東方神殺伝~八雲紫の師~   作:十六夜やと

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楽しかったあの頃
アイツはどうしてるかな?


10話 帝王と神殺

side 紫苑

 

「ありがとな、藍さん。色々家事してくれて」

「紫様からも頼まれていることなので」

 

紅魔館での出来事から数日経った。

椅子に座ってお茶を飲みながら感謝の言葉を述べる俺に、昼食後の皿洗いをしている藍さんは嫌な顔一つせず答える。ちなみに隣のリビングでは藍さんの式神である(ちぇん)が、ソファーの上で気持ちよさそうに寝ている。式神の式神ってなんだろう?とは思ったが、あまり深く考えないことにした。

 

本来ならば藍さんたちは「マヨヒガ」という場所に住んでいるらしいが、紫がスキマの中で冬眠しているうえ、紅魔館から帰ってきて食事にすら四苦八苦している俺を見て、今のところは俺の家に住んでいる。というか怒られた。

利き腕がない今、食事を作ることさえ困難なので、藍さんがいるのはとてもありがたい。外の世界ならコンビニやら外食などで解決するが、生憎ここにはコンビニがないのだ。

 

 

 

早くコンビニ幻想入りしねーかな……。

 

 

 

そんな夢物語を考えていると、皿洗いを終えた藍さんが向かいの椅子に座る。

 

「ところで紫苑殿、腕の具合は大丈夫なのですか?」

「上々だよ。少しずつ元に戻ってる感じ」

 

ない腕を振りながら笑う俺。

幻想郷だからなのか、外の世界にいたときよりも治りが早い気がする。

しかしながら、昨日も霊夢が見舞いにやって来た。どちらかと言えば、俺の心配より飯を食いに来た感じだったが。魔理沙や慧音や妹紅も家に来たし、腕の消失は幻想郷では珍しいのだろうか?

 

 

 

じーさんと一緒に冥府神に殴り込みに行ったときも――

 

 

 

「………」

「……?」

 

藍さんが覗き込むように俺を見ていたので、慌てて笑顔で返す。

 

「なんでもないよ、別に」

「まだ何も言っておりませんし、紫苑殿は最近そのような表情をすることが多いですよ?」

「ど、どんな顔してた?」

「――大切な友人を懐かしむような、でしょうか?」

 

図星やんけ。

 

「紫苑殿、言葉にすれば楽になることもありますよ?」

「……ははっ、さすが藍さんだなー。嫁にもらいたい女性ナンバーワンだよ。今のところ」

「よよよよよよ、嫁ですかっ!?」

 

あたふたと慌てている藍さんを眺めつつ罪悪感。

九尾という種族だけで苦手意識を抱いていた当初が恥ずかしい。

 

「うーん……お言葉に甘えて、ちょっと昔話でもしようか」

「昔話、ですか?」

「2年前――妖怪にとっては昨日のような出来事かもしれないけどね。この話は紫にすら話してない、格好いい吸血鬼との物語さ」

 

真剣な眼差しで見つめる藍さんに、俺は昔話を語った。

 

 

   ♦♦♦

 

 

ぶっちゃけ紅魔館の主には『ヴラドのじーさん』ってよんでたけど。

 

アイツは俺のことを『神殺』と呼び

俺はアイツのことを『帝王』って呼ぶことが多かった

 

じーさんって呼び始めたのは帝王の年齢を知った後からだしね。

というか外見が二十代前半の美青年だったからな。

 

厳格で気難しくてプライドがやけに高い、二言目には必ず『誇り』って言葉を出すような、吸血鬼であることが自慢のような老害。そして――馬鹿みたいに身内に甘かった。

 

だからだろうね、同族にはすっげー慕われてたよ。

 

種族は違えど、俺たちと帝王が仲良くなるのはそう時間はかからなかった。

時たま殺し合ったり騙し合ったり――そんな歪な関係ではあったけどさ。基本、俺たちの関係は歪だけどよ。

 

……? 俺たちってことは他にもいるのか、って?

 

あぁ、他にも壊神・切り裂魔・詐欺師がいたなぁ。

そいつらに関しては――今度話すよ。長くなるし。

 

 

 

 

さて、そんじゃあ前置きはこれくらいにして。

俺と帝王は2年前に誘拐事件に巻き込まれた。犯人は冥府神っていう人間や吸血鬼が相手にするには荷が重すぎる相手だ。ぶっちゃけ強かったわ。俺の化身なんて冥府神にたった2つしか効果的なダメージを与えることが出来なかった。

 

善戦したように聞こえるって?

 

そんなわけないだろ。こっちなんて史上最高の吸血鬼がいたのに、俺なんて最終的には左腕と右足を持っていかれたわ。今の怪我がかすり傷に思える位にな。

 

冥府神を倒すことはできたよ。誘拐された奴らも無事戻ってきた。

 

 

 

俺の左腕と右足――そして、帝王の寿命を代償に。

 

 

 

戦い方としては、俺よりははるかに頑丈な帝王が前衛で冥府神の攻撃を全ていなして、後衛の俺がダメージをかろうじで与えられる化身で壊していった感じだな。後衛の俺が左腕と右足を失ったのに……前衛の帝王が無傷なわけがない。

 

(のろい)(まじない)は同じ字だけど、帝王が受けたものは明らかに『(のろい)』だったのは確かだ。――帝王の呪いは『1年以内に死ぬ』っていう、シンプルかつ凶悪な呪いだった。俺も何とかして呪いを解こうとしたけど、さすが冥府神が死の瀬戸際でかけた渾身の呪いだ。アホ共もさじを投げたレベルだったよ。

 

 

 

 

 

……ところで話は変わるけどさ。藍さんは妖刀村正を覚えてる?

 

あ、あぁ。忘れるはずがないか。

うん、あれは『神力の効かない相手用』の武器。

 

でもさ、よく考えてみておかしいと思わないか?

 

どうして……んな化物じみた妖力(・・・・・・・)を持つ刀が、ただの人間である俺なんかが持っていると思う? 大妖怪レベルの妖力放つ刀なんて、外の世界でも重要保護文化財並の扱いを受けるよ。

 

……察しがいいね、藍さん。

 

そう――この妖力は帝王の妖力(・・・・・)だよ。

この刀は切り裂魔から譲り受けた名刀村正に、死ぬ直前の帝王が己の全妖力を流し込んで出来た妖刀なんだ。藍さんに説明するときに『妖刀村正』って説明したけど、実は妖刀にしたときに帝王が新しく名前をつけたんだ。名前をつけた瞬間に死んだってのに、すっげー楽しそうにつけるもんだから、余程信用できる相手じゃないと本当の名は他人に教えないんだよ。

 

紫? アイツは知ってるよ。

由来はまだ話してないけど。

 

 

 

 

 

 

妖刀の本当の銘は――『鬼刀・帝』。

 

 

 

 

 

 

中二臭い名前で、あのときなんとも言えない顔をしたのは今でも覚えてる。けど……なぜか俺は気に入ってるんだよな。

 

妖刀を見るたびに、俺は帝王のあの言葉を思い出すんだ。

呪いを解くことができなかった俺たちに言った一言。

あのときの帝王の表情や仕草、部屋の雰囲気なんて忘れられないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あと1年、か。刹那のような時間じゃな。ならばーーその1年、気高く面白おかしく生きようではないか!』

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 藍

 

「あの自称『誇り高い吸血鬼』が、面白おかしくなんて柄にもないこと言うんだぜ? いったい誰の影響なんだよって思わず笑ったわ」

 

紫苑殿は懐かしむように笑い飛ばした。

まるで友人の自慢をするような口調。

しかし――表情はなぜか切なさを彷彿させた。

 

「有言実行と言えるのかどうかは解らんが、アイツはその1年を面白おかしく生きて、最後は気高く死んでいったよ。ぶっちゃけ人間の俺からしてみれば吸血鬼の『気高く』の定義が理解できなかったけどさ」

 

お茶の入っていない湯飲みを私に差し出してくる紫苑殿。

私は無言でお茶を注いだ。

感謝の言葉を述べた紫苑殿は、湯飲みに口をつけて喉を潤す。

 

「まぁ、大体はこんな感じかな。昔話に付き合ってくれてありがとう」

「こちらこそ、大切な話を聴かせていただきありがとうございます」

「俺は話下手だからさ……。じーさんがカッコよく伝えられたかな?」

 

ちゃんと伝えないと帝王に怒られるからさ……と苦笑いを浮かべる紫苑殿。

 

私と紫苑殿は数えられるほどの日にちしか交流がない。

なのに……これほどまでの貴重な話を聞かせてもらえたのは、恐らく『八雲紫の式神』だからだろう。それほどまでに紫苑殿は紫様を信頼し――私を初めから無条件で信用してくれる。それは……とても光栄なことなのだろう。少々危ない感じもするが、紫様の師匠たる人間が『信頼するべき者』を間違えるとは到底思えない。

 

今の話を聞いた限り、最後の2年間は帝王殿は紫苑殿たちの影響を受けたのだろうが、話にも出てきた『帝王が身内に甘かった』という影響を紫苑殿は受けたのではないだろうか? ただの憶測に過ぎないし、紫苑殿が元々身内に絶対的な信用を置いているだけなのかもしれないが。

 

本当に不思議な方だ。

言い方は悪くなるが、たかが17年しか生きていない人間のはずなのに、私たち以上の濃密な人生を送っていたのかもしれない。紫様が師事していることに納得できる。

 

私はスキマの中から――『鬼刀・帝』を取り出して、紫苑殿の前に置く。

 

「……お返しします」

「え? いきなり?」

 

紫苑殿は目を点にするが、帝は私が保管していた刀だ。叢雲のほうは主が保管している。

 

「主にも言われていたのです。神刀か妖刀は師匠に返したい、と。なので独断ではありますが妖刀のほうを」

「……いいのか?」

「はい。私は紫苑殿を信用しています(・・・・・・・)ので」

「……それは、光栄だな」

 

紫苑殿は左手で刀を取ると、小さく微笑みながら刀を仕舞った。

 

 

 

その姿を見て、私は刀を返したことが正解だったと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫色の刀を紫苑殿が手にしていた姿は、なぜか知るはずのない一人の吸血鬼と重なった気がしたからだ。

 

 

 

 

 




後書きの仕様が変わります。

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