ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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VOYAGE:22 波濤遙かなり

 

 現在、横須賀女子海洋学校は、千客万来と言って良かった。

 

 勿論、晴風と武蔵。そしてクリムゾンオルカ。

 

 更にはビッグママの召集に応えてやって来た各国の学生艦。

 

 イギリスからはアドミラルティⅤ級・ヴァンパイア。アメリカからはバージニア級戦艦・ニュージャージー。ロシアからはグネフヌイ級駆逐艦・リョーフキイ。フランスの軽巡洋艦エミール・ベルタン。中国の軽巡洋艦・逸仙。

 

 更には東舞校の伊201。

 

 所属も国籍もバラバラの各国の船が、所狭しと埠頭に詰めかけていた。

 

 他のブルーマーメイド所属艦は、現在伊豆半島沖でスクリュー大破によって航行不能となっている学生艦の救助活動を行っている。

 

 ボルジャーノンに操られた中で片舷のスクリューはワイヤーアンテナを外せば動作可能だった武蔵だけが、他の艦に曳航される形で横女へと帰港できたのである。

 

「あぁ~、陸地だぁ……とうとう戻ってきたよ……」

 

 自分が立つそこがゆらゆらと動く船上ではなく、しっかりとした地面である事を噛み締めるように、芽依と志摩は地面に寝転がって全身を使ってその感触を確かめる。他の晴風クルーも、彼女達ほどオーバーではないにせよ同じような状態だった。

 

 まぁ無理も無い。

 

 まだ入学したばかりでまずは船の扱いに慣れる事が主目的である筈の最初の実習で、いきなり実戦どころか掛け値無しに世界の命運を懸けた任務に従事したのである。恐らくは世界中探しても、こんな経験をしたのは自分達だけではないだろうかと、下船して晴風を振り返った明乃は改めて、とんでもない航海であったと溜息を吐いた。

 

 今にして思えば、よくやり遂げたものだと自分達を褒めてやりたくなる。

 

『……いや、違うね……私達がやり遂げられたのは……』

 

 ちらりと、クリムゾンオルカから降りてきたビッグママへを見やる。

 

『ママさんの指導が良かったからだね……きっと……』

 

 と、そんなビッグママに数名の男女が駆け寄ってきていた。

 

「ヘーイ、グランド・アドミラル!! ご無沙汰してマース!!」

 

「おお、アリスか。ヴァンパイアの艦長も、大分と板について来たようだねぇ」

 

 最初に話し掛けたのは、何故か着物姿で和傘を持った金髪少女だった。

 

「ご指導・ご鞭撻の賜物デース!!」

 

「その点には、agree。ミス・ビッグママは俺が知る限り最もgreatなInstructorですネ」

 

 アリス艦長に同意したのは、テンガロンハットを被って靴には拍車を付けたアナポリス海軍兵学校の制服を着た少年だった。何故かクラシックなガンベルトを身に付けていて、流石にモデルガンだろうがシングルアクションアーミーがぶら下がっている。全体を見ると出来損ないのカウボーイのようだ。

 

「おぉ、グラント。ご家族は元気かね?」

 

「yes。everybody、今もホワイトドルフィン・ブルーマーメイドとしてworldを飛び回っています」

 

「お前達もだ。急な話だったのによく来てくれたねぇ」

 

「ハラショー。教官の依頼とあらば、私は地球のどこからでも駆けつけますよ。ハラショー」

 

「ああ、スターシャ。そんな格好して暑くないのかい?」

 

「ハラショー。ダー。ロシアと言えばこの格好です、ハラショー」

 

 次にビッグママに話し掛けてきたのは、ロシア帽子を被ってモコモコした毛皮のコートに身を包んだ白人の少女だった。5月に入って段々と暑くなってきているこの時期には、見ている方が暑くなりそうな格好だが彼女は汗一つも掻いてはいなかった。

 

「その通りアル。あたしら、大姐姐(おおあねご)に一人前にしてもらったのでね。犬馬の労も厭わないアルよ」

 

 続いて、チャイナドレスを身に付けた東洋人の少女が進み出た。

 

「文麗(ウェンリー)か。あんたも良く来てくれた」

 

「海の仲間は皆家族……これは、あなたが教えて下さった事ですわ……教官」

 

 今度はスカートが膨らんだ豪奢なドレスを纏った女性が話し始めた。エミール・ベルタンの艦長だ。

 

「おぉ、マリー……二年ぶりかねぇ。随分大きくなったもんだ」

 

 見た目も言動も個性的な各国学生艦の面々を見て、晴風のクルー達は圧倒されたようになる。

 

 ビッグママは世界中に教え子が居ると前に言っていたが、その言葉は嘘ではなかったのだ。

 

「いやぁ……こうして見ると壮観ですなぁ。校長からは凄い方だとは聞いてましたが……これだけ各国のブルーマーメイド・ホワイトドルフィンの候補生を教えられているとは……俺たちでは歯が立たなかったのは当たり前じゃったという事か……」

 

「!」

 

 声を掛けられた明乃が振り返ると、東舞校の制服を着た少年が話し掛けていた。

 

「あの、あなたは……」

 

「ああ、申し遅れました」

 

 少年は艦長帽を取ると、ぺこりと一礼する。

 

「東舞校所属艦『伊201』艦長の小倉です」

 

「あ、横須賀女子海洋学校・晴風艦長の岬です。その節はどうも……」

 

「いや、良いんですよ。そもそもウチのソナーマンがモールスを聞き分けられなかった事にも原因があった訳ですし……」

 

 そんな風に話していると、ビッグママがぱんと手を叩き合わせる音が響いた。

 

「お前達……久し振りに会えたのは嬉しいが……」

 

「「「はぁ」」」

 

「普通に話して良いんだよ。そのコスプレも不要だ」

 

「「「…………」」」

 

 ビッグママの言葉を受けて各国学生艦の艦長はそれぞれ顔を見合わせ、そして……

 

「あぁ、良かった良かった。初めて日本に来るから気合いを入れてキャラ付けしてみたんですが……やり過ぎでしたかね?」

 

 ヴァンパイア艦長のアリスが、ワンタッチ式の着物を脱ぎ捨てる。彼女はその下に、ダートマス海軍兵学校の制服を一分の隙も無く着こなしていた。

 

「日本人が抱くアメリカ人像と言えばテンガロンハットとピースメーカーだと思っていたんですが……やはりアニメとリアルは違いますね」

 

 ニュージャージー艦長のグラントも、カウボーイハットとガンベルトを外しながら、隣のアリスに話し掛けた。

 

「いやぁ、テーマパークで着ぐるみに入っている人の気持ちが、私は少し分かった気がしますよ」

 

 リョーフキイ艦長アナスタシア(通称スターシャ)も、そう言いつつロシア帽子を取ってコートを脱ぎ捨てる。見るからに暑そうな帽子とコートの内側には、びっしりと保冷剤が仕込まれていた。

 

「でも折角日本に来るんだから、この衣装のお披露目時だって気合い入れてたのに……少し、残念ね……」

 

「まぁまぁ。あなたはチャイナドレスだからまだ良いでしょうが、私などパーティードレスですよ? 動きにくいったらなくて……」

 

 逸仙艦長の文麗、エミール・ベルタン艦長のマリーも、話しつつチャイナドレスとパーティードレスを脱ぎ捨てると、やはりと言うべきか二人ともそれぞれ所属する学校の制服を着込んでいた。

 

「みんな日本語ペラペラだね……」

 

「さっきまでの妙な語尾はキャラ付けだったのか……」

 

 と、晴風の艦長と副長はあんぐりと口を開けたままになった。

 

「恐らくはワシらと同じパターンじゃな」

 

 これはミーナのコメントである。

 

「我がシュペーのクルーも、研修中にアドミラル・オーマーが持ち込まれたジャパニメーションのDVDやブルーレイを色々と見たりマンガを読んだりしてな……研修が終わる頃には、皆すっかり日本通になっておったのじゃ。日本語はアニメの台詞で覚えた」

 

「……世界中で日本が誤解されているような気がする……!!」

 

 誇らしげに語るミーナとは対照的に、めまいを感じたましろはくらっとしゃがみ込んでしまった。流石の明乃も「あはは……」と乾いた笑いを漏らすしか出来ない。

 

 そんなやりとりが交わされた後、ざわめきと共に人混みが割れた。

 

 全員の視線が集中するその先には、横須賀女子海洋学校校長・宗谷真雪が進み出てきていた。ビッグママ達の今回のクライアントである。

 

「教官」

 

「あぁ、ユキちゃんか」

 

 真雪はビッグママのすぐ前まで来ると、踵を揃えて最敬礼する。ビッグママも同じように、ビシッという音が聞こえてきそうな見事な敬礼で応じた。

 

「今回の依頼、色々と無理を聞いていただき……感謝の言葉もありません……」

 

「良いんだよ。可愛い元教え子の頼みだ。多少のサービスはさせてもらうさ」

 

 そう言ったビッグママが「さて」と胸を張る。

 

「次の仕事もある……そろそろ、行かなくてはね」

 

「あ……」

 

 明乃は思わず、ビッグママに手を伸ばしてしまって……そして手を下ろした。

 

 ほんの一月あまりであったが物凄く濃密な時間を共有してきて、ひょっとしたらこのままずっと一緒に居られて自分達を教えてくれるような気さえしていたが……元よりビッグママはたまたま晴風と一緒に行動するようになっただけなのだ。

 

 それを思い出した。

 

「ママさん……」

 

「ん……ミケ……」

 

「お別れ……なんですね」

 

 ビッグママは次の任務を果たす為に、再び海へ。明乃達は、学校へと戻る。

 

 老艦長はそんな明乃の胸中を察したのだろう。にやりと不敵な笑みを見せた。

 

「なぁに、陸地は海で、海は陸地で繋がっている……またすぐに会えるさ」

 

 ビッグママは、そう言って明乃に握り拳を差し出す。

 

「……?」

 

 明乃はその意味を測りかねたように自分も手を差し出す。

 

 と、ビッグママが手を開いて、握り込まれていた物が明乃の掌へと滑り落ちた。

 

「でないと、それを取り戻せないからね」

 

「これは……」

 

 ブルーマーメイド候補生である明乃には、それが何であるかすぐに分かった。

 

 多少、自分の知る物とはデザインが違うし、造られてから何十年も経っているのか金属光沢も色褪せてはいるがこれはブルーマーメイドの卒業メダルだ。横女は勿論の事、日本中どころか世界中の女子海洋学校の生徒が、これを目指して日々学業や訓練に励んでいるのだ。

 

「ママさん、これは……」

 

「多少詰め込み式ではあったが……晴風のクルーは皆、あたしの訓練に耐えて優秀な成績を修めた。こいつは、卒業の証だよミケ……艦長、皆を代表する立場として……これは、あんたの物だ。同じ海の仲間……家族だからね」

 

「ママさん……」

 

 じわっと、明乃の目が潤む。ほぼ同時に、各国学生艦のクルーや横女の教員達から万雷の拍手が降り注いだ。

 

「……失礼、岬さん……少し、良いかしら? そのメダルの、裏側を見せてもらっても?」

 

「あ、はい……校長……」

 

 真雪に言われるまま明乃がメダルを裏返すと……そこには経年劣化で掠れていて読み取れない部分も多いが辛うじて「1916」「MUNETANI」と刻まれているのは分かった。

 

 これが年号であるとすれば今よりちょうど100年前。ブルーマーメイドの歴史が始まった年だ。そして「MUNETANI」とは間違いなく、真雪やましろの家名であろう。代々、ブルーマーメイドを輩出する名門中の名門、宗谷家の事だ。

 

 真雪にはすぐに、このメダルが意味する所が分かったらしい。はっとした顔になって、ビッグママを見る。

 

「教官、これは第一期ブルーマーメイド……私の祖母の……」

 

「……あぁ、そういう事だよ。ユキちゃん……」

 

 ふっと笑ったビッグママは、相変わらずその巨躯と高齢からは想像出来ないほどの身のこなしを見せると、クリムゾンオルカへと飛び乗った。

 

 それが合図だったのだろう。改造潜水艦は、微速で前進を開始。少しずつ、陸から離れていく。

 

 甲板に立つビッグママは、先ほどの真雪のように明乃達へ向き直って最敬礼する。同じように明乃達晴風クルーは勿論、ミーナ、もえか達武蔵の生徒、横女の教員一同、他に各国学生艦のクルー達も一様に整列して、一斉に敬礼を返す。

 

 ビッグママが開いたハッチから艦内に入って、そしてクリムゾンオルカの艦体が潜行して完全に海中へと姿を消すまで、その敬礼は一糸も乱れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「良かったんですか、ママ」

 

「うん?」

 

 クリムゾンオルカの発令所。

 

 上機嫌でキャプテンシートに腰掛けるビッグママに、淹れ立てのコーヒー片手にリケが話し掛けてきた。

 

「良かった、って?」

 

 渡されたコーヒーを啜りながら、隻眼をぎょろっとクルーに向けるビッグママ。

 

「あのメダルの事よね、リケ……だってママ、あれは……70年以上もずっと、ママの宝物だったんでしょう? いくらミケちゃんとは言え……」

 

「良いんだよ、ロック……ミケは」

 

「ミケはきっと、あたし以上に良い艦長になる。艦長からあたしに託された物があるように、今度はあたしがミケに託す……そうして受け継がれていくものこそが……本当に大切なもの……ですよね、ママ」

 

 いつも通り自分の思考を見透かす部下に、ビッグママは呆れたように笑いかけた。

 

「あぁ、その通りだよ。ナイン……」

 

 そう言ったビッグママは一息で大きめのマグカップ一杯のコーヒーを飲み干すと、キャプテンシートから勢いよく立ち上がった。

 

「さぁ、お前達!! 持ち場に付け!! 次の任務は、既に始まっているよ!!」

 

「「「イエス・マム!!」」」

 

 威勢の良いクルー達の声にビッグママは頷くと、指示を飛ばす。

 

 そうしてクリムゾンオルカは、果て無き蒼の中を進んでいく。

 

「ミケ……クリムゾンオルカとブルーマーメイド、選んだ道は違うが……あたし達は皆船乗り、四海を臨む者だ……だがミケ……あんたは……四海を超える者になるんだ。みんなと、一緒に……!! あんた達ならどんな波濤をも超えて……いつか必ずなれる……あたしは信じてるよ……!!」

 


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