ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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その7

 

「こ、これは……っ!!」

 

 プレシオザウルスの子供が出てきた時点でもう四海が何を見せてきても自分は驚かないだろうと考えていた六花であったが、その予想はあっさりと覆された。

 

 秘密基地、というキーワードを聞いた時にはそれはよくある子供の遊び場であろうと想像していた。

 

 四海のような年頃の子供は(男の子に多いが)誰でも、自分達だけの聖域を持っているものだ。六花自身も彼女ぐらいの年齢の頃はそうだった。それは工事現場や資材置き場、あるいは大きな屋敷の土蔵などの場合もある。あるいは大きな木の洞だとか。

 

 四海に案内されたのは、島の海岸沿いにある小さな洞窟だった。これも秘密基地としてはポピュラーな部類に入る。

 

 洞窟の中の、更に小さな穴にベニヤ板をくっつけただけの即席のドアをくぐる。

 

 通されたその先にあったのは……!!

 

「無線機、電算機、盗聴電波の受信機……」

 

 まずドアの先に広がっていた空間には机が置かれていて、その上には最新機器がずらりと並んでいた。そして棚には、

 

「小型カメラ、隠しマイク……」

 

 いやはや参ったと首を横に振って、苦笑いする六花。

 

「ここは、まさに秘密基地ね……」

 

「そりゃあ、私はこの年で学者ですからね。普通じゃない女の子なんだから、秘密基地が普通じゃないのも当たり前でしょう」

 

「確かに」

 

 くっくっと喉を鳴らす六花。

 

「では、無線を傍受してみましょう」

 

 四海はそう言って受信機の前に腰掛けると、スイッチを入れてヘッドフォンを耳に当てる。六花もそれに倣って予備のヘッドフォンを装着した。すると、ノイズにしか聞こえないような耳障りな音が入ってきた。

 

「暗号通信ね」

 

「ふふん」

 

 四海はにやっと不敵に唇の端を吊り上げると、懐から一冊の手帳を取り出した。表紙には「ANGO」と書かれている。

 

「暗号変えたって無駄だよ」

 

 視線を手帳にやって数秒。笑みが消えて、口元が真一文字に引き締まった。

 

「駆逐艦を呼び寄せたな!!」

 

 あっという間に暗号を解読してしまった四海を見て、六花は被っていた艦長帽を脱いだ。

 

「末恐ろしい十歳児ね。あなたが将来大人になったら、世界一の大人物か大悪党のどちらかになるわ。あるいは両方かも。私が保証するわ」

 

 しかし冗談はここまで。彼女も笑みを消して表情を引き締める。

 

「連中は海上で駆逐艦と合流して、ブランを乗せて外洋に出る気ね……!! どこへ向かうか分かった?」

 

「そこまでは話してなかったです」

 

 恐らくは、合流後にあの大佐が艦内で直接艦長に会って行き先を指示するのだろう。ちっと舌打ちする六花。しかしすぐに気を取り直して頭を切り換える。

 

「だが、話など聞かなくても何処へ行くかは分かるわ」

 

「そうですね、六花さん」

 

 四海はブルーマーメイドに笑い返す。

 

「彼らの中には博士が居た。ブランを解剖すると言っていたから、その生態について興味を持っている海洋生物の研究者ね」

 

「フランス政府・軍の目的は核実験を遂行する事。もし実験が行われたら、当然の事ながらその海域の環境は実験が行われる前とはかけ離れたものになってしまう」

 

 お互いの考えを述べ合って、それを確認し合うブルーマーメイドと海洋学者。ここまでは両者ともに見解が一致している。頷き合う二人。

 

「「だから必ず、実験が行われる前にその生息環境のデータを採る為に当該海域へと出向く……!!」」

 

 二人は声を揃えて、そして視線がテーブルに広げられた地図の一点へと注がれた。六花が万年筆の先端を、そのポイントに突き立てる。

 

「つまり四海ちゃん、ここね。あなたが論文で述べた、古代生物の生息域と目される海域……!!」」

 

「ガムビエール諸島近海……!! 奴らは必ずそこへ向かう筈。そしてそこの環境の調査が終わる迄はブランに危害を加えたりはしないでしょうね。希望的観測ではありますけど」

 

「よし、ならば私達は先回りしてそこで連中からブランを奪い返す……と、言いたい所なのだけど……」

 

 もう一度、二人は頷き合う。これで奴らの移動手段と、目的地は知れた。しかし問題はまだ残っている。

 

「向こうも私達が追い掛けてくる事は予想していたんでしょうね。島中の船という船は全て沈められていたわ。優秀ね、悔しいけど」

 

 自分達がそこへ行く為の足が無いのだ。

 

「船ならありますよ」

 

「!! 何処に?」

 

 聞き返してくる六花に、四海はにやっと年相応の子供っぽい、悪戯っぽい笑みを浮かべて返した。

 

「ここに」

 

 

 

 

 

 

 

「あなたには驚かされてばかりね、四海ちゃん……」

 

 今日何度目になるか分からない溜息を吐いて、六花は言った。

 

 電算機器や無線機が置かれたスペースには、更にその先に空間が広がっていてそこは海に繋がって入り江のようになっていた。長い年月を掛けて、風と波の浸食によって造られたものだ。

 

 そしてそこには、一隻の船が停められていた。

 

 全体が木製で、手作り感溢れる船だった。だがその形は、漁船や貨物船の類ではなく、ヨットとも違う。

 

「これは……イカダね。それも、太平洋を渡る為の」

 

 ひょうっと四海は口笛を吹いた。

 

「やっぱり、流石はブルーマーメイドですね。分かりますか。前にスペイン人から手に入れた図面を元に二年間掛けて完成させたんですよ。今日が進水式だ」

 

「この木は……桐……いや、バルサね。良い素材使ってるわ」

 

 船体を触りながら、六花はしきりに頷いて目を輝かせていた。

 

「しかし、動力はどうする? いくら私達は目的地が分かっているからと言って、風任せ波任せでは追い付くのは無理よ?」

 

「それも問題無いです」

 

 四海はそう言って、口笛を吹く。

 

 響いた高い音色が、洞窟内に反響していく。

 

 その音が、聞こえなくなった時だった。

 

 海面から、黒い塊が3つ顔を出した。

 

 ナイン、ロック、リケ。四海の家族であるシャチ達だ。

 

「この子達が声を掛ければ、近隣のシャチ達が何十匹と集まってくる。その群れ(ポッド)に引っ張ってもらえばいい」

 

「よーし……決まりね。ありったけの食料と水を持ってきなさい。それと使えそうな物は何でも積み込むのよ。急いで!!」

 

 作戦は決まった。

 

 四海と六花は島中駆けずり回って四海の家の備蓄は勿論の事、島民全員から少しずつ分けてもらって食料と水を船に積み込んだ。

 

 それに嗜好品として、四海の家にあったコーヒー豆に茶葉、角砂糖。携帯コンロ、鍋、万能包丁。

 

 秘密基地にあった六分儀、発信器、無線機器。

 

 それに娯楽も必要だ。本、ぬいぐるみ、それに四海のコレクションだったビー玉、打ち上げ花火。

 

 思い付く限りの物資を積み込んで、出港準備が整った。集まってきたシャチ達にも、ロープを繋いで牽引の準備が完了している。

 

 これで出港の準備は完了……いや、やるべき事がまだ一つ残っていた。

 

「六花さん、お願いがあるんですけど、良いですか?」

 

 切り出したのは四海だった。

 

「何かしら? 何でも言いなさい」

 

「この船には、まだ名前が付いていないんです。名前を付けてもらえませんか」

 

 意外な申し出を受けて、六花は一瞬だけポカンとした表情になる。そうした後で、にっこりと笑った。

 

「そう、ね……では……コンチキ号……というのはどうかしら」

 

「……? コンチキ……ですか?」

 

「えぇ」

 

 日本語でコンチキショーという蔑称を思い浮かべたのだろう。四海の顔が曇る。その反応を目の当たりにした六花は、くすくすと笑った。さしもの天才学者にも、知らないものはあったらしい。

 

「そう捨てたものじゃないわ。由緒ある名前よ。コンチキとは、古代インカ帝国の太陽神ビラコチャの別名でね……1500年前……イカダで1万キロの海を越え、ポリネシアに渡ったペルーの人達は、自分達を太陽の子だと信じていた……勇気と、絶対に諦めない根気が彼らの誇りだったのよ」

 

 六花の手が四海の頭に伸びて、撫でた。

 

「四海ちゃん、あなたも……お母さんとして……絶対にブランを諦めないんでしょう? たとえあの子が居る場所が外洋だろうと、この世の果てだろうと」

 

「勿論!!」

 

 打てば響くその応えに、我が意を得たりと六花は頷いた。

 

「ならば、四海ちゃん……コンチキという名前は……あなたの船に相応しい」

 

 そう言って、六花は四海の頭に自分が持っていた艦長帽子を被せる。まだ子供の四海の頭に帽子のサイズは大きく、ずれてしまった帽子を四海は直した。

 

「六花さん、これは……」

 

「言ったでしょう? これは、あなたの船だと。あなたが艦長よ。さぁ艦長、号令を掛けて」

 

 六花の両手が四海の肩に置かれて、それから背中をバンと叩いた。

 

「よーし……!!」

 

 四海も少しばかり戸惑っていたようだったが……やがて腹を括ったらしい。覚悟と闘志に充ち満ちた、凜々しい表情を見せる。彼女はもう一度、艦長帽を被り直した。

 

「コンチキ号、出港!!」

 

 ♪~~♪~~♪~~~

 

 六花が、秘密基地から持ってきたラッパを吹き鳴らして見事な旋律を奏でる。

 

 シャチの群れに引かれた船は、ゆっくりと外海へ向けて進み始めた。

 


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