ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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その6

 

「妙な動きはしないでいただこうか」

 

 四海に銃を突き付けているのは、肩幅も広く筋肉質でがっしりとした体格の男だった。スーツ姿ではあるが、しかし六花は(警察官などもそうであるが)ブルーマーメイドとして働く中で、軍関係者など同業者はたとえ退役していようが私服姿であろうがすぐにピンとくる。

 

 間違いなくこの男は軍人だ。このタイミングで軍人がここにやって来るという事は……

 

「……フランス海軍か」

 

「その通り。私はメルベール大佐だ。お目にかかれて光栄だよ。現ブルーマーメイド統括・宗谷六花一等監察官」

 

「……ブルーマーメイドの統括……!!」

 

 慇懃無礼に、四海に銃口を向けたまま語る大佐。

 

 一方で、四海は六花が只のブルーマーメイドではなくそのトップに立つ人物だと知って、驚いたようだった。彼女の視線は間近の銃口よりも、少し離れた所に立つ六花へと向いている。

 

「……大佐殿、その子や私に手出しするつもりなら……それは、賢い行いとは言えませんね」

 

「ほう?」

 

 大佐の目が、値踏みしているかのように六花を見据えた。

 

「この一件、裏でフランス政府や海軍が動いている事は先刻承知の上……ならば、何の根回しも備えも無くやって来るほど私は不用心ではありません。この任務中、私からの定時連絡が途絶えた場合……あなたの政府や海軍が私に危害を加えたと、疑いが向くようになっています」

 

 それを聞いた大佐は「はん」と鼻で笑った。

 

「ハッタリは止したまえ、宗谷一等監察官」

 

「信じる信じないの判断はあなたに一任しますが……もし私の言っている事が本当で、これが国際問題に発展した場合……上の方々はあなたを庇って責任を取ってくれますかね?」

 

 大佐の話を、六花は聞いていないようだった。これは交渉事では基本的な姿勢と言える。相手の土俵に立たず、ペースを握られないのはとても重要だ。

 

 そして六花の話は、大佐にとって痛い所を突いていた。

 

 恐らくはブラフだと思われるが……しかしもし万が一本当であった場合、政治家や軍のトップは彼を庇ったりはしないだろう。寧ろその逆、自分達の責任逃れの為、スケープゴートとして自分を切り捨てるに違いない。トカゲの尻尾切りだ。

 

 上手いな。と四海は思う。

 

 彼女はまだ十歳で軍の階級などには詳しくはないが、それでも大佐と言えば軍内でもかなりの地位であり、そして自分に銃を突き付けている男はそうした地位に就くにしてはかなり若いように思える。恐らくは六花よりも年下だろう、齢は四十に届いていないかも知れない。つまりはそれほどの若さで、高位の階級を得るに至ったエリートだという事だ。

 

 経歴が完璧であればあるほど、エリートコースを歩んできた者ほど、その経歴に傷が付き、コースから外れる事を恐れるもの。

 

 目敏い四海は、大佐の首筋に一筋だけ汗が伝うのを見て取った。

 

 この交渉は、六花の勝ちだ。

 

 恐らくは、六花の言っている事は全てハッタリなのだろう。自分が見る限り定時連絡などしていなかったし、仮にしていたとしても何らかの事故によって定時連絡が途絶えるといったケースも有り得る。それなのに連絡が切れたら問答無用でフランス政府や軍に疑いが向くように仕向けるなど乱暴な論理が過ぎる。99パーセント、彼女の言葉は口からのでまかせだ。

 

 だが、1パーセントの可能性が残っている。

 

 例えば100人で一人の相手に襲いかかるとする。そうすれば確実に勝てる。しかしその一人がナイフを持っていて、次に刺されるのが100人の中の一人だとしてもそれが自分かも知れないという可能性を無視する事は、人間中々出来ないものだ。

 

 今回の大佐のケースも、それにぴったり当て嵌まっているようだった。

 

「……確かに、私としてもブルーマーメイドと事を荒立てたくはない。この子は解放しよう。しかし宗谷一等監察官、銃を渡していただこうか?」

 

「……良いでしょう」

 

「……」

 

 僅かに迷いを見せた六花だったが、しかしそれも一瞬だった。無駄に粘って交渉それ自体をご破算にしてしまっては本末転倒だし、四海の命には代えられない。

 

 まず彼女は、ゆっくりと懐に手を入れて、これまたゆっくりと手を出して拳銃を砂浜へと放り捨てた。

 

 次にまた懐に手を入れて、取り出して、捨てて……

 

 同じ所作が繰り返されて、砂浜に落ちた銃は十五挺にもなった。他にナイフが10本出てきた。おまけに手榴弾も一発持っていた。

 

「「…………」」

 

 これには、思わず大佐と四海もドン引きした表情で顔を見合わせた。

 

「それで全部かな?」

 

「ええ、全部です」

 

 と、六花。

 

「……良いだろう」

 

「四海ちゃん、こっちへ」

 

 用心しつつゆっくりとした足取りで、大佐から視線を外さずに四海は六花の傍へと移動した。

 

「……さて、では私の任務を果たさせていただこうか」

 

 大佐がさっと手を上げて合図すると、木陰から小銃で武装した数名の軍人が姿を現した。それに混じって、白衣を着た老齢の男も一人。他の者と違って彼は身長も低く、体付きも鍛えられたものではない、学者然としている。

 

「例の生物は?」

 

「……あちらの林の中に。水を張ったタライに入れてあります」

 

「六花さん!!」

 

 あっさりとブランの居所を明かしてしまった六花に四海は抗議の声を上げる。一方で大佐は「ほう」と感心と共に嘆息した。

 

「参ったな。私が雇ったチンピラどもがターゲットの生物を目当てに家の中に侵入して、あれだけのトラップが仕掛けてあったのに肝心の目標は既に別の場所に移されていたとは。いや、これは素直に感心するよ」

 

 四海は大佐が自分達を愚弄しているように感じたが、これは純粋に彼の賞賛だった。トラップで侵入者を撃退出来ればそれで良し、仮に全てのトラップが突破されたとしても、ターゲットが奪われないようになっていたとは。これだけの作戦を、短期間で仕上げたのは彼の中で評価に値するものだった。

 

 しばらくすると、林の中に走って行った部下の軍人達が折りたたみ式の担架を広げて戻ってきた。

 

 担架の上には、ブランがベルトで体を固定されて拘束されていた。

 

 ブランは、自由になる首を必死に動かして助けを求めるように甲高い声を上げている。

 

「ブラン!!」

 

 思わず四海が駆け寄ろうとするが、六花が肩を掴んで制した。きっ、と六花を睨む四海。

 

「……で、大佐? あなた方はその水棲爬虫類の子供をどうするつもりですか?」

 

「さて? それは私の専門外なのでね。しかし恐らくだが、こちらのグーバッカー博士は後一年もすれば、画期的な論文を発表して学会のトップに躍り出ると予想されるね。何しろ生きたプレシオザウルスを解剖する機会など、世界で一人にしか与えられないだろうからね」

 

「あんた達……!!」

 

 ぎりっ、と四海の口から噛み締めた歯が軋む音が漏れた。

 

 今にも飛びかかっていきそうだが、六花が肩に置いた手に力を込めて動きを制した。

 

「良いかね? 私も約束は守ろう。私達はこのまま島から立ち去る、その代わりに君たちはこれ以上私達に手出しはしない。良いな?」

 

「ええ、分かりました。大佐」

 

「六花さん!!」

 

 抗議の声を上げる四海だったが、六花は取り合わない。

 

 そうしている間に、フランス海軍は浜辺に停められていたボートに乗って引き上げていってしまった。

 

 そうして侵略者が引き上げていったのを確認すると、六花は四海に向き直った。

 

「よし、では四海ちゃん……早速ブランを助ける作戦を練りましょう」

 

「え……」

 

 掌を返したような六花の反応に、四海も戸惑っている。

 

「で、でも六花さん……あの大佐が手出しをするなと言って、分かったって……」

 

「分かったとは言ったけど、承知したとは一言も言ってないわ」

 

 六花は、ぬけぬけとそう言い放った。

 

「それにあの状況では、私達の方が圧倒的に不利。最終的にブランを取り戻すにしても、体勢を立て直す事は必要でしょう?」

 

「なっ……」

 

 これには流石の四海も目が点になった。

 

 自分から交渉を持ち掛けておきながら、舌の根も乾かぬ内にこんな屁理屈を持ち出すとは。いやそれどころか、彼女は最初から交渉を反故にする気満々だったのだ。

 

「いい性格してますね、六花さん。大人って汚いです」

 

「褒め言葉と受け取っておくわ」

 

 くすくす笑いつつ、六花は肩を竦める。

 

 しかし四海も、議論はここまでとすぐに頭を切り換えた。

 

「よし……でも、奴らを追いかけるにしてもまずはどこへ向かうのか、情報を突き止めなくては。付いて来て下さい、六花さん。私の秘密基地に案内します!!」

 


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