ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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その8

 

 南太平洋フランス領ポリネシア・ガムビエール諸島。

 

 珊瑚礁が美しく多くの無人島が点在するこの海域に、一隻の筏が停泊していた。コンチキ号だ。

 

 早いもので四海と六花がパゴパゴ島を出発してから、既に一週間が過ぎていた。フィジーからは、計算するのも面倒なぐらいの遠い海。こここそが、ブランの本当の故郷なのだ。そして恐らくは、彼の一族の。

 

 傍受した無線から得られた情報によると、フランス海軍の駆逐艦・トリトン号がこの海域へと到着するのは今夜になるとの事だった。目的地を割り出して先回りして待ち伏せするという作戦の第一段階は、まずは達成されたという訳だ。四海と六花の読みは、正しかった。

 

「夜まで6時間か……まぁ、ゆっくりと英気を養いましょう」

 

「待つのは嫌いですね……」

 

 スコッチのグラスに入れる氷のように、マグカップ一杯に入れた角砂糖をがりがりと噛み砕きながら、退屈そうな四海が愚痴った。

 

「忍耐は、良い艦長の条件の一つよ」

 

 海面から顔を出していたリケに小魚をやりながら、六花は諭すように言った。

 

「そうは言ってもこう暇だとね……」

 

 瓶の中から取り出した4つの角砂糖を全て飴玉のように口内に放り込むと、四海は何かを思い付いたような顔になった。

 

「そうだ、六花さん。何か話をして下さいよ」

 

「話?」

 

「えぇ、統括の一等監察官って事はブルーマーメイドになって長いんでしょう? それなら、後輩とか候補生に訓示とか色々したりする事もあるんじゃないですか? そういった話が、聞きたいです」

 

 申し出を受けて、六花は「ふむ……」と少し考えた顔になる。そして今の四海と同じように、何かを思い付いた顔になった。

 

「じゃあ……船の話をしましょうか」

 

「船の……?」

 

「そう……人が、最初に船で海に出た時の話を……」

 

「……へえ」

 

 このテーマは興味を引いたらしい。四海は、マグカップをテーブルに置いて姿勢を正した。

 

 生徒が聞く体勢に入ったのを見て、教師も講義を行う姿勢を見せる。

 

「……そうは言ったけど、人類が最初に船を造ってその船で海に出てから、どれぐらい経つのかは私にも分からない」

 

「……そりゃあ、まぁ……」

 

 そうだろうな、と四海は頷く。

 

「でも、最初に海に出た人が何を考えていたか、どんな気持ちでいたかは分かるわ」

 

「どんな気持ちだったんですか?」

 

 四海の姿勢が、気持ち前屈みになったようだった。興味津々で、目が爛々と光っている。

 

 教師冥利に尽きるこの反応に、六花も上機嫌になったようだ。柔和に笑う。

 

「そう、ね……四海ちゃん……あなたも、まさかこのコンチキ号を一人で組み上げた訳では無いでしょう?」

 

 首肯する四海。

 

 どれほど優れた才能を持っていても、彼女は所詮子供でしかない。幼児が一人で船を汲み上げる事は出来ない。

 

「はい、船造りの名人のディンおじいさんに、組み方の指導を受けました。イカダに釘は使わない。釘は波に揉まれたら保たないからシュロやヨシで編んだ紐を使って……甲板は竹を使って組むようにとか……それに島の最長老の大婆様に、資材の調達を手伝ってもらいました。どこで何を揃えれば良いかを教えてもらって。他にも沢山の人に、組み立てを手伝ってもらいました」

 

 四海の答えを受け、六花は頷く。

 

「船はね、四海ちゃん……設計された時からそれに関わる人達の、沢山の夢を乗せているの。目の前に見える海より、もっと向こうへ行ってみたいという自由な夢を。それはきっと、最初に海へと漕ぎ出した勇敢で偉大な人が胸に抱いていた気持ちと、同じものなの」

 

「……自由な夢……」

 

 鸚鵡返しする四海の頭を、六花が撫でる。

 

「船は、夢へと向かう自由なのよ……四海ちゃん。この先、あなたがどんな船に乗るにせよ……それを忘れなければ良い……」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、6時間が過ぎる。

 

 予定通り、フランス海軍所属の駆逐艦・トリトン号が姿を現した。

 

 既に、四海と六花は十分な休息を取って装備も調えている。心身共にコンディションはベストと言って良かった。

 

「いよいよ、作戦開始ですね」

 

「えぇ、その通りよ。覚悟は良いかしら? 四海ちゃん」

 

 六花に尋ねられて、四海は困ったように笑った。

 

「うん……実を言うとちょっと、不安ですね。六花さん。ここはひとつ、作戦開始前の訓示をお願いします」

 

 そう言うと、四海はびしっという音が聞こえてきそうな程に綺麗な直立不動の姿勢を取った。

 

「……そう、ね……四海ちゃん。私はあのパゴパゴ島で、ブランを見た時……まだあなたぐらいの頃、恐竜図鑑でプレシオザウルスの想像図を初めて見た時の……あのときめきを、思い出したわ。昔の私は夜毎に、何度も夢に見た。彼らと一緒に海を泳いで、彼らの背中に乗って海を征く夢を……」

 

 それはきっと、世界中の男の子と女の子がそうだろう。いつの時代も恐竜たちは図鑑の中やあるいは博物館の骨格標本として人々に、取り分け子供達に夢を与え続けてきた。

 

「その夢を、夢で終わらせなくする機会が与えられた。この戦い、私がブルーマーメイドとして希少な海洋生物を保護するという任務を果たす為だけでなく。あなたが母親として、ブランを取り戻す為だけでなく。世界中の子供達の、夢を守る為にも戦いましょう。さぁ、潮崎四海。危険に飛び込む心の準備は良いかしら?」

 

「Sir、yes、Sir!!」

 

 六花に敬礼する四海。六花は「うむ」と頷く。

 

「では……四海ちゃん……あなたに根性を注入してあげるわ」

 

「は……? 根性、ですか?」

 

 当惑した表情になる四海。

 

「えぇ、そうよ。後ろを向いて」

 

「は、はぁ……」

 

「では……行くわよ……!! 根性注入~~~っ!!!!」

 

 わきわきと指を動かして、六花は四海の尻を揉みしだき始めた。

 

「ひゃうっ!?」

 

「船乗りはお尻が命だからね。根性、根性、もう一発根性……!!」

 

「あっ……あん……らめぇ……っ……ああーーっ!!」

 

 ……と、まぁ、こんなやり取りを5分ばかり続けた後に、上気した顔の四海はじっと、トリトン号の船影を睨む。

 

「四海ちゃん、考えてたんだけど状況はイーブンと言えるかも知れないわね」

 

「イーブン、五分だと?」

 

 何を言っているのだという顔で、四海は六花を見上げた。

 

 これから自分達はたった二人だけで、駆逐艦に潜入する。

 

 相手は軍人がどんなに少なく見積もっても100人、恐らく200人以上は居るだろう。物量の差では話にならない。圧倒的に不利。なのにイーブンとは?

 

「連中は、私達が先に来ている事を知らない。ましてやたった二人で乗り込んでくるなんて思ってもいないでしょうからね」

 

「成る程……でも六花さん、それは違いますね」

 

「……ふむ?」

 

 首を傾げる六花に、四海は不敵に口角を上げた。

 

「あなたが居る。こっちが有利だ」

 


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