか?」

 

儂は夜空を仰ぎながら大きく嘆息した。

 

まったく……後悔があるのならば参加しなければよいものを。

あのメザロアとかいう姉が影響しているのか。

儂は兼定のように他者を説教したり諭したりする趣味は持ち合わせておらぬがなぁ……。

 

「魔帝、はっきり言って貴様が何をするなど自由だ。というか興味ない」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし――貴様の選んだ道、悔いのない方を選ぶことだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔帝ヴァルバトーゼはいつか儂が倒すと決めた宿敵。

このようなところで躓かれては、儂が過去に目指した(・・・・)吸血鬼の看板に傷がつくではないか!

 

儂はニヤリと獰猛に笑った。

もしかしたら……儂が幽体となった理由は、案外この男への未練も含まれているのかもしれんな。

レミリアとフランドールのことと、あのアホ共だけかと思っていたが。

 

「――そうだな! いつまでも悩むのは我らしくないか!」

「やっと調子を取り戻しおったか」

 

まだ迷いがあるが幾分か吹っ切れた様子。

これこそ魔帝というもの。

 

高笑いしている宿敵を眺めていると、鮮やかに輝く光と共に神々しい女性が姿を現す。

ここまで神秘的な姿であるにもかかわらず、宴会に参加する者は誰一人として気づかない(・・・・・)ことに、儂は目を細めた。

 

「アテナか、どうした?」

「ヴァルバトーゼ様……と、そちらは?」

「ヴラド・ツェペシュ。我の旧友だ」

「友ちゃうわ」

 

アテナ――確かギリシャ神話の智慧のの女神だったか?

その女は儂を胡散臭そうな目で見る。妖怪と神は相いれない存在と出も思っているのか、ヴァルバトーゼと遠慮もなく会話していることを嫉妬しているのか定かではないが。

 

それも一瞬。

アテナはヴァルバトーゼに尋ねていた。

 

「ヴァルバトーゼ様、一つ疑問に思うことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「許す」

「あの黒髪の男は何者ですか?」

 

アテナの指さした先には黒髪の男――夜刀神紫苑の姿。

 

「ツルギの親友であり、我の友である。それがどうしたか?」

「い、いえ、ヴァルバトーゼ様のご友人であるのならば構いませんが……」

 

言葉を少し濁したアテナは言いにくそうに述べる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼からは――『死』を感じます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほう、女神にも紫苑の死期が迫っていることが分かるのか。

ヴァルバトーゼは己の配下に説明した。

 

「――というわけだ。おそらく死を感じたのはそれが」

「いえ、そういう意味ではなくて」

 

儂とヴァルバトーゼは意味分からずに首を傾げる。

 

「あの少年から――同胞と同じ『死の権能』の力を感じるのです。生者の死を操り、あまねく終焉を司る神と同じものを」

「なんだと?」

 

ヴァルバトーゼの表情が険しくなる。

 

紫苑の能力はゾロアスターの中級神に酷似したものであるが、あれは太陽神にして勝利神。『死』や『終焉』とは無縁のはず。

ならばアテナの言った『死の権能』とは何なのか。

 

ヴァルバトーゼは儂の方を向く。

 

「帝王、何か心当たりはないか」

「死の権能など、紫苑とは無縁の力じゃぞ?」

「ならばアテナの感じた死は――」

 

と呟いたところでヴァルバトーゼの表情が固まった。

 

「ヴァルバトーゼ様?」

「……ヴラド、貴様はかつて紫苑と冥府神と戦ったと言っていたな。その時、冥府神にトドメを刺したのは誰だ(・・)?」

「何をいきなり。それは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

儂は呼吸が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待て。

待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て。

 

「……我ら妖怪や悪魔が神を殺すなど不可能ではないが、人間が神を殺すなど不可能(・・・)。しかし、もしそのような奇跡のような僥倖を成し遂げたら――それは」

「――神の座の簒奪」

 

アテナの一言で確信した。

 

神を殺すなど、それは神の座を簒奪することと同義。

ならばとどめを刺した、神を殺した紫苑は――

 

「暗闇……!」

 

儂は忌々しげにつぶやいた。

『神殺』という異名を紫苑につけたのは暗闇。あれは最初から紫苑がやったことを理解していたのだ。

『暗闇を傷つけたという意味でつけた』と思っていたが……! まさか本当に(・・・)神を弑逆していたとは!

 

なぜ儂はこんな簡単なことに気付かなかった!?

 

「……ヴラド卿、あの少年と戦った神の名は?」

 

アテナの問いに儂は目を鋭くさせながら睨み返す。

その姿に恐れおののいたのか、顔を引きつらせる智慧の女神。

 

儂等が倒した冥府神というのは仮の名。

正確には北欧神話の主神にして戦争と死を司り、神々の黄昏(しゅうえん)へと導く大神。

その名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――オーディン」

 

 

 

 




紫苑「やっと! やっとこの伏線が拾えた!」
未来「これ拾うために話の構成何回も練り直したからね」
紫苑「投稿遅くなってすまない。失踪は絶対にしないので安心して下さいm(__)m」
未来「作者も完走したいって意気込んでいたしね」


紫苑「諸事情により一部改変」
未来「ごめんね~」

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