人に虐げられてきた半妖
side 未来
「いやー、さすが冥界だね」
所変わって白玉楼前の階段。
白玉楼に行くと紫苑達に言ったものの、あちこち寄り道しながら今に至る。
例えば永遠亭前の竹林とかね。
あの青々とした立派な竹が生い茂っている姿は絶景だったね。どうして僕達の幻想郷には永遠亭前に竹が一本もないのだろうか?
帰ったらもこたんに聞いてみよう。
世界は違えど四季の美しい白玉楼の紅葉を楽しみつつ、僕は階段を一段一段上っていた。面倒ではあるがそこまで急ぎの用事はないので、せっかくだし気ままに歩いてみる。
一般人なら気味が悪いと思うような薄暗い灯篭も、ここでは良き雰囲気を醸し出している。
上がり切ってみると、咲いてはいないが美しくも禍々しい西行妖が僕を迎えた。
「ここの西行妖は健在、か……」
いっそのこと伐採してみようかと思ったけど、どうせツルっちが解決するだろうし放置しておく。
僕は西行妖の幹まで近づき、右手を当ててみる。
もちろんこの西行妖に紫苑の施した『戦士』の一部は存在せず、僕の内に眠る西行妖の妖力と同じものが桜の幹に宿っていた。
あっちだと幽々っちの遺体が封印の役割を果たしているとか言ってたけ?
「えっと……君は誰?」
西行妖の妖力を確かめていた僕は、いきなり声をかけられて振り向く。
そこにいたのは右目に眼帯をつけた黒髪の青年だった。
穏やかな物腰で、一見すると戦闘技能のない
まるで――数年前の龍慧に近い何かを彷彿させた。
僕はそれに目を細めたのは一瞬。
破顔して友好的な笑みを浮かべながら手を振った。
「おはこんばんにちは~」
「え?」
これぞ友好的な挨拶。
白玉楼に不法侵入した事実を払拭――
「あ、貴方は誰ですか!?」
できるはずがなかったよね。
白玉楼の屋敷から出てきたのは銀髪の少女。
見覚えがあるどころか毎日顔を合わせていた少女にそっくりであり、もしかしなくても魂魄妖夢だった。
敵意むき出しの半霊に、出来るだけ刺激しないような対応を見せようと試みる。
「僕の名前は九頭竜未来。ちょっと観光で幻想郷を回っているのさ」
「観光? ここに来るには通常手段では不可能なはずだけど……」
黒髪の青年の言う通り。
冥界に気軽に行くことなんて本当は無理なのだ。
僕達の幻想郷だと冥界への行き来は非常に難しく、そもそも幻想郷の冥界には生者を寄せ付けない結界が張られており、一部の例外を除いて命持つ物が易々と冥界に入ることは叶わない。
その一部の例外は多いけどね。最近では霊っちの秘密特訓場として利用されているため、人じゃない者達の行き来が盛んになっている。人間であそこを超えられるものと言えば、それこそ霊っちと紫苑ぐらいなものだ。
僕? そこに住んでるから出入り自由だよ。
しかしここは異世界の幻想郷。
僕は出入り自由なわけではないので――
「ん? 結界なら斬ったけど?」
「「はい?」」
だから結界を斬った。
「僕の能力で結界を斬ったのさ。これでも半妖だからね~」
「半妖って凄いんだな……」
どうやらこの青年は半妖を知らないようだ。
もしかして外来人なのかな?
ツルっちの世界って軍事国家が大半を占めているとか言ってたはずだけど。
「そ、そうだとしても! この白玉楼に無断で入ってくるのは感心しません」
「その侵入者を止めるのは君の役割でしょ? 職務怠慢は感心しないなぁ」
「う……」
少々意地悪な発言をしてしまう。
どこの世界のみょんも真面目なのかね。それはそれでいじり甲斐があるんだけどさ。
何も言えなくなったみょんを微笑ましく見つめていると、
「――あまり、うちの妖夢を虐めないでくれるかしら?」
またもや女性の声。この声も知っており、振り向くと案の定僕の見知っている顔が現れた。
儚く存在があやふやな印象の貴婦人。西行寺幽々子だ。
彼女はゆっくりとした足取りで近づくと、僕の顔を見て首を傾げた。
「ところで、どちら様?」
「通りすがりの観光客だよ。そこの彼女を虐めたつもりはないんだけど、もし邪魔なら今すぐ帰るつもりさ。ただ冥界という珍しい地を見に来ただけだし」
「……そう」
疑うような素振りを見せる幽々っちに、僕は笑みを浮かべながら対応。
嘘をついていることはバレているだろうけど、本当の目的を明かさない。良くも悪くも自分の考えを読まれにくい体質だからね。
まず冥界に観光に来ること自体が普通の者には不可能であり、珍しいというだけで薄暗い忌避される冥界に来るアホはいない。
そのことが西行寺幽々子の疑問なのだろう。
ただ『何となく』なのだが。
「別に邪魔じゃないわよ~。せっかくだしお茶でも飲んで行かない?」
「お。それは嬉しいね」
目的を探るつもりなのか、茶に招待してくる幽々っち。
どうせ目的がバレても僕に損害はないわけだし、異世界の住人だってことも信じはしないはず。
なら遠慮なくタダ茶を頂いた方が賢い選択だよ。
……それにしても、ここの幽々っちは油断も隙もない女性だなぁ。
こっちの西行寺幽々子は紫苑にベタ惚れで子供っぽい印象が強いから、余計に何考えているのか分からない雰囲気がある。
まぁ、僕は覚だから分かっちゃうけど。
♦♦♦
side 妖夢(剣のほう)
「――ふむふむ、そして気づいたら白玉楼に居たって訳か。
「あ、あぁ」
縁側でお茶を嗜みながら白髪の少年――九頭竜未来さんは同情の言葉を述べる。
意外な反応に鴻汰さんも戸惑っていた。
いきなり白玉楼に無断で侵入してきた自称・観光客であるが、雰囲気というか物腰から相当鍛えていることが推測できる。
ただ者ではない故に警戒していたが、どうやら本当に危害を加える気はないようだ。
「人造人間に破壊された世界、か……」
周囲にいる全員に聞こえるような声で言葉をかみしめる未来さん。
人造人間という存在を憎んでいる鴻汰さんの表情が険しくなったが、それを見た未来さんは――とんでもない爆弾を落とした。
「まぁ、僕としては人間が何億死のうがどうでもいいけど」
「どういう意味だ?」
「言い方悪くなっちゃうけど、大きく考えれば自業自得なんだよ」
持っていた湯呑を置いて鴻汰さんの方を向く白髪の少年。
「人造人間。文字通り『人によって造られた人間』だ。人が用いた技術によって人為的に生まれた
「ふざけるなっ!」
縁側に座って居た鴻汰さんが立ち上がって、物凄い形相で未来さんを睨みつける。
そんな状況でも笑顔を絶やさない未来さん。
「人造人間のせいで父さんも……母さんも……兄さんも……死んだんだ! アイツ等さえ居なければ、僕達は平和な世界で暮らせたはずなんだ! それを――っ!」
続きを言おうとした鴻汰さんが息を飲む。
未来さんの顔には――表情がなかった。
忌々しく人造人間への恨みをぶつける彼を見る白髪の少年には、喜怒哀楽などはなく、ただただ表情をなくしたような。
近い言葉を当てるとするならば――倦怠だろうか?
「僕の友人に人造人間に近い奴がいる」
「――っ!」
「そいつは過去に何万の罪無き人々を虐殺し、『史上最悪の殺人鬼』として忌み嫌われていた。まぁ、今では馬鹿なくらいに人に優しくて、どうしようもなく仲間想いなんだけど」
矛盾していると私は思った。
殺人鬼と言われながら人に優しい?
心変わりでもあったのだろうか、と憶測の範囲内で納得する。
「僕は
無表情のまま首を傾げる未来さん。
「
「え……」
「人造人間を作ったのは君達だろうに、なぜ被害者のように
「けど僕達は――」
「無関係、だとでも言いたいのかな? この世に無関係なものなんて一つもなく、無知であること自体が罪である理不尽な世界で、君はそんな綺麗事をほざくのか。僕だって人間に散々虐げられてきて、あまつさえ商品扱いで奴隷やってた身だよ」
「………」
白髪の少年はその外見とはそぐわない理論を展開する。
まるで大妖怪のような落ち着きだ。
「僕は別に復讐心を持つなとは言ってない。それは各々の自由だからね。
――でもさ、言葉は選びなよ。その言葉は
抑揚のない声で未来さんは鴻汰さんに言った。
それには仲間への冒涜は絶対に許さない、という強い意思を感じられた。
未来さんの発言に……鴻汰さんはどう思ったのだろうか。
元々人造人間を憎んでいた彼は、一般人である彼にも問題があると第三者視点から指摘する半妖の言葉にどう感じたのだろうか。
「っと、雰囲気悪くなっちゃったね。僕はそろそろお暇するよ。幽々子ちゃん、お茶ありがと~」
「いえいえ~」
いきなり笑顔を作った未来さんは立ち上がって幽々子様に礼を述べると、そそくさと門から出ていった。
鴻汰さんは――俯いたままだった。
♦♦♦
side 未来
「ちょっと言い過ぎちゃったかな」
僕は白玉楼の階段を歩きながら呟く。
確かに人間の怠慢であったにせよ、それを一般人である彼に押し付けるのもどうかなとは思った。
でも、なんだか紫苑とツルっち――剣を侮辱されたような気分で、思わず柄にもなく説教じみたことを言ってしまった。
僕も他人のこと言えた立場じゃないんだけどさ。
まったくもって――僕らしくないなぁ。
「あ、でも剣の名前を出さないのは正解だったかも」
彼の家族を奪った人造人間。
もしかしたら剣の可能性もあると考えたが、もし本当ならば要らぬ闘争を引き起こしかねない結果となっていただろう。
わざわざ導火線に火をつける必要もない。
復讐心なんて面倒なだけだし、彼には幸せに
今回あったことはとりあえず紫苑とかに報告しとこう。
起こるであろう
兼定「剣の呼び方変えたな」
紫苑「未来のあだ名つけは基本だけど、本当に親しいと名前で呼ぶからな。俺たちのように」
ヴラド「今回の会話で剣を友と完全に認めたというわけじゃな」
未来「それよりも彼に罪悪感半端ないよ」
龍慧「help me」