ありがとうございます!
お昼休みは桃花に同行してもらうことによって少しは気が楽になったが、それでも私の鼓動が収まることはなく4時間目の授業が始まった。
先生が文法について色々と説明しているが、もちろん今の私の頭にそんな知識など入ってくるわけもなく、必死にお昼休みのことについて考えていた。
あのときは勢いでお弁当を作ってくるって言っちゃったけど、やっぱり彼は迷惑だって思ってるかな。
なんであのとき、冷静に考えなかったんだろう。
確かに友達になりたいと思ってるけど、こんな強引な形で誘って迷惑をかけるようじゃ本末転倒だ。
「それではこの文章を…夕舞。」
それにこんな状態じゃまともに会話できる自信ないよ。
「夕舞?」
…よし、会話は桃花に全て任せよう。たまに変なこと言うからそのときは全力で止めるだけだ。
「夕舞優希!」
「は、はい!」
「どうしたのだ?君らしくない。」
「すみません…」
「ふむ、君は普段から真面目に授業に取り組んでいるからな。今回は大目に見よう。では…比企谷。」
私の心臓がまたひとつ跳ね上がる。
彼は無言で教科書を持って席を立つと、すらすらとその文章を読み上げていく。そしてその姿をボーッと見る私。
…ダメだ。最近ほんとに弛んでいる。もうすぐテストがあるんだ。しっかりしろ。
そう自分に言い聞かせて残りの時間、集中しようとするもやはりどこか上の空でいつの間にか授業が終わっていた。
「お待たせ桃花。」
「おっし!それじゃ行こっか!」
いよいよ決戦(?)のとき。私はすぐに桃花を迎えに行き、なるべく平静を装ってあの場所へ向かう。途中、桃花から色々説明を求められるかと思っていたが、彼女は陽気に鼻歌を歌いながらただ私の後ろをついてくるだけだった。
…多分、気づかれてるんだろうな。
後ろを振り返ると彼女はニヒッと無邪気な笑顔を返してくるだけ。
その全て知ってるよって笑顔に少しムッとしたけど、これから桃花にはいっぱい働いてもらう予定だから何も言わず目的地に向かう。
その間も頭の中で、彼の口に合わなかったらどうしようとか、もう来ないでくれとか言われないかなとか、思考がネガティヴな方向に偏りはじめたときには、あの場所はもう目の前だった。
ここの角を曲がれば彼がいる。一度立ち止まって深呼吸をすると、後ろから桃花が背中を優しく叩いてくれた。
うん、大丈夫だから。
覚悟を決めて角を曲がるとそこには…
パンを食べようとしている彼がいた。
「ちょっと待った‼︎」
「…!」
「なんでパン買ってきてるの⁉︎昨日、お弁当作ってくるから買わないでって言ったのに!」
「いや、ほんとに来るとは思わなかったし…」
「約束したのに!」
「約束ってか、お前が一方的に言ってきただけじゃん。」
「くっ…と、とにかくお弁当持ってきたからそのパンは持って帰って!」
「もう開けちゃったし。」
「じゃあお弁当食べた後に食べて。」
「そんな食えねーよ…」
「約束破った君が悪い。」
「ねぇ、なんでいつも会話が一方通行なの?いろんな意味で勝てる気がしないんだけど。」
さっきまでの様々な不安はどこにいってしまったのか、開幕から全開だった。
その直後、後ろから大きな笑い声が校舎裏に響き渡った。
「あー…ほんと死ぬかと思った。」
「桃花は笑いすぎだから。」
「ごめーん♪」
もう。ほんと調子がいいんだから。
彼女は私の横を通り過ぎると彼の前に立って自己紹介を始めた。
「比企谷くんこんにちわー!昨日はありがとね。そして、うちの優希がいつもお世話になっています♪」
「お、おう。」
桃花のいつもより数段甘い声を出してのあざとい挨拶に、心なしか彼の顔が少し赤いような気がする。
いや、甘い声にじゃなくて、中央に寄せている2つのおっきいメロンになのかも…
というか…
「うちのって別に私は桃花のじゃない。あと昨日ってなに?」
「あれれー?気になっちゃう感じなのかなー?」
「…どうせ放課後のことだよね。」
「どーだろーねー♪」
…なんだか胸がモヤモヤする。
これは桃花の物言いに対してなのか、それとも…
とりあえずこの気持ちは置いておこう。
桃花が軽い挨拶と余計なことを言ったあと、私たちは3人でベンチに腰を下ろした。
場所は自然と、左に彼。真ん中に私。右に桃花になった。
だが、3人だとやはり狭く、思ったより近い距離になってしまった。
桃花にもうちょっと端に寄ってもらおうと彼女に視線で懇願したが、返ってきたのは男子が見たら全員が落ちてしまいそうなほど可愛らしいウインクだけ。
…気づいてるクセに。
「優希さー、そろそろお弁当渡さないの?さっきから比企谷くんがお預け状態でちょっち可哀想だよー。」
「え?あっ、うん…」
彼を横目で見ると、やはりというべきか、居心地が悪そうに目線を泳がせていた。
先ほど吹っ飛んだ緊張が蘇ってくる。
おばあちゃんに手伝ってもらったとはいえ、実際に作ったのは私なのだからやはり不安である。
もしかしたらうちの味付けが合わないかもしれない。
でも、そんなのは今更だ。私が強引に取り決めた約束なのだからいい加減、覚悟を決めろ。
中学のとき、勇気が出ない私に桃花が送ってくれた言葉がある。
女は度胸‼︎
「こ、これ!」
色々と考えていた言葉が全く出てこなかった。
…これが今の私の精一杯だった。
彼は恐る恐る、青い水玉模様の布で包んだお弁当箱を受け取る。
「お、おう。ほんとに作ってきたんだな。」
「うん…で、でも!味付けが君の家の味と違うと思うから、もし美味しくなかったら全然残してくれてもいいし…」
最後の方は小さな声でポショポショと喋ったため聞こえていないだろう。
彼は受け取ったお弁当の包みをゆっくりと解いて、お弁当のフタを開ける。
「おお…」
お弁当を見た彼は目を見開いて少し驚いている様子だった。
見た目はおばあちゃんが色々教えてくれたから大丈夫だと思う。
「食べていいか?」
「も、もちろんだよ!」
ここからが本番だ。
彼はいただきます、と手を合わすと、家庭によって味が変わる代表格であろう卵焼きを口に運ぼうとする。
が、途中で止まった。
なんで?
「…あのさ。」
「へっ?」
「そんなに見られると食べづらいんだけど…」
「ご、ごめん!というかそんなに見てないよ!」
「いや、でも身体ごと前に「早く食べて!」はい。」
「…ぷぷっ!」
どうやら気づかないうちに前のめりになっていたらしい。
今の顔を彼に見られないよう反対側に首を回す。
隣では桃花が下を向いて肩をプルプルと震わせていた。
無視しよう。
「…甘い。」
「…!」
彼の一言に首を戻してお弁当を見ると、卵焼きがひとつなくなっていた。
おばあちゃんの卵焼きは砂糖やみりんを入れてと、かなり甘めに作られている。
彼はあのとてつもなく甘いコーヒーが好きだから、卵焼きも甘いものが好きだと思ってたんだけど。
違ったのかな…
「ごめん。口に合わなかったかな?」
「いや、マジですげーうまいぞ!」
瞬間、安堵と嬉しさが同時に溢れてくる。
「ほんとに!?」
「あぁ。母ちゃんのよりうまいかもしれん。」
小町には負けるがな…と続けていたが、そんなの聞こえないくらい私は嬉しくて、思わず桃花に抱きつくところだった。
その後も、彼は他のおかずを口にしても本当に美味しそうに食べてくれた。
「それじゃ、私たちも食べますかー♪」
「うん!」
安心したら自分もお腹が減っていることに気づいた。
すっかり上機嫌になった私は、笑顔で卵焼きからパクついた。
今回もお付き合いいただき、ありがとうございます!
次話も騒がしいお話になりそうなので、お楽しみいただければ幸いです!