救いなどありはしない
side 霊夢
階段を上りきった先で――私たちは衝撃的な光景を目の当たりにした。
どす黒い妖気を放つ桜。
それに飲み込まれている女性。
そして――紫と藍。
「紫! どうなってるの!?」
「……霊夢」
紫はなんとか意識を保ってはいるが、藍は気絶したようにうつ伏せになって倒れている。
私たちは紫の元へと向かう。
「……やられたわ、まさか封印を自ら解くなんて」
「ちゃんと説明して!」
「あまり複数人に知られたくないことだったけど……そんなこと言ってる場合ではないわ。あれは『西行妖』っていう〔死を操る程度の能力〕を持った桜よ。『春度』を集めて完全体になろうとしている、幻想郷を滅ぼしかねない妖」
「「「!?」」」
私はその西行妖を見上げる。
妖気で見えにくいが確かに桜が咲いている。
加えて、気の幹に下半身を飲み込まれている、桃色の髪をした女性の姿を確認することができた。その女性に意識はないようだ。
「あの方は誰でしょうか?」
「冥界の管理者・
「春度ってなんなんだぜ?」
「春が訪れるために必要なものね」
「マジか……」
紫は悲しそうに顔を伏せる。
「幽々子は西行妖に真実を伝えられたのよ。西行妖の下には何が埋まっているのか。その封印を解くとどうなるのか」
「桜の……下?」
紫曰く、この西行妖の封印には『西行寺幽々子の死体』が使われているらしい。彼女の〔死を操る程度の能力〕に影響されて妖怪となった西行妖を封印するためなのか、その能力に耐えられなくなったのかは分からないが、彼女は千年前に桜の木の下で自害したとか。
その封印で幽々子は亡霊となり、記憶を失ったのだが。
「西行妖に唆されて封印を解いてしまった。幽々子は自分を復活させて何かしようと思っていたらしいのだけど……」
刹那――
西行妖の吸収する光が止まった。
そして、バチバチと雷を放ちながらどす黒く発光する。
吐き気どころか、まともに立っていられないほどの禍々しい妖気に、思わず足をついた。
「西行妖が完全体に――」
『ギェイヤアアアアアアアアア!!!』
生物の悲鳴に近い音と共に――桜の根本に刺さっている黄金の剣が出現する。神秘的に輝くそれに妖気が包まれるが、侵食される様子がなく黄金の光を放っていた。
恐らく西行妖を完全体にしないための、最後の封印なのだろう。
あの妖気を押さえ込む美しい剣だったが、紫は信じられないような目で剣を見ている。そして、なぜか咲夜も驚いている。
「あれは……紫苑様の剣!?」
「はぁ!? なんで紫苑の剣がここにあるのぜ!? アイツは自分の家にいるはずだろ!?」
よく力の流れを確認すると、紫苑さんの神力が感じ取れた。
「師匠の10番目の化身『戦士』の一部……なぜここにあるの? いや、そんなことより霊夢! あの西行妖に再封印をしなさい! このままでは幻想郷の生命が死に絶えるわ!」
「わ、分かった――」
「わっしょーい!」
不思議な掛け声と共に、あの半妖と妖夢が飛んできた。
妖夢を抱き抱えて全速力で飛んできたのか、少し息を切らしている九頭竜さん。妖夢は顔が真っ赤である。
「あー、疲れた。あ、ゆかりん。お邪魔してるよー」
「……貴方がどうしてここに?」
「そんなこと聞いてる場合じゃないでしょ? まぁ、そんなことより聞きたいことがあるんだけど……」
九頭竜さんは周囲を見渡し、桜と女性に納得したように頷き、黄金の剣に首をかしげて私たちに問う。
「これ、どういう状況?」
私たちは桜と幽々子の状況を簡単に説明する。
なるほどね、と九頭竜さんが納得するが、
「幽々子様!」
自分の主が桜に飲み込まれている光景。
妖夢は桜に駆け寄ろうとするが、九頭竜さんに手を引かれるような形で阻まれた。
妖夢が九頭竜さんに抗議する。
「未来さん、どうして!?」
「……あれは手遅れだ」
目を伏せるように九頭竜さんが説明する。
「もう再封印できるような状況じゃないね、これは。たぶん封印
「あれに攻撃して力を削り、それを霊夢の封印で押さえ込む方法では駄目なのでしょうか?」
「……魔理りん、あれに最大火力で攻撃してくれない?」
「わ、分かったのぜ」
魔理沙はミニ八卦開を桜に構えてマスタースパークを放つが――目に見えない力によって反射された。もちろん西行妖は無傷。
「嘘だろ……?」
「やっぱり、か。どうやら妖力が強すぎて、ほとんどの攻撃が弾かれてるのかな。紫苑とヴラドが悪戦苦闘して倒した冥府神ににたような状況だね」
紫苑が悪戦苦闘した……?
それなら魔理沙のマスタースパークが弾かれたことも納得がいく。しかし、ここで新たな疑問が浮上する。
「じゃあ、どうやって倒すのよ!? こうなると夢想転生ぐらいしか……!」
「お、効果的なやつあるんだ。なら僕が桜の結界を斬り裂くから、霊っちはその『夢想転生』ってやつで桜を滅ぼしちゃって」
九頭竜さんは懐のナイフを
すると左手が腕まで銀色に変色し、まるで腕そのものが銀で作られているような錯覚に陥る。あの神社で見たときのような、これが〔全てを切り裂く程度の能力〕が発動している姿なのだろう。
妖夢が叫ぶ。
「待ってください! 幽々子様はどうなるんですか!?」
「そ、それは……」
私は言い淀んだ。
私の持つ切り札『夢想転生』は、あらゆる敵の攻撃を無効化し、すべての存在を問答無用で滅ぼすスペルカード。
紫からは使用禁止を言い渡されているが、黙っているということは無言の肯定なのだろう。そのスペカで西行寺幽々子がどうなってしまうのかも。
「……そっか」
ぽつりと九頭竜さんが呟くと、妖夢の背中に右手を当てる。そして崩れ落ちるように妖夢が倒れた。
「――え?」
妖夢が目を見開いて九頭竜さんを見るが、無視して私に笑顔を向ける九頭竜さん。
次の言葉で妖夢を倒した理由を含めて。
「――じゃあ、幽々っちは僕が殺すよ」
死んでる幽々っちを『殺す』って表現はおかしいかな?と、九頭竜さんは妖夢が携えている長刀を拾って抜く。
ナイフを仕舞って左手に刀を握ると、その刀が銀色に輝き始める。妖力が銀色に輝く姿を見たことはないが、それが九頭竜さんの力の形なのだと理解できる。
「このままじゃ幻想郷が滅びちゃうし、西行妖を封印できる状況でもない。幽々っちも西行妖に飲み込まれて、もはや僕の切り裂く能力でも繋がりを切れないほど強くなってる。こうなると
「他に方法はないのか!?」
「……紫苑が居れば出来ないこともない。けど時間がないんだよ」
「なら私が」
「霊っち、君は幽々っちを本当に滅ぼせるのかい? もしそうだとしても、ここには僕がいるんだから汚れ役は僕が請け負うよ。君が手を汚す必要はない」
魔理沙の提案を切り捨てて、私の仕事を取り上げて、九頭竜さんは刀をだらんと下ろした。
その姿は消えそうに儚く、銀を纏う光景は見惚れるほど美しい。
カツカツと靴をならして桜に近づく。
「待って……まっ……」
「ごめんよ、みょん。恨んでくれたって構わない」
……私は静かに『夢想転生』の準備を始めた。
「幽々子様っ!幽々子様ぁっ!」
悲痛な妖夢の叫び。
その想いが、通じたのか。
「……よう……む……?」
意識がないと思われた幽々子が目を覚ます。
「幽々子!」
「幽々子様!」
「妖夢……紫……」
亡霊は穏やかに微笑んだあと、申し訳なさそうに謝る。
「ごめんなさい、こんなことになって」
幽々子は次に九頭竜さんを見る。
「貴方が……私を殺してくれるの?」
「なんか幽霊殺すって意味がわからないんだけど、もうそれでいいや。うん、僕が君を殺すよ。なんか不満でもある?」
「……いいえ、自分でも助からないことは分かっているわ」
「どうして生き返ろうとしたの?」
幽々子は悲しそうに微笑んだ。
「会いたい人が……いたのよ。もう千年前のことだけど、少しの間だけ遊んでくれたお兄ちゃん」
「もう死んでるよね、それ」
「そう……ね……。会えるかもしれないって、思ったのよ。何でかしらね……? けど、伝えたかった。『貴方のことを愛してます』って」
叶うことないのにね、と幽々子は涙を流す。
誰も彼女を責められなかった。
数秒後、幽々子は九頭竜さんを見据える。
何かを決意したような表情だ。
「貴方は――」
「九頭竜未来」
「九頭竜さん、私を早く殺してほしいの。そうすれば――もしかしたら、お兄ちゃんに会えるかもしれないから」
「……うん、分かった」
九頭竜さんは刀を構える。西行妖に引けもとらないような大きい妖力を全身から解放させて、彼は瞳を閉じる
全てを切り裂くために。
桜の結界も――幽々子も――
「幽々子様ぁっ!!」
「妖夢、紫、さようなら……」
「西行寺幽々子、僕が君を完膚なきまでに殺してあげる。せめて、あの世でそのお兄ちゃんと仲良く――」
台詞が途切れた。
目を開けた九頭竜さんは言葉を止めて、ぶつぶつと考えるように呟く。
静かになる周囲の空気。
そして――笑う。
「この世にハッピーエンドなんて存在しない」
いきなり九頭竜は厳かに語り始めた。
何が言いたいのか分からない。
「この世にご都合主義なんて存在しない」
「未来、さん?」
「悲劇は悲劇のままで終わり、助けの声なんて誰も聞いちゃいない。しょせんは残酷な世界さ。救い? アホらしい」
でもさ、と言葉を続ける。
「救いのある話、僕は好きだよ。フィクションだとしてもね。悲劇なんて誰も求めてない。たとえ夢物語だとしても……僕はめでたしめでたしで終わらせたいな」
九頭竜さんは私たちの方に振り向いた。
「ねぇ、そう思うでしょ?」
「そんなに好きなら自分で作れよ」
背後からする声に振り返り――言葉を失う。
周囲が唖然とするなか、
「やっぱり、クソ桜の仕業だったか」
そして幽々子に向かって微笑む。
「久しぶりだな、幽々」
「……紫苑にぃ?」
紫苑「ずっとスタンバってました」
霊夢「早く出てきてよ!」
紫「というか展開が急すぎて……」
紫苑「その辺は次の回だな」