東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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偽者に生きる資格があるとでも?


62話 紛い物

side アリス

 

『なんで紫苑さんに霊力がないのか』

『なぜ神力を宿しているのか』

 

人である獅子王さんが神力を宿しているのは、彼の腕――アンラ・マンユの左腕が原因であったが、お父さんのは『限界越えるから』で皆納得していた。

しかし、考えてみればおかしいのだ。

自然に生まれた人間に霊力がないというのは、それこそ自然の摂理に反しているようなもの。

 

お父さん――紫苑さんが霊力を一切所有していない理由。

彼が神力を所有する理由。

 

 

 

それは……彼が生まれる仮定にあった。

 

 

 

暗い研究室のような場所の一角。

不思議な機材や用途の分からない薬品が並び、魔理沙やパチュリーが見たら大喜びしそうな場所で、複数人の男たちが赤子の前で歓喜していた。

 

『できた! 研究は成功だ!』

『これで我々の計画が進むぞ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺伝子操作による生命の誕生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人間は自然に生まれる人間よりも遥かに知能や身体能力が高かった。

寿命も長かった。

 

ここまで言えばわかるだろう。

つまり紫苑さんは――人為的に作られた人間だった。

自然に生まれる人間には霊力が必然的に備わっているが、遺伝子操作で生まれた彼には霊力がなかったのはこういう生い立ちがあったから。

記憶を覗いて分かったことだが、遺伝子操作というものは成功率が限りなく低く、実質的な成功例は彼だけだったらしい。その研究室には死んだ赤子もいたことから、非人道的な実験で会ったことは想像に難くない。

 

 

 

では――なんのために作られたのか?

 

 

 

その答えを、私は深層意識の中で眺めていた。

 

紫苑さんを作った組織――どうやら『テロ組織』と呼ばれるものに所属する人々が、次々と関係のない人達を銃や兵器で虐殺していく様。

紫苑さんと同じく作られた『遺伝子操作の失敗例』が建物や人通りの多いところで自爆テロを起こしていく様子を。紫苑さんが無表情でそれを眺める様子を第三者の視点から見ていた。

生き残った人々を彼が虐殺していく姿も。

 

その姿は恐ろしく、後に人々が『殺人鬼』と呼ぶのも頷ける。

人々が畏怖する姿。

 

 

 

 

 

それが――一種の信仰(・・)じみたものであるのも。

 

 

 

 

 

後に紫苑さんは言う。

 

『畏怖ってのは、ある意味の信仰に繋がるものがあるよな。妖怪と神が紙一重であるように、何らかの大きな功績とか行為を行えば、それが奉られることもある。日本とかそういうの多いし』

 

信仰……即ち神格化(・・・)

 

これが『紫苑さんが神力を纏う理由』であると、私は推測する。

彼が持っている〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕は偶然にも発生し、本来ならば霊力では扱うことのできず知らぬまま消えていくはずだった能力を開花させ、彼はそれで多くの人々を殺していった。

 

記憶の中で、紫苑さんはたくさんの人間を殺していた。

 

女性も、男性も。

子供も、大人も。

老いも、若きも。

 

目につく人間は等しく彼に殺されていった。

記憶を共有した私には分かる。彼に殺人行為に対しての罪悪感もなければ悪意も存在しない。ただただ『人を殺すだけの道具』として生きていた。

道具に感情はない。

 

やがてその組織は壊滅し、紫苑さんは神秘的でどこか本能的恐怖を覚える男性に拾われて、どこか見知らぬ街で暮らし始めて、九頭竜さんや獅子王さん達と出会って、過去に飛ばされて――彼の表情が紫や幽香、幽々子と触れ合うことで柔らかくなっていった。

彼女たちのおかげで彼は生き生きとした笑顔をしていく変化を見た。

 

 

 

街に戻ってからも様々な人々と、笑い、泣き、怒り……とても楽しそうだった。

 

 

 

そのような回想を私は第三者視点から眺めていた。

眺めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

『俺が存在することに意味はあるのか』

『どうして俺は死ななかったのか』

『大勢の人間の命を奪って、俺は何で生きているのか』

『まだ生きないといけないのか』

『どうか――死なせてくれ』

 

 

 

 

 

彼の想いが私の中に流れ込んで来る。

 

紫苑さんは……ずっと苦しんでいた。

人々と関わる度に、紫苑さんの暗い部分――影が濃くなっていく。

今でも苦しんでいる。

 

詐欺師のあの人が言っている意味が分かった。

この紫苑さんの記憶――想いの重さは易々と受け止められるものじゃない。

 

 

 

人を大勢殺害したことへの罪悪感。

自分のせいで救われなかった命。

 

 

 

張り裂けそうなくらい――苦しい。

こんな重いものを背負って生きていくくらいなら、いっそ死んだほうがマシだと思えるくらいのものを、紫苑さんは一人で抱え込んでいたんだ。

 

その光景を見ていた私は涙が止まらなかった。

叫びたくても声は届かず、駆け寄っても彼は気づくこともなく、抱きしめたくても触れることが出来ない。

ここまで惨めでやるせない気持ちになったのは、後にも先にもこれが一番だと私は思う。

 

 

 

紫苑さんが人を辞めない理由。

 

 

 

それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――殺した者達への贖罪だった。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫苑

 

「お父さん」

「ちょっと待って、え? それで統一すんの?」

「い、言い慣れちゃったから……」

 

このために3日間も霊夢達を異空間で足止めすることも龍慧の異変計画のうちじゃないだろうな!? 未来なんか「見てて面白い」って、俺が一児のパパになったとか幻想郷の住人全員に適当なこと言い触らしやがったし。

詐欺師のアイツならやりかねん。

 

 

 

妖怪や人が入り乱れる異変後の宴。

そこに暗い顔をするものはほとんどおらず、皆が思い思いに酒を飲んだり賄をつまんだりして楽しそうに燥いで騒いでいた。

 

 

 

俺はその様子を博麗神社の鳥居の上から眺めながら麦茶を飲んでいたのだが、わざわざ誘いを断りながら鳥居上まで上がってきたアリスに声をかけられたのだ。

お酒は上海が、料理は蓬莱がそれぞれ持ち、俺の隣に座るアリス。

 

もちろん俺は気まずい。

なんたって龍慧の野郎のせいで、俺の過去のすべてをアリスは共有してしまったのだ。その時の俺の感情までも伝わっていたって話だし、複雑な気持ちにもなるわ。

今の俺はグロい記憶を見せてしまったアリスへの罪悪感と、そんなもんを見せた龍慧への怒りに近い感情だ。アイツが自由なのはいつものことだから、諦めに近い感じだけどさ。

 

最初は無言だった俺達。

声を発したのはアリスだった。

 

「えーあーるえいちじー……だったかしら?」

「ARHGか? それがどうした」

「貴方の過去にそんな名前が出てきたから、つい気になって」

「あー……」

 

過去を共有できたからって、言葉の意味が分からなければ理解できないか。

 

ARHG。

正式名称はArtêşa Rizgariya Hikûmeta Gel 。

クルド語なのだが、日本語訳すると『政府人民解放軍』。立派な名前を名乗っているようにも見えるが、そこまで有名じゃない過激派宗教の影響を受けたテロリスト集団の一つに過ぎない。

崇高なことを掲げていたけど、要するに『自分たちは選ばれた人類で、それ以外は人の皮をかぶった化物にすぎない』なんてキチガイなことを真剣に考えている傍迷惑な連中。

 

それを説明するとアリスは「そう……」と黙ってしまった。

 

「すまんな、龍慧の馬鹿が変なもの見せちまって」

「………」

 

アリスは黙って首を横に振る。

 

「……お父さんの想い、凄く苦しかったわ」

「そうか」

「……ごめん……なさい……」

 

きつく拳を握りしめたアリスの手に雫がポタポタと流れる。

俺はそれを無表情で見ていた。

 

「苦しんで……いたのに……それを見てることしかできなくて……」

「アリスが気にする事じゃないさ。俺が勝手に思い込んで勝手に後悔してるだけで――」

 

と言いかけて言葉に詰まる俺。

アリスが顔を手で押さえているのに涙が止まらない。

その姿を見て俺は思わず舌打ちをしてしまった。

 

「……俺がいなければ、こんなことには」

「そんなこと――っ!」

「事実だろ」

 

後半の言い方がきつかったかもしれない。顔を上げたアリスは肩を震わせた。

 

そう――俺が生まれてこなければ、アリスは泣くこともなかった。

俺という存在(・・)が異端なのだ。人為的に作られた『紛い物の命』にも関わらず、こんなところで人の真似をして生きてること自体が。

 

かつて西条のババアが言った。

 

 

 

 

 

『所詮、汝は紛い物。人の面してのうのうと生きるな。気色悪い』

 

 

 

 

 

本当にそうだと思う。

か弱い女の子泣かして……何が人間だよ。

 

つくづく自分が嫌になってくる。

 

本当なら今すぐ首かっ切って死にたいけど……そんなこと死んだ奴等が許さないだろうし、俺自身が許せない。人らしく生きて、人として死ぬことが贖罪だと俺は思ってる。

矛盾しているだろうけどさ。

 

「どうして……どうして……」

「なんでだろうな。俺にも意味が――」

 

分からねーよ。自分が生きてる意味なんざ。

そう言おうとしたが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んじゃ……嫌だよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心臓が止まったかと思った。

 

え……、と嗚咽に近い何かが口から出た。

泣きじゃくるアリスの発言した言葉が、俺の心に深く突き刺さった気がした。比喩表現に過ぎない感触だけれど、実際に剣で貫かれたときよりも感触があった気がした。

そのくらい驚いた。

 

「お願いだから……お願いだから死なないでよ……」

「………」

「貴方が居なくなるなんて……嫌……嫌だ……」

「………」

 

何か何でもいいいから声をかけようとして、言葉が出ない。

 

 

 

居なくならないで。

(んなこと無理だ。俺は近いうちに死ぬ)

 

 

 

死なないで。

(これ以上自然の摂理に反したくはない)

 

 

 

じゃあ、彼女たちの想いはどうする?

(それは――)

 

 

 

『所詮、汝は紛い物。人の面してのうのうと生きるな。気色悪い』

『どうして……どうして生き急ぐんですか……? どうして私の前から早く消えようとするんですか!?』

『死んじゃ……嫌だよぉ……』

 

俺は、どうすればいいんだ?

死ぬことが正しいのか?

生き続けることが正しいのか?

 

正しさなんてこの世に存在しない。

なら――最善はなんだ? 

悩んで悩んで悩んで悩んで、そして答えに辿り着いたはずだ。人として生き、人として死ぬことこそが俺が思う『正しさ』なのだと。

 

 

 

ならば紫やアリスの想いはどうする?

 

 

 

斬り捨てることが正しいのか。受け入れることが正しいのか。

分からない。

 

 

 

 

 

「どうすりゃいいんだよ……!」

 

 

 

 

 

もちろん誰も答えてくれない。

それが――俺が紛い物の命だからなのか、それとも他の理由があるからなのか。

 

 

 

 

 

こうやって悩むことも……俺の罪なのだろうか?

 

 

 

 




紫苑「そんなわけで俺の過去話の回」
アリス「重いわね、本当に」
紫苑「後半めちゃくちゃな感じだったけど、そんだけ『悩んでいる』ことを表現しているんだと解釈して下さいな」
アリス「次回は紫達の心境とか描写するかも」
紫苑「ここ重要な章だから投稿遅くなるぜ。作者も展開悩ませてんだ」
アリス「読者の皆様にも理解して頂けると幸いですm(__)m」

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