東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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鬼とは何なのか?


42話 昇華と考察

side 妖夢

 

未來さん――お師匠様に弟子入りしてからというもの、彼は白玉楼に寝泊まりすることが多くなった。というか活動拠点を白玉楼に移し、その事を聞いたお師匠様の親友である紫苑さんは、

 

「よし、邪魔者(あほ)が消えた♪」

 

と悲しんでいたという。

 

お師匠様は最初に私の実力を理解するために、数日間は私と全力の手合わせをしていた。手合わせというより、私の攻撃を受け止めている感じだろうか?

分かっていたことだったが、私の攻撃はナイフ一本で処理されて、お師匠様が能力を使うこともなく時間が過ぎた。

 

お師匠様と手合わせをした数日後、縁側で休憩しながら茶を飲んでいたところ、彼は私に言った。

 

 

 

 

 

「みょんの能力を昇華させよう」

 

 

 

 

 

というものだった。

 

「昇華、ですか?」

「うん。だって〔剣術を扱う程度の能力〕って普通だし、ぶっちゃけると使えて当然(・・・・・)なんだよ、剣士を名乗るなら」

「能力って昇華できるものなんですか?」

「不可能ではないよ。実例を知ってるし」

 

私の能力を『普通』の一言で片づけられたのはショックだったけど、お師匠様の〔全てを切り裂く程度の能力〕や、紫苑さんの〔十の化身を操る程度の能力〕と比較すると見劣りしてしまうのは確か。

というか幻想郷に来た4人の能力が規格外すぎると感じるのは自分だけだろうか? それぞれ能力以外の仕様があるだけに、彼らに対抗できるとは到底思えない。聞いたところによると紫苑さんは人間であるが魔術も使用できるとのことだ。

 

 

 

打倒紫苑さん計画。

 

私たちの力不足も大きな問題ではあるが、それ以上に私たちは『紫苑さんがどんな能力を持っていて、どのくらいの手札があるのか』を知らなければならない。

情報を集めるのは紫苑さんの弟子である霊夢や幻想郷の賢者が手助けしてくれるとのこと。

3人も紫苑さんの手札を完全には把握していないとか。

 

『僕や詐欺師が紫苑とは長い付き合いなんだけど、それ以前の紫苑は知らないんだよね。むしろ紫苑の過去が一番謎と言っても過言じゃない』

『あの野郎は自分の過去は頑なに語らねェからな。案外、人間を捨てねェ理由もそこにあるかもしれねェ』

『儂らには使っていないだけで、何を手のうちに隠しているのか分からぬのが夜刀神紫苑という男。楽観視している間は絶対に勝てぬわ』

 

さすがと言わざるを得ませんね。

幻想郷でも5本の指に入りそうな強さを持つ3人から警戒される人間。そんなのに本当に勝てるのでしょうか? 弱気になってしまいます。

 

 

 

話を戻しましょう。

 

「僕たちの街に〔早く駆ける程度の能力〕を持った半妖がいた。その少女が持つ能力は文字通り『速く走れるだけ』の変哲もない能力だったよ」

「なんというか……微妙ですね」

「けど凡人で才能のなかった彼女は死ぬほど努力した。それこそ紫苑に勝るとも劣らないほどにね。そして3年くらいだったかな? 能力を昇華させることに成功させたんだよ」

「それがお師匠様の知っている事例ですか……どのような能力に?」

 

そう尋ねるとお師匠様は悪戯っぽく笑って答えた。

 

 

 

「〔雷を纏う程度の能力〕だよ」

 

 

 

雷を……纏う?

 

「彼女の能力は『光の速さで天を駆け、しかも(いかづち)を攻撃手段として用いることもできる』とうになったのさ。速く走れるだけしか能のなかった少女が僅か3年で鬼神すら屠れるほどに成長したのは、さすがの暗闇も驚いていたよ。元々雷と相性が良かったのも理由の一つだけどね」

 

私はその少女に敬意を抱かずにはいられなかった。

努力だけで最古の妖怪すら凌駕する力を得たのだ。

 

「の、能力を昇華する方法とは!?」

「え?」

「え?」

 

肝心の方法を聞くと、お師匠様は目を点にして首をかしげる。とても嫌な予感がした。

お師匠様は申し訳なさそうに視線をさ迷わせた。

 

「と、当時の僕にはあまり興味のなかった話だからさ……あはは。彼女から昇華の方法を聞いていないんだよねー」

「え!?」

「ほ、ほら! 努力すればなんとかなるさ!」

 

お師匠様が自分のことをよく口にする『他人に教えることが苦手』という言葉の真意を垣間見た気がする。この人は基本的に『自分が強くなること』以外に興味がないのだ。

この前お師匠様に空間を切断する技のことを聞いてみたところ、『妖力をわーっとさせて空をぎゅいーんって切り裂く感じ?』とひきつった表情で答えていた。本人も意味分からないこと言ってることを理解しているのだろう。

 

とは言っても諦めるわけにはいかない。

私は先日見てしまったのだ。

 

 

 

 

 

寝室で紫苑さんの名前を呟きながら涙を流す幽々子様の姿を。

 

 

 

 

 

私は己の主のためにも、紫苑さんを倒さないといけないのだ。

たとえ、この世にご都合主義なんて存在しなくとも。悲劇は悲劇のままで終わり、助けの声なんて誰も聞かない、しょせんは残酷な世界だとしても。

隣に置いている白楼剣を握りしめる。

 

「お師匠様! 手合わせをしましょう!」

「元気だねぇ。団子食べてからでいい――ってあれ?」

「この団子美味しいわね~」

「ちょ、幽々っち!? それ僕の団子ぅ!?」

 

お師匠様は天に向かって『oh my god!』と叫ぶのであった。

 

 

 

ちなみに手合わせは私の完全敗北で終わった。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 霊夢

 

今日は修行はお休み。

 

そんなわけで紫苑さんの家でくつろいでいると、昼頃にやって来た獅子王さんと紫苑さんはリビングでの机で向かい合って将棋みたいなものを始めた。私は紫苑さんの横で観察する。

紅魔館で見たことあったようなものであり、紫苑さん曰く『チェス』という名のボードゲームらしい。将棋とは違って、取った駒は使用できないとか。

その理由を訪ねてみたところ、

 

「将棋とチェスの共通点は『戦争をモチーフにしたもの』だってこと。日本の将棋の表す戦は、同民族内での領地や勢力を拡大するための争いだから、敵だった小軍や倒した武将の臣下や人民が自軍に加わるのは当然だったのさ。一方で欧米で作られたチェスが表す戦争は宗教戦争で、敵を滅ぼすのは当たり前、勝利しても敗者である異教徒を仲間にするって考えがなかったのさ」

「そういうのがボードゲームに反映されてるわけだ。面白れェよな。たかが遊び一つで国の文化や考えがわかるなンてよォ」

 

と私にも分かるように解説してくれた。

前々から思っていたことだが、紫苑さん達は博識だ。私の質問などに的確に答えてくれる。……まぁ、妖夢から聞いた感じだと九頭竜さんは人にものを教えるのが苦手らしいが。

言い方は悪いかもしれないけど、いかにも学が無さそうに見える獅子王さんも哲学や算術とかに詳しい。

 

そんなことを考えていると、紫苑さんは私に手招きして自分の胡座をかいている上に私を座らせた。お尻が紫苑さんの足を組んでいるところにスッポリはまり、紫苑さんの胸に背中をあずける形になる。

 

「し、紫苑さん!?」

「ほれ、どうせなら霊夢もやってみよう」

 

紫苑さんは駒の配置や動かし方などを説明してくれるのだが……顔が近くて少し恥ずかしい。

その間も獅子王さんは待ってくれて、勝負の時も駒の動かし方を間違えると『そこナイト行けねェぞ』と指摘してくれた。

一戦目は動かし方を学び、二戦目に入ったところで紫苑さんが私と対戦している獅子王さんに話を振った。

 

「兼定、鬼って知ってるか?」

「今更だろ。街での反乱で俺様が400匹ぐらい殺したわ」

 

さらっと日常会話に斬った殺したの話題を出されるのはいまだに慣れない。紫苑さんは慣れなくてもいいと言うが。

 

「お前は鬼についてどれ程知ってる?」

「……日本史における鬼が書かれたのは『日本書紀』が最初だ。それには『鬼魅』『魅鬼』と表記され、外来人の海賊を示してンじゃねェかって考えられてる。この文字は『おに』とも呼ぶし、違う文献では『かみ』や『もの』とも読む」

「『もの』って読むのは初耳だな。もののけに由来してんのか?」

「そうらしいぜ。『かみ』って呼ぶのは……テメェも詳しいか。夜叉や羅刹なんて神も鬼だからなァ」

 

恐れられている神や悪魔などは、基本的には他宗教の奉る神がベースであることが多い。他宗教の神を貶めることで、自分達の崇める神の格を上げるためで、鬼がそのうち『妖怪』と同一視されたのもそれが原因なんじゃないかと獅子王さんは語った。

私はクイーンの駒を動かす。

 

「まぁ、それは文献での話だかなァ」

「街にも鬼は少なからず存在したしね。アイツ等の特徴はとにかく『腕力』が半端ないってことだよな。共通して勝負事が大好きで、嘘を嫌っていたの覚えてるわ」

「いつも酒飲ンでる奴等だろ? 仲間意識が強ェし、敵に対しては獰猛で容赦がないバカ共だった記憶はあるぜ。殺したら次々と復讐に乗り出して来やがるから、掃討に苦労したァ」

 

獅子王さんはポーンを動かす。

……追い詰められてる。

 

「お前が考えなしに鬼を殺すからそうなるんだよ。アイツ等の自業自得とはいえ、要塞も落ち込んでたじゃねーか」

「そういやァ、要塞も鬼だったな」

「要塞って?」

 

苦し紛れにルークでポーンを取った私は質問する。

その光景を見ていた紫苑さんは苦笑しながらも答えてくれた。

 

「えーと、未来と兼定、じーさんと同じくらい強い鬼……とでも言うべきかな? 土御門の姐さんと同格の強さを誇る、俺たちの街では五本の指に入る化物さ」

「とにかくクソ熱い野郎だったなァ。どっかのテニスプレイヤーと同じくらい暑苦しい」

 

紫苑さん達と同格の化物というだけで、その要塞という人が幻想郷でも測れない強者だと伝わった。

獅子王さんはつまらなさそうにビショップで私のポーンをとり、チェックと呟いて大きなあくびをする。

 

「ところで霊夢に聞きたいんだけど、鬼って幻想郷に存在すんの?」

「ほとんど残っていないわね。なんか妖怪の山に居たらしいんだけど、突然姿を消したとか。紫なら知ってるんじゃない?」

「俺様は鬼見かけたぜ? 仙人やってたけどよ」

「とりあえず残ってるってことか……」

 

クイーンを戻しながら答えると、紫苑さんは何かを考え込むように俯いた。

 

「どうしたの?」

「……いや、これから忙しくなりそうだなって」

「テメェの忙しいは洒落にならねェからな。チェックメイト」

「う……」

 

負けてしまった。

将棋で魔理沙やアリスに負けたことのない私だったけど、獅子王さんは異常なまでに強い。

 

悔しくてもう一戦頼む私を、紫苑さんは微笑ましそうに見守っていた。

 

 

 

 




霊夢「4人の中で誰がチェス強いの?」
未来「紫苑だな」
兼定「紫苑だね」
ヴラド「紫苑じゃのう」
霊夢「そ、即答……」
兼定「『チェスって必勝法が10の120乗だろ? 計算すりゃ勝てる』とかほざきやがった野郎だぞ?」
霊夢「は!?」
未来「そんなスーパーコンピューターが『戦士』の化身持ってるのが厄介なんだよ……」

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