提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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43.能代『ずっと能代のそばにいたい』

 先日の春先にあった、各鎮守府や泊地での大規模出撃。

 執務室で3日前からやっていた報告を書き終え、仕事が終わったのはついさっき午前11時のことだった。

 秘書である能代は執務机の隣にある椅子に座り、机の上で艦娘たちの訓練結果の報告をまとめていた。

 能代の外見は淡い栗色の長い髪でそれらを三つ編みにし、ふたつに分けている。

 ノースリーブの白い制服は健康的な肩や腕がよく見え、白い手袋で手の露出がないとその他の部分に目が行ってしまう。足は左足の部分だけニーソックスを履いているということもあって。

 そんな能代を見ながら俺は自分の椅子から立ち上がると、そっと能代の後ろから体を優しく抱きしめる。

 俺が仕事で疲れた時に限り、執務室の中で抱き心地が良い体を抱きしめてもいいという契約をしている。その代わりに能代や姉妹たちに食事のメニュー決定権や売店のお菓子に何を入荷するか決めるなどの優遇をしている。これは能代との合意の上で契約をしているもので、他の艦娘たちには俺たちのあいだの契約を知っているのは誰もいない。

 能代を独占できる俺は抱きしめたまま目を閉じ、能代の髪に顔をうずめて匂いを嗅ぐ。

 心が落ち着くシャンプーの匂い、軍服の上から感じる温かな体温、すぐそばで聞こえる呼吸の音。それらすべては俺にとって癒しとなる。

 能代は俺に抱きしめられることに不快なのか、ときおり我慢している小さな声がもれ聞こえてくる。

 考えてみれば20代半ばのおっさんである俺に抱きしめられているのだから嫌なのは当然だが、俺は自分のためにそれを無視しながら抱きしめるのを1分ほど続け、満足をすると静香に離れる。

 離れた俺へと振り向いて見上げてくる能代の顔は不満げだった。嫌がっているのと違う様子だが、俺は抱きしめるという行為をやめるわけにはいかない。

 能代の体は抱きしめたときの感触がとても落ち着き、能代がいなければ精神安定剤を飲むしか方法が見つからない。

 こういう関係は脅迫しているかのように見えるが能代がもうやめたくなったら、すぐに言ってくれと事前に言っている。

 能代に感謝している俺は微笑みを向けて言う。

 

「ありがとう、能代」

「契約ですから」

 

 自分の椅子へと戻り、安心したため息をつきながら言うとすぐに感情のこもらない無機質な言葉が返されてきた。

 俺と能代の関係性は悪いものだが、それでも能代は秘書の仕事はきちんとやってくれる。私情と仕事を別にしてくれるのはありがたい。それに喉が渇いたと思ったらコーヒーをすぐに持ってきてくれるし、書類がどこにあるか聞けばすぐに答えてくれる。

 そんな能代に俺は甘えてばかりだ。

 俺としては艦娘全員と仲良くやっていきたいが、自分の精神安定のために能代を犠牲にしているのは仕方がないと思っている。

 だけど、いつかこの関係性をなくしたい。精神が安定、または別な手段で心の安寧を得ることができるようになれば。

 今の状態は提督という権力で、部下である艦娘に強要しているようにしか見えないからだ。

 能代を抱きしめる契約をして半年。それに甘えて他の手段を考えていなかったのはダメだった。薬だと副作用や自分に合う精神安定剤を探すまでに時間がかかるし、ささいなことで使ったり依存することもある。

 口に手をあて、じっと他の手段を考えるがそもそもこの問題は数日続けても答えが出なかったから、今また考えても思いつかないだろう。なにかの拍子に思いつくことを期待し、別な案を進めることにする。

 それは秘書兼抱きしめられ役の交代だ。嫌がる能代には充分に助けてもらったから負担をなくそうという考えだ。

 今の能代のようになんらかの契約と引き換えになる子が理想。もし新しい秘書を抱きしめることができなかったら、それはその時に考える。

 秘書でなくなった能代に頼むということもできるが、現場へと戻るようになる能代にそんな気分が悪くなることはもう頼めない。秘書とは違い、現場は命のやりとりの苦労があるだろうから。

 俺は机の引き出しから紙と万年筆を出すと、自分の部下である艦娘全105人の名前を書くと隣から視線を感じて振り向く。

 そこには熱っぽい目で俺の顔をぼーっと見つめている能代の姿があった。

 はじめの頃は心配していたが、俺が仕事で思い切り悩んでいるときだけだからなぜなのかがわからない。

 別に風邪というわけではないのに、ぼんやりとしているのが不思議に思う。

 

「能代」

「え、あ、はい。なにかご用でしょうか?」

「俺に何か用事があるのか」

「……いえ、提督がきちんと仕事をしているか見張っていたんです」

 

 能代はそんなことを早口できつめな口調で言うと、自分の仕事へと戻った。

 その能代の仕事姿を見ていると、横目でにらまれたので気まずくなって後ろにある窓へと体を向け、外を見る。

 快晴な空には水上機の瑞雲が一機、くるくると旋回をしていた。

 執務室にいるとたびたび見る瑞雲とカラーリングと機体番号が同じで、それはまるで俺の執務室を監視しているかのような錯覚を受けてしまう。

 瑞雲を操縦している妖精と目が合うと、途端に翼をひるがえしてはどこかへと飛んでいった。そんな光景を見ると妖精にも嫌われてるんじゃないかと少しばかり落ち込んでしまう。

 今日の瑞雲での訓練は航空巡洋艦である熊野と鈴谷だったはず。あとであのふたりに提督である俺が妖精に嫌われてないかと確認しなければいけない。

 いくつものことに頭を悩ませつつも戦争に関することではないから、なんとかなるだろうと楽観視をしつつ、午前の仕事が終わる。

 壁にかけた時計が昼を示すと、能代は席を立って机越しに俺の前へとやってくる。

 

「提督の食事、ここまで持ってきましょうか?」

「気にしなくていい。ほら、早く行かないと食堂が混むぞ」

 

 能代は『人がせっかく気遣ったのにその気遣いを受けないだなんて』とでもいうようなため息をつくと、1人執務室を出ていった。

 週に2度ほど、こうやって食堂の食事を持ってこようと気を使われる。はじめは食堂への誘いだったが、断り続けるうちに今のような形になっていた。

 俺が食堂を利用しないのは上官と一緒の場にいると気が抜けないという配慮からだ。中にはそういう自由に話せる時に話したいという子がいるかもしれないが、少数でも嫌なことを思ってしまうなら行かないほうがいいと考えている。

 能代に食事を持ってきてもらうと毎日になってしまうし、艦娘を仕事以外で使う職権乱用という印象を与えたくはない。

 艦娘は戦いに集中し、余計な考えを持ってもらいたくないと俺はいつも思っている。そのために艦娘たちにはストレスが少ないように環境を整えようと日々考えている。

 1人になると執務室を出て売店で総菜パンを買い、執務室に戻って早々と食事を終えると他の提督たちが報告した書類を見ているとノックをして能代が入ってきた。

 眉にはシワを寄せ、手には可愛らしいピンクの便せんが。

 ゆっくりとした足取りで執務机の前へやってくると、俺の前へと突き出してきた。

 

「熊野さんからです。ラブレターかもしれませんね?」

「艦娘たちの中で最も仲がいいかもしれないが、恋愛感情を向けられたことは1度もないさ」

「……提督はよく能代たちのことを見てくれてますが、自分に対する評価も見てください」

 

 便せんを受けると、能代は呆れたように言って自分の机へと行く。

 俺はなんでそんなふうに言われるのかがわからない。自分への客観的評価はできているつもりだ。艦娘との関係は親しすぎない、理想の上司と部下を維持していると思っている。

 なので熊野からはきっと何かの要望だろう。こんな可愛らしい便せんなのは気分的なはずだ。

 机の引き出しからペーパーナイフを取り出して便せんを開けると、中には手紙が1枚入っていた。

 その書かれていたことは要望ではあったが、俺の秘密へと近づいていた。

 俺と能代だけの秘密である、能代を抱きしめる行為がばれていた。それは提督である俺の威厳が一気になくなる可能性が。

 一瞬、息が止まりそうなほどに焦ったが続く文章を見ると頭を捻るものだった。書いてあったのは『能代さんが本当に嫌がったのなら秘書兼抱きしめられ役ならやっても構いませんわ』と。

 俺が今日悩んでいたことがすっかりとばれていた。

 なぜ熊野が知っているのか謎だが、すぐに答えが思いついて窓の外を見る。外には午前中も見た、瑞雲の姿があった。

 

「これは監視されてているということか」

 

 小さくつぶやいた声に対して能代は立ち上がると、勢いよく窓を開けて外を見る。そうして外に飛んでいる瑞雲の姿を少しのあいだ眺めたあと、俺が持つ手紙をにらんでいる

 その能代の目は怒っているようだ。

 普段はそんな怒ることがない能代といえど、個人的な手紙を見せるわけには行かない。それに文章の内容も気になるものだった。『能代さんが本当に嫌がったのなら』という文章を見ると、熊野からは能代が俺を嫌っていないかのような。

 能代にそんな文章を見せてしまうと、熊野との仲が悪くなってしまうかもしれない。

 俺は手紙が能代に見られないように素早く手紙を机の引き出しへとしまう。

 そうしてからさっきの文章の意味を考える。熊野が俺にウソをつく意味なんてないだろうし、それはもしかしたら本当のことかもしれないと頭の片隅にそのことを置く。

 俺が考えているあいだ、能代は首を傾げて何かを考えた様子で熊野の手紙の意味を予想したのかもしれない。

 考え終わった能代は素早く窓を閉め、さらにカーテンをも閉めて薄暗い部屋になる。次に扉へと行って鍵をかけてから戻ってきた。

 そうしてすっきりした顔になった能代。

 今このタイミングでなら、食事前に考えていた秘書の交代を言えるんじゃないかと思う。今までは能代の負担が大きかった。好きでもない俺に抱きしめら続けていたのだから。

 

「ふたりだけの秘密だったが、逆によかったかもしれないな。俺も能代も変わるキッカケになると思う」

「……秘書を変えるのですか?」

「そうだ。今まで俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。君は俺にとって救いだった。こういわれるのは嫌かもしれないが―――」

 

 能代への感謝の言葉を言い切る前に能代は俺の背中へと両手をまわし、おでこをぐりぐりと胸に押し付けてきた。

 俺は突然の行動に混乱したまま動けないでいると能代は深く呼吸をして、ちょっぴり赤くなった顔を俺へと向けてくる。

 

「提督、能代が抱きしめられるのを嫌だと言ったことはありますか?」

「ない。でもそれは言わなかっただけだろう?」

 

 そう言うと、能代は俺の頬に自分の頬をくっつけてきて、俺のすぐ耳元には能代の息遣いを感じる。

 

「嫌いな人にこんなことはしません。それが上司だとしても。提督はいつも艦娘たちのことを気遣ってくれていましたけど、艦娘たちの気遣いを受け取ってくれたことはありましたか?」

「受け取っていたつもりだ。雑談や一緒に訓練をしたり。でもそういうことではないんだろうな」

「ええ、その通りです。今日だって能代の想いを無視しましたよね? 抱きしめられる契約には入っていませんから、そのことは能代がやりたいようにやったことなんですよ?」

 

 能代の想い。それはいつも昼の食事のことだと思う。以前は一緒に食堂へ行こうと誘ってきて、それを断り続けると今度は食事を持ってくると言っていた。

 そう、思えば能代が俺と仲良くしたいと思えた。他の今までの行動も。昨日や一昨日も。

 俺が他の艦娘たちから距離を置こうとしていたが、能代は関係が悪化しないようにいつも気を使って、用事を作っては俺が艦娘たちに会う機会を作っていた。

 でも、なんで能代がそこまで俺のために動いてくれているのだろうか?

 

「能代、君は俺に何を求めているんだ?」

「求めなんかいません。能代がしたいからやっているんです。だって、好きな人のためなら当たり前のことじゃないですか」

「俺を好きだって?」

「はい。恋愛感情の好きです。提督が深く悩んでいる時の表情は物凄くかっこいいです。艦娘たちとの交流が少ないのは問題ですが、日々艦娘たちのことを第一に考えているじゃないですか。それを秘書として間近で見ていて好きになったんです。あぁ、この人は能代に、私たち艦娘にとって必要な人なんだって」

 

 俺を嫌っているとばかり思っていた能代から好意の、愛の告白を受けて俺は頭が真っ白になって考えられなくなる。

 意識して能代には優しくしたことがなく、抱きしめるのだって俺の一方的な行為だ。だというのに俺が好き?

 ……理解ができない。

 

「今までは提督のそばにいるだけで満足でした。でも秘書を変えると聞いて我慢できません。たとえ熊野さんが能代と提督の歪んだ関係を知ろうとも、離れるのは嫌です」

 

 能代は俺の頬から顔を離し、けれどもすぐ間近な距離でじっと真剣な目で俺を見つめてくる。

 

「能代なんがか提督を癒されるのなら、それは幸せなことです。いつも苦労している提督のためならば。それに契約のことだって能代が得することもあったんですよ?」

「優遇のことか?」

「いいえ、そんなのじゃありません。それよりももっと大きいことです。それは提督、あなたのそばにいることです。抱きしめられるのだって本当は嬉しかったんです。でも喜んでいると思われると、抱きしめられるだけで喜ぶ軽い女と見られたくなかっただけで顔がにやけないようにと耐えていたんです」

 

 今までわからなかった能代の気持ち。俺が考えていたのとは全然違い、俺を大事に思う気持ちがあふれていた。

 契約だけの冷たい関係。そう思っていた。

 だけど、こんなすぐ隣に俺を心配してくれる人がいた。俺はそのことに気づけなかったことを恥ずかしく思う。

 艦娘たちのことを心配していたというのに、最も近いところにいる子のことは何もわかっていなかったんだから。

 

「今までの俺と能代の関係がばれても、君は秘書でいてくれるか?」

 

 俺に抱きしめられる見返りに、いくつかの優遇を受けること。それがばれるということは他の艦娘から嫌な目線を受けたり、軽蔑されることだってあるかもしれない。

 

「はい。たとえ熊野さんが悪意を持って言いふらしたとしても、私は提督のそばに居続けます。……だって、私がいないと提督はダメになるに決まっていますから」

「熊野ならそれはないと思う。話せばわかってくれる」

「……提督は熊野さんのことを信頼しているんですね?」

「能代よりも話をしているからな」

 

 そう言うと能代は悔しそうな顔をして、軽く俺の足を蹴ってきた。最も大きなため息をつくと、俺から離れてカーテンを開ける。

 窓越しに見える空にはもう瑞雲の姿は見えなかった。

 

「今、この瞬間から能代とたくさんの話をして欲しいです。私も素直になりますから。何かをごまかすこともなく、正直に」

 

 俺に背中を向ける能代の後ろ姿は不安そうに見え、自分の精神安定とは別に能代の体を抱きしめたくなってしまう。

 でもそれはできない。俺は能代のことをどう思っている? 今までは秘書としか見ていなく、好きとか嫌いという恋愛感情のカケラさえもなかった。

 それを考えてしまうと、契約で決めたことでも抱きしめることが難しくなる。それに能代は俺のことを好きだと言っていた。そうなら、なおさら自分の気持ちがわからないままなのは能代に対して失礼だと思う。

 

「俺は自分の気持ちがまだわからない。でも秘書は能代がいい。能代でなきゃダメなんだ」

「その言葉を聞いて安心しました。このまま提督のそばにいてもいいって」

 

 俺へと振り向いた能代は安心した柔らかな笑みを向けてくれた。それは秘書になって初めて笑顔を見たという気分になるぐらいの素敵な笑顔だった。

 能代は俺の体を正面からそっと抱きしめて10秒ほど経つと、扉へと歩いていって鍵を解除して扉を開け、廊下へと身を乗り出した。

 そこにいた誰かに向かって挨拶をすると、ちらりと俺を見てから執務室の外へと出ていく。

 長い時間がかかるかと思っていたがそれはすぐに終わり、赤くなった頬を両手で押さえた能代が戻ってきた。

 

「あの、熊野さんに両想いおめでとうってお祝いされたのですけど。……提督は能代のこと、好きなんですか?」

 

 言われてみて気づくことがある。

 好きかどうかなんて考えたこともなかった。能代には嫌われている、そういうのが前提として意識にあったから自分の感情がどういうものかははっきりとはわからない。

 でも能代がもし秘書をやめると考えたら悲しいし、抱きしめているあいだは落ち着く。そう、それはきっと幸せな気分のような。

 まとめるのならば、きっと俺は能代のことを好きだと思う。けれど、それは頭で考えた好きであって直感的な好きではない。

 

「恋愛感情なのかはわからない。少なくとも能代のことは安心できる大事な人だよ」

「つまり、これからも能代は提督のそばにいていいのですね?」

「能代がいないと俺は仕事ができなくなりそうだからな」

 

 俺は立ち上がると笑顔で能代に右手を差し出し、能代は慌てて俺の手を握ると微笑みを向けてくれた。

 今までの契約と違い、この瞬間に新しい関係ができた。

 お互いを誤解していた感情や考えはなくなり、きちんと相手を見るということを。

 そうして俺は能代のことをきちんと見て、自分の感情をはっきりさせたいと思う。

 ずっと一緒にいたい思える、この柔らかく温かな笑みを持つ能代のことを。


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