東方家族録   作:さまりと

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第63話【交差】

 

 ここはとある喫茶店。外の光が適度に入り、空調も効き過ぎていない。店内に流れる音楽はジャズ風のもので、メニューのコーヒーやケーキをゆっくり楽しむことが出来る居心地のいい空間だ。

 そんな空間で、彼女は一人誰かを待つ。紫を基調とした服を身にまとい、美しい金髪が目に入る彼女は、普通は一人でいるなら声の一つでもかけられそうだが全くそんな事は無い。見るからに機嫌を悪くしながらケーキをつついていたのだ。何度も時計を確認していることから彼女の待ち人はかなり遅刻しているのでは無いかと容易に想像でき、周りの客もそれを感じて目を向けない。

 しばらくすると店内にかなり慌てた様子でもう一人の女性客が駆け込んできた。どうやら待ち合わせをしていたようで店内を見渡していると、どうやら目的の人物が見つかったようで足を動かす。だがどうにもその足取りは重く、進むたびに歩幅が短くなり、最終的には不機嫌にケーキを食べていたあの女性客の前で足が止まる。

 

「えっと……待った?」

「他に言い残すことは?」

 

 可愛らしい容姿には全く似合わないその言葉。しかし店内の誰もが直感できる。目がマジだ。 

 

「ごめんごめん!ここのお代は私が出すから!!」

「ならいいけど。今回呼び出したのは私だし……日時を決めたのはそっちだけど」

「お好きなものをお頼みください」

 

 一体どれだけ待たせたらそう言わせるようになってしまうのか分からないが、二人は各々食べたいものを注文し届いたそれに少し口をつけると、再び話を始めた。

 

「それで今回呼び足した理由なんだけどね。前にフラッと通った路地裏で『境界』を見つけたわ」

「本当!?ゴホッ!!」

 

 場を気にしない大声が店内に響いた。響かせた本人は飲んでいたコーヒーでむせ、不機嫌だった彼女が周りに頭を下げる。

 

「それで!何処に繋がってて!!なんの結界の境界なの!?」

 

 少女は再び頭を下げる。

 

「確認してないわ。危険かもしれないし、そもそもわからないしね。それでどうする?今からならまだ様子見位ならできると思うけど」

「当然調査するよ!」

「はあ……ま、そういうと思ったから早めに集合したいと言ったんだけどね」

「感謝しております!」

 

 手を合わせレシートを手に席を立ち、金髪の少女もそれに続いた。会計を済まし案内の元話に出ていた裏路地にたどり着く。一見すると何の変哲もない道にしか見えないが案内人にはそうではないらしい。 

 

「ほらここ。それで、調査ってどうするの?」

「もちろん入って確かめる!」

 

 即答された事にはあ……とため息をついた。先が分からない以上危険があるのは分かり切っている。しかし今までの付き合いからそう答えられることは既に分かっていたのであろう。

 

「作戦は?」

「『命を大事に!』」

 

 高らかに宣言した彼女は隣にいる相方に手を差し出す。この先に何があったとしても離れ離れにならないようにと。

 

「行こう!メリー!」

 

 出された手をしっかりと握りしめた。この先に何があったとしても見失わないようにと。

 

「うん、蓮子」

「秘封俱楽部!財布も軽くなったし、未知の境界の調査を開始いたします!!」

 

 命綱は握られた手のみ。準備期間は特になし。装備品は普段着のまま。準備不足も甚だしい状態だ。だが二人は……宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンは一切の迷いなく、行き先不明の境界に全身を飛び込ませた。

 

 

 

side change

 

 

 

「なあ、コト」

「何でしょうか?」

「流石にこれはでかくなり過ぎじゃないか?」

「まあ……否定は致しません」

「ワウ?」

 

 二人の視線の先は明渡家の玄関で飼われているペットの一匹、モコだ。コトが正体を現したときにモコが正真正銘の狼であることが分かっているが、今二人の話題はその大きさについてだ。

 

「モコ、バーン」

 

 犬の芸の一つであるバーンはモコにも教えていた。信が人差し指を向けそのように言うとモコはドスンと床を振動させて倒れこむ。

 なぜ今そのような事をしたかというと、手に持ったメジャーを活用するためである。

 

「体調……252センチ。下手なライオンよりでかいぞ」

「きっとこれも魔力の影響でしょう」

「そのワード便利過ぎないか?」

 

 去年生まれたばかりの狼は世間に知られているサイズを大幅に超えた大きさに成長した。急速にここまで大きくなるのであれば関節や靭帯が悪くなる可能性も十分にあり得るのだが、病院や本人も「まったくの健康体です」と意見が一致した。

 

「それとも大きいことに何か問題でもあるのですか?」

「いや……ご近所さんはもうわかってるだろうし、餌代も大丈夫なんだが……地元以外の人に見られたらなんて言われるか……」

「大丈夫デス!モコは頭いいし、こんなにモコモコデスカラ」

「お兄ちゃんは心配し過ぎなんだよ!」

「この毛並みをしばらく堪能出来ないなんて……意気消沈だわ……」

「ワウワウ」

 

 玄関に荷物をもって来たエマ、アリサ、愛が寝転がるモコのお腹に体を預けゴロゴロと頬ずりをした。大きさもそうだが、毛が多く、ふかふかの為恐ろしく触り心地がいいのだ。人をダメにする。

 

「心配するのは仕方ないけど、心配し過ぎもよくないよ信兄」

「それもそうだな」

「ほら三人とも、そろそろ出ないと遅れちゃうから」

「たくさん勉強して来いよー」

 

 真に引っ張られ、ダメになりかけていた三人は名残惜しそうに家を出た。あの四人は夏休み最初の五日間、勉強合宿なのだ。荷物もそこそこ多く、出発時間も早い為今日一番早くに家を出た。

 

「じゃあ兄貴、行ってくるな」

「行ってきます、お兄さん」

「行ってらっしゃい。あんまり先生に迷惑かけるんじゃないぞ」

 

 次に出たのは静と恭助。今年高校受験の二人も夏休みの最初は泊まり込みで勉強することになっている。期間は同じく五日。

 

「兄上、準備完了」

「我ら旅立つ時」

「いってくるぜ、信兄」

「行ってらっしゃい。楽しんで来いよー」

 

 次は空、海、陸の三つ子。彼らは入ったばかりの中学でクラスメイトとの親睦を早く深めるためと林間学校に向かった。期間はまた五日。

 

「いって!」

「きま!!」

「す!!!」

「ね~」

「行ってらっしゃい。怪我に気をつけてな」

 

 次は強太、広美、高太、深太の四つ子。自然の家という学校主催のキャンプに向かった。これも五日。

 

「「行ってきまーす!!」」

「ああ。叔父さん達のいう事をちゃんと聞くんだぞ?」

「はーい!!!」

 

 最後に手をつないで華と風人は家を飛び出していった。近くの親戚の子たちと一緒に遊ぶ約束をしていたらしく、「何ならいっそ泊まって行け」という事で向こうで少しの間お世話になる。期間は五日。

 全員を見送った信は振り返る。そこにはもう弟妹は居らず、ペットのトモ、モモ、モコと式神のコトしかいない。いつもの日常とは全く違う、静かな空間が広がっている。

 

「ああどうしよう……」

「主?」

「すっごい寂しい」

 

今まで賑やかで大人数だった空間が一気に人口密度が薄くなってしまったため、余計に広く感じる。その上信も今日から夏休みの為学校に行くこともないし、家には基本自分だけの為長く開けることも出来ない。

 故に、幻想郷に逃避することは出来ても何日も向こうに滞在するわけにはいかないのだ。更には信の中にいる住人も基本はやりたいことをやっている為、向こうから話しかけてこない限り基本的には干渉しない。プライベートは大事だ。

 

「じゃあ、久々にあいつら呼ぶか」

「あいつらとは?」

 

 コトの疑問には答えずスマホを取り出してどこかへと電話をかけ始めた。そのコールはすぐさま手に取られたようで、間を開けず会話が始まった。

 

「もしもし、桜か?」

「信?急にどうしたの?」

 

 かけた先は従妹の一人、明渡桜だ。幼い頃から共に遊んだ中で、学校のクラスメイト。だから向こうのスケジュールもある程度わかっている。

 

「家、一人、寂しい、来て」

「いいよ!じゃあ折角だから泊っていってもいい?」

「歓迎、他も、呼ぶ」

「誰呼ぶの?」

「燈」

「なら歓迎用に何か作っておいてよ。久々に信の料理食べたい」

「了解、俺、いっぱい、作る」

「じゃあお昼前には着くと思うから。また後でー!」

 

 通話が終了すると、即座にまた別の人物に電話を掛ける。こちらは数コールの後に反応が返ってきた。

 

「なんだ信?弟妹が全員いなくなって寂しいのか?」

「ワカッテル ナラ ハヤク コイ」

「へいへい。なら昼前には着くから飯用意しとけよー」

 

 短い会話が終わるとぶつりと電話が切られる。コトも納得したようだが、心配を表すように尻尾を垂らした。

 

「ですがお二人はまだ私の事を知りませんよね?どうしましょうか?」

「いい機会だ。お前の事も二人に教えちゃおう」

「はい!では、私も歓迎のお手伝いをさせて頂きます」

 

 クルンと宙返りをすると、コトは人型へと変化する。いつもより足取りを軽くし台所へ向かった。

 隠し事は必要な場合もある。しかしやること自体は後ろめたさを感じてしまう。それにコトは燈や桜にも良く可愛がられているので、そんな人たちに自分の正体を明かせる。悪くないことだ。

 台所に着いた主従は昼前に到着する二人の来客の為に、歓迎の料理の準備を始めた。

 

 

 side change

 

 

 数時間前、境界を潜り抜けた秘封俱楽部は物陰に隠れ、酸素を全身に回す為肩で息をしている。

なぜ息を乱しているか?つい先程まで走っていたからだ。

なぜ物陰に隠れているか?見つかりたくない相手がいるからだ。

 

「ねえ、メリー。てっきり私たちを追ってくるのは魑魅魍魎の妖怪とかだと思っていたんだけど」

「それは同感だけど……今は話しかけないで……息が…………整わないから」

 

 普段大学と蓮子の誘い以外は自宅でゆっくりしているメリーは走って逃げるとすぐに息が上がってしまう。すぐ走り出すことは難しいだろう。それでも深呼吸を繰り返し、何とか会話が滞りない程度までは回復する。

 周囲の物音が一つなるたび彼女たちはそちらを警戒する。体は休まるが心は一切の休息を許されない。こんな状況になってしまいぶっちゃけ二人は後悔していた。

 

「まさかこっちに来た途端境界が閉じちゃうなんて……不用意に越える物じゃないわ」

「今更後悔しても仕方ない!今はあいつらから逃げよう!」

「シッ!見つかったらどうするの」

 

 口に指をあて静止を促す。だが、もう遅い。

 

「いた!いたぞおおおおおおおおおお!!!」

「やば!」

 

 野太い男の雄叫びはそこら中に響き渡った。建物に反響し、空気を震わせ、空へ逃げていく。それを聞きつけわらわらと人は集まり始め、一つの道は完全に封鎖される。

 

「えっと……蓮子。作戦は?」

「『走って逃げろ!』」

 

 こうして再び追いかけっこは始まった。10人ほどの男たちは二人の少女を追いかける。手にはカメラを、背中にはリュックを持ち、歓喜……いやなんだろうか?とにかく興奮しきった表情で走り出す。

 

「メリー!俺だ!結婚してくれ!!」

「一枚だけ!一枚だけでいいから!」

「蓮子おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 少女たちはただ走る。なぜ?追いかけられているからだ。

 少女たちは振り向かない。なぜ?怖いからだ。

 少女たちは分からない。なぜ?マジでわからない。

 

「なんで私たちのこと知ってるのよおおお!?」

「私が知るわけ無いでしょおおお!?」

 

 重なる雄叫びは空気を震わせ二人の少女の耳に届く。あの見た事のない人間は、男たちは、間違いなく自分たちの名前を呼んでいるのだ。

 少女たちは魑魅魍魎よりも怖い物を、この日知った。

 

 

 


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