ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結) 作:ファルメール
落ち着いた夜の海。
しかしその静寂は、あっさりと破られる。
迫撃砲にも似た尾を引くような音の後、響く爆音と破裂音。
敵の攻撃かと思って、トリトン号の船員達は緊張の内に配置に付いた。
しかし夜空に咲いた光の花を見ると、その緊張もすぐに解けてしまった。
日本の、打上げ花火という文化を話には聞いていたが、実際に見た事がある者はクルーの中にも殆どおらず、艦長を初め船内のほぼ全員が見取れてしまっていた。
しかし、この時点で少なくとも艦長は思い至るべきであった。こんな南太平洋のど真ん中で「誰が」「何の為に」花火を上げているのか?
花火は、艦首の方向から打上げられている。その反対側、つまり艦尾の方向から花火の弾ける音に紛れて聞こえないが、水音が聞こえてきていた。
「ふふふ……まずは、潜入成功ね」
ずぶ濡れの六花が、人気の無い甲板を進んでいく。
花火は四海達の作戦であった。
まず、コンチキ号をトリトン号の前方、気付かれないぐらいの距離に停泊させる。次に四海が持ち込んでいた打ち上げ花火に時限装置で点火し、打上げる事で乗員の注意を艦首方向へと集中させる。その隙を衝いて、まずは六花が艦尾から潜入する。
肝心の駆逐艦へ乗り込む手段であるが、これはリケやロック達、今までコンチキ号を文字通り引っ張ってくれてきたシャチ軍団だった。
最初に六花が、艦尾すぐそこまで泳いで接近する。
その状態から、水中で十分に加速を付けたリケがジャンプして六花を空中へと押し出す。そしてジャンプが頂点に達した所で、六花がリケの鼻先を足場に使って更に跳躍。この二段ジャンプによって高さを稼いで、ロープなどを使うよりもずっと早く、彼女は駆逐艦への潜入を果たしたのだ。
「さて」
濡れた髪を掻き上げた六花は、きょろきょろと辺りを見渡す。
差し当たってやるべき事は……「ある物」を見つける事だった。船に限らず、どこにでもあるような物だが……
目当ての物を見つけるのに要した時間は一分足らずであった。
「お、あったあった」
「それにしても、花火なんて珍しいものが見れたもんだな」
「しかし、何でこんな所で花火なんて……うん?」
肩にライフルを担いだ二人の水兵は、雑談しながら艦内を見回っていたが……そこで、異様な物を発見した。
「おい、何だこりゃ?」
「段ボール箱……だよな?」
彼らの前方に段ボール箱が一つ。無造作に置かれていたのである。
「「……?」」
顔を見合わせる二人。
どうして段ボール箱が、いきなりぽつんと一つだけしかも通路のど真ん中に置かれているのだ?
「まさか、誰か入っているとか?」
「いやあ、まさかな……」
冗談めかして話しつつ、一人が持ち上げる際に指を入れる為の穴へと視線をやって中を覗き込もうとする。
もう一人が、ひょいっと箱を持ち上げた。
中に誰かが入っているのなら開けられまいと押さえ付けたりするかと思っていたが、思いの外何の抵抗感も無く箱は持ち上げられて……そして、箱には何も入っていなくて、誰も中には居なかった。
「「……??」」
二人は再び顔を見合わせて、首を傾げ合う。
中に何も誰も入っていないのは分かったが……しかしだとしたらどうして、段ボール箱が一つだけ置かれていたのだ?
疑問に思って……そして視線を落とすと、彼らはとんでもないものを発見した。
ライトに照らされて床に落ちる人影が、”三つ”あったのだ。自分と、相棒と、そしてもう一つ。
「……!?」
反射的に振り返るが、しかし謎の人影の正体を確かめるより前に、彼は視界がブレるほどの衝撃を受けて呆気なく意識を手放した。
「なっ……」
もう一人は、辛うじて背後に立っていた人物の姿を確かめる事は出来た。
ブルーマーメイドの制服を纏った妙齢の女性だった。
しかし、彼が収集出来た情報はそこまでだった。
次の瞬間には腹に鉛を埋め込まれたような重い衝撃が走って、彼はひとたまりもなく意識をブラックアウトさせた。
「ふん……フランス海軍は接近戦には弱いようね」
僅か数秒で二人の海兵を無力化したブルーマーメイドの女性・六花は、やれやれと首を振った。訓練は不十分なようだ。
これ見よがしに通路に置かれた段ボールは彼女の策略であった。これは言わば撒き餌。それに注意を引かせた所で、背後から忍び寄って二人を制圧する。
「さて……次は……」
二人の肩に掛けられたライフルを見て、六花はにやりと唇を歪め……そして懐から、口紅を取り出した。
数分して、艦内はにわかに騒がしくなった。
通路に気絶した海兵二人が転がされていて、しかも一人は携帯していたライフルを奪われていた。更にはご丁寧にもライフルを奪われた海兵はシャツに口紅で「NOW I HAVE A RIFLE HO-HO-HO(ライフルは頂戴したホ、ホ、ホ)」と落書きされていた。
艦内に侵入者。しかもそいつは海兵から奪ったライフルを持っている。
打ち上げ花火を目にしての観光気分など、一瞬にして吹っ飛んだ。
4名の海兵が急ぎ足で通路を横切っていく。
彼らが曲がり角を横切って姿が見えなくなった所で、天井を走っている通風口の網が外れて床に落ちて、次にはその穴から少女が姿を見せて、通路に着地する。四海だ。
これが二人の立てた作戦の全容だった。
まずは打ち上げ花火で乗員の意識を艦首方向に集中させて、その隙に六花が艦尾から潜入してそして騒ぎを起こす。そうして乗員の意識を六花に集中させた所で、時間差で侵入した四海がブランを奪還するという策であった。
「さて、ブランは……?」
このタイプの艦の構造は、既に六花からレクチャーを受けて頭に叩き込んでいる。恐らくは正規の海兵ではなくこの艦のゲストなのであろう博士……グーバッカーと言ったか。彼にあてがわれているであろう部屋には、程なくして辿り着いた。六花の陽動が上手く行っているらしく、そこまでは海兵と遭遇せずに移動出来た。
見ると部屋のドアには「ドクター・グーバッカー」と書かれていた。ビンゴ。
音を立てないよう、ゆっくりとドアノブを動かして部屋に入ると、壁際には大きな水槽が置かれていて、その中にブランが入れられていた。部屋の主であるグーバッカー博士は、机に向かって何やらレポートを綴っているようで四海にはまだ気付いていない。
「ようし……」
そろりそろりと近付いた四海は、博士のすぐ背後まで肉迫する。博士は、まだ気付いていないようだ。
しかしその時だった、水槽の中のブランが四海に気付いて「キィ、キィ」と鳴き声を上げたのだ。
「?」
「!!」
博士は何だろうと背後をのっそりと振り返って、対照的に気付かれた事を悟った四海の動きは速かった。
振り向いた博士と、四海の目が合った。
そして次の瞬間、四海は持っていた木製バットを博士の頭に振り下ろした。
ゴン、と気持ちのいい音が鳴って、博士は一瞬で白目を剥いてぶっ倒れた。
それを見た四海は手際良く懐から取り出したテープで博士を後ろ手に縛り上げて足も縛って動きを封じ、口にもテープを貼るとロッカーの中にその体を仕舞った。この間、ほんの2分の出来事である。
そうして邪魔者を排除した四海の胸に、水槽からジャンプしたブランが飛び込んできた。そんな竜の子供を、ナイスキャッチして受け止める四海。
「キィ、キィ……」
「あぁ、良かった……ブラン。無事で……本当に……」
まだ別れてから一週間しか経っていないが、数年も離れていたかのように四海は感じていた。
ブランの体は、一週間前よりも大きくなっていた。
「さぁ、ブラン……ここから出るよ」
ブランを抱えて部屋から出る四海。横断歩道を渡る時のように、左右を確認する。海兵達の姿は見えない。
四海はおっかなびっくり、艦内を移動していく。
「よし……」
甲板を歩いていると、艦に搭載されているスキッパー(水上バイク)が目に入った。
「……」
にやり。
面白い悪戯を思い付いた子供のような意地の悪い笑みを見せると、彼女は瓶に入っていた角砂糖を取り出して、ガリガリと噛み砕いた。