東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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見失う賢者
簡単なことだろうに


64話 一緒に居たいから

side 紫

 

「ゆ、紫。大丈夫?」

「? 急にどうしたの、霊夢」

「目元赤いわよ」

「!?」

 

師匠の過去を見てきた私は霊夢と鉢合わせした。

そして、泣いた後を指摘されて隠そうにも隠せないことを悟って、霊夢から目を背けた。何となく彼女には見せたくない気持ちがあったからだ。

 

「……紫苑さんの過去でも見てきたの?」

「――っ! どうしてそれを……」

「ただの勘よ」

 

……本当に、この娘の勘は鋭いんだから。

今夜なのに目元を指摘されたことも予想外。

 

「アリスの件からして、紫苑さんの過去って壮絶なものだろうけど……紫が泣いてる理由って何?」

「………」

「アンタらしくないわよ」

「……っ!」

 

もう……限界だった。

私は真正面から霊夢にダイブ。

 

いきなりの行動を予測できなかった霊夢は、私を抱きかかえるようにして地面に座り込んだ。いつもならこんなことを絶対にしないのだが、今は我慢できない。

 

 

 

「紫!? アンタ本当に――!?」

「私じゃ……何で私じゃダメなのよぉ!?」

「紫……」

 

 

 

無様に泣きじゃくる私を霊夢はどう思うだろうか?

 

けれど、そんなこと今はどうでも良かった。誰かに私の叫びを聞いてもらわないといけないほど、私の心はボロボロだった。

たどたどしくも霊夢に原因を話した私は、霊夢から離れて座り込む。

 

「紫苑さんの気持ちが分からない、か……」

「……何が『幻想郷の賢者』よ」

 

私は失笑する。

スキマの中で嫌というほど涙を流した私は、もう涙が出ないほどに感情が枯れ果てていて、何もかもがどうでもよくなっていた。皆から何でも知っているという意味合いを込めて呼ばれる名も、肝心の知りたいことが理解できなければ意味がない。

 

自分の存在が嫌になってくる。

私が人間だったのなら……少しは彼の苦しみを理解できたのかしら?

 

そのような机上の空論を考えるほどに、私の思考は麻痺していた。

 

「ねぇ、霊夢。私は、どうすればいいのかしら?」

「どうって……私も知らないわよ」

「そう……よね……」

 

私では彼を救えない。

そんな妖怪が、彼に寄り添う必要があるのか。

彼を愛する資格があるのか。

 

ここまで惨めな気持ちになったのは初めてだ。

私は笑った。それは自分でも引いてしまうほど暗く、全てを諦めた絶望的な笑い。

 

 

 

何もできないならば。

もう、いっそのこと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠を死なせることが、彼のためになるのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿じゃねェの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他者を小馬鹿にしたような声。

顔を上げてみると、そこには灰色の髪を揺らしながら歩いてくる男――獅子王兼定の姿があった。手に持った空の皿を見て、彼が料理の追加をしに来たことは容易に推測できる。

彼の表情はゴミを見るように冷たく、大きな溜め息をつきながら首をポキポキと鳴らしている。

 

「なんか姿を見せねェと思ったら……こンなところで泣き寝入りしてるなンてなァ」

「獅子王さん、どうしたの?」

「ちょっと泣き言ほざいてる見知った顔を見たから、嘲笑いに来ただけだ」

 

兼定は私の前に座り込む。

ニヤニヤと相手を挑発するような笑みを浮かべ、皿をクルクルと器用に回す。

 

「その様子じゃあ、紫苑の過去でも見に行ったかァ? アイツの昔見ただけでこンなことになるとは思えねェし……あれか? 見ても紫苑のことが理解できなかった感じか?」

「――っ!」

「はッ、図星かよ」

 

ムッと霊夢は兼定に反論する。

 

「あのねぇ……紫だって好きで泣き寝入りしてると思ってるの? 紫苑さんの過去を理解できなくてショック受けるのは当然でしょ」

「無駄なことで悩んでる奴を嘲笑って何が悪りぃ。紫苑も人形遣いに何か言われたらしいが……もう気持ち切り替えて宴会参加してっぞ」

 

兼定の紅の瞳が私を捉える。

 

「私の悩みが……無駄だって言うの」

「そう聞こえなかったか?」

「貴方は――」

 

その瞳を睨み返そうとして――私は固まった。

 

あからさまに挑発しているに焼け面だと思っていたが、私の瞳に映ったのは頭を押さえて首を振っていた彼の姿だった。

その感情は……疲れ。

 

 

 

「……あんまり助言とか俺様のキャラじゃねェンだけどなァ」

 

 

 

そう呟くと皿を霊夢に投げる。

フリスビーのように投げたためか、霊夢は危なげなく受け止めた。割と早く目にとらえるのすら難しい早さだったが、日頃の修行もあってか怪我なく済んだ。

皿を指さして霊夢に命じる壊神。

 

「それに料理盛って慧音さんに渡して来い」

「え、何で私が」

「いいから行けよ……あんまり人に聞かせたくねェ」

 

あまりいい顔をしない霊夢だったが観念してこの場を去った。

ここに居るのは膝から崩れ落ちている私と、私の前に胡坐をかいて向き直る殺人鬼。

 

「さて――泣き虫スキマ妖怪」

「……その呼び方止めなさい」

「紫苑がテメェを紹介するとき、その名前で呼ンでたぜ」

 

ククッと忍び笑いをする目の前の男。

師匠に言われるのは百歩譲るとして、なぜコイツに呼ばれないといけないのか。

 

「俺様は不老不死だ」

「……何を今さら」

「未来は半妖でヴラドのジジイは吸血鬼、龍慧に至っては珍しい竜神。暗闇は自然現象に近いチート野郎で、要塞は鬼神、土御門なんかカテゴリーの分かってない妖怪だぜ?」

 

彼が何を言いたいのかが分からない。

それを口にしようとして言葉をかぶせられた。

話を続ける兼定。

 

「そして、紫苑は人間だ」

「……だから! 一体何が――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なンでコイツ等は一緒にいるンだろうな? 互いの気持ちなンざ理解できねェってのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兼定はつまらなさそうに語る。

 

「テメェは言ったよな、紫苑の気持ちが分からねェって。当たり前だろうが。そもそも人間同士でさえも共感できずに殺し合いや戦争してンのに、妖怪がそれを理解できるはずがねェだろうがよ」

「………」

「幻想郷の賢者、テメェは賢いよ。だからこそ難しく考えてンだろうな」

 

壊神は立ち上がった伸びをした。

 

「俺様達は別に共感しあってるから一緒にいるわけじゃねェし、利害関係程度で結ばれているほど脆くはねェ。ただ単純に――楽しいから一緒に居ンだ。難しい理論や複雑な関係なンざ一切ありゃしねェ」

 

私は彼の顔を見て驚愕する。

 

 

 

彼は笑っていた。

 

 

 

今までの彼の性格からしてありえないほどに純粋で……この顔を上白沢慧音ぐらいにしか見せたことがないであろう、清々しく月夜の光を浴びながら笑っていた。

 

「八雲剣って奴を覚えてるか?」

「……えぇ」

「紫苑がアイツにどういった感情を持って『友』と呼んだかは知らんが、俺様も機械仕掛けの人間のことは嫌いじゃねェぜ? 理屈なんざ関係なく、ただアイツと話してると楽しいから思うンだ」

 

モノが人であろうと努力してんだぜ?

面白いじゃねぇか。

 

灰色の髪の男は異世界の守護者のことを語った後、私の方を見る。

 

「話を戻す。テメェは紫苑の過去――苦しみを理解できないと嘆いていたが、そんな小難しい悩みや理屈なんて考えずに答えろ。

 

 

 

 

 

――テメェは紫苑と生きたくはないのか?

 

 

 

 

 

――アイツとたくさん笑いたくはないのか?

 

 

 

 

 

アイツが――好きじゃないのか?」

「大好きに決まってるでしょ!?」

 

 

 

 

 

自分でも信じられないくらいに大きな声が出た。宴の真っ最中でなかったら、数人くらいは何事かと駆けつけてきただろう。

反射的に、無意識的に発言した私の口はそれだけに留まらず、心の底から思っていることを端も何も考えず吐露した。後で自分の醜態で穴に入りたい気持ちになろうとも構わない。ありったけの想いを目の前の男にぶつけた。

 

「好きよ! 大好きよっ! 年がら年中、幻想郷の仕事ほっぽり出しても傍に居たいくらい、私は師匠――夜刀神紫苑のことを誰よりも愛しているのっ!」

「やっぱテメェって馬鹿だなァ」

 

いつもの小馬鹿にした笑みを浮かべながら叫んだ私を見下ろす。

 

「そこまで答えは出てンだろ? 悩む必要ねェじゃんか」

「あ……」

「こんなの未来やヴラドのジジイが教えりゃいいのに、どうして俺様がここを通りすがったのかねェ……。そもそも俺様は女嫌いだっての。幻想郷って女率高すぎンだよ」

 

兼定は指を折り曲げながら言う。

 

「慧音さんは当たり前として、紫苑の弟子のテメェと風見幽香と博麗霊夢、紫苑の義妹の西行寺幽々子、未来の弟子やってる魂魄妖夢、壊し仲間のフランドール・スカーレット、不老不死仲間の藤原妹紅、兎の鈴仙、俺様達と同レベルに成り上がったチルノしか認めてねェ……っておかしい。なんか『女嫌い』称せねェほど交流あんぞ……?」

 

指を全て折り曲げたところで自分のアイデンティティ崩壊を悟る壊神。

確かに『女嫌い』と言うには、認めている女性の数が多すぎる。彼も幻想郷に来て大きく変わったということかしら?

 

言葉を濁すように咳払いをした兼定は、私に人差し指を突き付けながら会話を締めた。

 

「とにかく、だ。俺様の言いたいことは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人形遣いが羨ましいかもしれンが、苦しみの共感はアイツに任しとけ。テメェは自分の想うように行動すりゃいいんだよ。紫苑に遠慮はいらねェ。相手のことを理解していないからこそ……これから理解する努力をすりゃいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を残して去った兼定の背中を見ながら、

 

「……ふふっ」

 

思わず笑いを堪えられなかった。

 

難しく考えなくていい。

苦しみを無理に理解しなくてもいい。

 

 

 

一緒にいたいから、愛しているから、それだけの理由でも彼に寄り添うことはできるんだ。

 

 

 

「彼の言う通りね……」

 

なんでこんな簡単なことを気づけなかったのだろうか?

龍慧の発言に固執していたから――いや、彼は一言も『師匠の過去の苦しみを理解できない』と現実を突き付けただけで、傍に居ることに対して何も言わなかった。もしかしたら、私が悩むことも含めての発言だったのかもしれないが、確認するつもりはない。

 

 

 

 

 

もう答えは出ているのだから――

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 兼定

 

「ったく、何で俺様が……」

「グッジョブですよ、兼定」

 

八雲紫の人生相談を適当に切り上げて宴会の輪に戻ろうとしていた俺様を、いつもの胡散臭い詐欺師の野郎に止められる。

 

「……テメェの差し金か」

「さぁ、どうでしょう?」

「俺様じゃなくても適任は他にいただろうが」

 

仰々しくお辞儀をする目の前の龍慧に文句を言う俺様。

 

「ヴラドのジジイとか」

「心の弱ってる彼女の前にカリスマの塊を置いたら、二度と立ち直れませんよ。あの吸血鬼はオンのとき容赦ないですからねぇ」

「……未来」

「途中で面倒になって擬音が半数を占める説明になりますが?」

「つ、使えねェ」

 

上手い具合に乗せられた気分。

 

 

 

嘆いても仕方ねぇし、俺様は詐欺師の横を通り過ぎて慧音さんの元へと向かった。

 

 

 

 




紫苑「(-ω-;)ウーン」
霊夢「どうしたの?」
紫苑「もうちょっと地文が欲しかったな」
霊夢「背景描写が少ないとか」
紫苑「語彙力なからな、作者は」
霊夢「それ致命的じゃない?」

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