ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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VOYAGE:19 クリムゾンオルカVSボルジャーノン・フリート

 

「生体電流ネットワークで……思考や感覚の情報を全ての個体が共有している……だと? そんな事が……」

 

 愕然とした表情で、ましろが呟く。ちらっと、幸子や芽依を見やる。しかし彼女達も現状を判断しかねているようで、戸惑ったように互いを見詰めるだけだ。

 

<だが……それなら全てに説明が付く。ネズミがあれほど統率の取れた艦隊行動を可能とする事も、ソナーに頼らずクリムゾンオルカを捕捉した事も……>

 

「か、艦長……」

 

「……みなみさんの推理は、当たっていると思うよ」

 

 と、明乃。少なくともこれまでに得られたRATtの情報からして、そういう事が出来てもおかしくはない。

 

「……問題はそれよりも……」

 

「奴等のトリックを、どのようにして破るか、じゃな」

 

 明乃の言葉を、ミーナが引き継いだ。我が意を得たりと、頷く明乃。ましろもすぐ頭を切り換えた。確かに敵の能力の原理を考察する事も重要ではあるが、それ以上に重要なのはその能力を持った敵をどうやって攻略するかである。

 

 しかしこれはちょっと考えただけでも難しいと分かる。

 

 正攻法では、こちらの戦力は駆逐艦・晴風と潜水艦・クリムゾンオルカの2艦だけ、対してRATt艦隊は戦艦である武蔵を初めとして重巡洋艦・軽巡洋艦も含む計5艦。数の差もあって攻略は難しいだろう。

 

 どれか1艦に集中的・電撃的な攻撃を仕掛けて指揮を乱すという手もあるが、RATt側とてそれを想定しないほど愚かでもあるまい。こちらの動きに対応して即座に他の4艦が迎撃行動に移ってくるだろう。

 

「何か作戦は……」

 

「手は、あるよ」

 

 明乃が発したその言葉を聞いて、ブリッジクルーの視線が全て彼女に集中した。

 

「ほ、本当ですか、艦長!?」

 

「勝てるの、あの艦隊に!?」

 

「うん。私なら、RATtの連携を破れる。多分ママさんも同じ作戦を使うと思うよ」

 

 自信ありげに語る明乃。ざわっと、ブリッジの面々は隣に居るクルーとそれぞれ顔を見合わせた。そんな一同の疑問を代表する形で、ましろが一歩進み出た。

 

「艦長、それはどのような作戦なのですか? 説明を……」

 

「それは……」

 

 と、明乃が言い掛けたその時だった。伝声管が鳴る。水測室からだ。

 

「どうしたの、まりこうじさん!!」

 

<海中にエンジン音を確認。音紋照合、クリムゾンオルカです>

 

「「!!」」

 

 ブリッジの空気が、明らかに変わる。

 

 ビッグママが、動いた。

 

 

 

 クリムゾンオルカの発令所。

 

「ママ、艦のアップトリムが50度に達しました」

 

 ナインの報告を受け、ビッグママは「よし」と頷き同時に次の命令を下す。

 

「1番発射管、噴進弾発射!!」

 

 

 

 晴風の水測室。

 

「!!」

 

 楓が、反射的にヘッドホンに手を当てた。素早く音量を調節しつつ、並行してコンピューターを操作、たった今聞こえてきた音と、登録されている音のデータを参照する。

 

「海中に、魚雷発射音1!! クリムゾンオルカが魚雷を撃ちましたわ!!」

 

<<!!>>

 

 ざわっ、と発令所がざわめいたのが伝声管越しにも分かった。

 

 その間にも楓は水中聴音を続けている。しかし耳に入ってくるのはこれまで何度か聞いた魚雷の推進音とは、少し違っているように思えた。ソナーの感度を高めに調整する。違和感の正体はすぐに分かった。

 

「これは……!! 艦長、高速推進音が仰角60度にターン!! 先程の報告を訂正、魚雷ではありませんわ!!」

 

 モニターに、音紋から解析されたデータが表示される。

 

「噴進弾です!! 現在洋上へ向けて上昇中。15秒で海面に飛び出します!!」

 

 噴進弾はその名の通り、噴射機構によって空中を推進する弾頭である。これにはいくつかのタイプがある。艦から発射されて空中を推進しそのまま目標へと着弾するタイプ。空を飛んだ後に着水してその後は水中推進で目標に向かっていく噴進魚雷。そして海中の潜水艦から発射され、空中へ飛び出した後に目標へ向けて落ちてくるタイプ。

 

 今回クリムゾンオルカが使用したのは3番目のタイプである。

 

「けど……どうして一発だけしか撃たないのかな?」

 

 ブリッジにて、楓の報告を受けた芽依が首を捻りつつ呟いて……ましろの顔がさあっと蒼くなった。最悪の想像が、脳裏をよぎったからだ。

 

 一発しか撃たないという事は、一発で十分だという事。つまり……!!

 

「ま、まさかミス・ビッグママはこの噴進弾で晴風やブルマーごと艦隊を吹き飛ばすつもりでは……!! み、見張り要員はすぐに艦内に退避を……!!」

 

 条約で日本は核兵器を持てない事になっているが、しかしクリムゾンオルカは『レッドオクトーバー』や『パウラ』、更にはスーパーキャビテーション航法など、どこの国の艦にも実装されていない装備を開発し、実用化している。更に彼女達は国家公認海賊(PRIVATEER)。テロリストや犯罪者を食い物にして、上前をはねる事を生業とする者達だ。そんな彼女達なら核弾頭の一つや二つ隠し持っているのがそんなに不思議な事だとは、ましろには思えなかった。

 

 だが。

 

「大丈夫!!」

 

 泡食って伝声管に叫ぼうとしたましろを制したのは、明乃だった。その表情には確かな自信と信頼が見て取れる。

 

「シロちゃん、ママさんはそんな事は絶対にしないよ」

 

「し、しかし艦長……」

 

「海の仲間は、みんな家族。その家族を衛るって、ママさんは約束してくれたから。ママさんは、約束を破る人じゃないよ」

 

 晴風が初めてクリムゾンオルカと接触した時と同じ言葉を、知らず明乃は口にしていた。と、続くようにしてミーナが進み出る。

 

「ワシも同意見じゃ。アドミラル・オーマーは断じてそんな最低の戦術を使う方ではない。寧ろ逆。あの方は常に、最悪の状況からでも最高の戦果を叩き出されるのだ!!」

 

「う……うむ……」

 

 二人に圧されたように、ましろは伝声管の蓋を閉じた。

 

「でも……だとしたらこの噴進弾にはどんな意味が……」

 

 これは幸子の発言である。

 

 既にこれまでの経緯から、ビッグママは予想は裏切りまくるが無駄・無為・無意味な行動は一切取らない人物であるのは分かっている。ならばこの攻撃にも、絶対に何らかの意図がある筈。では、その意味は一体何か? 広範囲の大量破壊兵器でないのなら、たった一発の弾頭で何をするつもりなのか?

 

 そう思考し、議論している間にタイムリミットになった。

 

<噴進弾、海上に飛び出します!!>

 

 楓の報告と同時に、RATt艦隊と晴風の中程の位置の海面を割って、巨大な金属筒が浮上した。クリムゾンオルカから発射された噴進弾だ。まっすぐ上空へと向かっていく。ブリッジの全員が、それを見ようと窓に詰め寄った。

 

 

 

「……」

 

 見張り台で、マチコは思わず唾を呑んで取っ手をぐっと掴んだ。

 

 もしこの噴進弾に装填されているのが『核』だとすれば、艦の外に身を晒している自分が最も強く影響を受ける。恐らくその時は、この身は影すら残さず消し飛ぶだろう。

 

 だが、今からでは艦内への退避も間に合わないし、第一この距離では外に居ようが中に居ようが同じだ。一瞬で吹っ飛んで蒸発する運命に変わりはない。

 

 出来る事は一つ。艦長と、ビッグママを信じる事。それ以外には無い。

 

 取っ手を掴む手が汗ばんでいるのが分かる。

 

 噴進弾が高々度に達する。爆発まで、後数秒もない。

 

「……っ!!」

 

 思わず、目を閉じる。

 

 ドォン!!

 

 爆発音が、響いてくる。

 

 しかし覚悟していた熱風も衝撃も襲っては来なかった。

 

 数秒ほども目を閉じていたマチコは、大きく息を吐いてやっと目を開けた。

 

 明乃の判断は正しかった。クリムゾンオルカから発射されたのは通常炸薬の弾頭だった。

 

 が、だとすると分からない事が一つ。

 

「……何の為に?」

 

 核弾頭で無かったのなら、今の噴進弾は何の為に撃たれたのか。まさかハッタリでもあるまい。

 

 そう思った時、マチコは周囲にちらほら、大量の何かが舞っているのに気付いた。

 

「……雪?」

 

 最初はそう考えたがすぐに否定する。今は5月、雪の降る季節ではない。目を凝らすとそれは、細かく千切られた紙切れのようだった。

 

 すっと手を伸ばすと、紙吹雪のように舞っていたそれが幾つか腕に付着した。その小さくペラペラな物体は、銀色の光沢を持っていた。

 

 そうした所で、彼女はやっと宙を舞っているこの物体が何であるか気付いた。と、同時にビッグママの狙いをも理解した。

 

「これは……チャフ(アルミ箔)!!」

 

 

 

「チャフ……それが弾頭に仕込まれていたのか……!!」

 

「そうか……!! これならネズミの連携を崩せるかも!!」

 

 空間に散布されたチャフは電波を乱反射させる。この為、チャフが散布された一帯ではレーダーや赤外線誘導のような電子機器が一時的に無効化されてしまう。

 

 哺乳類であるRATtが群体生物のように一つの意思を共有できる原理は生体電流ネットワークによって脳波を繋いでいるからだ。つまりそれぞれの個体が感じている思考や感覚といった脳内情報をネットワークにアップロードし、無線LANに繋がれたパソコンのように全ての個体が共有しているのだ。

 

 だがそれには、電波状況が良好である事が絶対条件となる。ならば……チャフによって電波がジャミングされれば? それによって個体間の通信がままならなくなれば?

 

「のまさん、艦隊の様子はどう!?」

 

<……待ってください……ん、少しですが各艦の動きが不安定になったように思えます!! 足取りが、乱れているような……>

 

「……チャフで電波が乱反射して、生体電流ネットワークがジャミングされているのか……」

 

「今こそがチャンス!! 機関最大戦速!! 艦隊を牽制します!!」

 

<機関全速、合点でぃ!!>

 

 機関室から、麻侖の元気の良い声が返ってくる。

 

「砲雷撃戦用ーーー意!! メイちゃん、タマちゃん、配置について!!」

 

「やっと撃てるぅっ!!」「ウイ!!」

 

 水雷長と砲術長がそれぞれ持ち場に着いたのを見て、明乃は頷きを一つ。

 

「……しかし、艦長。艦隊に接近するという事は晴風もチャフの影響を受けます。艦の機能のいくつかは使えなくなりますよ?」

 

「それは大丈夫。みんな、ママさんの訓練を思い出して!!」

 

 クルー達ははっとした表情になる。

 

 ビッグママの訓練方針は「どんなに技術が発展しても艦を動かすのは結局人間だから、人間の技能・練度を高める」というものだった。実際に彼女は砲撃に於いては止まっているとは言え手動照準で射程ギリギリの標的に初弾を当てるほどの凄まじい練度を誇っていた。

 

 しかしこれは今の時代にあっては全く実用的ではない、例えるならサーベルタイガーの牙やマンモスの角のような、オーバースペックとも言うべき域にある練度である。凄い事は間違いないが、ただ凄いだけ。無駄に凄いと言い換えても良い。

 

 そこまで到達できるほどの時間と労力を掛けるなら他の訓練を行って多岐に渡る技能の習熟に努めた方があらゆる状況に対応出来て潰しが利くし、実戦的だ。何より車より速く走れる人間やモーターボートより速く泳げる人間が居ないのと同様で、どれだけ練度を高めた所で最新装備との間には埋めようのない溝が存在するのだから。

 

 だが、そんな不毛に思われた訓練が今、RATtに対抗する為の有効な手段として活かされている。短期間とは言え、ビッグママに訓練された晴風クルーはマニュアル操作であっても、十全とまでは行かないにせよ艦のパフォーマンスの低下を最小限に抑える事が出来ていた。

 

 ……まさかここまで読んでいた訳ではあるまいが、しかしビッグママのお陰で、晴風は戦える。

 

<艦長、艦隊各艦の砲塔が全てこちらを向きます!! 迎撃態勢を取っています!!>

 

「来るよ、りんちゃん!! 回避運動、しっかりね!!」

 

「ほ、ほぃぃ!!」

 

「大丈夫、今の艦隊の砲撃はそうそう当たらないよ!!」

 

 明乃が言い終わるか終わらないかという所で、無数の艦砲が火を噴いた。

 

 しかしそれらは一発も晴風には命中せずに、周囲の海に水柱を上げただけに終わった。

 

「……照準がブレてる……猿島やシュペーの時みたいに……!!」

 

 ボルジャーノンによって統率された艦隊は、武蔵のみならず摩耶や涼月までもが信じられないほど正確な砲撃による猛攻を仕掛けてきた。しかし今は、その射撃精度がまるで失われている。チャフによるジャミングによって、ボルジャーノンの指揮が各艦に届かなくなった為だ。

 

「これなら、行けるかも……!! あの嵐の海はもっともっと怖かったから……全てかわしきってみせます!!」

 

「……撃つ!!」

 

「憧れの全門一斉発射……!! 謹んで撃たせていただきます!!」

 

 鈴がめまぐるしく左右に舵を切って、全ての砲撃を確実に回避していく。

 

 並行して全ての砲、全ての魚雷。砲撃は人が居る可能性の低い区画を狙い、魚雷は信管を外しているとは言え、今の晴風が持つ最大火力が艦隊へと叩き込まれる。

 

 撃沈にこそ至らないが、艦隊の動きが鈍ったのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ママ、晴風に動きあり。艦隊に接近して砲撃や魚雷攻撃を行っています!!」

 

 リケの報告を受け、「ほう」とビッグママが頷いた。

 

「良い援護だ、ミケ。こちらの噴進魚雷の意図……しっかりと把握したようだねぇ」

 

 現在、RATt艦隊は晴風の攻撃によって足止めを受けている。これなら、狙いが付けやすい。確実に命中させられる。

 

 そしてモニターに表示される情報から判断して、チャフによる攪乱はRATtのネットワークをジャミングして艦隊の指揮を乱すのに有効である事が明らかとなった。

 

 作戦の第一段階はクリア。ここからが本命。

 

「2番発射管、魚雷発射!!」

 

「2番発射アイ!!」

 

 ズン!!

 

 鈍い音と共に振動が発令所にも伝わってきた。

 

「ママ、我が艦の魚雷が航走開始しました。雷速50ノットに達するまで30秒!!」

 

「よし、機関全速!! アタックポジションを確保する!! 魚雷発射管、全門装填急げ!!」

 

「機関最大戦速アイ!!」「魚雷全門装填了解しました!!」

 

 クルー達の即応を受け、ビッグママは頷きをもう一つした。

 

「さあ、覚悟しなよネズ公共……!! クリムゾンオルカの真の実力を、今こそ見せてやるぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 左舷50に砲撃が着弾。爆圧で、晴風が揺れる。

 

「ううっ……距離も近付いてきたし、照準も少しずつ正確になってきてる……!!」

 

<こちら機関室、艦長!! このまま全速じゃ長くは保たねぇぞ!!><油もバカ食いしてるし……!>

 

 鈴も回避航行を頑張ってくれているが、数撃ちゃ当たるという言葉もある。たとえまぐれの一発でも、装甲の薄い晴風では当たればそれでアウツ。艦の機能に支障をきたし足が止まって、後は鴨か七面鳥のように撃たれるだけだ。

 

「艦長、このままでは……!!」

 

 そろそろ引き時ではと、ましろが進言してくる。

 

 元々、晴風だけではどうにもならないのは分かっていたのだ。この作戦はクリムゾンオルカと協力して行う事を大前提としたもの。援護が来るまで……それまで5艦の猛攻に晴風が持ち堪えられるかどうかがカギだ。

 

「勝負所じゃ、狙う者より狙われる者の方が強いけぇ!!」

 

「後が無いんじゃ……!!」

 

 小芝居を繰り広げるミーナと幸子も、流石に顔が引き攣ってきた。

 

 その時だった。伝声管が、鳴る。水測室からだった。

 

<艦長、艦隊へと接近する魚雷1本!! クリムゾンオルカから発射されたものですわ!!>

 

 またしても1発。今度はどんな狙いがあるのか……?

 

「まりこうじさん、魚雷の狙いは!?」

 

<艦隊の左翼、鳥海に向かっていますわ!!>

 

 同じ情報を、鳥海も察知したのだろう。回避する為に機関を増速するが間に合わない。

 

 魚雷は猛スピードで接近。あっという間に距離がゼロになる。

 

 聞き慣れた金属がひしゃげる耳障りな音がヘッドホンに響いて、楓は思わずソナーの感度を下げた。しかしそれも一瞬の事で、すぐに気を取り直して水測を再開する。

 

<命中!! スクリューが粉々になったようです!!>

 

「……!! そうか!! これがママさんの狙い……!!」

 

 報告を受けた明乃の対応は早かった。

 

「リンちゃん、面舵一杯!! 巻き込まれないよう、一旦艦隊から距離を取るよ!!」

 

「りょ、了解……!!」

 

「艦長……何が起こっているのですか? 巻き込まれるって……」

 

「今の魚雷で、鳥海は恐らく……右舷のスクリューを破損した。つまり、左舷のスクリューは無傷。その状況で機関を回し続けたら……どうなると思う?」

 

「それは、当然……!!」

 

 ここで、ましろにも合点が行った。

 

「見張り台、艦隊の動きはどうなっている?」

 

<鳥海が大きく面舵を切って、他の艦と衝突コースに入ります!! 武蔵、摩耶、涼月、五十鈴が衝突を回避する為、それぞれ回避航行に入ります!! 陣形が……乱れます!!>

 

 スクリューを片方だけ破壊された鳥海は、生きている左舷だけが回るのでその針路は当然大きく右へと逸れる。RATt艦隊が構成する陣の左翼に配置された鳥海がそんな動きを取れば、当然陣形の真っ直中に突っ込む形となる。そしてこれも当然ながら、他の艦は衝突を防ぐ為に針路を変更して回避航行を取らざるを得なくなる。

 

 結果、艦隊陣形は大きく崩れてしまう。

 

<……!! 艦長!! また魚雷です、数1!! 鳥海へ向かいます!!>

 

 楓の報告から20秒後、再び歪な金属音が聞こえてきた。同時に、鳥海のスピードが目に見えて遅くなって、やがて停止した。

 

 クリムゾンオルカからの第二弾が鳥海の残った左舷のスクリューを破壊し、完全に推進力を奪ったのだ。

 

 しかし、この攻撃による影響は鳥海一隻から推進力を奪い、無力化するだけに留まらなかった。

 

<艦長、艦隊に動きあり!! 武蔵以外の……摩耶、涼月、五十鈴がそれぞれ全速、針路はバラバラにジグザグ航行を始めました!!>

 

<ソナーからも確認できましたわ。航跡がジャミングします!!>

 

「これは……」

 

「親玉からの指示が届かなくなったのと鳥海がやられた事で、他の3艦は次は自分がやられると恐怖に駆られたんじゃろ。足を止めていては魚雷の格好の餌食だ、とな。それで守りに入ったんじゃ」

 

 ミーナが説明する。

 

「じゃあ……ここからはママさんにも厳しいって事?」

 

 芽依の質問に、しかしミーナは勝ち誇った表情で「チッチッチッ」と指を振った。

 

「逆じゃ」

 

「は?」

 

「我がドイツ海軍20艦も、演習ではこれと全く同じシチュエーションでアドミラル・オーマーに完敗した。確かに、足を止めていれば魚雷の絶好のターゲットじゃが……各艦が連携を取らずバラバラにしかも全速で艦隊行動して海を泡立てたら、クリムゾンオルカもクリムゾンオルカから発射された魚雷も探知出来ん。この混乱を作り出すのがアドミラル・オーマーの魔術であり、海中の状況がまるで分からない今の状況こそがまさしくクリムゾンオルカのホームグラウンドなのじゃ」

 

 その時再び、伝声管が鳴る。水測室からだ。

 

<魚雷4本、探知しました!! 艦隊へと向かっていきますわ!!>

 

<見張り台からも確認、雷跡4!!>

 

 4本の魚雷は途中から二手に分かれ、2本が摩耶に、2本が涼月にそれぞれ向かっていく。

 

 両艦共に全速で艦を左右に振り、めくらめっぽう砲撃を行って迎撃しようとするが、悲しいかなボルジャーノンの制御下に無い今のRATt達では精度の高い攻撃など行う事は出来ず、4本の魚雷が4つのスクリューに次々命中。2艦共に航行不能となる。

 

 残ったのは武蔵と五十鈴のみ。

 

 そしてターゲットとなったのは、動いている五十鈴の方だった。

 

<また魚雷ですわ!! 2本、五十鈴へと向かいます!!>

 

 向かってくる雷跡は、五十鈴からも見えているのだろう。回避する為に面舵を切る。これで命中コースから艦体が外れた。

 

 かに見えた。

 

 魚雷が、ターンして五十鈴に向かっていく。五十鈴は今度は思い切り取舵を切ったが、しかし魚雷は再び今度は逆方向にターンして、もう回避行動は間に合わなかった。

 

 スクリューが吹っ飛んで、五十鈴も動きが止まった。

 

 これで、RATt艦隊は親玉であるボルジャーノンが乗り込んでいる武蔵を除いて、全艦が航行不能・無力化された事になる。しかも乗員への被害はほぼ皆無の上で、だ。

 

 しかも要した時間は最初に鳥海がやられてから、5分とは掛かっていない。

 

 これがクリムゾンオルカ、ビッグママの実力かと、明乃達は敬意を通り越して感動すら覚えていた。

 

「そ、それにしてもあれだけ海が掻き混ぜられているのによくあそこまで魚雷が当たるよね……!!」

 

 芽依の声にも、魚雷撃ちとして畏敬の響きがあった。普通なら魚雷のセンサーが狂って迷走、とてもターゲットには当たらないだろうに。

 

「伊201の時と同じだね。エンジン音とかキャビテーションセットじゃなくて、どうすれば敵艦がどう動くかを完璧に読み切って、魚雷にあらかじめ決まった進路をプログラムしてるんだよ」

 

 と、明乃。こればかりは理屈やマニュアルではどうにもならない、熟練の医師が患者を一瞥しただけで何となくどこが悪いかを直感的に察するような、武道の達人が歩き方だけでその人間のおおよその実力を計れるような、長年艦に乗ってきた艦長だけに備わった経験則なのだろう。

 

 ともあれ、残るは武蔵1艦のみ。その武蔵は、今の混乱の中にあって動かないでいる事でクリムゾンオルカからの攻撃をやり過ごしたが……次はどう出るか?

 

 緊張と共に明乃達が注視していると、動きがあった。

 

 武蔵が両舷全速で前進を開始。針路は、まっすぐ本土を目指している。だが、晴風のクルー達は慌てなかった。むしろ「やった」という雰囲気が強くなった。

 

「焦ったな!! 音を立てて動いたら、ママさんの餌食だよ!!」

 

 と、芽依。彼女だけではなく、他のクルー達もすぐにクリムゾンオルカから魚雷が飛んできて武蔵のスクリューを破壊する未来が映像まで頭の中に浮かんでいたが……

 

 30秒、1分、2分……

 

 時間が過ぎても、魚雷は来なかった。

 

「か、艦長……ママさん、どうしたのかな……?」

 

 明乃は暫く考え込んでいたが……ややあって一つの可能性に思い至った。

 

「ま、まさか……」

 

 

 

 

 

 

 

 クリムゾンオルカの発令所。

 

「ママ、摩耶、鳥海、涼月、五十鈴はそれぞれ航行不能状態になりました。武蔵は全速で前進を開始、本土へ向かっています」

 

「ほぉ……」

 

 呟くビッグママは、少し意外そうな声を出した。

 

 てっきり、動いて音を出して魚雷の的になる事を嫌い、その場でジッと堪えて耳を澄まし、こちらの居場所を特定する事を優先すると思っていたのに。

 

 今の武蔵の動きは、もう多少の被弾や損害は覚悟の上。その巨体を活かして、強引に本土へ乗り込もうというものだ。

 

 しかしこれは、実はこの状況ではRATtにとっては最適解であった。

 

「あたしの採点では他の艦が全速でジグザグ航行を開始した時点で、それに乗らず動かなかった時点で190点を付けても良かったが……ここで敢えて動くとは。どうやら、感付かれたか。理詰めだけでは……ただ頭が回るだけではこうは行かない。良い読みだ、カンも冴えてる。210点を付けてやろうじゃないか、ネズ公」

 

 クリムゾンオルカは武蔵を撃たないのではない、撃てないのだ。

 

「ロック、通常魚雷の残存本数を確認しな」

 

「はい、ママ……残り、1発です」

 


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