東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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二振りの刀は何を思う?


3話 神器と家

side 紫

 

私と師匠――夜刀神紫苑は博麗神社の階段横にある2階建ての西洋式の家にやって来た。

 

私の我儘で幻想郷にわざわざ移住してくれた最愛の師。

そのせいで彼は外の世界の人間から完全に忘れ去られてしまい、完全に孤独となってしまった。だからこそ、私は師匠の願いを可能な範囲で叶えようと聞いた。

 

「おぉ、マジで神社の横だな。正月はお参りしやすいから便利だわ」

「転送して思いましたが……師匠1人で住んでいたのですか?」

 

彼の願いは1つだった。

 

 

 

『家を幻想郷に持って行けない?』

 

 

 

私は境界を操り、師匠の家を転移させた。

しかし、師匠の家は1人で住むには大きすぎるのだ。

師匠の幻想入りは私の悲願であったが、師匠の人間関係を無理やり壊してしてしまったことに罪悪感を抱いている私にとっては、少しでも私のしでかしたことを知りたい。

師匠は今日の献立を教えるように軽く答えた。

 

「1人暮らしだったぜ。両親の家をそのまま受け継いだだけだし、だからといってリフォームすんのも面倒だなーって、そのまま暮らしてただけだ。時々……というか頻繁にアホ共が泊りに来てたから、狭いって思ったことはなかったな」

「! そうですか……」

 

――もう師匠は親友達とも会えないし、亡くなった両親の元にも戻れない。

私はそのことを深く胸に刻み付ける。

これは――私の犯した罪だ。

 

「……はぁ。ちょいと紫、こっち向け」

「はい、なんで――ふぇ?」

 

顔を上げて師匠の方を向くと、いきなり頭に重く――そして、暖かい感触が伝わった。

黒髪の少年は呆れたような、困ったような、そして私を安心させようとしているかのような表情を浮かべ、私の頭に手を置いていた。そしてわしゃわしゃと頭を乱暴になでる。

 

「なーに辛気臭い顔してんだよ。どーせお前のことだから『俺を無理やり連れてきたから、あっちにいる大切な人たちと会えない』なんて不必要な罪悪感抱えてんだろ?」

「そ、それは……」

「あのアホ共は俺がいなくても暴れまわるだろうし、両親は……逆にココに来なかったら怒鳴り散らされるんだろうなぁ」

 

師匠はどこか遠いところを見るように目を細める。

 

「え?」

「父さんと母さんの性格的に絶対こう言うだろうぜ?――『迷わず幻想郷行ってこい。私たちのことなんざどうだっていいから、約束を果たして来い』ってな?」

 

つか、あのアホ共と今生の別れとか想像できないし、俺を忘れてると思えないんだよな……と、師匠は呟いていたが、私は師匠の気遣いに涙を出しそうになった。

 

「うし、中に入るぞ」

「――あ、はい」

 

家の中はシンプルな家具が一通り並べられていて、これといった特徴もない質素なリビングに通された。しいて言うのなら、黒色の家具が多いのが目にはいる。

そして部屋の中央にいたのはーー

 

「お帰りなさいませ、紫様、紫苑殿」

「……狐?」

 

私の式神――八雲藍(やくもらん)だった。

勝手に部屋に上がり込んでいる私の式に、師匠も驚いたような様子はなかったが、興味深げに藍を眺めていた。

 

「申し遅れました、私は八雲藍と申します。紫様の式です」

「――九尾、か」

「さすが我が主の師匠様……どうなさりました?」

 

九尾と分かったとたん、まるで苦虫を噛み潰したような微妙な表情を見せる師匠。彼がこういう顔をするのは初めて見る。

 

「あー……すまん、藍さん。九尾の狐に関して、ちょっと外の世界(あっち)では良くない思い出しかないんでな。悪い」

「なにがあったんです?」

 

師匠が少し悩むしぐさを見せ、やがて大きなため息をつきながら言った。

 

 

 

 

 

「家を5回ほど爆破されたり、何回か殺されかけたり、仕事の邪魔を片手で数えきれないほどされたり、財布盗まれたり……とにかくもう、トラウマみたいなもんになってるんだわ」

「「………」」

 

 

 

 

 

師匠は九尾に恨まれるようなことでもしたのだろうか?

 

「知らねーよ。こう見えても誰にも恨まれずに生きていた自信がないんでな。恨まれた数なんて星の数と同等だぞ、多分」

 

藍が申し訳なさそうに頭を下げたが、師匠は笑いながら手を振った。

私としても師匠と藍の中が悪くなってほしいとは思っていない。

 

「話は変わりますが……紫苑殿にお聞きしたいことがございまして……」

 

藍はスキマから大きな箱を取り出した。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 藍

 

私から見た『夜刀神紫苑』という男は、ただの好青年という第一印象だった。

 

人間と妖怪は基本的に相いれない存在。博麗巫女や白黒魔法使いのような人間の方が珍しいのだ。

しかし、この少年は私のことを『九尾の狐』と知り、一瞬苦手意識を感じたものの、妖怪そのもの(・・・・・・)に嫌悪感というものを一切感じていないのだ。我が主の師匠様だからという問題ではなく、妖怪に畏れを感じていないというべきか。

 

私は理論的に考えすぎなのだろうか?

『何か裏があるのではないのか?』と危惧してしまう。

 

「おー、ありがと」

 

私が持ってきた箱を何の疑いもなく受け取る紫苑殿。

そういえば、紫様から頼まれて持ってきたが、この箱の中に何が入っているのかを聞いてなかった。紫様のことだから、幻想卿に害を与えるようなシロモノではないと思うが……一度気になってしまうと知りたくなる。

――封印の術式が施されていればなおさら。

 

「これ二階に置いて来るから、そこらへんのソファーにでも腰おろしといてー」

「あ、あの!」

「ん?」

 

居間から離れようとする紫苑殿を引き留める。

 

「その箱には……何が入っているのでしょうか?」

「藍」

 

紫様から『余計な検索をするな』と視線で伝えられるが、紫苑殿は隠す気はないのか戻ってくる。

 

「やっぱ気になるか」

「すみません……」

「いいって。むしろガチガチに封印されてるわけ分からん箱持ってこさせられたら、不安になるのが普通だよね。先に行っとけばよかったかなー」

 

箱を机の上に置いた紫苑殿は、箱に張り付けてある紙の上に指を置いて印を切り、封印の結界を解く。

刹那――

 

 

 

「……!?」

 

 

 

何の変哲もない大きな木箱から、あふれんばかりの妖力や神力が部屋に充満する。

ごちゃ混ぜになった力にあてられて、立っていた私はふらついてしまう。倒れそうになったところで紫苑殿が私を支えてくれる。

 

「おっと……藍さんには少々きついか」

 

次の瞬間には妖力と神力の塊は紫苑殿の中に吸い込まれ、まるで何事もなかったかのように、部屋の雰囲気が戻る。

私は紫苑殿に礼を言い、木箱に近づいてみる。

 

 

 

 

 

箱の中には――二振りの刀だった。

 

 

 

 

 

微かだが、その二振りからはそれぞれ妖力と神力が感じ取られる。

 

「紫苑殿、これは一体……?」

「藍さんでも名前は知ってるんじゃないかな。こっちが『妖刀村正(ようとうむらまさ)』で、これが『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』だよ。叢雲のほうは本物じゃなくてレプリカなんだけどね」

「レプリカ……?」

「うん。スサノオが使ってたアレの偽物。まぁ、レプリカでも膨大な神力宿してるから偽物って言うのもおかしいかもな。村正の方だって、正確に言えば『妖力を宿した名刀村正』だから」

 

紫苑殿は「レプリカと紛い物だから大丈夫でしょ?」と紫様に聞いているが、二振りは幻想郷の大妖怪と同等の力を持っていると断言できる。

紫様から彼の能力を聞いているが、これは過剰武装なのではないか? 彼は幻想郷をどうするつもりなのだ……?

 

紫様に咎められることを承知の上で聞く。

 

「紫苑殿、この2つの刀は幻想郷に影響を及ぼす可能性があるものです。貴方はこれで何をするおつもりなのですか?」

「藍!」

「紫、んな大声出すなよ。藍さんもさ……俺を過大評価してないか?」

 

過大……評価……?

紫苑殿は悲しそうに笑う。

 

「俺はどうしようもなく弱い」

「そんなことは」

「何度も説明してるけどさ、俺は人間なんだよ。どう逆立ちしたって妖怪やら神様なんかに太刀打ちできるほど強くはないんだ。正直、この二振りがあったとしても、外の世界のアホ共とギリギリ互角だったんだぞ。弱肉強食の幻想郷じゃあ、これがないと俺は簡単に殺される」

 

私は幻想郷より外の世界が怖い。

恐らく顔を青くしているのだろう。紫苑殿は少々勘違いをしながらも、私に安心させるように笑いかけた。

 

「そんなに藍さんが心配なら……この二振りは預かっていてもらおうかな」

「え? でもそれは……」

「うん、確かにこれは俺にとって大切なものだ。でも……弟子の式神を不安にさせてまで持っておこうとは思わない。ちょっと予定が狂うけど、死なない程度に生きていくさ」

 

――あぁ、私は最初から勘違いしてたのか。

彼は――私や紫様と同じように、幻想郷を優先的に考えてくれているのだ。でなければ己の生命線(と本人は考えている)刀を私に托したりはしないだろう。

私は紫苑殿の前に土下座をした。

 

 

 

「申し訳ありませんでした!!」

「ゑ!?」

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫

 

千五(ゲフンゲフン)――久しぶりに師匠の料理を口にしたが、相変わらず専門家顔負けの味だった。藍も師匠への警戒を解いたようで、味付けの仕方などを一生懸命聞いていた。

 

私は居間のふかふかした椅子に座り、師匠の刀の一振り――妖刀村正を抜いて、その刀身を眺める。

僅かながら神力の混ざった妖力が漏れているが、ここまで安定しているのは珍しく、なおかつ純粋な妖力を感じる。

 

「神力が混じっているにもかかわらず、その妖力は純粋な強さを秘めている……。矛盾しているはずなのに、それを正当化させている刀」

「珍しい……というよりは、この刀だけでしょう。しかし……紫苑殿は村正を何に使っていたのでしょうか?」

 

隣で腰をおろしている藍が問うてくる。

妖力を持った刀など、基本的には人間に悪影響しか及ぼさない。私が管理する予定の天叢雲剣なら少数の人間にも扱えるが、師匠ほどの能力持ちがリスクを犯しても持つ物なのか? 藍はそう言いたいのだろう。

 

「確かに師匠には本来不必要なものね。私もこの刀を持つ意味を聞いたことがあるわ」

「……つまり理由はあると?」

「答えは簡単だったわ。――『対・神力を無力化してくる友人用』って」

「………」

 

私の式神は絶句していた。

 

村正を鞘にしまいスキマに入れると同時に、洗い物を終えた師匠が一升瓶と杯を持ってきた。

洗い物は藍が申し出たが、『客に洗い物させられるか。ゆっくりしときな』と断られたそうだ。

 

「ほれ、祝儀の席じゃないけど祝い酒だ」

 

二人分の杯に酒を注ぎ渡す師匠。

ちなみに師匠は自分の杯に並々と麦茶を注ぐ。

 

「師匠、ありがとうございます」

「紫苑殿、かたじけない」

「俺は悪いけど酒は飲まないぞ。苦手だし」

 

居間の窓を開け、地面――カーペットというものに腰をおろして一息つく師匠。

虫の美しく鳴く音が部屋に響き渡り、満月が雰囲気を盛り立てる。

 

「……いいねぇ。言い方は悪いかもしれないけど、こういう田舎っぽい雰囲気は好みだわ。時間がゆっくり流れていく感じ」

「そう言ってくれると幸いですわ」

 

師匠は自分の杯を掲げ、私たちもそれに倣う。

 

 

 

 

 

「幻想入りを祝して――乾杯」

「「乾杯」」

 

 

 

 

 

心地よくも静かな時間が流れた。

 

 

 

 


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