ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結) 作:ファルメール
「さぁ、こちらへ……」
四海に連れられて、六花は桟橋を通って海に出てきていた。小一時間ほど前に、四海がシャチに乗って現れた所だ。
「潮崎博士、あの……」
「あぁ」
四海はにっこり笑いつつ、六花を振り返る。こうした顔だけ見ると、普通の十歳の女の子だなと六花は思った。
「私の事は四海で良いですよ。敬語も不要です。六花さんの方がずっと年上なのですから」
「……そう。じゃあ、お言葉に甘えて……四海ちゃん、これは……?」
「いいからいいから」
そう言って四海は桟橋の端に立つと、手にしていた棒で銅鑼のようにバケツを叩いた。ガンガンと甲高い音が響いて、六花は反射的に手で耳を覆った。
「リケ!! ナイン!! ロック!! ご飯だよ!! 出ておいで!!」
大声でそう叫ぶと、小さな水飛沫が三つ上がって水面に黒いくちばしが姿を見せた。
シャチだ。
「……この子達が、あなたの家族なの? 四海ちゃん」
「えぇ、六花さん」
四海はそう言いつつしゃがみ込むと、バケツに入っていた小魚をぽいっと放る。三匹のシャチたちは、器用に体を動かして魚を口でキャッチしていく。
「この一番大きいのが『スレイヴ9』群れのリーダーです。こっちの顔に傷があるのが『サークル・リケ』。この大人しい子が『Te:Rock』。この子達は怪我をして入り江に迷い込んできたのを私が助けたのが縁で……今では家族同然です」
「ほほう……」
腕組みした六花は、何か考え込むように唸り声を上げた。
「皆、偉大な海の英雄の名前を貰っているのね。光栄な事だわ」
このコメントを受けて四海が「へぇ」と感心するような表情を見せた。
「分かるんですか。流石はブルーマーメイド」
「まぁね。海の先達についても、当然勉強はしているわ」
すっと、六花の指先がスレイブ9に動いた。
「まずはこの子……スレイヴ9ね……スレイヴは奴隷、9はそのまま九。奴隷・九。どれいく。フランシス・ドレイク。マゼランですら出来なかった生きての世界一周を成し遂げた、イギリスの偉大な提督。星の開拓者」
続いて今度はサークル・リケへと指が動く。
「サークルは円。リケはそのままリケ。円リケ、エンリケ。エンリケ航海王子。大航海時代の幕を開き、地球を一気に広く……また一気に狭くした英雄の一人」
最後にTe:Rockを指さす六花。
「Teはローマ字読みでテ、Rockは岩。つまりテ岩、テイワ、鄭和。7度の大航海を指導した、中華が誇る大艦隊の司令官」
「ははは……私は、良い名前だと思っていますよ。みんなね」
笑いながら、四海は順番に魚をシャチたちへ与えていく。
「どうです、六花さんもやってみますか?」
小魚を差し出す四海。六花は僅かな時間だけ躊躇った後、表面のぬめりで取り落とさないように注意しつつ魚を掴んだ。
「ほら、お食べ」
恐る恐る差し出された小魚を、丸呑みする勢いでリケは口の中に入れた。
「はは、人懐っこいでしょう?」
「ええ……驚いたわ」
「じゃあ、今度はこいつらのテクニックをお見せしましょう。ナイン!!」
四海が口笛を吹くと、3匹のシャチの中でスレイヴ9だけが海の中へと姿を消した。そうして一分ばかりの時間が過ぎる。
「……そろそろ良いかな。六花さん。その魚を空中に投げてみて」
「え? ええ……」
言われるままに六花が、小魚を放り投げる。すると絶妙なタイミングで水面からナインが飛び出して、ジャンプしつつ投げられた魚を空中でキャッチすると、再び水中に姿を消す。着水の際の飛沫で、二人の衣服は水浸しになった。しかし、二人のどちらもそんな事を少しも気にしてはいないようだった。
「いかがです?」
「素晴らしい、素晴らしいわ。そこらの水族館のシャチよりも、よほど良く訓練されているのね」
感動を隠そうともせず、少女のように目を輝かせる六花。そんなブルーマーメイドを四海はじっと見詰めていたが……やがて決心が付いたように、話し始めた。
「……六花さん、そろそろ本当の事を話してもらえませんか?」
「……本当の事、とは? 四海ちゃん」
とぼけるような口調で六花が返すが……表情は、真剣な大人のそれに戻っていた。
「誤魔化しは無しにしましょうよ」
四海は、苛立ったように体を揺すった。
「近海で未確認生物の死骸が上がった。もしかしたら近くに未確認生物……希少種の群れが居るかも知れない。その意見を聞く為に来た……しかし、これだけでははるばる日本からブルーマーメイドがやって来る理由としては些か弱い……何か他に、別の理由があるのではないですか?」
「…………」
六花はしばらくは無言のままでじっと四海を見返していたが……
睨めっこは、残念ながら彼女の敗北に終わった。先に目を逸らして、諦めたように息を吐く。
「あなたを騙すのは無理のようね」
そう言うと、先ほどよりもずっと真剣な顔になった。
「実は今回の一件……フランス海軍が動いているの」
「海軍が? どうして……」
「実はフランスは、この近海で核実験を計画しているの」
「核……」
「これはフランス政府が、莫大な予算と時間を投じて水面下で進められてきた一大プロジェクトで……彼らとしては何としても成功させなければならない大計画なの。そして当初の予定通りなら……計画は、何の支障も無く遂行される筈だった……」
そう言った後、「例の写真の死骸さえ揚がらなければね」と付け加える。
「……ま、待ってください六花さん……もし、あの死骸が未確認の希少動物のもので……核実験が行われる予定のポイントにその群れが生息しているとすれば……そしてそれが新聞やラジオで全世界に報道されたとしたら……?」
「……当然、絶滅危惧種保護の観点から核実験は中止……政府や軍関係者が受けるダメージは計り知れないわね……」
顔を蒼くして話し掛けてくる四海に、六花が応じる。
「……だから、”そんな動物は居なかった”。居てはならないのよ……彼らにとってはね……」
「……くだらない……典型的な、海が自分達だけの物だと思い上がっている連中特有の考えですね」
不快感を隠そうともせず、四海が吐き捨てる。
「希少な海洋生物の保護も、ブルーマーメイドの重要な任務。もしそれが事実なら核実験が強行される前に、私達はその生物が存在する確証を掴んで世界に伝えなければならない。私はその為に、四海ちゃん……あなたの意見を聞きに来たの。あなたが論文の中で述べた恐竜の子孫が生きている可能性は、本当にあるのか? 仮に生きているとして、どんな生態だと予測されるのか? あなたの頭脳を貸して欲しいの……どうか……協力を、お願い出来ないかしら?」
頭を下げようとする六花を、四海は肩に手を置いて制した。
「……六花さん。そういう事なら喜んで協力させてもらいますが……その前に、あなたに見てもらいたいものがあるんです……こちらへ……お前達!! 悪いが後は自分達で食べてくれ!!」」
四海はそう言うと、バケツの中身を海にぶちまけた。
再び、四海は六花を伴って彼女の家に戻っていた。二人して壁際に立つ。
「四海ちゃん、見せたいもの……とは?」
「すぐに分かります……これですよ」
ガン!! と部屋の壁を乱暴に蹴る四海。
すると壁の一部が回転式のドアのように動いて、忍者屋敷のようにその先に空間が広がっていた。
四海と共に、その先の空間へと踏み入る六花。
「……こ、これはっ……!!」
絶句。
そして、二度三度と目を擦る。
その後で、予想通りの反応が見れたのかにやにや笑っている四海へと恐る恐る視線を動かした。
「よ、四海ちゃん……し、し、し、失礼だけど……わ、わ、わわ……私の頬をつ、つねって……くれるかしら……?」
「これで良いですか?」
ぐにっと、四海は手を伸ばして六花の頬を引っ張る。
「い、痛い……って、事は……ゆ、夢じゃない……の、よね……四海ちゃん……」
「まぁ……六花さんの反応は正常ですね……私も、この子を初めて見た時は……同じような状態になりました……」
隠し扉の先の部屋は、その容積の半分が巨大な水槽で占められていた。
その、個人の家に置かれるものとしては常識外れに大きな水槽は、たった一匹の生物の為だけに用意されたものだった。
長い首と尾を持ち、手足に当たる部位には四枚のヒレを持った生物。
ちょうど、六花が四海に見せた写真の死骸が生きていてその生き物に子供が居ればこんな風であろうと想像出来る姿をした生物が、大きな水槽の中を悠々と泳いでいた。