東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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異変の終わりは
新たな始まり


45話 再び

side 紫

 

「すげーよな、霊夢」

 

鬼に善戦している姿を見て、師匠は呟いた。

鬼の中でもトップクラスの実力を誇る伊吹萃香に、手札や策を駆使して戦う霊夢を、観戦している面々は驚愕の表情を浮かべていた。私だって同じだ。あんな戦い方をする霊夢なんて見たことない。

 

 

 

というか口癖まで似てきてる。

 

 

 

それを知ってか知らずか、師匠は解説するようにも独り言を呟いているようにも聞こえる言葉を紡ぐ。

 

「よしよし、ちゃんと慢心せずに萃香を追い込めてる。二手三手先を読まないと、鬼の全力には敵わないからな」

「あれは紫苑が教えたのか?」

「さぁ? 俺は弱者(にんげん)としての戦闘を教えただけで、それを真似たり作ったりしたのは霊夢本人だよ。弾幕ごっこでの魔理沙みたいに、力押しだけじゃ決まらないからさ」

 

霊夢の地雷型の札を地面に敷き詰めるのは『猪』、札を空中に展開させて追撃するのは『戦士』を連想させる。師匠は教えていないようなので、霊夢が自分流にアレンジしたのだろう。

 

「けど霊夢はどこから札を取り出してるの?」

「それは腰のカードホルダーからだな。魔術で無限収納を付与した、パチュリーさんとの合作だぜ」

「紫苑さんに頼まれて作ったのだけど……まさか霊夢に渡していたなんてね。確かにあの巫女は札を使った戦闘をするから、札を収納できるものが必要かも」

 

よく霊夢の動きを観察してみると、腰の紅い布製の箱をぶら下げていることに気づく。

あれが師匠と魔女が作ったものか。

 

師匠は虚空から妖刀を取り出す。

 

「俺やヴラドとかは暗闇の恩恵で、こうやって虚空からものを取り出したり仕舞ったりできるけど、札なんて嵩張るもの使う霊夢にも必要だろ? だからこその代用品」

 

魔理沙とアリスが私も欲しい!と師匠にねだり、また今度なーっと軽く流す師匠。

 

しかし……さすが師匠と言うべきか。

氷の妖精を魔改造したときにも痛感したことだが、師匠が教える弟子は規格外に強くなる。私や幽香も師匠のおかげで大妖怪に名を連ねる存在となったし、やはり霊夢も幻想郷史に名を残すのだろうか?

忘れていたが壊神と呼ばれる獅子王兼定も、寺子屋の子供達に護身術を教えているのだとか。その中には氷の妖精も入っているらしく、場合によっては⑨も彼等のような化け物じみた強さを持つと思うと笑い話にもならない。

 

私が霊夢と萃香が戦っているのを眺めていると、師匠はヴラド公と語り出す。

 

「して、博霊霊夢の鍛え具合はどうじゃ?」

「さぁな。これからが伸びしろだろ」

「……昇華か」

「未来にも同じこと言われたよ。まぁ、霊夢が強くなるのならば昇華は避けて通れない道だよな。俺たちは最初から能力がチートじみてたから、気にもしなかったけど」

「昇華とは何なのでしょうか?」

「能力のパワーアップ……って言ったら分かりやすいかな? 俺も詳しいことは知らないし、前例も一つしか見たことないからなんとも言えないけど」

 

質問した紅魔館のメイドは目を見開く。

 

「余程の天性の才能がないと無理……って暗闇が言ってた気がする。だからここに居る奴で霊夢以外はまず不可能」

「霊夢はできるの?」

「たぶん可能だろう。つかアイツのポテンシャル――潜在能力は俺以上だしな」

「「「「「はぁ!?」」」」」

 

我が耳を疑った。

これにはヴラド公までも目を剥いた。

 

「スペック高すぎんだよ。霊力に関しては化け物、呪術や巫女としての適正も最高値、演算処理も兼定レベルとか洒落にもならんわ」

「マジかよ……」

「ただ霊力の使い方が問題で、スペルカードでも感じたけど燃費が荒くて多すぎる。霊力が多かったから良かったものの、あんな使い方してたら普通の人間は数秒で枯渇するぞ。鍛えれば街でも暮らせる実力がつく……と思う」

 

師匠は萃香を追い詰める霊夢を無表情で眺めていた。

 

霊夢が師匠以上、か。

それなら……あの計画が成功するかもしれないと希望が持てそうな気がする。あとは私達がいかに『師匠に生きたいと思わせる』かだ。

 

そう考えて苦笑する。

私はなんて恩知らずな妖怪なのだろう。

弟子なら師匠の『人として死にたい』という願いを叶えるべきだし、その事を承知の上で師匠は幻想入りしたのに。私は師匠の想いを裏切ったことになる。

しかし――それでも私は師匠に生きて欲しい。

もっと……もっと一緒に居たい。

会話を交わしたい。

笑顔を見たい。

 

 

 

だから……私は……。

 

 

 

「霊符『夢想封印・集』!!」

 

 

 

「ふぅ、終わったか」

 

師匠の言う通り、霊夢と萃香の勝負に決着がついたようだ。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 霊夢

 

「ははは……まさか人間に倒されるなんてね」

「それだけ人間を甘く見ていたってことよ」

 

目の前に倒れる萃香に、私は見下ろしながら言った。

 

神社の敷地内は抉れた穴が激戦を物語り、神社の屋根も一部吹き飛んでいた。神社周辺にいる観戦している連中は大丈夫らしいが。

 

 

 

ヤバい、泣きそう。

 

 

 

ヴラドさんに頼んだら修復してくれる……かな?

涙をこらえて起き上がった萃香と対峙する私。いかなるときも相手に隙を見せず表情を読み取られず、ポーカーフェイスを忘れるな、だ。九頭竜さん相手には不可能だけど。

 

「お疲れさま」

「あ、紫苑さん……」

 

後ろから労いの声をかけてくれたのは紫苑さん。

冷えた麦茶を私に渡して、師匠は萃香の側に座った。

 

「どうだ? 人間も捨てたもんじゃないだろ? 俺何もしてないけど」

「……確かに、私は人間というものを過小評価していたのかもしれないね。本気を出していないにせよ、鬼と互角の戦いをするやつなんて何百年ぶりかな」

「本気じゃない!?」

「なに驚いてんだよ、霊夢。本気で鬼とやりあうって……そりゃ殺し合いだぞ? 喧嘩って言ってんだから、全力でやりあう馬鹿は俺の街の連中ぐらいなもんだ」

「夜刀神は怒ってないのか?」

「そんな長時間怒るほどのことでもねーだろ」

 

紫苑さんは笑った。

 

本当に紫苑さんの街って物騒ね。

そういえば私は彼の街についてなにも知らない。九頭竜さんや獅子王さんも街の話題については話すけど、どの様なところなのかまでは教えてくれなかった。

私が直接聞いたことがないだけかもしれないけど。

今度聞いてみようかしら。

 

そんなことを考えている間、紫苑さんは萃香に酒瓶を渡す。

 

「さて、喧嘩はおしまいだ。ヴラドがクレーターを直してくれてる間、俺たちは飲んで騒ごうぜ」

「儂働きたくない」

「フラン、お祖父ちゃんの能力見てみたいよな?」

「おじーさまの能力? 凄いの? 見たい!」

「やっべ儂超働きたくなってきた。フラン、おじいちゃん頑張っちゃうぞ!」

 

ヴラドさんのカリスマのオンオフについていけないのは、この場では私だけではないはず。

宴会でよく見る光景となったが、ヴラドさんは基本的にフランとレミリアに甘い。咲夜曰く『レミリアお嬢様のカリスマブレイクは、ヴラド公の絵を描いているときと孫と遊ぶときに似ている』と言ってた。

紫苑さんとの修行が休みであるときに、ヴラドさんの〔創造する程度の能力〕で作られた手下と模擬戦をするのだが、そのときの彼がカリスマの塊であるだけに違和感しかない。

 

ヴラドさんが光速でクレーターを直しフランに賞賛され、直された地面の上にブルーシートを敷いて宴会を再開する中、萃香は私に尋ねた。

 

「……私も参加していいのか?」

「いいに決まってるじゃない。もう異変は終わったんだし、幻想郷らしく騒ぎましょ?」

「……うん!」

 

 

 

 

こうして、小さな異変は静かに幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数ヵ月後に起こる異変も知らずに。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

side ???

 

カフェで紅茶を嗜んでいる二人組がいた。

 

一人はカフェという場所に似つかわしくないほど大きな体つきをした男性だ。ラグビーの選手だと言っても過言ではなく、額にある二本の角が特徴的な妖怪。

 

もう一人は絶世の美少女だった。銀色の長い髪と蒼き瞳は周囲の目を引き付けて、同性異性選ばず魅了する。魅了されない一部の者は、存在そのものが異質と判断するだろう。

しかし周囲の者は彼女に近づかない。

いや――近づいてはいけない。

 

少女はティーカップを机に置く。

 

「やぁ、久しぶりだね。要塞君」

「……ここを会話する場所に選ぶとは、僕には場違いすぎではありませんでしょうか?」

「ボクが紅茶を飲みたかっただけだし、そこまで気にする必要はないと思うけどなぁ。見咎めるものもいないだろう?」

「貴方を見咎めるものがいるとすれば……それは土御門と神殺くらいなものでしょう」

 

男性――要塞は冷や汗をかきながら述べる。

少女は「確かにね」と微笑む。

 

「して、用件とは?」

「――月の民が動いたよ」

「!? また侵攻してくると?」

 

要塞は表情を引き締める。

 

「いやいや、まさか性懲りもなく攻めてくる馬鹿ではないだろうよ。数年前に彼等の心と記憶に植え付けてあげたじゃないか」

「あれは9割貴方がしたのでは?」

「君たちも頑張ったでしょ。まぁ、今回も彼等が軍隊を引き連れていることに変わりはないが」

「では何のために……?」

 

少女は紅茶にミルクを入れる。

 

 

 

 

 

「狙いは――幻想郷」

 

 

 

 

 

「幻想郷!?」

「あそこには蓬莱の姫君と月の頭脳がいるからね。特に頭脳の方には戻ってきて欲しいんじゃないかな」

「しかし、あそこには……」

「うん、幻想郷の住人だけなら少々厳しいかもしれないけど、今は切裂き魔君に壊神君、それに帝王君もいるからさ。そう易々とは侵攻できないんじゃないかなって」

 

紅茶をかき混ぜながら楽しそうにしゃべる少女。

 

「それでは私を呼んだ理由とは」

「私は少し月読命(つくよみ)君のところに行ってくるだけさ。その間は街の治安を頼むって言いに来ただけ」

「貴方が直接!?」

「うん。幻想郷には紫苑がいる。もし月の民が侵攻してきたら、まず間違いなく彼は動くだろう。ボクがどれ程幻想郷への侵攻を問題視しているのかを伝えるためにも、直々に出向こうってわけ」

 

少女は立ち上がった瞬間――そこには銀髪の青年(・・)が立っていた。

先程の10代前半くらいの美少女の姿はどこにもなく、優しげな20代の好青年が佇んでいた。同性異性問わず以下略。

この世のものとは思えない美青年だが、要塞は違う意味で開いた口が塞がらなかった。

 

青年は要塞にウィンクをする。

 

「それじゃあ、()は行くよ、後はよろしくね」

「……分かりました、暗闇殿」

 

青年――暗闇は淡い霧となって周囲に溶け込み、やがて消えていった。

要塞は唖然とした表情の後、はっと我に返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月が、消えなければいいが……」

 

 

 

 




霊夢「暗闇?の口調って『私』なの?『ボク』なの?」
紫苑「少女のときは『ボク』、青年のときは『私』だね」
霊夢「どっちが本当の姿?」
紫苑「あの自然現象に性別なんてないよ。基本的に気分で変えるとか」

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