東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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基本的にはアホ共のせい
これ常識


34話 神殺の修羅な一日(下)

side 幽香

 

あの憎き切裂き魔に再度挑戦して敗北したのは数日前の出来事。

強化された植物のツルを避けながらも切り裂いていき、私の切り札たる極太い光線すらも小型のナイフ一本でいなされて、私の妖力が尽きたところで勝敗が決した。仰向けに倒れて息を切らしていた私に、切裂き魔は軽い柔軟体操をした程度の疲労度で覗き込んできた。要するに『まったくもって相手にもならなかった』ということである。

 

『ゆうかりん大丈夫?』

『……その呼び方止めなさい』

 

私は最後の抵抗として、ありったけの殺意を切裂き魔にぶつけた。

当の切裂き魔は困惑したような表情しか浮かべなかったが。

 

『うーん、そんなに嫌われてるのかぁ』

『嫌われていないとでも?』

『はは、こりゃ手厳しい。それじゃあ、お近づきの証としてこれを贈呈しようかな』

 

虚空から切裂き魔が取り出したのは一冊の本。

訝しげに受け取ってパラパラとめくってみたところ――よくわからない単語ばかりの本だった。本のつくりからして外の世界の書物だと推測できる。

 

『なによ、これ。でーと? 女子力?』

『デートってのは男女が日時を定めて会うことなんだけど……ゆかりんは紫苑とデートするつもりらしいよ? いつになるかはわからないけどね』

『!?』

 

さすがに色恋沙汰に疎い私でも今の言葉の意味は分かる。

紫と紫苑がデート。つまりは、そういうことなのだろう。

 

『その本はあげるよ。――ゆうかりんも紫苑とデートしたいでしょ?』

『……礼は言わないわ』

 

この男が何を考えているのかは知らないが、その本は貰うことにした。

切裂き魔は含みのある笑顔で去っていった後、妖力がある程度回復した私は家に本を持ち帰り、一晩丸ごと熟読したのであった。

 

 

 

 

 

あの男の本で成功している、というのは気に食わない。

しかし――本で予習したおかげで、今の紫苑は私に『女』としての魅力を感じていることは明らかだった。この戦闘には邪魔臭いものだとしか認識していなかった己の胸が、まさか人生の大切な瞬間に役立つとは思いもしなかった。この時ばかりは自分の発育の良かった身体に感謝である。

紫が選んだ単物を着た紫苑の腕に抱きつきながらそう思った。

 

しかし――紫苑の和服姿は目の毒だ。

まともに直視できないせいで紫苑の腕に顔を埋めている状態よ。

 

「次どこ行く?」

「……花屋に行かない?」

「この季節に花が売ってんの?」

「貴方の家に花壇を作りたいのよ。買うのは種や苗ね」

「俺ん家に花、ねぇ。ガーデニングをするのも悪くはないか」

 

紫苑が乗り気になったところで、私行きつけの花屋に移動する。

さすがにこの季節に花は少なく、その代わりとして苗や種が商品として陳列していた。

 

「何の種なのか皆目見当もつかねぇ……」

「私もです」

「こういう植物関連は壊神と帝王の得意分野だったから、アイツ等なら詳しいんだろうけどさ。俺は壊神の作った野菜とかを料理する担当だったし。帝王は完全に趣味で放育ててたな」

 

壊神、とは『私レベルの戦闘狂』だったはず。

是非とも戦ってみたいわね。

 

「育てやすい花ならロベリアやペチュニア、マーガレットあたりかしら?」

「花とか育てたことないんだけど……それは俺でも大丈夫なのか?」

「この時期になえが手に入る初心者でも育てられる花よ。私も時々来るわけだし、道具さえ揃っていれば枯れることはないんじゃないかしら?」

「へぇ……」

 

道具辺りも私が貸せる。

紫苑は興味深そうに私が言った花の種や苗などを観察する。あの切裂き魔の情報によると、紫苑は進められたものは初見で合う・合わないを見定めるので、今の状況から鑑みて『合う』と思っているのだろう。

とても嬉しいことだ。

 

「ここで家が爆破されることもないだろうし、花を育てるってのもアリかもしれんな。前々から小さな花壇を家に作りたいと思ってたんだよね。幻想郷で願いが叶うとは思わなかったが」

「一度は私の畑に来てみなさい。夏なら満開の向日葵が見ることができるわよ」

「そういえば紫が言ってたな。畑一面の向日葵がどうのこうのって。春すら来てないのに夏が楽しみになったぜ」

 

子供っぽく笑う紫苑。

切裂き魔と話しているときも同じような表情をするが、紫苑は心底楽しそうに笑うことが多い。

喜怒哀楽が分かりやすい、とま言うべきか。戦闘ならまた違ってくるが、とにかく周囲の人間すら笑顔にするような感じだ。

 

 

人を寄せ付ける魅力かしら?

私は持ち合わせてないからなんとも言えないけど、そういう人柄に私も惹かれたのかもしれない。

 

 

私は買った花の種を紫苑に渡した。

 

「大切に育ててね」

「善処する」

 

……本当に1500年前から変わらない。

弟子入りした後も色んな場所に振り回されてついていったけど、基本的に一人が好きだった私が『紫苑たちと居ることが楽しかった』と心の底から思えたのだ。

その頃から……私は……。

 

そこまで考えて私は小さく笑った。

 

 

 

 

私も案外、乙女なのね。

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 幽々子

 

夢のような気分。

覚めないでほしい夢だったはずなのに、それが現実となった。

 

 

私が死んだ身であるとしても。

 

 

紫苑にぃは目の前にいる。

 

 

私が夢で見たような触ろうとすると消えてしまう幻影ではなく、触ることもできるし匂いを嗅ぐこともできる。先ほどから浮いたまま紫苑にぃの腰に抱き付いているけれど、嫌な顔一つせず時々気遣ってもくれる。

このような素晴らしい日が来るとは、少し前なら思いもしなかった。

『デート』というものを紹介してくれた九頭竜さんには感謝しなくては。

 

「なんか腹減ったな」

「そう?」

「人間は飯食わないと生きていけないの。この前八雲一家で行った定食屋以外のところ行こうか。他の飯屋に行ってみたい」

 

紫は紫苑にぃとご飯食べに行ったのか。羨ましい。

博麗の巫女――博麗霊夢が『毎日紫苑さんの家で夕食を頂いているけど、飽きない上に絶品』と言っていた気がする。妖忌がいた頃の白玉楼でも紫苑にぃはご飯を作ってくれたが、あの時も美味しかった。

また食べたいな。今度お邪魔しよう。

 

私たちは近くにあったうどん屋に入る。

昼をちょっと過ぎた時間帯だったので、人はそこまでいなかった。

 

店主は私たち――正確に言うならば幽香さんと私を見て怯えた表情をした。

紫から前に聞いたような気がするけど、彼女の友好関係度は最悪と言われていたような。今の紫苑にぃの腕に絡みついている姿からは想像もつかないけど、彼女は無類の戦闘好きとか。西行妖と戦っていた時の紫苑にぃみたいな感じだろうか?

その前に、なんで彼は私の顔を見て怯えたのかしら?

 

「おっちゃん、うどん4人前お願い」

「あ、あぁ。うどん4人前入りまーす!」

 

私たちは4人掛けの席につき、適当な雑談を始めた。

 

「この後はどうします?」

「晩飯用の買い物がしたい。今日はアホの要望でハンバーグ作らないといけないから、霊夢たちが持ってきてくれる食材だけじゃ足りん」

「……あの切裂き魔って完全に穀潰じゃない」

「って思うじゃん? 実はアイツここで稼ぎ場所見つけて家賃払ってんだぜ?」

 

紫と幽香は目を丸くした。

 

 

 

「というか呉服屋で見た高そうな青い着物あっただろ? あれアイツの作品だ」

「「は?」」

 

 

 

信じられないと言いたげで、実際に私もそうだ。

確か青い着物は売れ筋商品だと店主の娘さんが話しており、呉服屋で扱っている中でも一番高い商品だったはず。それの制作者が身近にいたとは思いもしなかった。

 

「未来は裁縫関連が得意だから、今度服でも作ってもらえば? ブランド品顔負けの大作を片手間に作るような奴だから、快くOKしてくれるさ」

「なんというか……想像もつきませんね」

「俺も昔同じようなこと言ったぜ。『紫苑の料理も三ツ星シェフ泣かしたじゃん』って正論返されて何も言えなかったけど」

 

そんな感じで会話をしていると、それぞれの前にうどんが運ばれてくる。

 

 

 

 

 

――私のだけ、物凄く大きな皿で。

 

 

 

 

 

「ちょ!? 何その大きさ!?」

 

少なく見積もっても10杯分のうどんが入っている容器の大きさに、紫苑にぃと幽香さんは目を見開く。

一方、私のことを昔から知っている紫は呆れ気味に説明した。

 

「師匠、幽々子の食事量は異常なので、人里で営業している店からは『桃色の悪魔』として畏れられています。加えて、白玉楼におけるエンゲル係数は――80%越えます」

「は、はち……!? おま、一般家庭のエンゲル係数は20%弱だぞ!? あの屋敷の維持で残りの20%なら……幽々は対食品用の掃除機か!?」

「妖夢が月末に毎回頭を抱えておりますよ」

「妖夢ぇ……」

「だって……紫苑にぃがちゃんと食べないと大きくなれないって……」

「師匠ぇ……」

 

千年前は一日一食しかご飯を食べてなかった私だが、紫苑にぃが『育ち盛りなんだから、たくさん食べないと大きくなれないぞ!』って美味しいご飯をたくさん作ってくれて以来、朝昼晩欠かさずご飯を食べるようになった。

妖忌も『もう勘弁して下さい』と土下座をしてくるくらい食べるようになったけど……そのころには食べることが楽しくなっていて、妖夢が来た時には通常量では満足できなくなっていたのだ。

 

 

紫苑にぃ、たくさん食べろって言ったもん……。

 

 

「ま、まぁ、飯食おうぜ」

「そ、そうね……」

 

うどん屋の後は紫苑にぃが夕食を作るための食材を買いに行った。

ひき肉を買うときや香辛料を選んでいるとき、紫苑にぃは必ず私の方を見て言った。

 

「幽々、食べに来るときは事前に連絡しとけよ」

 

そうしないと食材が足りない可能性があるからな……と、遠い目をしながら私に何度も言ってきた。

……やっぱり食べ過ぎかしら?

帰ったら妖夢と相談してみよう。

 

 

   ♦♦♦

 

 

「あ、紫苑お帰り――うわっ!?」

「クソ切裂き魔ぁ! お前よりにもよって紫と幽香と幽々のデート時間一緒に設定しやがったなぁ!? こちとら胃がクライマックスだったわ!」

「いきなり『戦士』使ってくるとか卑怯じゃないか! え、3人同時にデートしたの!? 僕が確かにデートしたら?って唆したけど、時間設定はしてないよ!」

「お前に卑怯って言われる筋合いはないわっ! お前のハンバーグ、一口サイズにしてやるからな!」

「それだけは勘弁してええええええええええええ!?」

 

 

 

 

夕食には美味しそうにハンバーグを食べる少女たちと、ワンコインサイズのハンバーグを涙を流しながら噛み締める切裂き魔の姿があったそうだ――

 

 

 

 




紫苑「さて、次の回から騒がしくなるぜ」
霊夢「これまでも騒がしかったわよ?」
紫苑「あんなの騒がしいの部類に入らねぇよ……」
霊夢「Σ(゜Д゜)」

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