ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結) 作:ファルメール
「まぁ、何もない所ですが……ゆっくりしていってください」
客間へと通された六花。しばらく待っていると、水着からラフなシャツとショートパンツに着替えた四海がティーセットを持ってやって来た。少女は慣れた手つきで紅茶を煎れて、客人へと差し出す。
「お砂糖は一つで良いですか?」
「ええ、潮崎博士……ありがとうございます」
角砂糖を一つ、六花の紅茶へ落とす四海。
「さて、本題に入りましょうか」
四海は自分の紅茶には、3つの角砂糖を落とした。
「こんな片田舎に引きこもっている偏屈学者に、ブルーマーメイドがどんなご用ですか?」
少しばかり自虐的な口調で、大人用のソファーに寝転がるように腰掛けた四海が尋ねた。
「……」
一口紅茶を口に挟んで間を置くと、六花は傍らに置かれていた鞄から書類を取り出して机に置いた。それを見た四海の片眉が、ぴくりと動く。
「これは一月前……あなたが学会に発表された論文です」
「あぁ……」
呆れたように、四海は溜息を吐くと紅茶に角砂糖を2つ落とす。
「最初に大笑いされて、最後はこれでもかと言うほど酷評・悪評で扱き下ろされた論文ですね」
欠伸する四海。六花はそんな彼女を見て少しばかり不機嫌そうな顔になると、ページをめくって論文を読み上げていく。
「今から6500年前……この地球上で最も繁栄していた種……恐竜が絶滅したのは巨大隕石の衝突によって舞い上がった大量の粉塵が太陽光を遮った事による氷河期の到来だというのが一般的な説ですが……しかしごく限られた一部の地域では……気候や海流の関係で氷河期の影響が少なく済んだと考えられる場所があり……それらの場所では、絶滅した筈の恐竜の子孫が今も生き存えている……あなたはこの論文の中でそう書かれていますね、潮崎博士」
「子供の戯れ言、夢物語、学者になるより小説家になった方が大成するだろうと、大御所の先生方には滅茶苦茶に批判されました」
むすっとした表情になって、四海は角砂糖を一つ紅茶に落とした。
「勿論、全く無根拠という訳ではなく……日本の大戸島、マーシャル諸島のラゴス島、ベーリング海のアドノア島……あなたが論文の中で例に挙げたこれらの島の近隣に古くから住む人々の間には、例外なく巨大な怪物の伝承が伝わっている……そして、フランス近海にも」
「……それで? そんな荒唐無稽な話を鵜呑みにして、はるばる日本からここまで来られたのですか? ブルーマーメイドも随分と暇なお仕事のようで。いや、ブルーマーメイドが暇なのは良い事なのでしょうが」
皮肉っぽく言うと、四海は角砂糖を3つ紅茶に投入した。
「……無論、それだけなら変わった論文だとしか私も思わなかったでしょう……しかし、二週間前の事です。これを」
六花が、懐から一枚の写真を取り出すとぽいと投げ出す。写真は、机を滑って四海の前まで来た。
「ふむ? 拝見します」
角砂糖を一つ紅茶に入れると、四海は写真を手に取った。
「これは……」
座り直して、四海は両手で保持した写真をじっと睨む。
白黒で解像度も荒いが、何が写っているかおおよそは判別出来た。
まず場所は、背景からしてどこかの船上のようだ。船の機材と、数名の水夫の姿が見える。
何より目を引くのは、写真の中央に写っている”もの”だった。
何かの海洋生物の死骸のようだ。一目見て、魚やサメにでも食い散らかされたのだろうか、損壊が激しく死後かなりの時間が経過しているのか腐乱しているのが分かった。そして、一緒に写っている水夫との対比からしてかなりの大きさがある事が分かる。首が長く、手足に当たる部位にはヒレがあった。
「……亀の死体でしょうか? 甲羅の外れた……」
「……実際は分かりません。この生物の遺骸は近海の漁船が漁の最中に引き上げた物です」
「この死体はどうしたんですか?」
尋ねる四海の表情は、先ほどまでとは比べものにならないぐらい真剣なものに変わっていた。
「大きな死体を船に積めない事、腐敗臭が酷い事などを理由として、数枚の写真を撮影した後に海に投棄されたとの事です」
「……つまり、その死体を詳しく調べる事はもう出来ないという事ですか」
呆れたような溜息を一つ。四海は再び3個の角砂糖を紅茶に落とした。
「……真相は不明です。しかし、もしこの死体がまだ未発見の海洋生物のものなら……」
「……他に群れが居る、と?」
六花は頷いた。
種族にもよるが、生物が種として繁殖して存続する為には一定数以上の個体が存在している必要がある。その数は、例えば爬虫類であれば最低でも30体から40体程度は必要であると言われている。
「はい、それで……この論文を書かれた潮崎博士の意見を是非お聞きしたいと思い、こうして参りました」
「……」
四海は角砂糖が一杯になった紅茶をぐいっと飲み干してがりがりと溶け残り噛み砕くと「ふうっ」と一息。
その時だった。
部屋に置かれていた時計が「ビーッ」とけたたましい音を鳴らした。六花が、思わず体を竦める。
対照的に四海は慣れているのか慌てた様子も無く「もうこんな時間か」とひとりごちて立ち上がると、時計を叩いて音を止め、そして物陰に置かれていたバケツを手に取った。
「それは……」
じっ、とバケツを覗き込む六花。そこには大量の小魚が入れられていた。
「どうですか、六花さんも一緒に」
「一緒に……と、言いますと……」
問われてにやっと、年相応の子供っぽい笑顔を見せる四海。
「家族に食事をあげる時間です」