羽黒さんの前で赤っ恥をかいた翌日の昼。俺と間宮さんがいつものように昼飯を作ってると、珍しいことに厨房に提督がやってきた。
「お邪魔するぞ、二人とも」
「あ、提督。お疲れ様です」
「どうかしたんすか?言っとくけど、リクエストしてもいいけどそれ今日の夜になりますよ」
「あ、いやそういうんじゃないんだ。新しく食堂で働くメンバーを紹介しようと思って」
「「へっ?」」
提督はそう言うと、厨房の入り口に向かって手招きした。入って来たのは、なんか母性の塊のような気もするのに、学生くらいの歳に見える女の子だ。
「こんにちはあ。潜水母艦大鯨です。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「給糧艦間宮です。よろしくね」
「えーっと……福島です。よろしく」
「自分から、ここで働きたいって言い出してさ。色々教えてやってくれ。じゃ、俺は執務室で寝て来るから……あ、そうそう。福島くん」
「? はい?」
「まさかこんなに早く大鯨が来ると思ってなくて、まだ大鯨の部屋用意できてないんだよ。だから、しばらくの間は君の部屋で過ごしてもらうから」
「「「えっ」」」
俺、間宮さん、大鯨さんの声が漏れる中、「じゃ、そゆことで」と提督は去って行った。
「……………」
「……………」
「……………」
困った顔を浮かべる俺、恥ずかしそうに顔を赤くする大鯨さん、ゴミを見る目で俺を見る間宮さん、って、なんで俺のこと睨むんすか。
「え、えっと……そのっ、不束者ですが……」
「あのっ、それさっき聞いたんで……。あの、なんかすいません」
「い、いえ……提督に決められた話ですしそんな謝らないで下さい……」
「は、はぁ……」
「福島さん、お仕事再開してください」
「うい」
「大鯨さんは私と一緒に作りましょう」
「はい」
今日の昼はカレーだ。
1
昼飯が終わり、俺は自室に入った。部屋は汚い。そんな汚い部屋に、今日の夜からは大鯨さんが来るのだ。
「片付けなきゃ!」
とりあえず、床に散らばってる本から……ああもうっ!ワンピース全巻ナルト全巻ドラゴンボール全巻黒バス全巻銀魂全巻ワールドトリガー全巻ワンパンマン全巻ブリーチ全巻ギャグマンガ日和全巻斉木楠雄のサイ難全巻食戟のソーマ全巻なんて実家から持って来るんじゃなかった!
慌てて本棚に漫画を詰め込んでると、こんこんとノックの音がした。
まさか、もう来たのか⁉︎
「あの……福島さん、いますか?」
古鷹さんの声だった。ホッ……助かった。いや、助かってない。全然よくない。こんな汚い部屋を他人に見せるなんて無理だ。
「あの、なんですか?今、部屋の片付けしてて……」
「あ、そうだったんですか。すみません……」
「いえいえ、あの……それで何か?」
「あ、いえ、大したことではないので……」
「本棚だけ片付けたら今行きますから」
「あ、はい」
言いながら俺は一番上の段にワールドトリガーを入れようとする。本棚の並び順は、上から一番面白い順だ。
「よっ……と、」
この本棚、割と高いんだよなぁ。ふるふると足を震わせながら本棚に漫画を入れようとする。今度脚立買わないとな。
………あっ、足攣った。俺は後ろにひっくり返り、倒れ間際に本棚を掴んで、本棚ごとひっくり返した。
「………ああ、刻が見える……」
その後の記憶はない。
2
目を覚ますと、見覚えのある天井だった。だが、俺の部屋じゃない。保健室かと思ったが、二段ベッドのようなので、それも違う。
「あ、起きました?」
古鷹さんの声だ。
「ふ、古鷹さん⁉︎な、なんで……‼︎」
「すごい物音がしたから、部屋の中に入ったら大量のジャンプコミックスに埋もれた福島さんを見つけたので……」
「そうでしたか……すみません、面倒かけて」
「いえいえ、それよりお部屋の片付けでしたらお手伝いしましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
「はい。だから、その……」
「?」
「その代わり、漫画本何冊か借りてもいいですか?」
「良いですよ。どれでも好きなの持ってってください」
「じゃあ、行きましょうか」
いやっほーい、古鷹さんと部屋の片付けだー。思いがけないイベントに、内心ピョンピョンしながら部屋を出た。
「そうはさせねぇ」
加古が部屋の前で待っていた。
「か、加古⁉︎今日は演習だったんじゃ……」
「そんなのはさっき終わったよ」
古鷹さんの質問をあっさり答えると、加古は俺を睨んだ。
「古鷹はお前の部屋なんか片付けねえよ。あたしがさせない」
「あ?何、お前。古鷹さんの意思で俺の部屋を片付けてくれるんだよ。お前がどうこう言う事じゃねぇだろ」
「漫画本で買収しときながら何言ってんだバーカ」
「何、お前もしかしてあれか。人の話を聞く能力を失ってんの?あ、それとも日本語を理解する能力を失ってんのか」
「は?何、喧嘩売ってんのか」
「上等だよ。俺が本気出したらお前なんてマジ1発だからね」
「は?1発はお前だから」
指をお互いにコキコキと鳴らしながら、近付いた。そして、拳を引いたところで、「あ、あのっ」と古鷹さんが入って来た。
「け、喧嘩はやめて下さい。加古も、今回は私が頼んだんだから……」
「古鷹がそう言うなら……」
納得しながらも、加古は俺を睨んだ。
「テメェとはいつか決着つけっかんな」
「あ?上等だよおい。泣かすからマジで」
「二人とも?」
ニッコリ微笑みながら古鷹さんが俺と加古を見る。その笑顔は妙に迫力あった。この人を怒らせるのだけはやめておこう。
「じゃ、行きましょうか」
「あ、はい」
部屋の掃除をした。