ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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その5

 

 深夜。

 

 日本では草木も眠る丑三つ時と言われ、最も暗い時間である。

 

 ましてこのパゴパゴ島では、島民全て朝日と共に目覚め日の入りと共に休むという実に健康的な生活を送っていて毎日が死ぬほど平和である事も手伝い、悪意ある者が足音を殺して動いていても、みんな深い夢の中で気付く者は皆無であった。

 

 夜戦用に黒を基調とした軍服に目出し帽を被った三人組の男達が、蠢く影のように四海の家へと近付いていた。

 

 彼らは簡単なハンドサインで合図すると、先行した一人が用心深い足取りで家の入り口へと近づいて、ドアノブに手を伸ばす。

 

 今回の彼らの任務はこの家に侵入して、ここで飼育されているという珍しい生物を確保するというもの。家の住人は少女一人と客人の女一人。実に簡単な任務だ。

 

 さっさと終わらせて、報酬でバカンスに行ってプールサイドで女を侍らせながら冷えたビールを飲もう。

 

 そんな風に考えていた。

 

 そうしてドアノブに触れた、その瞬間だった。

 

 ばちっ!!

 

 ドアノブから火花が散った。

 

「うわわーーーーっ!!!!」

 

 彼は悲鳴を上げて、全身をぶるぶる震わせて痙攣させる。

 

「ぎゃーーーーーっ!!!!」

 

 たまらず後ろに弾かれるようにして、倒れた。

 

「な、何だ!!」

 

「どうした!?」

 

「ド、ドアに電流が……」

 

 感電した男は、震える手でドアを指さす。

 

「電流……」

 

 男達は、顔を見合わせる。

 

 素人相手だと思っていたが、これは敵を甘く見すぎていたかも知れない。

 

「俺が突っ込む。援護しろ」

 

「了解」

 

 一人が前方に出て、もう一人は敵がいつ現れても大丈夫なように距離を置いて周囲を警戒する。

 

 前に出た男は、ドアノブには触れないようドアを蹴破る。

 

 すると、

 

「ぐえっ!!」

 

 いきなり彼の顔面に、強烈なパンチが炸裂した。

 

 しかしそれを繰り出したのは人間の腕ではなかった。先端にボクシンググローブを嵌めた丸太が、ちょうど顔面の高さに突き出されてきたのだ。彼はひとたまりも無く吹っ飛ばされて地面を何回転もしてやっと止まった。

 

「く、くそっ……!!」

 

 ドアノブには電流、ドアを蹴破ったら丸太のパンチ。一般家庭に仕掛けられるにしては凶悪に過ぎるトラップだ。しかし、電流はさておき丸太は一度きりの手品だった。今は突き出された状態のままで、無害なオブジェと化している。

 

 今度こそ自分達を阻む物は何も無い。三人目の男は勇んで家の中に踏み込んで、そして踏み締めた足に妙な感覚を覚えた。

 

 瞬間、彼の視界は床で一杯になる。

 

 踏み込んで重みが掛かった瞬間、床の一部が90度起き上がって、彼の顔面を強打した。

 

 彼は背後にぶっ飛んで、家から叩き出される羽目になった。

 

「く、くそっ……日本人ってのはみんなこんなに用心深いのか……?」

 

「騒ぐな!! 二人とも、この際ドアから入るのは諦めよう」

 

 最初に感電した男が、怒鳴る仲間を制する。

 

 街灯も自動車も無いこの島の夜は暗くて静かで、身を隠すにはもってこいではあるが逆に、騒ぎ立てては自分達の存在をアピールしてしまう。そうなると誰かが起き出してこないとも限らない。そうして人目に付くのは彼らとしても避けたい事態だった。

 

 男が指さす先には、ガラス窓があった。

 

 窓際に移動する3人。

 

 もしや先ほどのドアと同じように窓枠に触れると電流が流れるようなギミックがあるのでは恐る恐る調べてみるが、どうやら窓にはそうした仕掛けは施されていないようだった。布で触れてみるが、何の反応も無い。

 

「よし、突っ込もう」

 

「いや、待て。開けると何かトラップが作動するかも」

 

 じっと、ガラスに顔をへばりつけるようにして中の様子を伺う。

 

 ドアの開閉を感知するピアノ線のような仕掛けは、この窓とその周りには無い。

 

「よし、良いだろう」

 

 ガラスを叩き割ると、その穴から手を突っ込んで鍵を外し、窓を開ける。

 

 もしかしたらと警戒していたが、やはり何らかのトラップが作動する気配は無い。

 

 先頭の一人は窓から室内へと入って……そして、足先に妙な感覚を覚える。何か滑るような……いや違う。床が、動いている。

 

 妙だな?

 

 そう思った時にはもう手遅れだった。

 

「う、うわああああっ!?」

 

 悲鳴を上げながら、彼は部屋の中を滑っていく。

 

 実は、窓のすぐ下には大きめの台車が置かれていたのだ。窓から入ってきた彼はその上に乗り上げる形となり、彼を乗せた台車は勢いのまま部屋を横切って、桟橋へと出てしまうと彼ごと海にダイブした。大きな岩を落としたような水音が聞こえてくる。

 

「畜生、一体何なんだこの家は!!」

 

 毒突きながらも、もう台車のトラップは無い事を確認した男は、漸く入室を果たした。もう一人も、おっかなびっくり部屋の中に入ってくる。

 

「やっと入れた……一体全体どうなってんだ、この家は……」

 

「こう暗くちゃ何も見えん……電気のスイッチは……」

 

 後から入ってきた男が、手探りで壁をまさぐっていく。ややあって彼は、指先に良く知った感覚を捉えた。電灯のスイッチだ。

 

「ああ、あったぞ」

 

「……!! よせ、触るな!!」

 

 先に部屋に入った方の男が叫ぶが、遅かった。スイッチがオフからオンに切り替えられる。

 

 ボン!!

 

 空気が破裂するような音と共に、部屋中に煙が充満した。煙幕だ。

 

 煙の催涙効果で、二人は涙が止まらなくなる。

 

「げほっ、げほっ……!!」

 

 二人とも反射的に、新鮮な空気を求めて開けっ放しの出入り口から外へと逃げ出した。いや、燻り出されたという表現が適切だろうか。

 

 すると横合いから手が伸びてきて、一方の男の胸ぐらを掴むと綺麗に一回転させて背中から砂地に叩き付けた。

 

「かはっ……!!」

 

 全身に衝撃が走って、投げられた男は声も上げられずに意識を失う。

 

 今、男を投げ飛ばしたのは六花だ。お手本のように綺麗な一本背負いだった。

 

「く、くそっ……」

 

 残った一人が、懐から取り出した拳銃を向けてくる。しかし六花の方が早かった。

 

 彼女は早撃ちのように懐から、しかしこちらは小さなスプレー缶を取り出すと、男の顔で唯一露出している目に突き付けて勢いよく噴射する。

 

 プシューッ!!

 

 スプレー独特の空気が抜けるような音が出て、

 

「ぎゃあああっ!! 目が、目が!!」

 

 男は顔を押さえると悲鳴を上げてのたうち回った。

 

「ふん……」

 

 六花は呆れたように、溜息を一つ。

 

「どこの誰かは知らないけど、素人さんね……こんな、ワサビとトウガラシのスプレー程度でジタバタするなんて」

 

 彼女はそう言うと、自分の口内にスプレーを吹き付ける。

 

「一吹きすると、鼻の通りが良くなるわ」

 

 平然とした顔で、そう言い放った。

 

 これで、四海の家に押し入ってきた三人組は全てやっつけた。

 

 しかし、腑に落ちない点が一つ。てっきりフランス軍の軍人がやって来るとばかり思っていたが……実際には、招かざる客人達はそれなりに腕に覚えがありそうではあるがまるで只のチンピラだった。

 

 単純に、軍が手を汚すのを嫌ってまずは裏家業の人間を使ったのだろうか?

 

「ふむ……しかし四海ちゃんも大したものね。僅かな時間でこれだけ悪質なトラップを家中に仕掛けるなんて」

 

 感心しつつそう呟いて、彼女が四海の家に目を向けたその時だった。

 

「動くな!!」

 

「!」

 

 ずぶ濡れになった男が海から這い出てきて、手にした銃を六花に向けていた。。台車のトラップで海に沈んだ男だ。

 

「……なんだ、泳げたのねあなた」

 

「大人しく、ここで飼われている生物を引き渡してもらおうか……」

 

「……どうしてこんな事を?」

 

 両手を挙げた六花が、尋ねる。男は、六花が抵抗を諦めた様子を見て取ってあからさまに安心したようだった。張り詰めていた気が急速に緩むのを、六花は肌で感じ取った。

 

「へへへ……理由なんて俺は知らないさ。ただ、政府の連中がこの仕事に破格の賞金を弾んでくれるって話だからな……それに……」

 

 ようやく闇に慣れてきた目で、男は六花の齢四十を越えて尚保たれている完璧なプロポーションを上から下へ、嘗め回すように見回す。

 

「どうやら、役得もあるようだしな……」

 

 目出し帽越しで分からないが、六花はこの男が舌なめずりしているのを透視出来た気がした。「はぁ」と溜息を一つ。この溜息には、二つの意味があった。一つは「男ってやつはこれだから」という呆れと侮蔑が混ざったもの。もう一つは。

 

「……あなた、やっぱり素人さんね」

 

「何?」

 

「初歩的なミスを犯しているわ」

 

「……どういうこと……」

 

「動くな!!」

 

 横合いから、高い声が掛かる。

 

 見れば四海が、先ほど六花が投げ飛ばして気絶させた男の懐から拳銃を奪い取って、ずぶ濡れの男に突きつけていた。

 

 形勢逆転。

 

 六花は動けなくなった男から易々と拳銃を奪い取ると海に捨ててしまった。そのまま関節を決めて、男を拘束する。

 

「四海ちゃん、彼のミスを教えてあげなさい」

 

「……あなた、ぺらぺらと喋り過ぎなのよ。銃を向けた瞬間、黙って撃っていれば勝てたのに」

 

 銃を構えてじりじりと間合いを保ったまま、四海がコメントする。

 

「獲物を前に舌なめずりは三流のやる事……あんたは典型的な見栄っ張りのバカだね」

 

「あ」

 

 と、六花が間の抜けた声を上げた。

 

「?」

 

「お前も決して利口とは言えんぞ、小娘?」

 

 横合いから、四海に拳銃が突きつけられていた。

 

「……!!」

 

 今度は、四海があんぐりと口を開けて銃を手放す番だった。

 

 二人とも、これは失念してしまっていた。

 

 ここへ来ていたのは、チンピラ3人だけではなかったのだ。

 


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