東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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これは殺人鬼と少女の物語


47話 揺れる選択肢

side 紫苑

 

「で、俺のところに来たと」

「すまない、夜分遅くに」

 

晩飯後に珍しい客が俺の家にやって来た。

もしかしなくても上白沢慧音である。隣に見慣れないウサギの耳をつけた生命体を連れて。

 

寝るまでのまったりとした時間帯に霊夢と将棋をしているときに来たので、俺は中断してリビングに2人を通す。

藍さんにお茶を頼んで慧音とウサギの向かい側に座る俺。

俺の隣に霊夢も座ったけど。

 

表情から訳ありと悟った俺の行動である。

そして慧音から話を聞いた。

 

 

 

鈴仙が永遠亭の所属であること。

鈴仙が元・月の民であること。

兼定が鈴仙に危害を加えようとしたこと。

 

 

 

「だろうな」

 

それらの感想を聞いた俺の言葉は簡単なものだった。

慧音はその言葉に眉を潜める。

 

「紫苑殿は兼定の行動が理解できるのか?」

「理解も何もっつーか……兼定ほどじゃないが俺も同じような行動をしたと思うぜ。鈴仙には申し訳ないけど、俺や兼定みたいな街出身の外来人は、月の民にいい印象は持ってない」

 

いや、俺はもしかしたら兼定より酷いかもな。

慧音を無条件に信用してる兼定とは違って、俺は今でも心の底から鈴仙を疑っている。いざとなれば妖刀で鈴仙を斬れるように、虚空に抜き身の刀を携帯してる。

 

 

 

それほど……俺たちと月の民の溝は深い。

 

 

 

しっかし、この鈴仙ってウサギ。

似てるなぁ(・・・・・)

 

「紫苑殿、その理由を教えてもらえないだろうか?」

「……えーと、鈴仙だっけ? お前は本当に知らないのか?」

「私は昔に月の軍から、その、引退したので……最近の月の動きに関しては知りません」

 

それが本当だとしたら、あのことは知らないか。

 

「とは言っても……これは兼定のプライバシーに関わることだし、俺の一存で話していいのかも判断しかねるんだよなぁ」

「頼む! 私は兼定のことを知りたいんだ!」

「け、慧音!? 頭上げて!」

 

いきなりその場で土下座をする慧音。

女性に土下座とか俺はろくでなし過ぎるだろ!?

 

俺は額に手を当てて数分悩んだ後、俺は大きくため息をついた。

 

「……………………仕方ないか。誰にも言わないことを約束してくれるんなら、俺たちの街で起こった月の民との事件を教えるよ」

「ありがとう」

 

あんまり部外者に語りたくはないけど、ここまで真剣な表情をしている慧音の願いを無下にはできない。兼定には後日謝っておくか。

 

「それじゃ、話そうかね」

 

数年前の物語を。

 

 

 

一人の少女と一人の殺人鬼の話を。

 

 

 

殺人鬼が『壊神』と呼ばれる由縁の物語を。

 

 

   ♦♦♦

 

 

男女間の友情。

まさに殺人鬼と少女の関係がそういうものだった。

 

忌み嫌われてきた殺人鬼に普通に接し、感情豊かでやさぐれた殺人鬼の心を溶かしていく彼女。殺人鬼を始めとする俺達とバカやったりしてたから、ある意味では俺が『アホ共』とひとくくりに表す集団の一人だったのかもしれない。殺人鬼の左腕も嫌わなかったし。

いや……あれは特別か。

ひとくくりにしては少女に失礼だ。

 

アイツの左腕のあれは何って?

 

あれは――『アンラ・マンユの左腕』ってやつだ。

拝火教の悪神にして暗闇の一部であるアンラ・マンユの力を宿した腕。冬、病気、悪などの16の災難を創造したという神様で、壊神の左腕は生命に問答無用で『死』を与える物騒なものだ。『死』とは言っても擬似的な――相手の精神を狂わせる程度のものだけど。アイツ曰く「本気出せば触れただけで殺せる」とか言ってたけど、俺はそれを一度しか見たことない。

アイツが俺たちの街でも最強の一角として名をはせた要因もそれだな。

 

その彼女が〔雷を纏う程度の能力〕に昇華したときも、俺たちは共に喜んだ。

努力が報われる、なんて話とか好きだった殺人鬼からしてみれば、喜びというものは俺以上だったのかもしれないな。今となっては確認のしようがないけどさ。

 

帝王も孫のように接していたし、切裂き魔の覚りとしての力も『へー、凄いね』の一言で終わったし、俺が人間だとしても少女にとっては関係なかった。

 

 

 

女が嫌いだった殺人鬼にとって、少女は数少ない女の友達だった。

 

 

 

ん?

兼定と月の関係について早く知りたいって?

 

これから語るよ。

 

最悪な悲劇と一緒に。

 

 

 

 

ある日、何の前触れもなく月の民が攻めてきた。

暗闇が数を減らしたけど、俺達は月の民に苦戦したのは間違いないぜ。

月の軍勢が攻めてきたとき俺は前線にいたから分からなかったけど、後方も甚大な被害を受けたのは確かだったよ。妖怪と月の民の相性は悪く、ヴラドの同胞とかも結構な数死んだから覚えてる。

まぁ、それ以上のこともあったけど。

 

何が目的で街に来たのかは知らない。

前線で戦う兵士にとって、戦う目的が理想や信念だろうが関係ないのと一緒だな。俺は生き残るためにそんなのは知る必要がなかった。

 

殺人鬼がまだ不老不死になる前だから、アイツは後方だった。

いくら〔森羅万象を破壊する程度の能力〕と『アンラ・マンユの左腕』を持っていたとしても、あの頃のアイツは人間であった。だから月の民が後方へ奇襲したときは、俺は「あ、アイツ死んだわ」って思った。

 

前線を一掃した後、俺は後方の確認に行ったときに見た光景を――俺は今も忘れることはできない。

話は能面より無表情の切裂き魔から聞いた。

帝王はみんなから背を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が見たものは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の死体を抱えて泣き叫ぶ殺人鬼の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺人鬼を狙った月の民の攻撃を、少女が庇って死んだらしい。

即死だったそうだ。

乱戦で切裂き魔も帝王も詳しいことは知らないといってたが、獣のように空に向かって泣く殺人鬼の姿を見ただけで、だいたいのことは察することが出来たよ。

月の民が卑しい笑みで少女を殺した瞬間、ブチ切れた殺人鬼が傷を受けることも無視して奇襲した月の民の大半を無残な方法で殺したことも暗闇から知った。これが後の『壊神』だな。

 

とにかく狂ったように泣いた殺人鬼は、気持ちが一転したように笑ったのはホラーだったけどね。

 

 

 

 

 

『命って……脆いなァ……』

 

 

 

 

 

戦後処理で鹵獲した不老不死の薬を、暗闇に頼んで飲んだのもそれが影響してるかもな。

ある意味……アイツなりの懺悔だったのかもしれん。

 

 

 

 

 

自分の命は誰のおかげであるのか。

死にたいと思えないように。

アイツは逃げ道を断ったのだろう。

 

 

 

 

 

それ以来、俺達は少女の名前すら会話で出さなくなった。

 

なんでだろうな?

 

俺にも分かんねーや。

 

 

 

ま、殺人鬼の過去はこんなところかな。

悲劇も悲劇。壊すことしか能のない殺人鬼が仲の良い友を失い、『壊神』へと成り上がった物語の顛末は。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 鈴仙

 

「「「………」」」

 

私は声に出せなかった。

その話を聞いた寺子屋の教師・慧音さんや博霊の巫女――霊夢さんも絶句していた。

 

目の前で辛そうに話す少年――夜刀神紫苑さんの話。

それは、私達月の民が犯した過ち。本来ならば不干渉であるはずの軍が地上に侵攻したという、驚きの真実。

巷で噂の『幻想郷の賢者の師』の発言だし、本当のことなのだろう。というか、ここで嘘をつく理由はない。

 

最初に声を発したのは慧音さんだった。

 

「兼定は……変わろうとしてたのか、その……」

「それが『殺人癖』だってなら……そうだな、彼女が生きてたのなら変わってたかもしれない。今となっては憶測にすぎないけど、俺はそう思うぜ」

「………」

「まぁ、あの街に住んでいた時点で死とは隣り合わせの生活だった。どこにも死なない保証もなければ、それが昨日今日明日来年かも分からねーし。彼女も覚悟してただろうよ」

 

紫苑さんは私の方を向く。

 

「鈴仙・優曇華院・イナバ。この話を聞いてどう思ったのか聞きたい。元でもいいから月の民だったお前に」

「わ、私は……」

 

言葉に詰まる私。

 

今なら理不尽にも獅子王兼定さんから向けられた殺意も理解できると考えたからだ。大切な人を奪われ、それでも前に進んでいた彼の前に仇が現れた。そうなれば『殺す』以外の選択肢はない。

それは左腕で掴まれたことでも本気度が伺える。

 

その少女は、何を思って死んだのか。

私には知るよしもない。

だから――私は答えた。

 

 

 

 

 

 

「わ、分かりません……」

 

 

 

 

 

いくら謝罪や言い訳を述べたところで、それは薄っぺらいものになる。

 

「……そうか」

「紫苑さんは、怒らないんですか?」

「怒ったところで故人は帰ってこない。それに街を攻めた連中の中に君は参加してないなら尚更だ」

 

紫苑さんは立ち上がった。

 

「鈴仙。兼定は大丈夫かもしれないけど、もし九頭竜未来とヴラド・ツェペシュって男に難癖つけられたら、迷わず俺のところに来い。殺してでも目を覚まさせてやるから」

「どうしてそこまで……」

 

去り際の紫苑さんに尋ねると、彼は悲しそうに笑った。

 

 

 

「君は彼女に似てる。兼定が殺さなかったのも、それが原因なのかも知れねーな」

 

 

 

彼が台所に向かった後、慧音さんはポツリと呟く。

 

「私は……どうすればいいんだろうな?」

「側に居てあげればいいんじゃない?」

 

意外にも答えたのは霊夢さんだった。

慧音さんはハッと顔をあげる。

 

「側に居てくれるだけでも、心が少しは軽くなることもあるのよ。辛い昔のことを思い出した彼に、してあげられることなんて少ないわ」

「「………」」

 

博霊の巫女は『何にも縛られない自由な生き方をする人』と聞いたことがあり、何回か話したこともあるけれど、少なくとも昔の彼女なら絶対に言わなさそうな発言だった。

どういう心境の変化だろうか?

 

「霊夢、君は変わったな」

「いつまでも子供じゃないってことよ。変わらない人間なんて、それこそ思考停止してるだけ」

「紫苑殿の影響も少しは受けているんじゃないか?」

「……なんか紫にも同じこと言われたわ」

 

霊夢さんは赤らめた頬をかく。

 

「それなら彼に関わらず、最近の外来人に関わったみんなが変化してるわよ。妖夢然り、チルノ然り――あんたも」

「……そうだな」

 

慧音さんは小さく笑った。

 

それだけ幻想郷は変化しているということか。

いや、今はそれどころじゃない。

 

私は、兼定さんに何をしてあげられるのだろう。

師匠の計画(・・・・・)が進行している今、もしかしたらそれは兼定さんにとって不利益を被ることかもしれない。そう考えたとき、私は師匠の計画と兼定の想い、どちらを優先させられるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は……また逃げてしまうのか……?

 

 

 

 

 




紫苑「左腕の設定拾っとかないと」
霊夢「そんな理由で生まれたの!?」
紫苑「兼定だけ『不死』と『破壊』じゃイマイチだったからさ」
霊夢「一番危険人物になった気がする……」
紫苑「大丈夫、それで苦労するのは俺達と敵だけや」

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