東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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兎は踊る
狂気は歪む


7章 永夜異変~月の襲来、狂気乱舞~
46話 初夏に現れた兎


side 紫苑

 

俺が幻想郷に来て半年が過ぎようとしていた。

要するに初夏。

 

ビルとアスファルトの道路に囲まれた現代では、クーラーなどの便利な代物がないと生きていけない。

しかし、ここは幻想郷。

 

ミンミンとセミの声が煩く、俺はリビングの窓を開けて涼んでいた。クーラーをつけることも可能だが、今日は何となく扇風機しか動かしていない。

田舎の涼しい空気を味わいたいのだ。

というかアスファルトの道がないから、窓を開けているだけでも涼しいんだよな。窓につけた風鈴がの音が、また風流さを際立たせる。

 

単物を着ている俺だが、んなの暑いだけなので上を完全にはだけさせ、中に着ているTシャツを覗かせる。下はハーフパンツだ。

こんなだらしない格好をしている俺だが、やっぱり田舎でないとこんなことはできないだろう。

 

黒い扇でぱたぱたしていると、家の中に居た少女たちが声をかけていた。

 

「教官ー、アイスできたよー」

「早く食べないと溶けちゃいますよ?」

「そーなのかー」

 

台所でアイスを制作していた妖精+αがリビングにやって来た。

この前人里で買い物をしていた時に寺子屋の子供たちに相談されたので、猛暑が続く夏を乗り切るために果物をすりつぶした液体を凍らせてアイスにする方法を伝授したのだが、今ではそれが人里で大人気となってしまった。

こういうときチルノの〔冷気を操る程度の能力〕って役立つよね。

 

俺は大ちゃんから受け取った林檎のアイスにかぶりつく。

シャリシャリと果肉の食感と冷たさがたまらないな。

 

「これ美味いぞ。ありがとう、チルノ」

「えへへ……」

 

ソファーに並んで腰掛ける俺たち。

シャリシャリとアイスを食べる音だけがこだまする。

 

「お前等は寺子屋での調子はどう?」

「はい、算数とか妖精という種族では難しかったんですけど、獅子王先生が分かりやすく授業してくれるので楽しいです。チルノちゃんも二次関数まで覚えそうなくらい、獅子王先生の授業って面白いんですよ? 慧音先生も驚いているそうです」

「そういや妖精って忘れっぽい種族だったか。あの面倒臭がりやの兼定もよく教えられるよなー」

 

兼定のそういうところは尊敬できる。

擬音で解説する未来にも見習って欲しいぜ。

 

「寺子屋のみんなも『ごんしじゅつ』?ってやつを頑張ってるよ! この前なんか人里の外に行ったんだ!」

「兼定も言ってたわ、それ。外に遠足に行ったら大妖怪に襲われて、年長組が数人で返り討ちにした話だろ?」

 

大妖怪を5人の少年少女が退治した。

紫から『人里が魔境って妖怪たちの間で噂となっているんですが……何があったのでしょうか?』と相談されたが、十中八九寺子屋メンバーのせいだろう。

今のアイツ等は壊神の弟子たち。

生半可な実力じゃ勝てんよ。

 

「チルノ、大ちゃん、最近人里で変わったことはないか? 寺子屋メンバー以外で」

 

とりあえずの近況情報収集。

俺も買い物に行ってはいるけれど、基本的な活動範囲は博霊神社・紅魔館・白玉楼、一番はバイト先の香霖堂くらいなもの。人里は詳しい人物から聞くべきだ。

兼定はあてにならん。アイツは慧音の話しかせんから。

 

チルノと大ちゃんは顔を会わせた後、眉を潜めて必死に思い出そうと唸り始める。

 

「いや、そこまで悩まなくても……」

「あ、そういえば」

 

大ちゃんが顔を上げた。

 

「最近、永遠亭から薬を売りに来るウサギさんを見かけますね。名前は長くて忘れてしまいましたが」

「ウサギ、ねぇ……」

 

俺はアイスの棒をくわえながら視線を宙に踊らす。

 

ウサギと聞いて思い出すのは……なんか寂しがりやな動物ってぐらい。そこまでウサギに縁はない。

 

 

 

他にあるとすれば……。

 

 

 

「………」

「き、教官? 顔が怖いよ?」

「そーなのかー?」

「――あ、いやいや、すまんすまん」

 

俺は安心させるように笑った。

 

思い出したのは串刺し公ヴラドが全盛期後からを持っていた頃。つまり冥府神と戦う前の話だ。

俺たちの街に、月に住むとか言ってた軍隊が何らかの理由で侵略しに来たことだろう。あの時は俺たちもヤバかった。妖怪の大半が月の民と相性が悪かったし、あれ(・・)のせいで獅子王兼定が『壊神』と呼ばれるようになった。

 

俺も月の民には良い印象は持ってない。

人間ということで前線で俺も殺し殺されたし。

 

「なぁ、月に人って住んでると思うか?」

「え? 空気ないところに人間って住めないでしょ?」

「……まぁ、そうだよなー」

 

チルノの正論。

ならば月の民とは何なのか?

矛盾を孕んだ正論の答えは簡単だ。

地球に住む人類は――未だに月の民の技術や知識を越えていないということだろう。

 

ならば、技術を持つことは他者を傷つけても良い理由になるのだろうか? 少なくとも奴等は『原始的な思考と技術しか持たぬ貴様等が悪い』と言って攻めてきた。

その思考は蛮人の理論なのにさ。

 

俺からしてみれば、あんなの越えたくもないけど。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 慧音

 

「これが数ヵ月分の薬となります」

「ありがとう、鈴仙殿。これがあれば人里で流行り病が起こったとしても、すぐに対応できる」

「半年の間は師匠が忙しかったので人里に来れませんでした。これくらいのことをしなければ幻想郷の賢者に示しがつきません」

 

寺子屋の教室の一角で、ウサギの耳を持つ女性――鈴仙殿の薬を受け取った。

 

彼女の勤める『永遠亭』の薬物は貴重かつ有用性が高く、中々入手しにくいものだ。それを大量に持ってきてくれたということは、それほど半年の間が忙しかったのだろう。

これからも。

 

「鈴仙殿、忙しかった理由とは……?」

「そ、それは……」

 

手伝えることなら私も微力ながら協力しようと思ったが、鈴仙殿は内容を聞かれたくないものらしい。口を閉ざし下を向いてしまった。

 

私が非礼を詫びていると、扉が開いて少年が入ってきた。

正確に言えば、寺子屋の教師・獅子王兼定だ。

 

鈴仙殿は入ってきた少年の姿を見て驚いていた。

服装は外の世界のもので、鋭い目付きに畏怖を覚えない者はいない。左腕に巻かれた包帯にも目がいく。

 

「慧音さん、この後の授業なンだが――」

 

と言葉を切って鈴仙殿を見る。

 

「あぁ、兼定は初めて会うな。彼女は鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ殿だ」

「れ、鈴仙と呼んでください!」

 

鈴仙殿は兼定に頭を下げる。

それを見た本人は……。

 

「………」

「か、兼定?」

 

いつものように人を小馬鹿にした笑みは鳴りを潜め、能面のように無表情を思わせた瞬間、兼定の姿はそこにはなかった。

 

「ぐっ……!? あな――」

「それ以上、口を開くンじゃねェよ。クソ兎が」

「何をやってる!?」

 

兼定は鈴仙殿の首を左手で掴み、宙に持ち上げていた。

彼の人一人を何の苦もなく片手で持ち上げていることにも驚くが、問題は鈴仙殿に足が震えて止まらないほど殺意を向けていること。このような兼定は見たことがない。

鈴仙殿は抜け出そうともがくけれど、兼定の腕は首を掴んで離さない。

 

そこで妹紅も入ってくる。

 

「妹紅! 兼定を止めてくれ!」

「は!? ちょ、兼定何やってるの!?」

 

この後私の説得と妹紅の強行手段により、兼定は手を離した。

 

「ゲホッ、ゲホッ……」

「大丈夫か、鈴仙殿」

「え、えぇ。何とか」

 

私が鈴仙殿を心配してある間も、兼定は彼女を睨んでた。

初めてあったはずなのに嫌悪感を丸出しにしている兼定に違和感を覚えたが、私より先に妹紅がそれについて聞く。

ややきつめで。

 

「兼定、どうしていきなり鈴仙を殺そうとしたの? 彼女は人里に薬を持ってきてくれるいい人(・・・)よ」

「いい人、ねェ」

 

兼定は肩をすくめた。

 

「おい、クソ兎。テメェ……月の民(・・・)だろ?」

「!?」

「どうしてそれを!?」

 

月の民? 聞きなれない単語だ。

しかし妹紅と鈴仙殿は知っているようで、兼定の言葉に動揺していた。

 

自分の予想が的中していた兼定は舌打ちをする。

 

「テメェ……いや、テメェ等は何の目的で幻想郷に居やがる? 今度は幻想郷を滅ぼす気なのか?」

「わた、私はそんなこと……! それに月は地上のことに関しては不干渉を貫いているはずです!」

「ハッ、俺様達の街であンだけのことをやらかしておいて不干渉だァ? それとも数万程度の虐殺(・・・・・・・)は不干渉とでも言いてェのか? さすが月の民様様だなァ!」

 

鈴仙殿は涙目で訴えているが、兼定はとりあおうともしない。

やり過ぎだと感じた私は兼定の暴言を止めることにした。

 

「兼定、鈴仙殿はそのようなことをする者ではない。私を信じてくれないか?」

「……チッ」

 

私のほうを真っ直ぐ見つめていた彼だったが、兼定は小さく舌打ちして部屋を出ようとする前に鈴仙殿に言い放った。

 

「……クソ兎、慧音さんが庇ってるンだから一応は信用してやる。もし彼女の言葉を裏切ろうってンなら、どうなるか分かってンだよなァ?」

「……!」

 

兼定の殺気は凄まじかった。

今すぐにでもぐちゃぐちゃに壊したいが我慢してやる、とでも言いたげな顔は子供たちに算術を教えている者と同じとは思えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに居る俺様と切裂き魔、帝王に神殺はテメェ等を絶対に許しはしねェ。そう易々と幻想郷を滅ぼせると思ったら大間違いだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけ言い残すと彼は去ってしまった。

 

「……なんなんだ、アイツは」

「……分からない」

 

鈴仙殿を介抱しながら兼定の出ていった方向を見て呟く妹紅に、私は上の空で答えた。

 

あのような兼定を見たのは初めてだ。

まるで『月の民』という存在を恨んでいるかのように、鈴仙殿に当たる彼は歪んだ表情をしていた。親でも殺されたのかという、憎しみが隠しきれていない様子。

 

 

 

月の民とは何なのか?

兼定は月の民と何かあったのか?

 

 

 

私は彼のことを何も知らないんだ。

彼のことを分かっているつもりだったのに、本当は肝心なことを何も、私は知らないのか。

 

このままじゃいけないという気持ちが大きいが、それ以上に彼に何を言えばいいのかすらわからない。これでは……教師失格だ。

 

「……妹紅、少し出かけてくる。鈴仙殿を頼んだ」

「兼定を追うの?」

「いや……今の彼を追ったところで、私は何も言えない」

 

そう言い残して私は寺子屋を飛び出した。

 

 

 

彼のことを知りたいが当の本人は語ってくれないだろう。

 

 

 

それでも――知らなければならない。

放置していたら大変なことになる。

 

 

 

なら――知ってる者に聞けばいい。

 

 

 

 




兼定「ってわけで新章だなァ」
紫苑「この章は『兼定の過去の一部』『昇華の少女』『霊夢と妖夢の成長』が明らかになるぜ」
兼定「ここ割とターニングポイントか?」
紫苑「そうかもしれん」

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