鎮守府商売   作:黄身白身

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同人誌として出した「鎮守府商売第二集」(「雨の鈴熊」「立合三両」収録)に書き下ろした短編です。
(「立合三両」はハーメルン掲載時「立会料三万円」改題)

第二集はほぼ無くなりましたので、こちらに載せます。

本編より少し前の話です。

2023夏コミ「一日目土東エ50aのくた庵」で、
時代劇クロスオーバー「鎮守府商売4~7集」
異色短編集「異形艦隊これくしょん1.2」
独立作品「艦娘比叡の退役」「サラの提督には皿がある」を頒布します


我ら無敵海防艦

 

 海防艦占守が目覚めたとき、その周囲では見知った艦娘達が議論を交わしていた。

「姉さん。何が、あったの?」

 直後に目覚めていた石垣の問いにも占守は答えようがない。

「貴女たちも目覚めたのね」

 他の妹たち……国後、八丈を見つけ固まっていると、重巡洋艦である鳥海が声をかけてくる。

「今のところ詳細は不明ですが、ここは私たちの時代ではありません」

 それはわかっている。何故と言われると答えようはないが、それでも占守たちにはわかっていた。自分たちが第二次世界大戦前後の軍艦の魂を宿した艦娘と言われる存在であり、再びこの世に人間の姿を模して現れたのだと。

「違います」

 ところが鳥海の答えはその予想をあっさりと覆す。

「この世界は、私たちの元となった艦が造られるよりも前のようです」

 既に空母たちが艦載機によって偵察を済ませていると鳥海は語る。それによればここは日本であることに間違いはないが、おそらくは鎖国中であろうと。

 そして、深海棲艦の気配は確かにあると。

 鎖国、という言葉に思い当たる節はある。この国において鎖国政策をとっていた時代は確かにあった。

「それじゃあ……」

 占守が何か言いかけたとき、戦艦たちの間の議論が終わった。いや、強引に終わらされたのだ。一人の行動によって。

その艦娘はこう言ったのだ。

時代に関わりなく、護るべき人を護る。それが艦娘であると。そしてこの時代にも、護るべき人はいる。ならば、何を迷うことがあろうか。

 事が決まってからの行動は迅速だった。

 占守たちは軽巡五十鈴の指揮下に入り、対潜部隊としての任に就いたのだった。

 

 

 

 そしていくつかの作戦を経て、この時代の人間達ともそれなりの信頼関係を築いた頃……

 占守たちは、とある漁村に上陸していた。沖合に深海棲艦の艦隊が発見され、即座に村には避難指示が出され、そのための艦娘も派遣された。

 村人の避難は既に終わっているはずであり、占守たちはこの村に隠れる予定であった。

 沖合で本隊と深海棲艦が戦った場合、一度の戦闘で敵部隊を壊滅させることは難しい。そうなれば、はぐれた深海棲艦がそのまま陸地を目指して攻撃してくる場合があるのだ。

 占守たちはまず最初の砲撃をやり過ごし、その後、深海棲艦を追ってきた本隊の到着と同時に浜から出撃して挟み撃ちにする予定である。陸上で隠れることのたやすい海防艦たちには適任であった。

 そして占守たちは念のために村の中を確認する。

「誰もいないっすね。三人は向こう頼むっしゅ」

 国後、八丈、石垣もそれぞれ無人となった村内の探索を続けていた。

 少しすると、八丈が大声で三人を呼んだ。

 駆けつけた占守たちが見たのは、浜に繋がれた船の中に眠る赤ん坊である。

「え、赤ちゃん」

「なんで……」

「お母さんは、どこ」

「連れていくっしゅ」

 即座に決断を下す占守。

 どこに、と問う国後に占守は首を振った。

「安全な所っす」

「それがどこなの」

 答えはない。村人達はとうに艦娘に先導されて避難している。そもそも誰も残っていないことを前提とした上の作戦である。誰かが、それも赤ん坊が残されていることなど誰も想定していない。今回の作戦指揮を執っている提督も同じであろう。

「姉さん」

 石垣が占守の肩を掴む。

「ここが、一番……安全」

「あたし達が護ればいいよ!」

 八丈が続け、国後も頷いた。

「今からじゃ避難は間に合わないわ」

 占守は赤ん坊を抱き上げると、船を出た。付き従う三人を促し、一軒の家に入ると放置されたままの夜具を敷き、その上に赤ん坊を横たえる。

「クナ、ハチ、ガッキ」

 妹たちを順に見渡す。

「この戦い、絶対に負けられない」

 そして一瞬間を空け、

「この家にただの一発でも砲撃を受ければ、それが占守たちの負けっす。いいっすか?」

「まかせて!」

「護ってみせるから」

「負ける気はないわ」

 深海棲艦の攻撃をやり過ごすという手は捨てられた。海防艦たちから、打って出る。それが占守たちの選んだ道である。

 作戦を勝手に変更したことによって懲罰が与えられるとしても、他の選択など考える余地はない。

 赤ん坊を、人を護ることに疑念などなかった。

「抜錨っす!」

 深海棲艦を迎え撃つのではない。浜に近すぎる場所で迎え撃てば、陸地への砲撃は必ずある。その内のたった一つでも、赤ん坊の近くに着弾させるわけにはいかぬ。ならば、迎え撃つのではない、打って出るのだ。陸地への砲撃を許さず、海上の砲撃戦で方を付けるのだ。

 海上を沖へと進む占守の目に、深海棲艦の姿が見える。

 戦艦ル級である。それも、二隻。占守たちにとって良い知らせは、一隻が既に中破状態であることだろう。

「ガッキはこのまま突っ切って、本隊へ向かっしゅ。そして、こちらの状況を知らせて欲しいっす」

「わかりました」

 残って共に戦うとは石垣は言わない。いや、言葉にするならば戦いたいのだ。姉たちと共に。しかし、本隊に作戦の変更を伝えなければ最悪全滅の可能性もある。そうなれば自分たちだけではなく、赤ん坊すら救えぬということになる。

 だから、石垣は占守の指示を受け入れる。

「クナとハチはこのまま一緒に密集隊形で」

 一対一では海防艦はル級に及ばない。それどころか、固まっていては一斉撃破の可能性すらある。

 しかし、別れて散発的な攻撃を重ねても自分たちでは戦艦は倒せない。本来なら、自分たちは主戦力ではないのだ。

 無理に倒しに行くというのならば手は一つ。砲撃を一点に集中すること。それも、できる限り同時に。

 少なくとも、自分たちにとって散開したままできることではない。

 ならば一斉撃破の危険を冒してでも集中攻撃に賭ける、と占守は考えていた。

「うん」

「わかった」

 国後と八丈も、その考えを明確に理解していた。そして、だからこそ末妹の石垣を伝令としてこの場から去らせたのだと。

 ル級の目が海防艦たちを認めた。

「一斉射!」

 占守、続いて国後が砲撃を放つ。石垣はル級から最大限回避行動を取りながら、戦闘海域より離脱する。

「あんたはこっち!」

 石垣に反応しようとする中破ル級の鼻先へと砲撃を放つ八丈。

 結果、二隻のル級は共に三隻の海防艦へと向いていた。

 定石ならば散開して砲撃を躱しつつ、本隊の到着を待つべきであるが、この場合は赤ん坊の無事が先決である。

「クナ、ハチ、一発たりとも浜には撃たさないっすよっ!」 

 

 

 

 石垣の報告を受けた戦艦日向は率いる艦隊……戦艦伊勢、重巡鳥海、駆逐艦阿賀野、軽空母瑞鳳、空母葛城……と共に最大戦速で村へと向かっていた。

「占守、国後、八丈、全員健在、ル級二隻依然健在です」

 偵察機を飛ばしていた瑞鳳の報告に、艦隊に随伴していた石垣の緊張がやや緩む。

「よし、全員このまま単縦陣で進む。葛城、瑞鳳、残機は航空戦可能か?」

「相手が航空戦力無しのル級二隻なら十分かと」

「同じくだけど、本隊との戦いで予定以上の弾薬消費があったわ。何度もは出せません」

「わかった。無理に撃沈は狙うな。占守たちへの攻撃を逸らせ」

「了解。葛城航空隊、発艦はじめ!」

「瑞鳳航空隊、発艦!」

 攻撃機発艦を耳だけで聞き、日向はうっすらと見え始めた深海棲艦に目を向ける。

「最大戦速維持のまま前進、総員、我に続け!」

 本隊はそのまま進み、石垣は自分の悲鳴を押し殺した。

 占守、国後、八丈は確かに轟沈していない。していないが、文字通り満身創痍の姿で海上に漂っている状態であったのだ。

 特に占守は、直撃を受けたのか左腕を失っている。

「シム姉さん!」

 石垣の声に、占守は叫ぶ。

「話は後っしゅ、今は、あいつらを!」

 その言葉が終わらぬうちに葛城と瑞鳳の放った艦載機がル級への攻撃を開始する。ついで、日向、伊勢、鳥海による砲撃と、阿賀野による雷撃。

 海防艦たちに足止めされていたル級に勝ち目は無かった。

 瑞鳳と葛城、阿賀野に付近の哨戒を任せ、日向と伊勢はただちに海防艦の三人を浜へと上げる。

 大破状態の占守、それぞれ中破の国後と八丈。一番重傷の占守を、日向は背中の艤装から取り出した敷物に横たえる。

「瑞鳳、艦載機を飛ばして、鳳翔と一緒にいる明石に来てもらってくれ」

「大丈夫っすよ、日向さん、それより……」

「ああ、わかってる。安心して休め。今、石垣と鳥海が迎えに行った」

 それでも、占守は立ち上がる。

 鳥海の胸に抱かれた赤ん坊が見えたのだ。

「無事っすか」

「ええ、貴女たちが護ったのよ」

「シム姉さん、休んでてください」

「良かった……良かったっす」

 その翌日である。

「なんで!」

 占守が泣いていた。

 左腕を吹き飛ばされて涙の一つも見せなかった占守が、誰憚ることなく泣いていた。

 赤ん坊の親は見つからなかった。

 いや、親らしき女性はいたのだ。

 村人達によると、避難勧告を受けた日に初めて見たという余所者の女が。

 その女は、避難の後に姿を消している。

「捨て子、か」

「なんで……」

 日向の横で、占守は泣いていた。

「なんで捨てるんすか……なんで、なんで、なんで」

「……私たちには、人間の都合はわからん。ましてや、個々の事情など」

「……この子、どうなるんすか」

「さぁな。提督に報告して、どこかの施設に……いや、孤児を育てる施設など、この時勢にその余裕があるかどうか」

「なあ、日向さん」

「無理だな」

 何も聞かず、日向は一刀両断に答える。

「我らは艦娘。戦うために生まれた。赤子の育て方などわかるはずもない」

「とはいえ」

 いつの間に現れたのか、伊勢が二人の間に入る。

「絵を描く秋雲ちゃん、歌を唱う那珂ちゃんや加賀さん、踊る舞風ちゃん、紅茶大好き金剛さん。他にも青葉ちゃんや夕張ちゃんとか、結構みんな、戦う以外のことできるよ」

 だから、と伊勢は続けた。

「赤ん坊を育てる艦娘の一人や二人、いいんじゃない?」

「おい、無責任なことを」

「と、提督が言ってたよ」

「なに」

「深海棲艦は倒す。その後のことを考えるのも俺達の役目だ、って提督がね。だったら、子供の育て方だって知っていい。そもそも、俺にはお前達が女にしか見えない、って」

 日向は大きくため息をつき、占守は拳を握りしめている。

「占守」

「はいっしゅ」

「簡単ではないぞ。途中で止めることは絶対にできんぞ」

「……うん」

「提督にもお考えはあるだろう……行ってこい」

 走り出す占守を目で追い、伊勢は笑う。

「いいとこあるじゃん、日向」

「私が?」

「結局、止めたくなかったんでしょ?」

「それは」

「お姉ちゃんには、お見通しだからね」

 占守に合流する国後、八丈、石垣の姿を日向は見ていた。

「ああ、そうなるな」

 

 

 

 一風変わった鎮守府が、かつて漁村であった浜に設けられている。

 所属するのは艦種からは信じられぬほどの実力の持ち主達であり、無敵の海防艦とも呼ばれている。

 その鎮守府の提督は、天涯孤独という噂である。

 

 

 


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