東方家族録   作:さまりと

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第59話【思惑】

「それでは……」

 

 霊夢との弾幕ごっこの後、早速プリンをご馳走になりに来た。その前にレミリアのご厚意で夕飯をご馳走になって今に至る

 そして今まさに勝者のみが手にすることを許された『咲夜の特性プリン』を食べるのだ。

 因みにフランはまだ遊びに行ってから帰ってきておらず、美鈴は自分の分を食べ終えたらすぐさま仕事に戻った。なぜか信を見た瞬間顔を赤らめていたが、何かあったのだろうか……

 だが、今はそれよりも……

 

「いただきます」

「召し上がれ」

 

 咲夜特製のプリンを楽しむことにした。

 

「はわわわ」

 

 狼狽えまくっていいるレミリアを気にせず集中する。側面を上から2:3に内分した辺りでスプーンをプリンの身に入れ、そのまま緩やかに登らせてカラメルと共に掬い上げた。

 

(重い……それになんて滑らかさだ。スプーンに全く抵抗を感じなかった……)

 

 ただ掬っただけ。それだけで彼は今目の前にあるプリンのクオリティの高さを理解した。今まで食べたことの無い極上の舌触り、そして甘さであることを認識してゴクリと唾を飲み込んだ

 

(いざっ!!)

 

 意を決してそのプリンを口に含んだ。そしてそのまま彼は動かなくなってしまった

 

「ど、どうかしら?」

「………い」

「え?」

「うまい。すげえうまい!堪らなくうまい!!とんでもなくうまい!!!何だこのうまさは!?何でこんなに濃厚で甘いのにクドくないんだ!?」

「はわわわわ」

「これは本当に咲夜が作ったのか?」

「え、ええ」

「ありがたや~」

「えっ!?ちょっと!やめてよ」

「拝まずにはいられない。レミリアが希望とまで言った理由がやっと理解できた」

「そ、そう?」

「でしょっ!?なら私に一口くらい……」

「さて、残りを堪能させてもらうかな」

 

 ゆっくり楽しみながら。だが、当たり前の事だがその姿はどんどん小さくなっていき、ついに最後の一口となってしまった

 

「もう無くなっちまった」

「はわわわわ!」

「……食べるか?」

「嘘っ!!」

「嘘じゃないって。流石にそこまで見られ続けたら気の毒になってきた」

 

 そういいながら最後の一口を掬ってレミリアに突き出した。

 

「ほれ、あ~ん」

「あ、あ~~ん♪」

 

 差し出されたスプーンに対する疑いよりもプリンの醸し出している魅力に引かれレミリアはその最後の1口に向かっていく。

 

「あ~~ん♪」

 

 ゆっくり。ゆっくりと運ばれ、

 

「あ~~ん♪」

 

 突如スプーンの先に紫がスタンバっているスキマが現れた。

 

「「あ~~ん♪」」

「!!!」

「……」

「きゃうっ!」

 

 信はスプーンを持っている手ではない逆の手を使ってそのスキマを無理矢理閉じた。その為か紫が少し後ろに弾かれてしまったのだ。

 

「はむっ!ん~~~♪」

 

 なにも知らずにプリンを口に含んだレミリアはその美味しさにほっぺたが落ちないかのように両手を自分の頬に押し付けて喜んでいる。

 

パシャッ

 

「ん~……~ん?今の音は?」

「いや。ちょっと珍しいもんが見れたんでな。記念に取っておこうと思って」

 

 信の手に握られていたのは薄い長方形の箱。レミリアの目にはそう写った。

 

「夜の帝王様がこんなに可愛い顔するなんて思わなかったからな」

「わ……わたし?」

 

 返されたそれにはカリスマ性も威厳も感じられないレミリアの可愛らしい顔が写っていた。信は自信のスマホでレミリアを写メったのだ。

 

「な……」

「こうしてみると華や風人となんら変わりないな。こんな幸せそうにプリンを食べて」

「ななななな」

「お味はどうでしたか?レミリアちゃん」

「うー!」

 

 恥ずかしさのあまりか頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

 

「HAHAHA」

「うっさいっ!!!」

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか夢想天生が破られるなんて思ってもみなかったんだぜ」

「はあ……」

「全く信の強さには驚いてばかりね。ぬのぼこの剣。あれどう考えたって反則でしょう?」

「とんでもなくうまい!!!」

「……あのプリンってそんなに美味しいんでしょうか……」

 

 妖夢の言葉にみなが視線を向けた。そうすると頭の上で手を合わせて咲夜を拝んでいる信、恥ずかしがっている咲夜、あたふたしているレミリアが目に写った。

 

「信があそこまで言うのか……。今度私もつくってもらお」

「魔理沙、今はプリンじゃなくて作戦会議でしょう?」

 

「そんなこと言ってアリスも食べたいんじゃないのか?」

「………」

「黙秘はずるいんだぜ!」

「はあ……」

「でも本当にどうするんですか?もう信さんから異変の黒幕を聞くのは無理だと思いますよ」

「ん~……」

 

 頭を抱えながら魔理沙は座っている椅子の背もたれに体重を掛けてゆらゆらと揺れた。

 

「はあ………」

「おい霊夢。さっきからそんなにため息ついてどうしたんだぜ?」

「はあ……」

「ずっとこの調子ね」

「なにがそんなに嫌なんですか?霊夢さんほどの実力だったら修行だってとんとん拍子で進むんじゃ……」

「……私がただの修行でこんなに嫌がると思う?」

 

 そう言われ魔理沙とアリスがハッとした。霊夢は確かにめんどくさがりだが、やりたくないことをずっとやらないタイプではなく、さっさと終わらせてしまい後はゆっくりするというタイプだ。

 

「はあ……。先々代の巫女の話を聞いたことがある?」

「先々代って言うと……真面目で正義感が強いってよく聞いたな。霊夢みたく異変にも遅刻したりしないから里の奴等にも信頼が厚かったとか。でも結構最近突然居なくなったんだよな?」

「まあ、そんな感じ」

「その先々代がどうか?」

「その先々代が修行から逃げ出すほどなのよ。博麗の巫女の修行は」

「そう言われても……いまいちピンとこないわね」

 

 アリスが首をかしげると他2人も同じような思いのようだ。

 それもそうだろう。会ったこともない人物を基準にされても納得できない。もっと細かい情報はないのかと3人が霊夢に目を向けると……

 

「じゃあ紫がいるでしょ?」

「ああ」「うん」「ええ」

「あいつがふざけず真面目に本気で鍛えに来るのよ」

「げえっ!」「ああ……」「うわあ……」

 

 すぐさま理解。最早言葉はいらなかった。ただ3人は黙って霊夢を見つめ、静かにうなずいた。

 

「またあの地獄が始まるなんてため息しか出ないわよ……はあ……」

「げ、元気出せよ霊夢。なんかきっと他にいいことがあるって……ほらっ、見てみろよ」

「うー!」

「ああしてみるとレミリアが本当の幼女に見えるよな。可愛いもんじゃないか」

 

「ほれ、あ~ん」

 

 ガタッ と魔理沙、アリス、妖夢、そして、ずっとうなだれていた霊夢もその声がすると同時に立ち上がった。視線の先はみな同じ。信の持っているスプーンだ。

 

「(ななな何してるんだぜあいつは!?)」

「(どう見たって「あ~ん」ですよ!)」

「(レミリアの奴なんてうらやま……じゃなくて、なんて羨ましいの……)」

「(言い換える必要あったのか?なあアリス……アリス?)」

 

 魔理沙が問いかけてみるもアリスは返事をしない。さらに付け加えると魔理沙の顔も見ようとしない。

 まるで何かを隠すように。

 

「(お前……まさか!?)……アリス?」

 

 突然慣れてもいない爽やかな笑顔を魔理沙は作った。そしてその顔のまま自慢のスピードを駆使し、アリスの表情を確認するために高速で回り込んだ。

 魔理沙のその動きに合わせて完璧なタイミングで首をグリンと首をひねり表情を見せない

 

「おいアリス、顔を見せろ」

「もう少し待って」

 

 問いかけに対して顔を向けずに答えるアリス。その声は少し震えている。

 

 瞬間、少女たちの戦いが始まった。

 

 高速で回り込み続ける魔理沙。そして高速で首をひねり続けるアリス。普段は仲の良い友人の二人が一歩も譲らない。そして徐々に魔理沙が疲労の表情を浮かばせてきた。

 そもそもこの勝負結果は目に見えていた。いくらスピードが自慢といっても全身を回り込ませなければいけない魔理沙に対し、顔だけを動かせばいいアリスとの勝負の結果はやらなくとも歴然としているだろう。

 

「な!?」

 

 だがそれは、1対1の場合だけである。

 

「ねえアリス?顔を見せて?」

 

 アリスの敵は魔理沙だけではない。この場にはもう一人、博麗霊夢という少女(戦士)がいた。

 

「待って!もうちょっと、もうちょっとで治まるから!!」

 必死に首をひねろうとするが霊夢がアリスの頭を両腕でプレスするようにがっちりホールドしているため頭を動かすことができない。

 

「観念するんしろアリス!さっさとその憎たらしい顔を見せる…ん……だぜ……ッ!!」

 

 いつの間にか爽やかな笑顔が悪意のこもった笑顔に変わってた魔理沙の声が、だんだんと小さくなった。アリスの頭部をがっちりホールドしている霊夢と、魔理沙とアリスの攻防を見守っていた妖夢が?と首をかしげて声をかけた。

 

「どうしたのよ魔理沙」

「どうしたんですか?」

 

 2人の問いかけに魔理沙は答えない。霊夢の代わりにアリスの頭をホールドしたと思うと、「ん」と首を振ってをアリスの頭を顎で指した。

 うつむいて目元は見えていないが「見ればわかる」と訴えているのが彼女には分かった。

 

「何なの……(どんな顔してるってのよ)悪いけど自業自得だ……ぜ……ッ!!」

「えっと……(でも気になりますし…)ごめんなさい。ちょっと失礼しま……す……ッ!!」

 

 それを見た2人は言葉を失った。

 さらさらと揺れ、きらきらと輝いているように錯覚するほどの美しい金髪。

 うるうるとした青い瞳は合わせた相手に心臓を掴まれたように思わせるだろう。

 そして、耳まで真っ赤に染まり不安そうに「あわわ」という口をした顔は、髪や瞳との相乗効果により一度でも見てしまえば一瞬にして釘付けになってしまうだろう。

 霊夢が言葉を失った理由。それは実に簡単。

 アリスが今までしたこともないような可愛い顔をしていたのである。

 

「「「…………」」」

「み、見ないで!」

 

 ホールドを振りほどき……というよりも解放されて、かわいらしい顔を自らの両手で即座に隠した

 

「違うの……違うのよお」

 

 と顔を隠しながら必死に弁解し続けている。

 

「いつなの?」

 

 何がいつなのかというのは言わずもがな。

 

「……紅霧異変の前よ」

「だああ!!そんなに早くかよ!!」

「紅霧異変って去年の夏ですよね……。あって一週間で!?」

「違うの。あの時は仕方なくて……」

「仕方なかったとしても手が早すぎるだろお」

「違うのよお!」

 

 頭を抱え悔しがる魔理沙。驚きおどおどとしている妖夢、そして今だに「違うの……」と弁解を続けているアリス。

 

「……………………」

 

 騒がしくなってく周りとは逆に何もしゃべらずにいる霊夢。それは何故か。彼女はこの2日いろいろあった。

 まずは昨日、異変を解決するために人里へ冥界へ右往左往。何の情報も得られなかったところで最高のお風呂。思い出に浸り明日も頑張ろうと思ったところで神社は滅茶苦茶になっていた。

 続けて今日、滅茶苦茶の神社で目を覚まし、朝から機嫌悪く異変の情報を集めているととても有力なものが手に入った。その情報とは異変の黒幕を知っている人物のものだった。

 その人物とは、2日前から神社の番をしており、神社を滅茶苦茶にした上に上機嫌に高笑いし、先ほどの弾幕ごっこによって大嫌いな修行をやらせることにした少年。

 

「HAHAHA」

 

 そして何より、自分のいるところでもいないところでも他の異性と交流し続けている少年(野郎)

 彼女は今、生きてきた中で一番イライラしていた。

 

「うっさい!!!」

 

 そしてそのイライラは、野郎の高笑いによって爆発した。

 

「ど、どうしたんだよ霊夢?そんなにイライラして……」

「イライラなんかしてない!!魔理沙!アリス!妖夢!今から博麗神社で作戦会議よ!」

「お、おう」

「今からですか!?」

「違うのよぉ……」

「あんたもいつまでもメソメソしてないで!早くしなさい」

 

 イライラからかいつもよりせっかちになった霊夢に他の3人がついていく。と、食堂から出てい時ふいに立ち止まった。

 

「信、あんた、今日は神社出禁だから」

「えっ?ちょっまっ!」

 

 信の制止も聴かずにつかつかと出て行ってしまった。魔理沙、妖夢もその微妙な空気の場に残りたくなかったのか霊夢にぴったりついてそのまま出て行ってしまった。

 

「……」

 

 扉はバタンと占められ、少年は唖然としていた。

 

「まったく……嫌われたもんだ」

「霊夢も年頃の女の子ってことよ」

 

 そう答えるのは先程無理やり閉じられたスキマから顔を出す八雲紫だった。

 

「いったい何の用だ?スキマ妖怪」

 

 いつの間にやらカリスマブレイクから復活していたレミリアが鋭い目つきで紫を睨みつける。プリンを食べられたりいじられたりで機嫌が悪いようだ

 

「別に?ただちょっと信に用があっただけよ、レミリアちゃん♪」

「夜の帝王をちゃん呼びなんて……どうやら痛い目にあいたいようだな?スキマ妖怪」

「夜の帝王様はプリンがお好きだったそうねえ?」

「なっ!!」

 

 口元を扇子で隠しながらもう一つのスキマを紫は開いた。そこには信が持っていたスマホと同じようなものがあった。そしてその画面にも先程のレミリアの幸せそうな顔が写っていた。

 

「な……な……」

「美味しそうだったものねぇ。わざわざ信からあ~んしてもらって。ねえレミリアちゃん?」

「うー!」

「お嬢様……」

「フフ♪」

 

 三度頭を抱えしゃがみ込んだレミリアを心配そうに見つめる咲夜。それを紫は愉快そうに微笑みながらながら見ている。

 

「人のものを横取りするのはあんまり感心しないぞ?ゆかりん」

「あなたがあまりに美味しそうにするのがいけないのよ。あ、L〇NE交換しましょ?」

「おk」

 

 スマホを振るとそれぞれの画面に【明渡 信】と【ゆかりん】と表示された。

 

(やったあああああ!!信の連絡先ゲット!!自然だったわよね!?自然だったわよね!!!?これでいつでも信と話ができるのよね!?意味もなくグダグダとお話したり出来るのよね!?早速今夜から……)

 

 内心ガッツポーズをとりながら大喜びしている紫とは別に淡々とスマホを操作する信。そうすると紫の画面に【*******@***.***】と【***-****-****】と出た。

 

「?これは……」

「俺のメアドと番号。一応教えとくぞ」

「……」

 

 そういわれ真顔になった状態で画面をじっと見ている。どうしてそんな態度なのかというと、まあ……お察しの通りだ。

 

「で、依頼はちゃんと達成したからな」

「あ、ええ」

「なんで顔ひきつってるんだよ……」

「ん?依頼?」

「ああ。今日の昼頃にな。ゆかりんが神社にきてな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~数時間前~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで家具は元通りだな」

 

 時刻は魔理沙達が昼食を取りに来る前に戻る。せっせと働き内装の約半分を終わらせたところだ。

 

「随分とまあ派手にやったわね」

 

 とスキマから顔を出した紫がいつものように突然話しかけた。

 

「楽しくてやった……今は反省してる」

「なにその軽犯罪者みたいな言い方」

「で、何の用だ?今回は何の用事もないわけじゃないんだろ?」

「……」

 

 この時紫は少なからず驚いた。自分はうさん臭く、理由もなく行動することが多いことは自覚している。だからこそ彼がなぜ今回自分が何かしらの理由を持ってきているのかが分かったのかが分からなかった。

 

(これも彼の能力?)

「残念。ただの観察眼だ」

「……人の心をコンビニに行く感覚で読まないでくれるかしら」

「いや失敬失敬。…で、依頼はなんだ?」

「霊夢を弾幕ごっこで負かしてほしいのよ。出来る?」

「まあ……楽勝だな。けどなんでまたそんな事を?」

「ん~理由はいくつかあるけれど……一番の理由はあなたね」

「俺か?」

 

 流石にその理由までは分からなかったようで紫に首をかしげながら問いかける。

 

「ええ。貴方みたいにアホみたいに強い外来人、今まで居なかった訳じゃ無かったんだけど……」

「アホとか言うなや」

「博麗の巫女は幻想郷の秩序を守ることが仕事の一つ。もし貴方みたいなのが悪意を持って幻想郷に訪れたら今の霊夢じゃ確実に何もできないのよ。なのに霊夢ったら巫女としての修行をやろうとしないのよ。「そんなことあるわけないじゃない」ってね……」

「それは随分な自身だな。最後に幻想郷が危なかったのはいつなんだ?」

「大体20年前くらいね」

「20年!?かなり最近じゃないか」

「ええ。その時も偶然来てた外来人にも協力してもらって何とかなったのだけれど……。もし今の霊夢が20年前にいたとしたらなす術もなく、何も守れず命を落としていたでしょうね」

 

 そう答える紫の表情は険しい。20年前の事件はそれほど危険なものだったのだろう。

 

「話がそれたわね。お願いできるかしら?」

「おk、わかった。霊夢を近いうちに負かしてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか今日負かすことになるとは思わなかったけどな」

「勝つことは前提条件なのね……」

「そりゃあな。幻想郷の中だと一番霊夢とやるのが負ける気がしないな」

「弾幕ごっこでは負けなしだった霊夢も、信の中ではこの評価。幻想郷の管理人としては改善しなくてはいけない課題の一つだったのよね」

「あの霊夢がそんな低評価されていたなんて……。もしかして『無双乱武』?を使わなくても勝てたの?」

「うん。余裕」

 

 咲夜の問いに何の迷いも不信感も持たずに答える。彼女の中では『』信の次に強いのは霊夢なのではないか?』という考えを完全にひっくり返されて驚きを隠せない。

 

「今回は今後の幻想郷にもかかわる問題だったからな。霊夢が恐らく絶対的に信用している『夢想転生』を破って霊夢が言い訳できないようにした」

「へ、へえ」

 

 さらりと超高難易度のことを話され感心を通り越してもはや呆れてくる。なんだか頭の中で(信なら仕方ない)という幻聴が聞こえたが、頭をふるいいつもの冷静な思考に切り替える。

 

「ふわぁ……。なんだか眠くなってきたわ。今日はもう帰らせてもらうわね」

「おうゆかりん。また明日な」

 

 目を細くさせてスキマへと戻っていった紫に軽く手を振りながら別れを告げる。

体を反転させて咲夜に面と向かうと彼はこう切り出した。

 

「紅魔館に泊めてくれないか?」

「え?ああ。神社に出禁になったから今日寝床がないのね。まあそれはお嬢様次第だけどね」

「……」

 

 レミリアに目を向けると目尻をうっすら赤く染め、それを必死に払拭するように優雅に紅茶を飲んでいた。

 完全に泣いたことを誤魔化そうとしている幼女である。カリスマ性ある夜の帝王なんて彼女を見て誰が信じようか。

 

「レミリア、今日泊めてもらっていいか?」

「構わないけど……さっきの奴は消してもらうからね」

「おk。ちゃんと消しとくよ」

「咲夜彼を部屋に案内してあげなさい」

「はい。信、こっちよ」

「おう」

 

 咲夜に招かれ食堂を出てついていく。しばらく歩くと部屋がいくつも並んだ廊下へとたどり着き、そのうちの一つの扉の前で立ち止まる。そして一度ちらりと見た後にドアノブに手をかけてそのまま押し開いた。

 

「ここよ」

「おお……」

 

 開かれた扉の先の部屋を視界に入れ思わず感嘆の声を漏らした。

 

「これ客間か?すげえ広いな」

「紅魔館じゃこれが普通よ」

「ふっかふっかだな」

 

 と恐ろしい速度で別途に駆け上がりポヨンポヨンと跳躍する。得意げに話した自分が少し恥ずかしくなるのを咲夜は感じた。

 

「シャワーとトイレは部屋についてるから好きに使って」

「おう。サンキュな」

「お兄様ああああああ!!」

 

 咲夜が用を済ませ出ていこうとした瞬間、先ほど入ってきた扉がバタン!!!と大きな音を立てながら勢いよく開け放たれた。それと同時に恐ろしいスピードのフランが部屋へと突っ込んできた。向かう先は……

 

「待てフラン!!そんなスピード出来たらああああああああああああああ!!!」

 

 もちろん信の腹である。いつも会うたびにフランが突っ込んでくるのか?そんなことが出来るのが信くらいだからだと後のレミリアが語った。

 もちろん吸血鬼の全力突進に耐えられる素材などあるわけもなく、信の背が壁に衝突した瞬間脆く儚く壁は粉になった。衝撃がでかすぎるのだ。

 

「ゴホッゴホッ……信、生きてる?」

 

 砂埃を手で払いながら一応確かめる。

 

「お、おう。大丈夫大丈夫」

 

 もちろん無事だ。会うたびに繰り返されるこの光景。信ならば避けることも容易いのでは?と思わなくもないが聞くだけ野暮な話なのだろう。

 

「フラン……。お前はゆっくり挨拶とかできないのか?」

「だってお兄様なら平気じゃん!」

「いやまあ平気っちゃあ平気だけど……」

「それよりもお兄様!!今日紅魔館(ここ)に泊まるんでしょ?だったら弾幕ごっこやろ!」

 

 いつも以上もニコニコとした純粋な笑顔でねだる。なんだかんだで今まで信は紅魔館に泊まる事が無かったためテンションが上がっているのだろう。

 

「やるのはいいけど飯食ったのか?」

「ご飯なんか後でいいよ。それより早く」

「だめだ。ちゃんと食べてから来なさい。咲夜ここは俺が直しとくからフランに飯用意してやってくれ」

「あなたはお客様なのよ?部屋は別のところを用意するから」

「最近魔力の使い方探してたらいろいろ試したいことが出来たんだよ。で、これはその試したいことにうってつけなわけ。だからここは任せてくれ。ほらフラン、早く飯食ってこい」

「ブーブー」

 

 ブーブー言いながらもフランは扉に向かって歩き始める。なんだかんだで言うことを聞くあたりが本当の兄妹のようで微笑ましかった。

 

「そういうことならお願いするわ」

「おう」

「咲夜~、早く来てよ。さっさと食べてお兄様と戦りたいんだから」

「はい、すぐに準備します」

 

 フランが食堂へと向かい2人だけとなった空間。

 咲夜はこの時あることを迷っていた。

 

「さぁて、まず壁からやるか」

「ねえ……信……」

 

 2人きりの今が絶好のチャンス。信はいつも誰かといる。

 

「何だ?」

 

 本当に今でいいのか?もう少し待ってから……

 

「その……ね」

 

 彼女は今、生きてきた中で最も頭を回していた。どうしてか?単純。大切なものと大切になりうるものを天秤に掛けているのだ。

 誰だって慎重になるし誰だって臆病になる。

 

「…………」

 

 いや、今しかない!

 

 そして彼女は、大切になりうる物の為に勇気を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様の写真……後で私にもくれないかしら?」

 

 レミリアの写真(大切に成りうる物)の為にレミリアのプライド(大切な物)を犠牲にする勇気を出した。

 

 彼女の勇気のこもった一言を聞き、信はしばらく黙った後、ニヤリと、ただただ邪悪に笑った。

 

「……お主も悪よのぉ」

「お代寛さまほどでは」

「その内現像しといてやるよ」

「ありがたき幸せ」

 

 深々と頭を下げ、その普段は絶対にしない嬉しさが滲み出たニヤケ顔を見せぬよう、咲夜はその場から姿を消した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま!行ってきます!!」

 

 早食いとも言えずかといって普通でもない素晴らしい速度で夕飯を完食したフランは一目散に部屋を出て行った。

 

「フランったら忙しないわね」

「信と弾幕ごっこをすると約束していましたのでそれが原因かと」

 

 食器を片付けながらことの要因を話すと「そういうこと」と納得した。先程カリスマブレイクしてうーうー言っていたのが無かった事のように優雅にティーカップを傾けている。

 

「ねえ咲夜」

「何でしょうか?」

 

 何気なく答えるいつもの呼び掛け。妹思いの彼女の事だからフランが信にばかりなつくことを愚痴りでもするのだろうと思っていた。

 

「夜這いは仕掛けるのよね?」

 

ガシャン! と食器が何枚も連続して床へ衝突して砕けていく。

 

「なんの音ですか!?」

 

 音を聞きつけ妖精メイドが慌てて食堂に入ってきた。

 

「わあ!今片付けます」

「大丈夫。私がやるから」

「ですがメイド長……」

「私がやるから」

「は、はい……」

 

 咲夜の謎の気迫を感じてすぐさま食堂を出て行った。

 能力を使うことも忘れ動き続ける時間の中で割れた食器を片付ける咲夜を見て、レミリアはもう一度口を開いた。

 

「夜這いは仕掛けるのよね?」

 

ガシャン! と再び

 

「メイド長!大丈夫ですか!?」

 

 と再び

 

「大丈夫だから」

 

 と再び

 

 更にバラバラになった食器をもう一度集めたところで

 

「夜這いは……」

「聞こえてますから!!」

「フフッ♪ごめんなさいね。でもそんなに慌てふためくあなたを見るのは久しぶりなんだもの」

「お戯れを……。しかし何故急にそんなことを」

「貴方、それは本気で言ってるのかしら?」

 

 穏やかに笑っていたレミリアの雰囲気が突然変わった。イスに肘をつきながらでも感じるそれは、まさに帝王の威圧感。普段はどれだけ砕けていても、誰にいじられようと、彼女は夜の帝王。その事実だけは変わらない。長年彼女に仕えていた咲夜だからこそ、彼女のその威圧感は怒りと呆れから来ていることが分かった。

 

「お嬢様、お静まりになってください。メイド達が逃げ出してしまいます。」

「……それもそうか」

 

 威圧感がぱっと消える。それと同時に廊下からバタバタと何かが倒れるような音がしたが今はそんなことを気にしていられる状況じゃなかった。

 

「もう一度聞くわ。貴方それは本気で言ってるの?」

「なんの事か……」

「はあ……貴方、信を落とす難易度を少し見誤ってないかしら?」

 

 空になったティーカップを手で遊ばせながら疑問を投げかけた。が、咲夜は急に何を言っているのかわからないといった表情でキョトンとしている。

 

「そうか……あなたは今までそういうことには無縁だったものね。……彼が初めて幻想郷に来た時、しばらくの間どこで寝泊まりしていたのかは知ってるわよね?」

「博麗神社……ですよね?」

「ええ。そこには誰がいて、誰が頻繁に出入りしているかしら?」

「霊夢が暮らしていて……魔理沙とアリスがよく顔を出してますが……」

「それよ」

「?」

 

 急な指摘に驚きながらも必死に考えるが自分の主が何を言おうとしているのか全く分からない。それとはいったい何なのか。

 

「まるで分っていないようね……。信はあの3人と約一週間ずっと一緒にいたのよ?」

「……ッ!私はあの3人に遅れを取っている……と言うことでs「違あああああう!!!」」

 

 咲夜の言葉を遮りながら突然飛び上がりテーブルの上で腕を組み仁王立ちする。

 

「咲夜!あなたは何も分って無いわ。まったくと言ってもいい程にね。いい?信はあの3人と一週間ずっといたのよ?幻想郷の中でも美少女に分類される容姿のあの3人にね。年頃の健全な男が本来あの3人に囲まれて生活してたらどうなるか分かってる?」

「えっと……」

「性欲にブーストがかかるのよ!!」

「性欲にブースト!?」

 

 今まで聞いたこともない言葉の組み合わせに困惑するしかなかった。そもそも自分の主人とはこんな性格だったかと自らの記憶と照らし合わせていくが全く当てはまらない。

 それもそのはず。今までレミリアはこのような自分を誰にも見せた事は無かった。いや、見せる事が出来なかった。

 彼女は単純に、恋バナをする相手がいなかったのだ。

 本来であれば彼女は今日のこのことを後々公開することに成ったはずだ。なんてったって初めての恋バナで「性欲にブーストがかかる」などというトンデモワードを作り出してしまったのだから。

 

「それなのに彼は何も起こさなかった。つまり!これは私の考えだけど、彼は他の男どもに比べて恐ろしい程に性欲が少ない。だから彼を落とすには受け手じゃダメ。自分から攻めるしかないのよ!!」

 

 そして、レミリアの怒涛のマシンガントークに困惑するばかりだった咲夜が初めて、自分から自分の意見を述べるために口を開いた。

 

「流石です!お嬢様!」

 

 時を止めてペンとメモ帳を用意してレミリアが述べたことを一字一句逃さずメモをした。

 何を隠そう、レミリアがこの日を悔やむことなく、むしろ誇るようになったのは純真な乙女だった彼女の本心からの尊敬が原因であった。

 

「いい?確かに少しは後れを取ってるかもしれないけどそれはあくまで友人として。異性としてスタートラインはみんな一緒。だったら今、ライバルに差をつけるには夜這いでも既成事実でも妊娠でもとにかく攻めるのみよ!恐らくこの戦いは、最初にアプローチしたものに流れが来る。お母様のようにね」

「ふむふむ……………ん?」

 

 うんうんと頷きながらメモを取っていた咲夜の手が止まる。

 

「お、お嬢様……今なんと仰いましたか?」

「ん?だから夜這いでもなんでも」

「もっと後です」

「最初にアプローチ」

「もう少し」

「お母様のように」

 

 その言葉とともに咲夜の体が凍り付いた。レミリアに両親がおり、会う機会こそは無かったが話は何度も聞いたことがある。

 如何なる者にも屈する事は無く、その肉体のみで他の吸血鬼たちを屈服させ、ヴァンパイアロードまで上り詰めたとされる【夜の覇王】

 たとえどんな重罪を犯していようとも、たとえどんな醜い姿をしていようとも受け入れ、吸血鬼や妖怪。果てには人間にまでもその存在を信仰されていたとされる【昼の聖母】

 

「【昼の聖母】が【夜の覇王】に……夜這いを……仕掛けた?」

「ええ。その時出来たのが私。ってそんな事はどうでもいいのよ!」

「どうでもいいって……」

「咲夜!!」

 

 再び真剣な顔をして咲夜をまっすぐ見つめるレミリアに態度を改める。

 

「この紅魔館に住まわせてるって事はね、あなたも美鈴も、血は繋がっていなくとも私の家族よ。だから、2人のどちらかだけをひいきすることはできないわ。けど、私がお母様から受け継いだ全てをあなたたちに教えるわ。悔いの無いよう……いえ。勝ち取ってきなさい!!」

「……はい!」

 

 彼女はこの時、シンプルに感動していた。主人が自分たちの為にここまで考えてくれているのだと、ここまで自身の経験を差し出してくれるのだと。

 

「決行はできるだけ早い方がいいわ。けど焦る必要はないのよ?あくまであなたのペース。貴方の心の準備ができしだいでいいの」

「お嬢様……」

「考える時間が必要よね。今日はもう妖精メイド達に残りの仕事を任せてじっくり考えなさい。いつ、どこで、どうやって仕掛けるのかを」

「はい……失礼します」

 

 咲夜の姿が消え、満足そうにイスに深く腰掛けた。ふーっと深く息をつき咲夜が去り際に入れていった新しい紅茶を口にする。

 

「さて……この『運命』。一体どんな形に収まるのかしらね。見てしまうのは簡単だけど……それでは面白くない。成功しようが失敗しようが、必ずあなた達の糧になるわ。全力でぶつかってきなさい。咲夜、美鈴」

 

 誰もいない。何も聞こえない。そんな静かな空間でたった一人、夜の帝王は二人の家族の幸せを願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~数時間後~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レミリアのご享受から約3時間後。咲夜は自分の部屋であることをしていた。

 

「よし、これね」

 

 鏡の前でとある決心をし、そこからいろいろ準備をして自室を出る。向かう場所はもう決まっている。

 

(でも本当に今でいいのかしら……いえ、今こそが絶好のチャンス)

 

 一瞬不安がよぎり立ち止まりそうになるが、強い決心は簡単には折れない。

 何かというと、信に夜這いを仕掛ける際の下着選びだ。実際今来ているものは下着にバスローブを一枚羽織っただけでほぼ半裸だ。こんな状態を誰かに見られたら中々恥ずかしいだろうが、いまの彼女にそんなことは関係なかった。

 

(私は今日、彼を落とす)

 

 心の中で決心を改める。それのおかげなのか、未だかなり残っている羞恥心がある程度薄れるような気がした。

 そして、もうすぐ信の部屋へと着く。

 

(最初が大事よ。十六夜咲夜)

 

 大事なことの最終確認を脳内で行いながら着々と歩を進める。

 

(大丈夫。きっとうまくいくわ。なんだってお嬢様の……)

 

 突然、咲夜の志向が完全に停止する。

 信の部屋に行くための通路の最後の曲がり角を曲がった瞬間ある人物と目が合った。

 

 髪は赤く、腰まで伸ばしたストレートヘアー。側頭部を編み上げてリボンを付けて垂らしている。

 服装はいつものチャイナ服とは違い、バスローブをで体を包み込ませており、自分にはない体の凹凸が直接見えずとも強調されている。

 そして、赤く染まってはいるが、何か決心のついたような表情だった。

 そう、この紅魔館の門番を務めている紅美鈴である。

 彼女がちょうど目的地を挟んだ咲夜とは反対側の曲がり角を曲がり、目が合った。

 

「「…………」」

 

 2人は無言のまま来た道を戻る。そしてもう一度角を曲がると、再び同じような服装の2人の目と目が合う。

 

「め、美鈴?ど、どうしてここに?ま、ままだ勤務時間のはずでしょ?」

「さ、さ、咲夜さんこそ……」

「私はすでにお嬢様から許可をいただいていて……」

「私もお嬢様が今日は好きなタイミングで切り上げていいと……」

 

 焦燥と困惑。2つの感情が入り混じった2人は、思考の回転を鈍くしながらもとりあえず目的地に歩を進める。

 そして当たり前のことだが、同じ部屋の前で立ち止まり、同じドアノブに手を伸ばす。が、直前のところで両者の手が触れ三度目と目が合う。

 

「まさかこうも2人とも……」

「同じ日に同じタイミングになるなんてね」

 

 2人の間に妙な空気が流れる。ほぼ半裸で目を合わせ同じ部屋へのドアノブに手を伸ばすこの状況。シュール以外の他でもない。

 

「「フフッ」」

 

だがそんな状況だからこそ、決心はしたがどうしても気が休まなかった2人の緊張をほぐした。

 

「「ハハハ」」

「こんなこともあるのですね」

「そうね。こんな人生に1回位しかないことが完璧にかぶるなんて……」

 

 緊張から解放された2人は声を潜めながらも笑いあった。

 

「正々堂々」

「恨みっこなし」

 

 長年同じ主に仕えてきた二人だ。こんな状況だろうとも互いの尊敬の姿勢は忘れたりはしない。

 そして、互いに頷きあい、もう一度2人で目的の扉を開く。

 

 ガチャリと開けられた先は、ただ暗かった。音は空気が流れる音だけで他には何も聞こえない。いや、よく耳を澄ましてみるとスーという空気が狭い出口から押し出されるような音が聞こえる。

 そう……つまり……

 

「「(寝るの早!!)」」

 

 2人は信の就寝の速さに普通にびっくりした。普段常に余裕を持った態度で過ごし、常に兄のような安心感を与えてくれる人物がこんなに早く寝ているとは思っていなかったのだ。

 

「(まだ10時ですよ!?どうするんですか咲夜さん!これじゃあ夜這いは仕掛けられないですよ!)」

「(どうするかって……どうしようもないわよ!まさかこんなに早く寝てるな思ってなかったもの……)」

「(あああ!このままじゃせっかくお嬢様に教えてもらった夜這いの知識が無駄に……あ)」

 

 その時美鈴に電流が走る。レミリアに教えてもらったことは確かに自分の知らないことばかりだったためそのまま受け入れていた。だがしかし、レミリアからはある大事なことを聞いていなかった。

 

「(咲夜さん咲夜さん)」

「(ん?)」

「(夜這いってどうやるんでしょうか?)」

「(ちょっと美鈴それはお嬢様がしっかりと……)」

 

 咲夜も言われて気づいた。レミリアに教えられたことは信の特性であったりタイミングの重要性であったり今夜、夜這いを仕掛ける際には非常に大事なことばかりだ。しかし、あることを聞いていない。

 

「(夜這いって……どうやるの?)」

 

 そう。乙女な2人はそもそも夜這いをどのようなシチュエーションでやるのか分かっていないのだ。何もわからないであろう2人にどうしてカリスマモードのレミリアがそれを教えるのを忘れたのか。実に簡単。

 500歳児がそんなこと知ってるわけないやん。

 

「(……ここはいったん引き返して)」

「(待って美鈴。このままいきましょう)」

「(え!無理ですよ咲夜さん!私たちはそもそも夜這いの夜の字も知らないんですよ?いったいどうやって……)」

「(そもそも夜這いって何故夜這いというんだと思う?)」

「(え、それ……夜にやるか……ら?)」

「(それはもちろんそうだけど、じゃあ『這う』を使うのはなぜ?)」

「(ええと……それは……わかりません)」

 

 こめかみに両手の人差し指を押し付け思考を巡らせる美鈴だったが結局何も思い浮かばなかった。

 

「(そもそも這うっていう行動はね、物音を立てないようにするための自然界の知恵なのよ)」

 

 ネコ科の動物を想像してみてほしい。彼らは獲物を狙う際姿勢を低くして物音を立てずに忍び寄る。猫の足音はネズミにも気付けないほど静かなことで有名だ。

 

「(どうして音を立てないようにするか……どうして夜に行うか……)」

「(も、もしかして……)」

「(そう。『夜這い』とは『夜』に『這い』、寝ている相手気付かれない様にする行為だと思われるわ)」

「(さ!流石咲夜さん!!)」

「(ええ。だからこのまま……)」

 

 スルりとバスローブを咲夜は脱ぎ捨て、あられもない下着姿になる。

 すでに覚悟は決まっており、目的も方法もはっきりしている。だから今の彼女は迷いがなかった。

 

「(……はい)」

 

 そしてそれは美鈴も同じこと。同じくバスローブをその場に脱ぎ捨て下着のみになる。

 そしてしばらくドアの前で止まっていた二人の足は再び動き始める。

 足音は無い。聞こえるのは彼の呼吸音と、自分の高鳴っていく鼓動のみ。

 

「「……………」」

 

 そして、ベッドを挟む位置で二人は立ち止まり、今一度目的の人物に目を向ける。

 安らかに眠るその顔は、この世のすべてに希望を見出している少年のような。逆に日々の激務から解放されひと時の安息を堪能している様な。

 そんな、言葉では表せないような愛らしさを二人は覚えた。

 

「「……」」

 

 無言で頷き合い、彼を守っている布団へ手を伸ばす。あと数分で、あと数秒で自分たちは一線を越えるのかと頭に浮かび顔に熱を帯びる。が、それでも伸ばす手を止める事は無い。

 無い……はずだった。

 

「んん……」

 

 伸ばした手が触れる前に布団が動いた。普通なら信が寝返りをうったのでもと思うだろう。が、その声は彼のものとは思えないほど……高かった。

 

「ッ!!」

 

 めくれた布団の下には、本来この部屋にいるはずのないフランドールが信の巨体の上で心地よさそうに眠っていた。

 とっさに二人は自分の口を手で押さえ声を漏らさないようにする。今この状況で信ならまだしもフランに起きられるのはかなりまずい。そのため二人は物音を立てぬよう即座に出口へと体を向けた。

 フランドール存在の為、作戦(寝取り)失敗である。

 

「んあ?」

 

 だがしかし、その声を聴いた瞬間二人は動きを止めて息をひそめた。

 今の新たな目標はこの部屋から誰からも気づかれずに出ることである。しかし信が起きてしまった場合、急いで逃げ、気配を立てるよりも、その場で待機して気配を殺し暗闇に溶け込むことが最適解。

 

「ん……?……なんだ?……お前ら?」

 

 ミッション失敗である。そりゃそうだよめっちゃ近いもん。

 冷や汗をだらだらと流しながらも二人はその場から動かない。いや、動けない。異常事態の連続で頭が今の状況を処理しきれていないのだ。

 

「また雷でも落ちたのか?愛、静」

「「え?」」

「ほら、はあく来い」

 

 突然腕を掴まみ二人をグイッと引き寄せ、慣れた手つきで自分の両サイドに美女二人を収めた。

 

「「(ええええええええええええええ!!!!)」」

 

 もちろんこの不測の事態に二人は動揺しまくりである。

 とっさに逃げ出そうとするが、信に腕を掴まれている+フランがすぐそばで眠っていることからその動作を中断する。そしてこれまた慣れた手つきで他三人に動きが分からないよう、かつ全員に均等に乗せられるように掛け布団を戻した。

 逃げる難易度は増すばかりである。

 

「スゥー……」

 

 そんなこと知りもしないといった様子で再び深い眠りに落ちる信。もちろん半裸の二人は眠れるような心情ではない。

 

「(ど、どうしましょうか……)」

「(どうするって……私が聞きたいのだけど……。彼、寝ぼけてるみたいだし)」

 

 混乱する思考とは別に布団の中はぬくぬくと心地よい。加えて信の近くにいるため謎の安心感に包まれていた。

 

「「ッ!!」」

 

 なんだかんだで居心地も寝心地もよかった二人。が、一切の眠気を持たなかったのは信が真横で寝ていること。不測の事態が連臆したことの他にもう一つ理由があった。

 枕がない。単純に頭が低い位置にあるせいで寝るには少々苦しい体制だったのだ。そんな二人の頭の下に何かが潜り込んできた。と同時に、今まで自分を拘束していたものがなくなったのも感じた。

 そう、潜り込んだのは信の腕。つまり腕枕である。

 

((はわわわわわわわわわ……))

 

 意中の相手と同じ布団で寝、更にはその相手にがっつり密着している。覚悟していたならともかく、数時間前まで何も知らなかった二人にはあまりに刺激が強すぎた。

 

「くぅー……」

「え……」

 

 が、美鈴は信の持つ不思議な安心感と持ち前の寝つきの良さにより、物の数秒にして夢の中に直行した。何も問題がないときは常に寝ている様なイメージがあった美鈴だが、この状況でこの一瞬で寝入ったことに咲夜は思わず声が出た。

 

「(ちょ、ちょっと美鈴!)」

「くぅー……」

 

 最早起きる様子はない。

 

「めっ、なっ…………はあ。スゥー……フゥ……」

 

 この状況で誰に何を言おうとも意味はない。だって全員寝てるから。

 今から何かできるわけでもなく、まだ早いが慣れない思考を回したせいで余計に疲れた。

 

「私も早く寝よう……」

 

 そのまま寝ることにした。だが眠気はすぐに襲ってくるもののなかなか寝付くことが出来ない。なぜなら現在彼女は仰向けの状態。だがいつもは右半身を下にして横向きに寝ているのだ。その体制を今とるとちょうど信の方向を向くことになる。

 だが、今更そんなことにためらうことなく、彼女は信の方向に体を向けた。そして一番頭にフィットするポジションを探り始めるがなかなか見つからない。

 

(ここね……)

 

 少しずつ移動してベストなポジションを見つける。その時、彼女は気づいた。

 

(近っ!)

 

 彼女のベストポジションは信の肘の少し内側。そのため彼女の体は彼の体の目と鼻の先にあった。

 

(まあ……これ位は……ね)

 

 今更怖気づくこともなく、全身をそのまま密着させる。

 全身から自分以外の体温が伝わっていくのを感じていた。こんなこと生まれて初めてのはず。

 

(この感じ……どこかで……)

 

 そして、咲夜は眠りについた。

 不思議な安心感と少しの羞恥心と共に。あと一つの感情……彼女はそれを今まで感じた事が無かった。

 が、確かに。はっきりと。()()()()を感じて彼女は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………パパ……ママ」

 

 すでに落ちた意識の中で、呟くように口にしたその言葉は、誰の記憶にも残る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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