ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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VOYAGE:04 晴風&クリムゾンオルカVSアドミラルシュペー

 

「……と、いう訳でこちらがママさん。これからママさんのクリムゾンオルカが、晴風を学校まで護衛してくれる事になりました!!」

 

「よろしくお願いするよ、お嬢ちゃん達」

 

 晴風のブリッジへと通されたビッグママは、そこで艦橋要員の面々へと紹介された。身長が197センチあって腰もピンと伸びている彼女は突っ立ったままではクルー全員が首を痛めるほど見上げなければならないので、持ち込んだキャンプチェアに腰掛けている。しかし折りたたみ式の椅子は170キロはあろうかという体重の負荷を受けて、ギシギシと頼りなさそうに軋んでいた。

 

「既にミケから紹介は受けてるよ。タマちゃんにメイちゃんにココちゃんにリンちゃんだね」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 一人一人、顔と名前を一致させるように順番に視線を移動させながら、柔和な笑みと共に挨拶していくビッグママ。対して明乃とましろ以外の艦橋要員は、相手がならず者のクリムゾンオルカ、しかもその親玉という事で、艦長の知り合いらしいという情報こそあるがどうにも反応がぎこちない。そうしてブリッジの全員への挨拶が終わった所で、彼女は本題を切り出した。

 

「猿島とのランデブーでいきなり砲撃されたって事は既にミケやシロちゃんから聞いたけど……他にも何か気付いた事はないかい? あればあたしに教えておくれ。どんな些細な事でも良いんだ」

 

 明乃やましろから得られた情報と海上安全整備局からの依頼の目的地が西之島新島であった事から考えて、猿島に何かがあった事はまず間違いない。ビッグママは何かしらの原因で乗員全員が正常な状態ではなかったのではないかと推察しているが、今の所全ては推論・仮説。ネズミもどきとの関係も未だ不明瞭。しかも彼女はその時その場にいた訳ではない。故により状況を正しく把握する為に、少しでも多くの情報が必要だった。

 

「気付いた事ねぇ……」

 

 最初に発言したのは芽依であった。

 

「最初は、ただの脅しだと思ったんだよね。もし本当に当てる気なら、猿島なら初弾で決めていた筈だし……」

 

「……そう言えば確かにあの時、猿島は砲の旋回速度も遅かったし、狙いも正確ではなく、連射速度も遅かった……だからこそ、私も最初は遅刻の懲罰を兼ねた抜き打ちの演習だと思ったんですが……」

 

 補足するましろ。ビッグママは腕組みして難しい顔になった。

 

「ふーむ」

 

 分からない事が増えた。

 

 仮に推測通り猿島の乗員が平常な状態でなかったとしてもこの時代の艦艇は高度に自動化されていて、射撃レーダーのオートコントロールは一度目標をロックすればそれがハエであろうと正確に撃ち抜く精度がある。確かに芽依やましろの言う通り、本気で晴風を沈めようとしたのなら初弾を命中させて終わらせていただろう。

 

「……だんだん……」

 

 ぼそりと口にしたのは、砲術委員の立石志摩であった。

 

「一発ごとに、少しずつ砲撃の精度が増してきた? 方向転換しても撃ってきた? まるでアナログで照準を補正しているみたいだねぇ。敢えて射撃管制システムを使っていなかったか、それとも使えなかったのか……」

 

「……話が通じてる」

 

 驚いた様子の芽依を尻目に、ビッグママは今度は首を捻った。

 

 どうにも、分からない事が多すぎる。加えて考察しようにもその例が猿島だけでしかも明乃達から聞く情報しかないから、判断材料にも乏しい。

 

「……あたしもその場に居るか、せめて似たような状態の艦に遭遇できてれば相違点の比較も出来て、確証は兎も角ある程度の確信も得られたのだろうけどね」

 

 残念そうに呟く。今も昔も情報は黄金に勝る宝物。身に染みて理解していた筈だったが、再びそれを思い知らされた気分だった。

 

「もしかしたら猿島がクーデターを起こしたとか……『我々は、ブルーマーメイドの教官艦というちっぽけな存在ではない』」

 

 幸子の一人芝居にましろは「また始まった」という顔になって、対照的にビッグママは眼を輝かせた。

 

「『じゃあ貴様は一体何だ!!』」

 

 芝居が掛かった声と表情とオーバーアクションで応じるビッグママ。明乃やましろには分からなかったが、幸子には通じたらしい。にやっと不敵な笑みを交わし合う。

 

「「『独立国「さるしま」』」」

 

 決まった。

 

 感無量という様子の幸子とご満悦なビッグママはピシガシグッグッとタッチを交わし合った。

 

「若いのにシブいのを読んでるねぇ、ココちゃんだったけ。あたしもあの先生の大ファンでね。それに……今やアメリカでも有色人種の大統領が誕生して、野球でも流石にシーズン中自責点ゼロとは行かないまでも、一度も負けなかった投手がリアルで現れたりしたからねぇ。時代が先生に、ノンフィクションがフィクションに追い付いてきたって感じだよ。ココちゃん、後5年ほどしたら、あんたとは美味い酒が飲めそうだねぇ……カカカ」

 

 ブリッジに何とも言えない弛緩した空気が広がる。クリムゾンオルカの艦長と言うからもっととんでもない妖怪のような人物を想像していたが、これでは孫のごっこ遊びに付き合ってやっている気の良いおばあちゃんそのままだ。これは幸子のファインプレーと言える。艦橋要員の面々は、少しだけビッグママへの警戒心を緩めたようだった。

 

 と、バカ話はそこで切り上げて、ビッグママはスイッチを切り替えたようにキリッとした表情になった。

 

「……話をしてみて晴風の乗員には反乱の意思など無く、また正常な状態である事は分かった……と、すれば猿島の方に何かがあった事は間違いないだろう。具体的にそれが何なのか? どんな原因でそんな事が起こったのか? それはまだ分からないけどね。今の状況ではデータが少なすぎる……まぁ……あたしらの第一任務は晴風とその全乗員を無事に学校へ帰す事。事態の究明はあくまでそれに差し障りが無い前提で行う第二任務。基本方針としては戦闘行為を回避しつつ横須賀へと向かうのが……」

 

 今後の行動方針を説明していくビッグママ。ブリッジに見張員・野間マチコの緊張した声が響いたのは、その時だった。

 

<右60度、距離30000、接近中の艦艇は、アドミラルシュペーです!!>

 

「アドミラルシュペーって……!!」

 

「ドイツからの留学生艦です!!」

 

 ほんの少し前まで艦橋に漂っていたどこかまったりとした雰囲気は、一瞬でぶっ飛んだ。

 

「ふむ、シュペーか……」

 

 よいしょという声が聞こえてきそうな感じで、ビッグママはデカイ尻をキャンプチェアから上げた。

 

「と、とにかく総員配置に付いて!!」

 

<シュペー、主砲旋回しています!!>

 

「日本とドイツは友好国ですから……晴風が反乱したという情報が、シュペーにも流れているのでは……」

 

 と、ましろ。この分析は恐らく正確であろうと、ビッグママも頷いた。懐から取り出したスマートフォンを操作すると、自分のクルーへと繋ぐ。

 

「ロック、シュペーに打電しな!!」

 

<もう入れてるわ、ママ!! 『反乱艦晴風は、既にクリムゾンオルカ旗艦『クリムゾンオルカ』が拿捕し、現在横須賀へと連行中である』ってね>

 

「よし!!」

 

 クルーの素早い対応を受け、満足げに頷くビッグママだが……しかし事態はそうそう期待通りには動かないようだった。

 

<シュペー発砲!!>

 

「「「何!?」」」

 

 晴風を撃とうとするのは反乱艦という情報が入っているからで納得も出来るが、向こうからも浮上して晴風と並んで航行するクリムゾンオルカの艦体は見えている筈だし、この通信が入っているなら撃ってくる理由など無い。

 

 ……と、言うよりも撃ってはならない。

 

 法的に色々グレーな部分はあるが、それでもクリムゾンオルカは日本に所属する艦である。それをドイツの艦が撃ったとなれば、国際問題待ったなしだ。理性か正気か常識か、アドミラルシュペーのクルーがそれらのどれか一つでも持ち合わせていれば、そんな判断には及ばないだろう。

 

 ……逆に言うなら今のシュペーの乗員は……

 

「……まともな状態じゃないって事か……すまないがココちゃん、シュペーに通信を繋げてくれるかい?」

 

「は、はい」

 

 受話器を受け取ったビッグママはすうっと息を吸い込むと、艦橋の全員が耳を塞ぐほどの大声で怒鳴り始めた。

 

「おいテア!! この声が聞こえてるなら返事をしな!! あんた自分が何してるか分かってるのかい!! 晴風はあたしらクリムゾンオルカが拿捕したって言ってンだろ!! ミーナ、あんたもだ!! 同盟国の艦を沈めるつもりかい!!」

 

 返事は、砲弾だった。至近弾で、晴風の左舷10メートルに水柱が上がった。爆圧が伝わってきてビッグママの腹の肉がぶるぶると揺れた。

 

「……全然効果無かったみたいですが」

 

「そうだね、聞こえていない筈はないから……聞く耳持たないって状況なのかね」

 

 80才を越える老人のものとは到底思えない蛮声に頭がキンキンとする感覚を味わいつつ、ジト目を向けるましろ。この視線を受けてビッグママは大して動揺した風ではなかった。最初に撃ってきた時から、返答に応じない事はある程度予想できていた。それでも一縷の望みを懸けての通信だったが、残念な結果に終わってしまった。

 

「ママさん、シュペーの乗員を知ってるんですか?」

 

「ああ、以前にドイツ海軍との演習で仮想敵艦の役をやった事があってね。シュペーのクルーともその時から親交があるのさ……こんな事やらかすような子達じゃない筈なんだが……」

 

 明乃の質問に答えつつも、ビッグママの思考は続いていく。シュペーに何が起こっているかはこの際後回しだ。まずやるべき事は……

 

「ロック、リケ!! お前達は一度離脱しな!! 後で落ち合おう!!」

 

<了解、ママ!! お気を付けて!!>

 

 この指示に従い、クリムゾンオルカは潜航すると海中に姿を隠してしまう。ひとまず艦長としての役目は果たした。次は……

 

「さて、ミケ……次はこの晴風がシュペー相手にどうするかだが……正直、まともにやり合うのはオススメ出来ないよ。砲力・装甲共にあちらが遥かに上。この艦が勝っていると言えば速度ぐらいのもの。通信も手旗信号も向こうは聞く耳持たない……と、すればエンジンを止めて停船しても降伏の意思が伝わらず、射撃訓練の標的艦扱いになる可能性も低くはない。あたしが艦長なら、ここは逃げの一手だがね……」

 

 最後は言葉を濁す。今の自分はあくまでオブザーバー的な立ち位置。決めるのは艦長である明乃だと、ビッグママはそう言っているのだ。

 

「そ、そうですね……面舵一杯、艦回頭180度!!」

 

 明乃の指示に従い、航海長の知床鈴が舵を回す。この動きに連動して晴風の艦体が回頭し、シュペーに背を向けて逃げ出す格好となる。が、やはりと言うべきかシュペーも追ってきた。そうしている間にも砲撃は続いてきている。

 

 これでは、いずれ直撃弾を受ける。機関も現在の第四戦速を、あまり長時間は維持できない。

 

 一時的な時間稼ぎでも良いから何か手を打たねばだが……

 

「何か手は……!!」

 

「……ぐるぐる」

 

 ましろが焦った声を上げたその時、志摩がぼそりと呟いた。

 

「タマちゃん?」

 

「……ぐるぐる」

 

「!! そうか、リンちゃん取り舵一杯!!」

 

「何をするつもりですか!?」

 

「煙の中に逃げ込むの!!」

 

 現在、晴風は砲撃によって損傷を受け、黒煙を噴いている状態。旋回航行する事によってシュペーと角度を付けて、この煙を煙幕として使う狙いだ。

 

「しかし、レーダーを使われたら何の意味も……!!」

 

「いや、行けるかも知れないよ」

 

 ましろの反論も当然である。が、ビッグママの見立てでは目はありそうだった。

 

「今のこの状況……話に聞いていた猿島の時と酷似してないかい?」

 

「……そう言えば……!!」

 

「!! 確かに……猿島の時も打電や手旗信号には反応が無くて……」

 

「それに、砲撃の照準や連射速度も本来のスペックからはほど遠いものしかなかった」

 

「……原因はさておき今のシュペーに猿島と同じ事が起きているとすれば、同じように電子機器や射撃管制システムが機能不全を起こしている可能性は大いに有り得る。やってみる価値はあるだろう」

 

 会話の間にも晴風は動いていて、果たして煙の中へと逃げ込む作戦は図に当たったようだった。砲撃の命中精度が、目に見えて悪くなった。やはりビッグママの分析通り、今のシュペーは何らかの原因で射撃コンピューターやレーダーといった電子機器が使えない、使えたとしても十全の機能を発揮できない状態にあるらしい。

 

 よって射撃は、目視で弾着を補正するアナログ方式となっているのだろう。明乃の指示によって、今の晴風はランダムに速力を増減してジグザグ航行している。これならそうそう当たるものではない。

 

 が、

 

「しかし、今のままではジリ貧だぞ。戦うにせよ逃げるにせよ、何か決定的な一手が無ければ……」

 

「決定打はあるよ」

 

 ましろの懸念に応えたのは、やはりビッグママだった。

 

「もう少しだけ時間を稼げば、クリムゾンオルカから援護が来る筈だ。それでシュペーの動きを止められるか、最悪でも鈍らせられる。その隙を衝いて機関を動かせる限り最大稼働させ、可能な限りシュペーから離れる。これがベストだと思うがね。何とかそれまで持ち堪えれば、目はある」

 

「……分かりました。まりこうじさん、水中の音に注意して!! まろんちゃん、機関はタイミングを見計らって最大戦速を出すから、それまで何とか持たせて!!」

 

<承りましたわ!!>

 

<ムチャ言ってくれるねぇ……だが分かった、ムチャをするぜぃ!! けど長くは持たないから、出来るだけ早く頼むよ!!>

 

 作戦を指示、実行している間にもシュペーからの砲撃は絶え間なく続いている。電子機器が使えない今のシュペーは、射撃の狙いを(恐らくは)目視で付けているから煙の中なら当たる可能性は低い。だがそもそもの砲力が晴風とは桁違いなので、一発でも当たったが最後この艦は轟沈する。

 

 今の状況は命をチップとして一か八かの運試しをしているにも等しい。操舵を行う鈴が涙目になっているのを、誰が責められるだろうか。

 

 何発目かになる砲弾が晴風の左舷後方に水柱を立てた時、マチコから通信が入った。

 

<シュペーから小型艇が向かってきます>

 

 報告を受けて艦橋に居る全員の視線がシュペーの方向へと集中する。この距離では豆粒のようで目を凝らさないと分からないが、確かに小型艇が一隻、蛇行しながらシュペーを離れていっている。するとシュペーの砲が火を噴いて、小型艇のすぐ傍に水柱を立てた。

 

「……味方を撃っている……?」

 

 ましろは何が何やら分からないという様子だ。無理もない。このような状況は、マニュアルやシミュレーションには存在していないだろう。

 

「……すまないがシロちゃん、双眼鏡を貸してもらえるかい?」

 

「は、はい……」

 

 ましろから受け取った双眼鏡を、隻眼で覗き込むビッグママ。僅かな間を置いてその左目が、ぎょぱっと見開かれた。一度双眼鏡から目を放して、そして二度見する。

 

「あれは……ミーナじゃないか」

 

「ミス・ビッグママ……小型艇の乗員をご存じなのですか?」

 

「ああ、あの子はヴィルヘルミーナっていって、シュペーの副長だよ」

 

「では……副長が単身脱出したと? 一体何が何やら……」

 

<小型艇の乗員が、海に落ちました!!>

 

 マチコから、新しい報告が入ってくる。見ると水柱が上がって、小型艇が粉々になっていた。直撃でないにせよ至近弾だったのだろう。シュペーから発射された砲弾はその衝撃だけで、小型艇を笹舟のようにぶっ飛ばしたのだ。

 

 矢継ぎ早に情報が更新されていき、脳内キャパシティはオーバー寸前。ましろは頭を抱えた。予想外の事ばかりが起こり過ぎている。ああツイてない。思えば入学式からこっちずっと不運だった。今までずっと運が悪かったんだから、そろそろ運が向いてきても良いだろうに。泣きたくなってきた。現実逃避したい。

 

「『私、艦長の指示には従えません!! 晴風を攻撃するなんて!!』」

 

 そんなましろの思考が伝播したかのように、幸子の一人芝居が始まった。

 

「『何だとー、艦長に逆らう気か!!』」

 

「「『えーい、こんな船、脱出してやるー!!』」」

 

 悪ノリして芝居に付き合ったビッグママだが、すぐに真顔になった。

 

「……と、冗談はさておきココちゃん、それマジで有り得るよ。この状況では……」

 

 原因はこの際置いておくとして、シュペーの乗員がまともな状態ではない事は確実。もしヴィルヘルミーナだけが正気を保っていたとしたら、艦からの脱出に踏み切るというのは突飛な想像ではない。

 

 彼女を保護できれば、シュペーで何が起こっているかを聞く事が出来る。だがいつ必殺の砲弾が命中するかというこの修羅場からは一刻も早く離れるべき。情報か、艦と乗員の安全の確保か。ビッグママの中で二つが天秤に掛けられて、僅かな時間だけ釣り合った後はすぐに後者へと傾いていく。ミーナとて知己ではあるが、今は晴風乗員の安全を確保する事が優先だ。命の選択がなされようとして……しかしこの時、誰よりも早く動いた者が居た。

 

「シロちゃん、ここをお願い!!」

 

 明乃である。

 

「ココちゃん、甲板に保健委員のみなみさん呼んでおいて!!」

 

「どこへ行く気ですか!! ……まさか」

 

 この状況で外へ行こうとするのだ。やる事は一つしかない。そこに思い至って、ましろは信じられないという表情になった。

 

「何で敵なのに助ける?」

 

「敵じゃないよ」

 

 当然と言えば当然の疑問だが、一方で明乃にとってはそんな事は論じる事それ自体が無意味という風であった。

 

「海の仲間は」

 

「家族……だね? ミケ」

 

 明乃の言葉を、ましろのすぐ後ろに居たビッグママが継いだ。

 

「行くならあたしのスキッパーを使いな。大きいが速度が出るし、頑丈な完全密閉型で短時間・50メートルまでなら潜水が可能で応急処置ができる設備も積んである。ナイン、一緒に行っておやり!!」

 

「はい、ママ!!」

 

「キュウさん、ありがとうございます」

 

「ナイン、お前が操縦して、ミーナを拾ったらミケは応急処置を行うんだ。晴風が離脱した方向は専用回線で送るから、後で落ち合おう!!」

 

「「了解!!」」

 

「あ……」

 

 こうしてましろが止める間も無く、明乃とナインは飛び出して行ってしまった。

 

「……さっきのも、レッスンの一つですか?」

 

 諦めたように、ビッグママへと尋ねるましろ。老練の艦長は微笑して首を横に振った。

 

「海の仲間は家族ってやつかい? いや、あれはあたしのレッスンじゃあない。艦長からの受け売りだよ」

 

「ミス・ビッグママの艦長……って……」

 

「話はここまで。まだ戦闘中だよ。ココちゃん、何分だい?」

 

「は、はい。14時36分です」

 

 愛用のタブレットの時刻表示を確認する幸子であったが、ビッグママは「ああ、ゴメン」と首を振った。

 

「クリムゾンオルカが潜航してからだよ」

 

「えっと……8分と45秒です」

 

「よーし、恐らく後2、3分で援護射撃が来る筈だ。シュペーはその攻撃を回避する為に、一時的に攻撃を中止するかそうでなくても疎かになる。脱出はその瞬間だ」

 

「分かりました。見張員、水面に注目。雷跡を見逃さないように!! 水測も、水中聴音を厳に!! 機関室、いつでも全速が出せるように準備を!!」

 

 日頃からツイてない、運が悪いと嘆いているが、それさえ除けばましろは名門・横須賀女子海洋学校の入学試験で自己採点ながら全問正解できるような才媛である(尚、解答欄はズレる)。ビッグママから得られた情報を元に、きびきび指示を飛ばしていく。それに触発されたように伝声管を通して、各部署から気持ちいい返事が返ってきた。

 

 この間、更に何発か砲弾が近距離に飛んできて艦が左右に振られる。このままでは援護が来るより先にまぐれ当たりが命中して艦が沈むのが早いような気もしたが……しかし今回は、ギリギリで運が残っていたようだ。最初に、楓の声がブリッジに響く。

 

<聞こえましたわ!! 前方2000に魚雷発射音2!!>

 

 続いて、マチコからも報告が来た。

 

<こちらからも確認しました、雷跡2、シュペーへ向かいます!! シュペー、回避運動に入りました。砲撃を中止して面舵を切ります!!>

 

「よしっ、今だ!! 機関室、全速が出せる時間は!?」

 

<3分!! それ以上は保障できねぇ!!>

 

「分かった、では3分突っ走れ!! シュペーから離れられるだけ離れる!! 取舵一杯!!」

 

「取舵いっぱーい!!」

 

 先程までとは別人のようにいきいきしだした鈴の操舵と、後先考えずに出せるだけの出力を絞り出した機関が生み出す推力によって晴風は加速し、この海域を離れていく。

 

「見張員、クリムゾンオルカの魚雷は!?」

 

<シュペーが面舵を取った事により命中コースから外れ……いや、左30度にターン!! 再び命中コースに入ります!! シュペーまでおよそ300!!>

 

「ミス・ビッグママ、命中させるのですか!?」

 

「いや、あれは”猫だまし”さ。距離100で自爆する。爆圧で艦の姿勢を崩すのが狙いだ」

 

<距離200……150……100!!>

 

 この報告と、シュペーの手前の海面が爆ぜたのは同時だった。艦体が、近距離で起こった爆発でぐらりと揺れるのが見えた。これで5分から10分は時間が稼げる。これなら、安全圏まで離脱できるだろう。

 

 まだ完全に安心は出来ないが、修羅場は脱したと見て良い。

 

 ましろはふうっと息を吐くと、指揮権委譲の証として明乃から預かっていた帽子を取った。彼女の額には、じわりと汗が滲んでいた。

 

「艦長から連絡が入りました。小型艇の乗員を無事救助したとの事です!!」

 

「よし、ココちゃん。あたしのスキッパーに返信。合流地点の情報を送っておやり」

 

「分かりました!!」

 

「シロちゃん、良いかい?」

 

「宗谷さんもしくは副長と……何でしょうか? ミス・ビッグママ」

 

 呼び方の訂正を求めたましろだったが、しかし今のビッグママが戦闘中よりも真剣な表情になっているのを見て彼女も態度を改めた。

 

「安全圏に到達してミケと合流したら、全員を会議室に集めておくれ。晴風の全乗員に、話しておきたい事があるからね」

 


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