ならば今は何となる?
side 紫苑
何かに夢中で時間が過ぎてしまった、なんてことは皆様も体験したことがあるのではないか? 興味のあることに時間を費やしていると、時間の流れが早く感じる。
そういう俺も、非日常の織り成す幻想卿に移住しても変わらぬことで……。
「やっべ、もう13時か」
今日の晩飯後に出す予定だったデザートを作っていたところ、妙に凝ってしまい昼食の準備を忘れていてしまった。
台所にあった洗い物を片付けた後ではあるが、今から昼飯を作る気分ではない。腹は減っているけれど晩飯まで待てないほどではないから、昼飯を作るか迷ってしまう。
いっそのことカップラーメンで済まそうかな……とか考えていると、スキマから紫が顔を出してきた。
「こんにちは、師匠」
「おう、こんにちはー。今日は何の用だ?」
紫は俺が持っているカップラーメンを視界に入れて、なぜか目を光らす。まるでナイスタイミングとでも言いたげな表情だ。
「昼食はまだなのでしょうか?」
「ちょっとデザート作ってたら昼飯食い損ねたんでね。カップラーメンで軽く済ませようかと思ってたんだが」
「なら……人里に外食にでも行きませんか? 藍と橙も一緒ですが」
俺は紫の提案を聞いてカップラーメンを見つめる。
そういえば、幻想郷に来て人里で食事をしたことはないな。買い出しで訪れることはあるが、家で作って食べることがほとんどだ。晩飯を食いに来る連中もいるから尚更。
図ったように食材の備蓄も少なくなってきたし、人里へ買い物行くついでに食事をしてみるのも悪くないか。
「いいぜ。買い物ついでに行こうか」
「準備が出来たら声をかけてください」
「OK、少し待っててな」
俺はカップラーメンを戸棚に仕舞って、財布とスマホを取りに行った。
♦♦♦
side 紫苑
「んで、何食う?」
「藍様にお任せします」
「紫様にお任せします」
「師匠にお任せします」
決めてないのかよ……。
人里にスキマで快適に到着した八雲ご一行と俺は、賑わっている人里を歩いていた。
まぁ、歩いてるだけで飯が食えるわけではないので、3人に要望を聞いてみた結果がこれだよ。こんなのアホ共に聞いたら口揃えて『肉!』って答えるのに……なんとまあ謙虚なことか。
昼食決定が俺に託された訳なので、人里の飯が食えるところを見回していると――ある定食屋が目に入った。そこそこ人がいる。
「あそこにしようぜ」
定食屋に入った俺たちは4人用のテーブル席に座る。俺の前が紫、横に橙。紫の隣が藍。
メニューはそこまで多くはないが、簡素に定食の名前が書いてあって逆に迷ってしまう。横目で周囲の人里民が何を食べているのか確認したところ……圧倒的に『きつねうどん』を食している。
……ここ、定食屋だよな?
「うーん……無難に『唐揚げ定食』でも頼むか」
「なら私は『きつねうどん』で」
「『冷し中華』……この時期に?」
紫と藍はメニューを決めたようだ。
藍は『きつねうどん』を頼むのは……うん、知ってた。紫の『冷し中華』は物珍しさって感じかな? 冷し中華を冬に出すこの店も相当チャレンジャーだとは思うが。
「私は……えーと……」
「焦って決めなくていいぞー」
自分以外が決まったということで、焦ってる橙の頭を優しく撫でる。
実は橙との交流ってのは意外と少ない俺。
冬が近いせいもあってか、俺の家に藍と一緒に来ても大半は寝ている。俺がリビングのカーペットで雑魚寝してると、俺の腕を枕代わりに使用してることもあるが、会話したことなど数えるほどしかない。
幻想卿来て1ヶ月経っていて、家にもよく来ているのに交流が少ないのも妙な話だがな。
「――紫苑さんと同じものにします!」
「そうか、なら店員呼ぶぞー」
定食屋で働いている人間を『店員』と呼んでいいのかは分からないけど、俺は近くにいた人を呼んで注文をする。若くて可愛いお姉さんだった。
注文した後は待つだけなのだが、俺は無意識にスマホへと手を伸ばして止まる。
なんというか……外の世界では待ち時間にスマホ弄るのが癖になっていて、ここでも同じようなことをしてしまうな。どうせSNSも使えない。
やることもないので、厨房で料理を作っている姿をボーっと眺めていると、俺を慮ってか紫が会話を振ってきた。
「最近どうですか? 幻想郷に慣れましたか?」
「慣れてきた、って言ってもいいのかな。霊夢や魔理沙、アリスとかが毎晩飯を食いに来る光景が日常となるくらいには慣れたよ」
「れ、霊夢が毎晩?」
「うん」
引きつった笑みを浮かべる紫に、俺は素直に答えた。藍も額に手を当てている。
えぇ、毎日来ていますよ。欠かすことなく。
「まったく……あの子ったら……」
「ちゃんと毎回おかわりまでするぞ」
「すみません、今度厳しく言っておきます」
「気にすんな。あんな毎回笑顔で食べてくれると作ってるこっちまで嬉しいし、最低限のマナーを守って食ってくれるから苦にならん」
当代の博麗の巫女は面倒くさがり屋と噂で聞いたことがあったが、所詮は百聞は一見に如かずって身を持って思った。家で靴を脱ぐときはきちんと揃えるし、頂きますご馳走様も言う。皿洗いまで率先してやってくれるし、とても良い子だと感じる。
ちなみに彼女にはカレーの日に残ったカレーをタッパーに入れて渡している。
次の日にはタッパーを綺麗に洗って返してくれるのだ。『とても美味しかったわ!』って笑顔で言ってくれるから、こちらも自然と笑顔になるってものさ。
「魔理沙は迷惑をかけておりませんか? アリスは大丈夫だとは思うのですが……」
「え? 魔理沙も食後の台拭きとかしてくれるよ?」
「何か盗まれるようなことは?」
「藍さんは心配性だなぁ。彼女も手がかからない良い子じゃないか」
そういえば地下の書庫から本を借りていくことがあるな。
『死ぬまで借りていくぜ!』って冗談を言った魔理沙に『そしたら晩飯食わさんぞ?』って冗談を返したら、青い顔で本を元に戻したっけ? パチュリーさんから魔理沙は本を借りたら返さないとか言ってたこともあったが、彼女はちゃんと返しに来る。
魔理沙はキノコ系の料理が好きで、余ったものを渡すと上機嫌で帰っていく。
アリスは藍さんの言う通り、霊夢の洗った皿を拭いてくれる。上海と蓬莱と一緒に。
家に早めに来る彼女は人形達と部屋の掃除まで手伝ってくれるから、いつもリビングは清潔に保たれている。素晴らしすぎて涙が出るわ。
というか3人とも食材を持ってきてくれることもあるから、むしろ自分が助かってる節があるような。
「師匠の手を煩わせないなら別にいいのですが……」
「考えすぎだって」
「紫苑さんの料理は美味しいのですか?」
「なんなら橙も晩飯食いに来るか?」
3人からは大好評らしいので、とりあえず食べられるものは出せるはずだ。
妖怪の口に合うかは定かではないが、紫と藍さんも食ったことはあるし大丈夫だろう。……とりあえず猫が食えないものは料理の中から省いておくか。
「はいっ」
「なら今晩は何を作ろ――あ、料理が来た」
それぞれの前に注文したものが運ばれてくる。
ファミレスなら作った順番に来るせいか、バラバラに運ばれてくることが多いが、ここは一気に出してくるのか。
「それじゃあ、頂きまーす」
「「「頂きます」」」
「……ほう」
出てきた唐揚げを口の中にいれると、肉汁が口の中に広がった。
外はパリパリ中は柔らかい唐揚げに、思わず感嘆の声をもらす俺。
ぜひともレシピを知りたいところだが、これを商売として出しているのだから、聞くことは不可能だろうな。また来よう。
「あちっ」
「大丈夫か? できたてだしゆっくり食べないと」
橙は猫舌か。いや、猫だから当たり前か。
ある意味では紫が美味しそうに食べてる冷し中華が、橙には会っていたのかもしれない。
「……70点」
藍さん、なんでうどんに乗ってる油揚げを採点してんの?
うどん評価しようぜ?
八雲一家の食事を眺めていたら、
『オイ! 俺様の肉取るんじゃねェよ!?』
『早い者勝ちだよー』
『このピーマンは儂のものじゃぁ!』
『店の迷惑になるから静かにして下さい!』
一瞬だけ――そう、一瞬だけアイツらで行った
俺は頭を振った。ここは幻想郷だ。
所詮は過去の思い出に過ぎない。
アイツらとは違って八雲一家の食事は静かなのに、なんで昔のことを思い出したかね……?
「……紫苑さん?」
俺の表情がいつもと違うことを察したのか、橙が不思議そうに首をかしげていた。紫と藍さんにはバレているらしく、すっごい不安そうにこちらを見ている。
いかんいかん。
俺はすぐに笑顔を向ける。
「さ、食べたら買い物だな」
「……師匠」
「俺は大丈夫さ。ここは楽しいからな」
そう、外の世界以上に優しい幻想郷。
不満などあるものか。毎日が充実している。
なぜか後半に食べた唐揚げはしょっぱかったけど。
紫苑「困ったときのカレー」
3人「「「ひゃっほーい!」」」
紫「完全に胃袋掴まれたわね……」