妖力は簡単に増えるものではない。
当時の私は『妖力を使う』か『時間が経つ』ぐらいの方法でしか、妖力は増えないものだと考えていた。実際、その時代にいた大妖怪の大半は数百年の時を生きる者がほとんどだったからだ。
だからこそ、師匠の言った『格上の妖怪を倒す』という方法に驚いた。
『いわゆる経験値みたいなもんだな。もちろん格下を倒したところで成長はしにくい。俺の友人から聞いた話で、半妖だったアイツもその方法で強くなってたし、効果的だとは思うぜ?』
『なるほど……』
『まぁ、他の妖怪から警戒されやすくなるから、やりすぎは禁物だぞ』
格上の妖怪を倒す。
言葉で表すには簡単だったが、実際にやってみるとなると怖かった。
それでもやる決心がついたのは師匠がそばにいたからだった。
その日以来、私と師匠は各地を歩き回って妖怪の集団と戦った。
無差別に戦うのではなく、私よりも格上――それも悪行を働いている妖怪を狙って殺し回った。
師匠が側ににいたとしても、戦うのは私だったから、負けることもあった。いや、負けることの方が多かった。
そのときは私のスキマで逃げて、また戦うことの繰り返し。
『いやー、負けた負けた! あの妖怪、見た目によらず強ぇな!』
『すみません……私が至らないばかりに、師匠まで怪我させて……』
『気にすんなって。切り替えて対策練ろうぜ』
『はい!』
師匠との模擬戦も修行として行った。
ある意味、大妖怪よりも化け物じみた動きや攻撃を行う師匠は、私が格上の妖怪を相手にする上で重要な経験となった。
それだけでなく、休憩時に知識も教えてくれた。
『格上を相手にするとき、策略を何個も巡らしておくといいぞ。特に境界を操れるんなら、所々にスキマでも設置しとけば良い。加えて言葉で巧みに揺さぶるのも効果的』
『言葉で巧みに?』
『そそ。相手に何を考えているのか読ませない、または誤解させるような仕草をするのもいいな。常にポーカーフェイスを保っておくといいねー。こう、扇で口元を隠して余裕を見せたりとか』
『ポーカーフェイス、ですか』
こうやって、私は着実に強くなっていった。
たった一ヶ月で中級レベルの妖怪になったけれど、師匠は毎日口癖のように言っていたわ。
『決して驕るな。臆病であれ』
『………』
『どれだけ強くなっても、上には上がいるんだよな。紫、忘れるんじゃねーぞ。驕り油断する奴に未来はない』
『……はい』
数百年後に驕って月に戦争仕掛けて返り討ちにあったときもあったし、師匠の言うことは的確に当たっていた。
『師匠の言うことには間違いはないですよね』
『だからって思考放棄するんじゃねーよ? まぁ、失敗の実体験ほど説得力のある言葉はないからな』
そう言った彼は懐から懐中時計を取り出した。この頃は何なのか分からなかったけど。
師匠の表情はどこか寂しそうだった。
私が師匠と出会って2か月経った頃。
いつもどおり妖怪のアジトを襲撃して殲滅した後、アジトを見て回っていた私たちは緑髪の少女を見つけた。生きているかわからないほど衰弱している、私と同じくらいの中級妖怪だった。
『おーい、生きてるかー?』
『……何?』
『お、生きてた。どうしてこんなところにいる?』
『……強くなるために』
少女は赤い瞳で師匠を睨み付けた。
どうやらこの少女も私たちと同じようなことをしていたようだ。師匠がいて初めて中級妖怪になれた私とは違って、この少女は一人で妖怪の集団を襲撃したらしい。
『んで、返り討ちにあって捕まったと』
『………』
『ここの妖怪は力押しでは厳しい相手だしね。あ、ところでお前の名前は何て言うんだ?』
『……風見幽香』
『そうか、なら幽香。俺達と一緒に来ないか?』
少女は怪訝な表情をする。
『向上心のある奴は好きだぜ、俺。俺もこの弟子を絶賛育成中だから、この際一緒にどうかなーって』
『どうして私が人間なんかに――』
その時だった。私たちの前に4匹の
各地を転々としては妖怪の集団を殲滅していた私たちを狙ってきたらしい。ここに留まっていた時間が長かったために起きた不幸だった。
師匠もさすがに冷や汗をかいていた。
『……紫、幽香をつれて逃げろ』
『で、ですが相手が大妖怪では……!』
『最近、体が鈍っていてな。あのアホ共と
仕方なく私は幽香をつれて逃げた。
幽香も抵抗することはなかったわ。相手は大妖怪だし。
そして――私たちは目にした。
師匠の全力を。
人間が持つとは思えない力を。
大嵐が森の木々を薙ぎ倒し、人間の体から出されたとは思えないくらいの剛力で敵を殴り飛ばし、己の身体が傷ついても即座に修復し、敵を森ごと焔の柱で焼きつくし、数千の黄金の剣で敵を切り裂き。
私たちはその雄々しくも戦う師匠に魅入っていた。
『これが……師匠の、全力』
『……凄い』
一時間後には焼け野原となった森には、大妖怪の死体と血を流しながらも立っている師匠だけが残っていた。
私は師匠に駆け寄った。
『師匠っ!』
『――紫か。大丈夫か?』
『私たちは何とも……でも師匠が!?』
『ひっさしぶりに全力出したよ。もう疲れた。寝たい』
そのまま師匠は地面に寝転がった。
『………』
『幽香も大丈夫だったかー』
『……貴方についていけば、私は強くなれるの?』
あの光景を見て幽香も考えを改めたのだろう。
期待と尊敬の眼差しで師匠に問う。
『知らん。どうなるかはお前次第だよ。俺は補助するだけ』
『……分かった。貴方についていく』
『そっかそっか。俺は夜刀神紫苑、コイツは八雲紫。短い間だけどよろしくな』
私は幽香に頭を下げた。
幽香もぶっきらぼうに自己紹介をする。
『私は風見幽香。花の妖怪よ』
『え、花の妖怪なのに強くなりたいの? 別に悪くはないけどさ』
『花を守りたいから、私は強くなりたい』
『なるほどねー。俺も花は好きだし、俺の名前もキク科の植物が由来だしね』
『……そう』
幽香は心なしか嬉しそうだった。
こうして私に弟弟子ができた。
『師匠は私と寝るの!』
『あら、私が先だったじゃない』
『俺は一人で寝たいです』
『私が早かったわ!』
『昨日も貴女だったじゃないの。今日は私が』
『俺の話を聞いてください』
仲が良かったわけではないけどね。
「なんか……驚くことが多すぎて……」
「まぁ、そうよね。質問は後にして、私と幽香は師匠からいろんなことを学んだわ。そして半年経つ頃には2人とも上級妖怪レベルの力をつけたのよ。すっごく苦労したけど」
「その割りには楽しそうに話すじゃない」
「えぇ……楽しかったわ。――けど、長くは続かなかった」
「? どうし――あ」
「時間切れってことよ」
師匠と出会って約半年のある日。
起きると近くに幽香が眠っていた。
けど、師匠がいなかった。
なぜか嫌な予感がして私は幽香を叩き起こした。
『ねぇ、幽香。師匠は?』
『……あっちよ』
不機嫌な幽香は自分の能力を使って師匠の場所を特定した。森の中だからこそできた芸当だ。
師匠は大きな岩の上に座って、刀の刀身を眺めていた。
『師匠、探しましたよ』
『いきなりどっか行かないで。探したじゃない』
『――紫、お前と会って半年。幽香、お前とは4か月だったな』
刀を鞘に納めた師匠は、私たちと目を会わせた。
優しさに満ちた瞳には、不思議と悲しみも感じられた。
『お前ら、強くなったよ。俺が教えることはもう無さそうだし』
『そんなことはありません! まだ教えてもらいたいことが……!』
『ははっ、そう言ってくれると嬉しいよ』
師匠は岩から降りて、私たちに近づいて――手を差し伸べた。
私と幽香は意味が分からす、とりあえず手を掴もうと――
『けど――もうお別れだ』
した師匠の手が
『『……え?』』
『言っただろ? 少しの間、って』
『な、んで』
『在るべき場所に帰るってことさ。つまり俺は消える』
パリパリと音をたてながら腕から消えていく。
『そんな! だって……』
『ふざけないでっ!』
怒鳴ったのは隣にいた幽香だった。
物凄い形相で師匠に詰め寄る。
『え? いや、ふざけてるつもりはないけど』
『私は貴方から様々なことを学んだわ。でも、私は貴方に何も返せていない! なぜ消えようとするの!?』
『んなこと言われたって。俺にはどうしようもないし』
脚も消え始めた師匠は少し悩んで、思い付いたように言った。
『というか俺は人間で、お前ら2人は妖怪だぜ? 共存出来るはずがねーし、別れるのは当たり前だろ』
『妖怪と人間は共存できます! だから消えないで……!』
『面白いこと言うなぁ。それじゃあ、紫に宿題を出そうか? ――人間と妖怪が共存出来る、そんな戯言みたいな世界を作ってみなよ。そしたらお前の願いを出来る範囲で叶えてやるさ』
『へ?』
『幽香――何人よりも強くあれ、何人にも負けぬ身であれ。そうすりゃ、また会ってやるよ』
私と幽香は唖然とした。
後から考えれば――それは師匠に依存してしまった私たちを慮っての、生きる目的を与えてくれたのかもしれない。
もう顔しか残っていない師匠は、最後に言った。
『そんじゃーなー。
そうして師匠は完全に消えて、光の粒は舞い上がった。
残されたのは――師匠が持っていた懐中時計。
私は泣いた。
幽香も泣いた。
泣いたあと、私たちは別れた。
幽香は強く在るために。
私は世界を作るために。
紫苑「過去編は話が重くなるな」
霊夢「宴会で語る話じゃないわよね……」
紫苑「つか俺の関係する過去の大半は楽しい席で語れるもんじゃねーからな」