ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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その10

 

「はっ……はっ……」

 

 荒れた息を整えつつ、壁を背にした四海は額の汗を拭った。

 

 色々とスペシャルな彼女ではあるが所詮は十歳の少女の肉体でしかない。成長したブランを抱えながら艦内を走り回るのは中々に、堪える。

 

 しかし、休憩はすぐに終わりにしなければならなかった。ここは敵地なのだ。あまり長く留まって、警備の海兵とバッタリという事態は避けたい所である。休むのはここから逃げ延びて、安全な所に避難した後でいくらでも楽しめばいい。

 

 今はここから逃げ出す事、それ一つに集中しなければ。その為には無茶でも無理でもしなくてはならない。

 

「もう少しの辛抱だよ、ブラン……」

 

 息を整えた四海は、胸に抱えたプレシオザウルスの子供へ安心させるように囁きかける。それに応えるようにブランは「キィ」と鳴いた。

 

「!!」

 

 通路を進んでいくと曲がり角から何者かが駆けてくる気配を感じて、四海はブランを片手で抱え直すと右手でバットを構える。

 

 ジャキッ!!

 

 曲がり角から現れた人物は四海にライフルの銃口を突き付けてくるが……しかし、すぐに下ろした。四海も同じように、構えていたバットを下ろす。

 

「四海ちゃん!!」

 

「六花さん」

 

 パートナーと合流出来たのを確かめると、六花の視線が四海が抱えている物に動いた。

 

「首尾は、上場のようね」

 

 そっと、六花がブランの頭を撫でようと手を伸ばす。ブランは長い首を伸ばして、彼女の指先をぺろりとなめた。

 

「わぁ……」

 

 それまでは鉄のようだった六花の顔が、一瞬の間に綻んで少女のように変わる。

 

 そして、すぐに鉄の顔に戻った。

 

「急いで。脱出するわよ。こちらへ!!」

 

「はい!!」

 

 六花に先導され、艦内を駆けていく四海。遂に甲板上の通路に出た。海風が、火照った肌に心地よく感じる。

 

 もう少しで、この船からおさらば出来る。

 

 そう、四海が思った瞬間だった。

 

 夜闇で薄暗かった視界が、いきなり真っ白になった。

 

 無論、実際にそうなったのではなくそうだと錯覚するほどの光量が二人と一匹に浴びせられたのだ。トリトン号に搭載されているサーチライトだ。これで、完全にトリトン号は二人の存在に気付いた事になる。

 

 前方の通路から、大勢の人間が駆けてくる足音が聞こえる。やがて角を曲がって、海兵達が姿を見せた。

 

 ライフルを構える六花。しかし、やってくる海兵の数は多い。10人以上も居る。

 

「六花さん、こっちからも!!」

 

 たった今自分達が走ってきた反対方向の通路からも、ライフルを構えて緊張した面持ちの海兵がぞろぞろと現れた。そしてその海兵の先頭に立っているのは、二人にとっては見知った顔だった。一週間前にパゴパゴ島にやって来た、フランス海軍のメルベール大佐だ。

 

「侵入者と聞いて来てみれば……お嬢ちゃんと宗谷一等監察官、あなただったとはね」

 

 大佐が、懐から銃をドロウした。銃口は四海にぴったり、正確には彼女の胸に抱かれたブランへと向けられている。

 

 前にも後ろにも海兵が十人以上居る。流石の六花も、これだけの数を一度に相手しては勝ち目はあるまい。何よりも、手強い六花と戦うまでもなく彼らは勝利する事が出来る。彼女のウィークポイントは、一緒に居る四海だ。十歳児でしかない四海が組み伏せられてしまえば、そのまま人質。それで勝利確定だ。

 

 戦うもならず、逃げるもならず。

 

 進退窮まったとはまさにこの事である。

 

 だが、その時だった。

 

「!」

 

 ぴくりと、四海の耳が動いた。何かを探すように、キョロキョロと周りを見渡す。

 

「? 四海ちゃん?」

 

 この反応に気付いた六花が、怪訝な表情を見せた。

 

「残念だけど大佐さん、勝負は付きましたよ」

 

「?」

 

「私達の勝ちだ。地の利は、こちらにある」

 

 四海の言葉の意味を測りかねたのだろう。大佐は少し間の抜けた顔になる。対照的に六花は、その言葉の意味が正確に理解出来ているようだった。「成る程」と頷いた。

 

「じゃあ……行きますよ、六花さん」

 

「えぇ……四海ちゃん……跳べぇっ!!」

 

 ほぼ同時のタイミングで、二人は安全柵を越えて跳んだ。

 

 当然、後はそのまま海へと真っ逆さま。そのまま海面に叩き付けられる……かと思われた、その瞬間だった。

 

 ざばあっ!!

 

 海を割って、黒い巨体が飛び出した。

 

 シャチだった。四海の家族である、スレイヴ9だ。

 

 ナインは絶妙のタイミングで、二人と一匹を空中でキャッチするとそのまま円弧を描いて着水。そうしてシャチ特有の物凄いスピードで泳ぎ去って行く。四海達の姿は、夜の闇に隠されてすぐに見えなくなった。

 

 凄まじい脱出劇を見せ付けられて大佐も海兵達も呆気に取られていたが……数秒が過ぎて大佐が「はっ」と我に返った。

 

「何をしている!! 急いでスキッパーを下ろして後を追うんだ!!」

 

「は……はい!!」

 

 大佐の怒鳴り声に当てられて、海兵達は慌ててスキッパーを海面に下ろして、エンジンをスタートさせる。

 

 ところが彼らのスキッパーは、10メートルも進まない内にエンジンが異音を立てて動きを止めてしまった。

 

「な、何だ? どうした?? 故障か!?」

 

 

 

 

 

 

 

「……おかしいわね? てっきり、向こうは逃げた私達をスキッパーで追ってくるかと思っていたけど……」

 

 ナインの体にしっかりと掴まって振り落とされないようにしながら、六花が後方に見えるトリトン号の船影を睨んだ。

 

 追っ手のスキッパーが、こちらへと向かってくる気配は無い。

 

「あいつらなら、追ってこれませんよ」

 

 と、四海。

 

「スキッパーのエンジンタンクに、角砂糖を入れておきましたから」

 

「!! ほう……」

 

 感心した表情になる六花。

 

 砂糖をエンジンタンクに入れると熱で水飴のようになって融けて、フィルターに詰まって燃料噴射が上手く行かなくなってエンジンが上手く掛からなくなる。四海はブランを抱えて逃げる傍ら、逃げる時に追っ手が掛かる事を予想して相手の足を潰してもいたのだ。全く以て手際の良い事である。

 

 これで、しばらくは時が稼げる。

 

 だが、このままずっとナインに掴まって逃げ続けるというのも考えものだ。

 

「駆逐艦との鬼ごっこなどしたくないですね……それに私達も、いつまでも海に浸かっていたら低体温症になりかねませんし……」

 

「……四海ちゃん、それに関しては既に手は打っているわ。そろそろ、来る筈なのだけど……」

 

「来る? それはどういう……!?」

 

 聞き返した四海は、しかし前方に異様な気配を感じて振り返った。

 

 視界が、黒く塞がっている。

 

 夜の闇によって、ではない。

 

 何か、とてつもなく巨大な物が海に浮かんでいるのだ。

 

 それが何なのか? 四海は目を凝らしてシルエットの全体像を把握しようとしたが、それは叶わなかった。

 

 何故なら彼女たちの前方にある物は、全体が視界に収まりきらないほどに巨大であったからだ。

 

 ぶつからないように、ナインが左へとカーブした。

 

 ほぼ同時に、暗かった視界が照らされる。

 

「!!」

 

 見上げると何隻もの飛行船が飛んでいて、サーチライトで夜の海を照らしていた。

 

 その光に照らし出されて、眼前の巨大な物体の全容が分かるようになった。

 

 船だ。

 

 しかしその大きさたるやどうだ。

 

 仮にも軍艦であるトリトン号が、ゴムボートに思えるほどに大きい。距離が近い事もあって、四海は目の前の金属壁が船体である事を把握するのに少し時間を要した。それほどに、巨大な戦艦だった。

 

「ブルーマーメイドだ!!」

 

「良かった。間に合ったわね」

 

「……六花さん、これは……」

 

 四海に尋ねられて、六花はくすっと笑みを見せた。

 

「ブルーマーメイド総旗艦『大和』……ここへ来るように、無線で連絡していたのよ」

 

「ここへ来るように……って……」

 

 鉄のようだった六花の顔が、再び女の子のような無邪気さを帯びた。

 

「改めて自己紹介させていただきますね、潮崎博士……現ブルーマーメイド総括・ブルーマーメイド総旗艦『大和』艦長の、宗谷六花です」

 


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