ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

2 / 34
VOYAGE:02 真雪校長の依頼

 

「おーい」

 

 天気晴朗の春の海。この日、とある民間用ヨットの乗員は、海面に妙な物が浮いているのを見付けた。

 

「あれ、さっきからずっと追い掛けてきてるぜ……何だ?」

 

「イシダイかなんかじゃねーの?」

 

「なんかの浮標(ブイ)みたいだな」

 

「ブイが動くかよ」

 

 そんな風に会話しつつ、釣り人達はからから笑いながら何本目かのビールを開けた。

 

 ヨットと併走しているブイのような物体。海水に浸かっている部分はワイヤーが風船のようにくっついていて、ずっと深い海中へと伸びている。そのワイヤーの先にあるのは一隻の潜水艦。「ビッグママ海賊団」が誇る「クリムゾンオルカ」であった。ブイには通信機能が内蔵されていて、これを海上に露出させる事で潜行しながらの通信が可能だった。

 

 海上安全整備局からの依頼はキナ臭いと断ったビッグママ海賊団であったが、キナ臭いものほど金になるのが世の常。それに後ろ暗い所がある物を奪われても、彼等は表立っては追求できない。脱税して貯め込んだ金を盗まれても警察に届けられないのと同じだ。

 

 そうした計算もあって、ネズミのような生物を横合いからかっさらうべく動き出したビッグママ海賊団であったが、しかし一直線に西之島新島へと向かうような事はせず、まずは近過ぎず遠過ぎずといった距離の海域にて、情報収集を行っていた。

 

「お前達、どんなに些細な情報も聞き逃すんじゃあないよ」

 

「「「はい、ママ!!」」」

 

 クリムゾン・オルカのクルー、リケ、ナイン、ロックの3名は艦長ビッグママへと気持ちの良い返事を返す。

 

 そうしている間にも無線からは様々な周波数の通信が流れていて、テレビ画面はめまぐるしくチャンネルが変わっていく。彼等はほんのちょっぴりな会話も聞き逃さず、画面上に表示される小さなテロップも見逃さずに膨大な情報を処理していく。

 

 だが今の所、見るべき情報は皆無と言って良かった。

 

「ん?」

 

 とその時、ロックがヘッドホンに手を当てる。

 

 流れてくるのは耳障りなノイズだった。ブルーマーメイド所属艦や彼女達の通信機で使われている暗号回線だ。

 

「解析ソフトに掛けな」

 

「もうやってますぜ」

 

 リケの返事と、解読が終わるのはほぼ同じだった。

 

「それじゃあ、流します」

 

 コンソールの操作によって、音声がスピーカーに繋がれて艦内に響き渡る。

 

<……航洋艦「晴風」、エンジントラブルにより予定集合時間には遅刻してしまいそうです。予想到着時間は……>

 

「……こりゃ、学生艦から教官艦への通信ですな」

 

「そういやもう4月。海洋学校では新入生の訓練が始まる季節ですね」

 

「しかし初訓練から遅刻とは……確か「晴風」の機関は高圧缶……まだまだ故障が多いらしいから仕方無いでしょうけど、とんだ失点……前途多難ね。この船の生徒達は」

 

 3名のクルーが各々の感想を述べる中、ある事を思い出したビッグママはポケットからスマートフォンを取り出してアルバムを呼び出す。お気に入りにフォルダ分けされた写真には、今より幾分髪に黒色の多い彼女が真ん中に、そして両手で抱き寄せられるようにして幼い明乃ともえかが映っていた。

 

『そういや、あの子達も今年から高校生か……』

 

 送ってきた手紙によれば、二人とも晴れて横須賀女子海洋学校に入学したとの事だった。ちょっと前まではちびっ子だと思っていたのに。

 

『あたしも年取る訳だねぇ……』

 

 ふぅと息を吐いて、苦笑いするビッグママ。しかし物思いに耽っていたのもここまでだった。

 

「ママ、横須賀女子海洋学校のデータベースにハッキングして調べたんですが、今年の新入生の訓練航海は西之島新島沖で行われるそうです」

 

「あちゃあ……そりゃあまずいね」

 

 やれやれと、肩を竦めるビッグママ。

 

 殆どのブルーマーメイドは、国家公認海賊とも言うべきクリムゾンオルカに対して良い感情を持っていない。概ねがならず者・ヤクザ・犯罪者予備軍という認識である。

 

「分かった。じゃあ暫くはこの海域で待機。訓練が終わって学生艦と教官艦が全て引き上げた後に、調査を行う事にしよう」

 

 ビッグママの指示を受けて、クルー達3人は異存は無いという表情で頷く。あまり良くない関係であるとは言えそれでもこれまで争い無くやってこれたのだ。のこのこ出て行って余計なトラブルの種を蒔くのは避けるべきだろう。

 

「リケ、ロック、ナイン。この時間を使って、三交代制で休息。ロック、お前はもう一度、対毒マスクやNBC防護服のチェックをやっておきな」

 

「分かったわ、ママ」

 

 艦長の指示を受けてロックはブリッジを出ると、武器庫へと向かった。そこには武器弾薬などが大量に積み込まれているが、その中には有害物質や放射能に汚染された場所での活動を可能とする防護服も含まれている。

 

 海上安全整備局から得られた情報では詳細は何も分からなかったが、回収する対象がネズミのような”生物”である事から、ビッグママはこの依頼の『裏』にある程度のアタリを付けていた。

 

 

 

 可能性その①:ネズミそれ自体が目的ではなく、ネズミに付けられた首輪やアクセサリーに何か秘密がある。例えば政治家絡みで黒い金の動きが示されたデータが入っているとか。

 

 可能性その②:単純にこのネズミが超珍しい絶滅危惧種。どうあっても保護しなければならない。

 

 可能性その③:このネズミは危険な病原菌を保菌している。万一本土にでも持ち込まれたら蔓延、パンデミックになる。それを防ぐのが目的。

 

 

 

 ざっと考えられる可能性としては以上のようなものだが、まず②は無いだろうとビッグママは見ている。本当にただの珍しいだけの保護動物なら、ブルーマーメイドでもホワイトドルフィンでも動かして堂々と保護してしまえば良いのだ。わざわざ高い金払ってクリムゾンオルカのようなヤクザ者を使う理由が無い。

 

 その①も怪しい。いくらなんでも映画じゃあるまいし、そんな重要なデータを動物の首輪とかに仕込むものだろうか? 情報が流出する危険が高くなるだけに思える。いや先入観での決め付けは危険だが客観的に見て可能性は低い。

 

 となると残るのがその③……万一の場合、死んでも後腐れが無いように自分達を使おうとした? むしろわざとウィルスだか病原菌だかに感染させて、その効能をテストしようとしたとか? ここまで来ると陰謀論だが、しかしだとしたなら専門のスタッフを動かさなかった事にも説明が付く。

 

 ……真相は分からないが、備えは必要だろう。

 

『……もしあたしの考えてる通りだとしたら……目ン玉飛び出るような大金を制服連中からふんだくってやる……!!』

 

 息巻いていたビッグママであったがしかしこの数時間後、事態は思わぬ展開を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

「晴風が反乱しただって?」

 

 リケからの報告を受けたビッグママは、思わず巨体をキャプテンシートから乗り出した。

 

「はい、ママ。猿島からの救助信号を傍受しました。集合時間に遅れて到着した晴風が突如教官艦に発砲し、猿島を撃沈。そのまま逃走したとの事です……ありえねーだろと思いましたが……」

 

「私も何かの間違いだと思って何度も確認したけど、間違いないわ」

 

 ロックが補足する。

 

「だが重要なのはそこじゃない……ですよね、ママ」

 

 ナインの言葉に我が意を得たりと、頷くビッグママ。

 

「海上安全整備局から来た依頼の目的地が西之島新島沖。『偶然』ここが海洋学校の訓練海域に選ばれていて『偶然』そこで学生艦が反乱して教官艦を撃沈した……お前達、本当にこれが偶然の一致と思うかい?」

 

 試すような口調だが、3人のクルー達からの回答は全て同じだった。

 

「それこそありえねーでしょ」

 

「……レッスン2だったわよね」

 

「二つの偶然は無い……ですよね、ママ」

 

「オウさ」

 

 頷くビッグママ。これには絶対に何らかの作為が働いている。少なくともそう疑ってかかるべきだ。

 

「何かがある……」

 

「何かって?」

 

「分からないねぇ、今はまだあたしにも。だからこそ、事情を知っている者に話を聞く必要がある」

 

「事情を知っている者……って言うと……」

 

「……晴風に接触するので?」

 

「しかしどうやって? 相手は学生で候補生とは言えブルマー。接触できたとして、犬猿の仲の私達に素直に話してくれるとは思えないけど?」

 

 クルー達の意見も尤もである。しかし、ビッグママには勝算があった。

 

「ああ……それなら問題無いよ。あたしの予想では後一時間もしない内に、晴風と接触する為の絶好のカードがこちらに舞い込んでくるさ」

 

「絶好のカード?」

 

「何ですか、それは?」

 

「まぁ、見てなって。取り敢えずこのまま一時間待機だ」

 

 そしてきっかり一時間後。艦内に着信を知らせるメロディが鳴り響いた。素早くリケが計器をチェックする。

 

「ママ、秘匿回線で通信が入ってます」

 

「どこからだい?」

 

「これは……横須賀女子海洋学校からです」

 

「「!!」」

 

 二人のクルー、ナインとロックは驚いた顔になり、対照的にビッグママはにやっとどや顔になった。

 

「繋ぎな。映像をモニターに、スピーカーもオンにするんだ」

 

「了解」

 

 ほんの数秒で回線が接続され、ブリッジ正面の一番大きなモニターに、制服を凛々しく、完璧に着こなした妙齢の女性がバストアップで映った。元ブルーマーメイド、現横須賀女子海洋学校校長・宗谷真雪だ。

 

<ご無沙汰しております、教官>

 

 モニターの中の真雪が、ぺこりと頭を下げた。

 

「あたしはもう教官じゃあないよ。ユキちゃんこそもう校長先生か。立派になったものだねぇ」

 

<ご指導・ご鞭撻の賜物です>

 

 画面越しに二人は視線を交わし合って、旧交を温め合うような挨拶が終わった事を互いに了解すると、先に話を切り出したのは真雪だった。

 

<今回は教官にお願いしたい事が……>

 

「当ててみせようか、晴風の事だろう?」

 

 機先を制するようなビッグママの言葉を受けて、真雪は少しだけ目を見開いて穏やかな驚きを見せた。驚愕が半分、納得が半分という所だ。

 

<流石は教官……既にご存じでしたか>

 

「で……その晴風が猿島を撃沈した事を受けて、海上安全整備局はこれを大規模反乱行為と認定……もしくはその方向へと意見が傾いていて、このままでは拿捕もしくは撃沈しろという結論が出るのも時間の問題……その前にあたしらが春風に接触して、事態を収拾してくれ……って所かい?」

 

<はい……仰る通りです>

 

 ずばずばと言い当てられて、真雪は脱帽という表情になった。

 

<正直……入学したばかりの学生が初航海でいきなり反乱したなど……私には信じられません。何かの事故や偶然が重なった結果である可能性も十分にあると思っています。だからクリムゾンオルカには他に先んじて事態の究明に動いてもらいたいと……>

 

「確かに。学生艦が反乱するなんて……ってぇのはあたしも同意見だねぇ」

 

 シワだらけの顔をもっとシワだらけにして、ビッグママは口元に手をやる。

 

 横須賀女子海洋学校はブルーマーメイド養成の名門校で、学生は日本中から集まる。出身地も母校もバラバラの学生が集まってたった数日で意思の統一に至って、反乱などという大それた事をやらかしたと言うのか?

 

 リケの台詞じゃないがそれこそありえない。「何か」があると考えるのが自然だろう。その「何か」が、海上安全整備局からの依頼とどう関係があるのか、もしくは無関係なのか。それがビッグママの知りたい事だった。

 

 ……尤も、それらは今の所全て真雪やビッグママの推論でしかない。確たる証拠は何も無い。

 

「だから他のどの艦よりも先にあたしらに晴風と接触して生徒達を保護……可能なら、何故猿島を撃沈するような事態となったのかを究明しろって訳だね?」

 

<その通りです。報酬として1000万円、依頼を受けていただくと同時に指定の口座に振り込ませていただきます……あなた方に依頼するには少ない額であるとは承知の上ですが……私がすぐ用意できる額はこれが精一杯なのです。不足分は、後から必ずお支払いすると約束します……何とか、引き受けていただけないでしょうか?>

 

「いいだろ」

 

 ビッグママの快諾を受け、真雪の表情が目に見えて明るくなった。これは彼女を信頼している事の証だ。

 

「ただし、条件があるよ。4つだ」

 

<仰って下さい>

 

「第一に、晴風の保護及び事態の究明を行うに当たって、やり方は全てあたしらに一任する事」

 

<当然の条件ですね。受けます>

 

「第二には、学校側で掴んでいる情報は全てあたし達に開示する事」

 

<それも当然の申し出です。すぐにデータを送信させていただきます>

 

「第三にはこの依頼の遂行中に発生するいかなる被害についても、あたしらにその責任を問わない事」

 

<……いかなる被害も……ですか?>

 

 流石にこの条件については、真雪も即答を避けた。前の二つとは違って、これは意図する所が読めない。

 

「簡単な事さ。晴風が反乱艦認定されてあたしらクリムゾンオルカはその保護に動くが、もし依頼遂行中に他の艦と遭遇し、その時拿捕又は撃沈の指示が出ていた場合、交戦になる可能性がある。あたしらは真っ当な事をやってる連中に手出しはしないが、先制攻撃を受けた場合の正当防衛だけは例外だ。自分達もしくは晴風を守る為に、やむを得ず敵対艦の攻撃力に打撃を与えるケースが考えられる。その時の保障が欲しいのさ」

 

<……確かに、こうした依頼を受けてもらう以上、尤もな条件ですね。教官なら過剰防衛は行われないでしょうし……受けます。最後の一つは?>

 

「報酬は500万、成功報酬で良いよ」

 

<……よろしいのですか、教官……?>

 

 モニターの向こうの真雪が戸惑ったようになったのを受けて、ビッグママはしわくちゃの顔をほころばせる。

 

「生徒の為に1000万の自腹切ろうなんて、ユキちゃんも良い先生になったじゃあないか。あたしからのご祝儀だよ」

 

<……生徒は教師に倣うものです。自分の信念に従え……これは、レッスン1でしたよね。教官>

 

 笑みを交わし合うビッグママと真雪。これは契約成立の合図だった。

 

「それと、この会話は映像音声共に記録させてもらうよ。晴風のクルーに、手っ取り早くあたしらが敵じゃないって信じてもらう為に使えそうだからね。そしてもう一つだけ……ユキちゃんに聞いておきたい事がある」

 

<……何でしょうか?>

 

 ビッグママが神妙な顔になったのを受けて、話される会話の内容に察しが付いたのだろう。真雪の表情に陰が落ちた。

 

「もし……最悪の場合はどうする? つまりこれが、マジに晴風の反乱だったら?」

 

<……っ、それは……>

 

 頭の片隅には思い浮かべていたが、目を背けていたい可能性だったのだろう。真雪は言い淀む。そんな元教え子をじっと見据えるビッグママ。何十秒間か胃が痛くなるような沈黙が過ぎて、

 

「ごめんよ、今のはあたしが意地悪だった」

 

 先に話を切り出したのはビッグママだった。

 

<……教官>

 

「……一応、言っておかなくちゃあならない事ではあるからね。あたしは何でユキちゃんがあたしらに依頼してきたのか、その意味は分かっているつもりだよ。ユキちゃんからの依頼に基づいて、任務は遂行するさ」

 

<……感謝します>

 

 真雪からの依頼に基づいて、というのがミソだ。彼女の意向を最大限に汲み取ると、ビッグママは言外にそう言っていた。

 

<では教官……よろしくお願いします>

 

「吉報を待ってな、ユキちゃん」

 

 ぺこりと頭を下げた真雪を最後に、通信が切れた。モニターには西之島新島を中心とした海図が取って代わる。ほぼ同時にメールの着信を知らせる音が響いて、リケがコンソールを叩いた。

 

「ママ、横須賀女子海洋学校からメールが入りました。今の話通り、晴風と猿島についてのデータが添付されてます」

 

「分割して全てのモニターに出しな。あらゆる角度から情報を検証するんだ」

 

 晴風のスペック、訓練航海の予定、猿島のクルーからの報告……モニターに流れていく多くのデータを読み取りつつ、ロックはビッグママを振り返った。

 

「それにしても流石はママ……晴風に接触する材料として……校長が我々に接触してくるのを読んでたのね」

 

「あたしがまだブルマーの教師だった頃……ユキちゃんは最も優秀な教え子の一人だったからね。クリムゾンオルカを創った後も、何度か一緒に任務を遂行した事もある……だから、どう動くかは大体分かるのさ」

 

 会話しつつも、データの読み出しは次々に終了していく。

 

「ママ、次は乗員のリストを表示します」

 

 そう言ったナインがキーボードを叩くと、晴風乗員の写真付きプロフィールがモニターに映る。

 

「!!」

 

 最初に表示された乗員の写真と名前を見て、ビッグママは表情を強張らせた。

 

「……ミケ……」

 

 晴風艦長・岬明乃。モニターにはそう表示されていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。