side 紫苑
「へぇ、ここが幻想郷か」
「どうですか? 私たちの作った世界は」
「いや、まだ全部見とらんからわかんねーよ」
俺――夜刀神紫苑は古びた神社に下り立った。
移動方法は至ってシンプルだ。俺のとなりに立っている金髪の女性――八雲紫の能力〔境界を操る程度の能力〕で、本来ならば現世で忘れ去られていない俺をスキマを用いて幻想郷に送ったのだ。
この能力マジでチートだよなー。
「んで、このボロい神社は何?」
「このボロい神社は現世と幻想郷の行き来を不可能にする結界を担う『博麗神社』です」
「ほうほう、けどこの神社からは特に力を感じないぞ? どちらかと言えば周辺の木々や、中に住んでる奴から馬鹿デカイ霊力を感じるんだけど」
「さすが師匠」
どうやら紫曰く、現世と幻想郷を繋ぐ中継地点的な役割を果たしてるのが博麗神社ということらしい。
そりゃあ忘れ去られた者たちの住むここに、現世の人間がそう来れるわけもないか。それほどの結界の鍵を一人の人間が担っていることには驚くけれど。
ここで立ち話をしているのもなんなので、と紫は博麗神社に住む巫女さんに俺のことを紹介したいとして、博麗神社の中に入ろうとする。
しかし、俺は神社の前――賽銭箱の前で立ち止まった。
「師匠?」
「こんなにボロくても一応は神社なんだしさ、参拝ぐらいしといたほうがいいだろ?」
財布の中を漁りながら紫に言う。
神様なんてあまり信用してはいないけれど、とりあえず日本人の礼儀として参拝する俺ってマジ日本人の鏡。
って、
「あー、細かいのねーわ」
残念なことに小銭が3円しかない。
札にいたっては口座から全額だしてきて万札と数枚の5000円札ぐらいしか入ってない。あとレシートとカードぐらいか。
賽銭で5000円払うってのもなぁ……かといって1円玉は少なすぎるし。
「あーもう、いいや」
もったいない気もするけど賽銭箱に5000円札と3円をぶちこむ。
さすがボロい神社というべきか、他の小銭と当たった気配はなく、3円玉の虚しい音が響いた。
刹那――
「――っ!! 賽銭いれたの誰!?」
光レベルの速さで神社の奥から一人の少女が飛び出してきた。
白と赤を基調とした巫女服に身を包んだ、俺より1.2歳ほど年下の少女で、驚くべきは圧倒的な所有霊力だ。少なくとも人間が保持するそれではないし、知り合いにもここまで強大な霊力持った奴なんて数えるほどしか知らない。
少女は辺りを見回して、俺と紫を認識する。
そして、なんとも胡散臭そうな表情で紫を見る。
「紫、また外来人を連れてきたの? 返すの面倒なんだけど?」
「今回は貴女が動く必要はないわよ。それと紹介したいから中にいれて欲しいのだけれど」
「どうせ断ってもスキマで入って来るんでしょ。私は賽銭箱確認するから先に入っといて。そこの人も」
諦めた感じの少女は賽銭箱を漁り、俺は紫に連れられて博麗神社の中にお邪魔することにした。どうやら紫の関係者だろうし、こちらに害は加えないだろうという信頼だ。
後ろから「5000円だああああああああああ!!!!」という声が聞こえた気もしたが、まぁ、気のせいだろう。
♦♦♦
side 紫苑
「どうぞ、お茶です」ニコニコ
「お、おう」
やけにご機嫌な少女の手厚い歓迎を受け、俺は神社内の居間に通された。ちゃぶ台の上に茶と和菓子が出される。
「で、紫。この人は誰なの?」
「彼の名前は夜刀神紫苑、生物学上は人間よ」
「え、そうなの?」
なんか失礼なこと言われてる気がするんだが。
「何が生物学上は、だ。どっからどう見ても普通の人間だろうが」
「でも……貴方が包容する神力は人間が持てる量の比じゃないわよ? 現人神か何かかと思ったわ。霊力がからっきし無いのにも驚いたけど」
「そこは--まぁ、そうだな」
人なら霊力、妖怪なら妖力、神なら神力を少なからず所有しているのは世の理だ。にもかかわらず、俺の力の大部分が神力であることに驚いたのだろう。ぶっちゃけ俺の周りにいた奴らの大半が俺と同じような神力持ちだったから忘れていたが。
神力があったところで紫の様な大妖怪相手だと慢心できるわけがないけれど。
不思議なものを見るように俺に視線を向ける少女。
「彼女の名前は
「この年で専門家か。博麗さん凄いな」
「そ、それほどでも……。あと私のことは霊夢って呼んで」
妖怪退治なんて口では簡単に言えるけど、実際にやってみるとなると難しい。なんてったって妖怪ってのは身体能力において人間の完全上位互換的存在だ。人間の『畏れ』を具現化したような存在だし当然のことではあるが、現代兵器でも太刀打ちできるかも怪しい。
能力持ちなら何とかなるかもしれないが、科学こそ至高とされる現代において能力持ちってのは非常に少ない。
そして霊夢は妖怪退治の専門家。俺の知る限り彼女と同じ肩書きの人間は知らないし、雰囲気から相当の場数を踏んでるのは俺でもわかる。敬意を抱かずにはいられない。
性格的にも問題なさそうだし、力になりたいと思うのは当然だろう。
「よし、霊夢。なんか困ったことがあったら俺にも声かけてくれよ? 俺だって能力持ちだし微力ながら力になるぜ」
「紫苑さんも?」
「当たり前でしょ、霊夢。なんたって私の師匠なんだから」
「……は?」
なに言ってんだコイツ、という目で紫を見る霊夢。
その言葉をいつまでたっても訂正しないので、冗談でいってないことが伝わったらしく、今度は俺に確認を求めた。大妖怪が神力高いだけのガキに師事してもらったなんて笑い話にすらならないからな。
だが、偶然の重なりによって、俺は紫に戦闘に関する知識や兵法、生きるために必要なことを教えたことがある。
たった半年という大妖怪にとっては一瞬のような時間ではあるが。
「間違ってはいないんだけどなぁ……。霊夢から見ても分かるだろうけど、今の俺って紫に勝てるほど強くないんだよね。なんで師匠って呼ばれてんのか俺にもわからん」
「弟子が師匠を敬うのは当然のことでしょう? ましてや師匠と会わなければ幻想郷は存在しませんでしたのよ」
「え!? そうなの!?」
コイツ本当に人間か?と、疑いの目を向ける霊夢。
生物学上は人間なんだよ、マジで。
「もしかして紫苑さんの能力に関係してる?」
「俺の能力?」
「私は〔空を飛ぶ程度の能力〕を持ってるわ。これは概念的にも空を飛んでることになるから……」
「なるほど、そういう特殊な例にあてはまるのかって疑問だな。残念ながら俺は霊夢ほどのチート能力は持ってない」
「……私としては師匠の〔十の化身を操る程度の能力〕も十分卑怯だと思いますけどね」
苦笑いをしながら紫がツッコむが、俺としては〔十の化身を操る程度の能力〕は器用貧乏なだけの能力ってイメージがあるなぁ。
「どんな能力なの?」
「拝火教で崇拝される勝利神と同じような能力だよ。基本的には十の化身の模倣みたいなものだから、紫や霊夢のような物理攻撃効かない相手にはほとんど意味を成さない使い勝手の悪い能力さ」
「ふーん……例えばどんなの?」
「速く移動したり、蹴りが強くなったり、雷落としたり」
「なんかパッとしない能力ね」
霊夢の言い方は正直厳しいが、事実なので仕方ない。
俺だって某アニメを見るまで自分の能力の元ネタを知らなかったんだから。
親友が「オマエの能力これじゃね?」と指摘されてやっと気づいたのは記憶に新しい。そしてアニメのせいで俺の能力が全部ばれてしまうという最悪の展開になったりと、あまり良い記憶がない。
切り札ばれるとかマジ勘弁。
「けど紫の師匠なんでしょ? それなりに強いんだろうし、異変解決を手伝ってくれるのは嬉しいわ」
「そりゃ良かった」
そろそろ自分の家を紫のスキマで送ってもらおうかな、と紫に伝えようとした瞬間、
「霊夢! いるかぁ!?」
ドタドタと音を立てながらこちらに歩いてくる気配を感じ、縁側の障子が乱暴に開けられる。
現れたのは白と黒のデザインの魔女のコスプレをした金髪の少女だった。霊夢とは対照的で、輝く太陽のように明るい活発そうな女の子だ。
金髪の少女は俺と紫を認知する。
「お? 紫と……誰だ?」
「俺は夜刀神紫苑。幻想卿に暮らすことになった普通の人間だ」
「そうか! 私の名前は
普通の魔法使いとは何ぞや?
「霧雨さんか、よろしく頼む」
「魔理沙でいいぜ。紫苑は幻想郷に来たばっかなんだよな?」
「あぁ、今日来た。分からないことが多いから、色々教えてくれると助かる」
「ということは……『弾幕ごっこ』も知らないんだよな?」
「もちろん」
なんか嫌な予感がするけど肯定する。
紫と霊夢が『どうなってもしーらね』って顔してるから、あながち外れてない気がする。
「よし! じゃあ、表出ろ!」
喧嘩吹っ掛けられた。
「えーと……何するの?」
「『弾幕ごっこ』に決まってるぜ。紫苑もそのうちやるだろうし、早めに覚えていた方がいいだろ?」
「それもそうだな。その弾幕……ごっこ?は何かコツでもあるのか?」
そう聞いてみると、白黒魔法使いは笑顔でこう宣った。
「――弾幕はパワーだぜっ」