ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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その4

 

「こ……こんな事が……!!」

 

 夢を見ている訳では無い事は分かったが、しかしそれでも六花は眼前の光景を信じられないようだった。

 

 四十年以上も生きてきて、ブルーマーメイドとして任務に従事する中で修羅場も数えきれぬ程くぐり、珍しい物も飽きるほど見てきた。

 

 しかし、それでも尚。

 

 こんなものを生きて目の当たりに出来る幸運に恵まれるとは想像もしていなかった。

 

「……よ……四海ちゃん……一応……確認するけど……この子は……その、アレ……なのよね? 例えば……アザラシとかではなく……?」

 

「……」

 

 当然と言えば当然の反応ではあるが、六花のリアクションを見て四海は「はぁ」と息を吐いた。

 

「六花さん……体毛が無くヒゲも無い、首が長く、ヒレの形も違う、尻尾も長くて割れていない……これがゴマフアザラシに見えるのなら、今すぐに眼鏡を買いに行く事をお勧めします。それともあなたは翼長が15メートルもあって羽毛が無く牙があって人を襲う怪物を見て、それが鳥だと思うのですか?」

 

「……甲羅の無い亀とかでもなく……?」

 

「亀の甲羅は肋骨が変化したものですから……無ければ呼吸出来なくなって死にます」

 

「……じゃ、じゃあ……やっぱりこの子は……」

 

 震える指先で水槽内を泳ぐ生物を指さす六花に、四海は頷く。

 

「プレシオザウルス……間違いありません」

 

 何百万年も前に絶滅した筈の、竜の血族。

 

 様々な図鑑にその姿を描かれ、多くの少年少女の胸をときめかせてきた生物が、目の前で生きて、動いている。

 

 胸中の困惑をどのように表現すれば良いのか。六花は自分の語彙力の無さを恨めしく思った。

 

 否。それは困惑ではなく、感動だった。

 

 今この時だけは、十代の少女に戻った気さえする。こんなに胸が震える感覚は、久しく忘れていた。

 

 もし今の自分と同じ気持ちを共有出来たのなら、若返るどころか干物だって泳ぎ出すのではないかと思えた。

 

「プレシオザウルスが生きていて……その子供を見る事が出来るなんて……い……未だに信じられないけど……でも……事実なのね……」

 

 四海は神妙に頷く。

 

「あなたが目にされているものが事実です……それ以外には、ありません」

 

「……そう……」

 

 六花も深く頷くと、あからさまに何かを決意した表情になる。

 

「……兎に角、生きたプレシオザウルスに出会えた……と、なれば……やる事は一つしか無いわね、四海ちゃん」

 

「ええ、一つしかありませんね。準備は出来ていますよ、六花さん」

 

 二人は頷き合うと、六花は水槽の前に立ってポーズを取り、四海は部屋のテーブルの上に置かれていたカメラを手にする。

 

「それじゃあ撮ります。はい、チーズ!!」

 

 パシャッ!!

 

 フラッシュの光で、薄暗かった室内が一瞬だけ明るくなった。

 

 生きたプレシオザウルスに出会えたのだ。やるべき事は、一つしか無い。記念撮影だ。

 

「現像出来たら焼き増しして送りますよ、六花さん」

 

「お願いね、四海ちゃん……仲間達にも、是非見せてあげなくちゃ……!!」

 

 興奮を全く隠さずに、娘ほども年の離れた少女にはしゃいだ笑顔を向ける六花。

 

 しかしすぐに、真顔に戻った。

 

「冗談はここまでにしておきましょう。いや、写真は後でちゃんと送ってね。それで……四海ちゃん、あなたはこの、プレシオザウルスの子供を……どこで?」

 

「二週間ほど前の事です。砂浜に打上げられている所を、私が拾いました。当時は生後24時間も経過していない様子でしたよ」

 

「……では、写真のあの生物の死体は……」

 

「漁船が死体を引き上げたポイントとこのパゴパゴ島の位置関係・距離や海流の動きを考えると……出産の為に群れを離れた所をサメにでも襲われ母親は死んでしまったけど……しかし死の直前、最後の力を振り絞って産み落とした赤ちゃんが、海流に乗ってこの島に流れ着いた……そう考えるのが自然ですね。一応の辻褄も合います」

 

 この辺りは十歳という幼さながら、学者として四海が見事な分析を見せた。

 

 プレシオザウルスの子供は、ガラス越しに四海の傍に寄ってくると踊るような動きを見せる。

 

「随分、懐かれているのね……」

 

「雛鳥の刷り込みと同じものでしょうか……どうにも、私は母親だと思われているようで」

 

 照れたように、四海が笑う。

 

「……では、四海ちゃん……目下の所、大きな問題が一つあるわね」

 

「……えぇ、その通りです。六花さん」

 

 六花のその言葉を受け、四海も真剣な顔で頷いた。

 

「名前をCoo(クー)にするかピー助にするかでずっと悩んでいて……」

 

「この子をあなたはどうするつもりなの? ずっとここで世話し続けるのか、育ったら自然に帰すのか、あるいは専門的な研究機関に引き渡すのか……」

 

 声を揃えて語る二人。

 

「「……えっ?」」

 

 同じ結論に達していたと確信していたのに、その実相手がまるで違う事を考えていたのに、二人ともぽかんとした顔になった。

 

「えっと……四海ちゃん、あなたはこの子を……」

 

「勿論、自分で魚を獲れるようになったら、海に帰すつもりですよ、私は」

 

 何故そんな当たり前の、分かり切った事を尋ねるのか理解出来ないという様子で、四海が言った。

 

「……良いの? 生きた竜の子供……これを世界に公表したら、どうなると思う?」

 

「どうなるんです?」

 

「そりゃあ、まず学会のお偉方は掌を返したようにあなたを褒め称えるでしょうね」

 

「……それだけですか?」

 

「勿論それだけじゃない。向こう一ヶ月間は、世界中の報道機関で繰り返し繰り返し、あなたの名前が読み上げられるでしょう。毎日毎日、あなたの記事があらゆる新聞紙の一面を飾り、あらゆる新聞社が号外を出して、全てのメディアがオウムのようにあなたの名前を叫び続ける!!」

 

「……他には?」

 

「最後にはあなたの名前は教科書に載るわ。理科や生物だけじゃない、歴史の教科書にも!! いやそれだけじゃない。あなたが死んだ後も、あなたのこの歴史的発見は映画化されて、伝記も出版される!! 人類史に潮崎四海の名前が、未来永劫残り続けるのよ!!」

 

 興奮して捲し立てる六花。対照的に四海の反応は、冷ややかだ。

 

「……で? その代わりにこの子は連れて行かれますね? それで研究室のプールで一生飼い殺しにされるか、水族館で見世物にされるか……あるいは解剖されて博物館で標本にされるかも知れない」

 

 バン!! と、四海は小さな握り拳をテーブルに叩き付けた。

 

 衝撃で、机上のノートが床に落ちる。広げられたページには、この竜の子供の飼育記録が写真付きで詳細に綴られていた。

 

「ふざけるんじゃない!! この子が学術的にどんなに貴重な研究資料か知らないけど、私はそんなものの為に、この子を助けた訳じゃない!! まして、私はこの子にママと思われてるんだ!! どこの世界に、自分の栄達の為に子供を売る母親が居るんですか!?」

 

「……はは、そんなもの、か」

 

「……六花、さん?」

 

「学者であれば、誰もが望むであろうまたとない栄誉を、そんなものと言い捨てるのね……青いなぁ。きれい事ね。それは」

 

「……」

 

「でも、だから良い。あなたは立派な人間よ。四海ちゃん。知り合えた事を誇りに思うわ」

 

 優しく微笑んだ六花が、両手をそっと四海の両肩に置いた。

 

 成る程、と合点が行った表情になる四海。

 

 六花の先ほどまでの言動は、全て心にも無い戯れ言であったのだ。それで四海がどんな人物なのかを見定めようとしていたのだろう。

 

「ならば私はブルーマーメイドとして、あなたに全面的に協力するわ。差し当たってはこの子の名前だけど……」

 

 しばらく考えた後、ぽんと手を叩く六花。

 

「ブラン、というのはどうかしら?」

 

「……ブラン、ですか?」

 

「えぇ、ケルト神話の「ブランの航海」という物語の主人公の名前でね……ごくごく簡単に説明すると、ブランは仲間達と共に女人の島を目指す航海に出て、見事その島に辿り着き、一年間そこでの生活を楽しむのだけど……それから故郷へ帰ってみると、故郷では何百年という時間が過ぎていたと……まぁ、早い話がケルト版・浦島太郎よ。永い時を超えて私達の前に現れた竜の子供には……相応しい名前だと思わない?」

 

「良いですね。それは良い」

 

 満面の笑みを浮かべる四海。そうして、水槽の前に駆け寄るとプレシオザウルスの子供の眼前にて大きく手を広げる。

 

「名前が決まったわ!! ブラン!! あなたはブランよ!!」

 

 漸く名前を与えられた竜の子供も、気に入ったらしい。くるくると水中で体を回した。

 

「……しかし、四海ちゃん。あまりのんびりともしていられないわよ」

 

「……と、言うと? 六花さん……」

 

「……さっきも言った通り、何としてでも核実験を強行したいフランス政府・海軍にとって、この子……ブランは近海に絶滅危惧種が生息している事のこれ以上無い証拠になる。彼らは証拠を消す為には、どんな手でも使ってくるでしょうね」

 

 証拠を消す。

 

 敢えてそうしただろう迂遠な言い回しが意味する所を悟って、四海は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「そして彼らの情報部が無能でないのなら……襲撃は近いと思った方が良いわ」

 

 六花が、水槽のガラスをノックするように叩く。

 

「こんな大きな水槽、この島では用意出来なかったでしょう? つまり、外に発注した……そうよね?」

 

「……!! 発注記録を辿られて……それで足が付くと?」

 

 頷く六花。

 

「これは個人の家で熱帯魚を飼うにしては大きすぎる。つまり……これが必要になるぐらい大きな、あるいは大きくなるであろう生き物を飼育する為だと……彼らがそういう結論に達するのが、そんなに突飛な推理だとは、私には思えないわね」

 


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