ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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VOYAGE:18 爆雷回避せよ

 

 クリムゾンオルカの発令所。

 

「ママ、艦内状況のチェックが終了しました。自己診断プログラムオールグリーン、各区損傷無し」

 

「よろしい」

 

 ナインからの報告に、ビッグママは大きく息を吐きながら頷く。紙一重のタイミングではあったが、魚雷6本の爆圧をやり過ごす事には成功した。潜水艦は海中に身を隠す事が出来る分、装甲は紙。直撃でなくとも安全距離より内側でまともに爆圧を受ければ、衝撃によって構造的に脆い部分から破損して浸水、即命取りだ。

 

 1000メートル以内という近距離での爆圧を受け、尚かつ無傷というのは通常では有り得ない話だ。それをやってのけたのは偏にビッグママの卓越した操艦技術と状況判断、そしてクルー達の異常とさえ言える練度の賜物であろう。

 

 だが、一息吐けたのはそこまでだった。ビッグママはすぐにちょっぴりだけ緩んでいた気持ちを張り詰め直す。

 

 考えるべき事はいくつかあるが……その中でも最も大きな物は、やはり明らかになったRATtの新たなる秘密。

 

 バッフルズの中に隠れていたクリムゾンオルカの動きを完璧に探知した謎の能力。タブレットを取り出すと、横須賀女子海洋学校に所属する学生艦全てのデータを参照する。これは晴風の保護と事態の究明依頼を受けた際、真雪から送られてきたデータだ。

 

 閲覧したデータは全て頭に叩き込んでいる筈だが……しかしビッグママとて人間である。万に一つ見落としでもあったのかと思っての行動だったが、やはりそんなものは無かった。涼月は勿論の事、武蔵も含めた他の全ての行方不明艦にも、クリムゾンオルカに搭載されているサイドソナーのような、バッフルズ内の艦を探知できるような機能・装備は搭載されていない。ついでに言うなら晴風や明石・間宮といったRATtウィルスの難を逃れた艦も同様である。

 

 ならば可能性は一つ。やはりRATtには真霜が収集した海底プラントでの実験データにも記録されていない、未知の能力が存在する。

 

 それが何なのか? 考察したい所だが現状ではあまりにもデータが不足している。

 

 敵の戦力が想定より上回っていた、予想と違った能力・装備を有していた。これは極めて深刻な事態である。事前に立てた作戦が通用しなくなるという事なのだから。

 

「……本来、こういう場合は撤退がセオリーなんだがねぇ……」

 

 苦々しげに、ビッグママは煙管を噛んだ。

 

 彼女も生徒達にはレッスン7で『予想外の事態が起きたら撤退しろ』と教えている。

 

 しかし自分自身の教えであるが、今回ばかりは従う訳には行かない。

 

 既にこの伊豆半島沖は事実上の最終防衛線。ここを抜かれたらその後には、満足な防衛戦力は存在しない。

 

 まだ戦艦形態へと変形した横須賀女子海洋学校が残ってはいるが、単艦ならば兎も角相手は艦隊。そしてRATt側は艦隊を構成する5艦の内の1艦と言わず、いよいよとなれば感染した生徒にスキッパーを操らせ、それに乗り込んだたった一匹のRATtが本土へと上陸を果たせばそれで勝利条件が達成されるのだ。防げる見込みは、甚だ少ないと言わざるを得ない。

 

 もっと分かり易く言うのなら、この海域を抜けられたら人類側の敗北がほぼ確定する。

 

 よってビッグママは何とかこの状況からRATtの秘密を解明し、切り込む対策を立てねばならなかったが……しかし状況は悠長に頭を回転させている時間など与えてくれないだろうと、いくつかのシミュレーションを並列で処理している老いた脳が訴えてくる。

 

「リケ!! 海上の様子に注意しな」

 

「は!!」

 

「恐らく……そろそろ海上では艦隊が別の動きを取り始めている筈だ。多分今頃は、このポイントを中心としてぐるりと囲むような動きを取っているだろう」

 

 

 

 

 

 

 

「む……」

 

 晴風の見張り台。

 

 マチコは、鷹の目のような視力でRATt艦隊の次なる動きを捉えていた。

 

「見張り台から艦橋へ。艦隊に動きあり。円を描くような航行を始めました!!」

 

 この報告を受け、ブリッジがざわっと五月蠅くなった。

 

「艦長、艦隊のこの動きは……」

 

「多分……戦法を変えたんだよ。シロちゃん」

 

「戦法を?」

 

 うん、と明乃が頷く。

 

「今までの攻撃は、クリムゾンオルカの位置を捕捉した上で魚雷を撃ってピンポイントで仕留めようってものだった……」

 

「はい。でも、失敗した」

 

 そこまで言って、はっとした表情になるましろ。ピンポイントで相手を刺す事に失敗したとなれば、次の一手は……!!

 

「恐らくだけど……艦隊が描く円の中のどこかにクリムゾンオルカが居るんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「そうして、本艦の居る位置に大体の目星を付けて、闇雲に爆雷をバラ撒いて来るよ」

 

 クリムゾンオルカの発令所。

 

 ガチンガチンと義手を動かすビッグママが、苛立たしげに言った。

 

「拙いのでは……」

 

 と、ナイン。

 

 敵は数の利を活かした作戦に出た。海中のどこかにクリムゾンオルカが必ず存在する事が分かっているのだから、その一帯全てをめくらめっぽう攻撃してくる。単艦では難しいだろうが、5艦も揃っていればそれも可能となる。

 

 装甲の薄い潜水艦にとっては、至近弾の一発でも致命傷になりかねない。投下される爆雷全てをかわしきるのは、至難の業と言える。

 

「……確かに、拙い」

 

 ビッグママの表情も流石に険しい。この状況はまさしく絶体絶命。しかし、

 

「だが、良い事もある」

 

 言葉には続きがあった。

 

「広範囲に爆雷をバラ撒いてくるって事は、正確な場所を把握する事は出来ないって事だ」

 

 居場所がハッキリ分かっているなら、続け様またピンポイントで魚雷を撃ってくるだろう。それをしてこない、出来ないという事はつまり今、RATt艦隊はクリムゾンオルカの位置を見失っているという事になる。

 

「これで一つ、分かった。RATt共の探知能力はそんなに遠距離までは届かない。これまでのデータからして周囲の状況を正確に把握できるのは……ああ、精々100メートルか200メートル程度だろうね……」

 

「うむむ……一体どのようなトリックなのかしら……」

 

 ロックが首を捻るが、答えは出ない。しかし今は、じっくり考えている時間は無さそうだった。

 

「ママ、そろそろ海中の状況がクリアーになり、ソナーの効力が戻ります……ん!!」

 

 リケが片手で音を漏らさないようヘッドホンを掴んで、もう一方の手で計器を操作する。

 

「ママ!! 海上に多数の爆雷発射音!!」

 

「来たか!!」

 

「今……本艦周囲の海面に多数の着水音!! 数は……10……20……正確には数えきれません!! 軽く数十発、広範囲に撒き散らされました!!」

 

「よし、機関最大戦速!! アップトリム最大、深度50につけな!!」

 

「アイマム、潜舵アップ一杯、機関全速!!」

 

「ママ、これは……」

 

「爆雷の爆発深度は、艦隊に被害が出ないよう100メートル以上に設定されている筈。ここは深度を浅く取って回避する……ですよね、ママ」

 

「そうだ、ナイン!!」

 

「し、しかし爆雷が深度100に達するまでおよそ30秒……それまでに深度50につけるでしょうか?」

 

 どこか不安そうに自分を振り返ったリケに、ビッグママは自信の笑みを向けた。

 

「あたしが手塩に掛けたお前等なら出来る筈だ!! この艦のポテンシャルを、限界以上に引き出すんだ!!」

 

「「「イエス、マム!!」」」

 

 機関が最大稼働し、轟音が発令所にも響いてくる。急加速とアップトリムを取った事で、背中がシートに押し付けられる。

 

「思い切り海水を吐き出せ!!」

 

 全速を出して著しくソナー効力が落ちている状況でも、水測を務めるサークル・リケの耳は何とか周囲の状況を捉えていた。ゴボゴボと、くぐもった音がすぐ近くから聞こえてくる。これは爆雷が水を掻き分ける音だ。浮上するクリムゾンオルカと、沈んでいく爆雷がすれ違っているのだ。

 

 ビッグママは懐中時計を取り出すと、秒針を睨んだ。

 

 爆雷が深度100に達するまで、残りおよそ3秒。

 

「リケ、ヘッドホン外しな!! 総員、ショック対応姿勢!!」

 

「「「とっくに対ショック!!」」」

 

 そう返してクルー達が手近な物を掴んで足を踏ん張った瞬間、爆音と共に四方八方から衝撃が襲い掛かってきた。しかも一度ではなく、何回も続け様に。

 

 空き缶の中に入れられて、その缶を蹴られたらこんな感じなのだろうかとロックは漠然と思った。シートベルトを締めていなかったら、最初の衝撃で体が投げ出されて壁にぶつかっていただろう。今も下からの爆圧で重力が相殺されて、全身が浮き上がりそうだ。シートベルトが体に食い込む。

 

 しかし何とか歯を食い縛って耐えて、5回目の衝撃をやり過ごした所で、漸く攻撃が止んだようだった。恐る恐る、リケはヘッドホンを掛け直した。

 

「ママ、深度50に達します!!」

 

「よし、アップトリムを5度に修正、浮上速度10ノットに減!!」

 

「アップトリム修正、機関減速、アイ!!」

 

「ママ、艦内のチェックが終わりました。ギリギリ何とかでしたが各区に浸水や損傷は認められません」

 

 ナインの報告を受けて、リケとロックはほっと息を吐いた。一秒でも遅れていたら大破沈没して少しもおかしくないようなギリギリのタイミングであったが、しかし彼等は無茶な注文にしっかり応えて、やり遂げたのだ。

 

「か、かわした!!」

 

「安心するのは早いよ、お前達!!」

 

 が、緩みかけた空気はビッグママの一喝によってすぐ引き締められた。

 

「今のはフェイントだ」

 

「「な……っ?」」

 

「敵は、読んでいる。爆雷による一斉攻撃を掛けられれたらあたし等は、深度を浅く取って回避する事をね。最初の魚雷攻撃と同じさ、本命は次の攻撃だ」

 

「「「あっ……」」」

 

 クルー3名の表情が、等しく何かに気付いたものになった。

 

 確かにRATt達は涼月のバッフルズにクリムゾンオルカを閉じ込めた時も、三連続かつしかも毎回違ったパターンでの魚雷攻撃を仕掛けてきた。そこまで執念深く襲ってくる相手が、今回の爆雷攻撃ではたった一度だけで諦めるとは思えない。第二波攻撃が来る可能性は高い。むしろ来る方が自然と考えるべきだ。

 

 魚雷攻撃の時は、まずは直線セットの魚雷攻撃を全速で回避させた所を、すかさずエンジン音セットの魚雷で襲ってきた。

 

 と、すれば今回は……まず爆発深度を深めにとった爆雷攻撃を仕掛け、かわす為にクリムゾンオルカに深度を浅く取らせて顔を上げた所を狙って……!!

 

「た、大変だ!! ママ、すぐに潜航しましょう!! 二次攻撃は、爆破深度を浅くセットした爆雷が来るわ!!」

 

「違う、ロック。敵はこっちがそう考える事まで……」

 

「待ってください!! ママ、ロック、静かに……!!」

 

 ビッグママが言い掛けた時、リケが声を上げて場を制した。

 

「ママ、再び海上に無数の発射音!! すぐに爆雷が来ますよ!!」

 

「「「!!」」」

 

 クルーの視線が一斉にビッグママへと集まった。指示を求めてのものだ。

 

「艦の深度このまま!! 浮上角度を3度に修正しな!!」

 

「ま、待ってママ!! この爆雷群は、浅い深度で爆発するようセットされてるわ!!」

 

「違う!! 敵の親玉、ボルジャーノンは魚雷攻撃のパターンから、こっちが第二波がどう来るかを想定する所まで読んでいる!! つまり、二次攻撃の爆発深度は浅く取っていると読んで深度を下げた所を狙い撃つという訳だ。この爆雷群も、爆発深度は深めに設定されている!!」

 

「「!!」」

 

 裏の裏を読む、というヤツだ。

 

「深度維持・浮上角修正、アイ!!」

 

 最も素早く、ナインが指示に従って動いた。

 

「し、しかし……!! もし浅めのセットだったら!?」

 

 これは当然の疑問と恐怖である。戦いは水物、絶対など存在しない。ビッグママの勘働きとて同じだ。深読みし過ぎて裏目に出るという可能性だって十分に有り得る。だが。

 

「あたしのカンを信じろ!!」

 

 その言葉で、クルー達はぐっと押し黙った。

 

 何の根拠も無いカン。しかしそれを信じたからこそ、自分達は数え切れない修羅場を潜り抜けて生きてここに居る。ならば、今回だって信じるべきだろう。皆の意見は一致した。自分達は一蓮托生。死ぬ時は全員一緒、このクリムゾンオルカを棺桶に、艦長と心中だ。

 

 着水音が聞こえる。爆雷が沈んでくる。後、ほんの数秒でクリムゾンオルカと同深度に達する。

 

 もしビッグママの読みが外れていれば、至近弾の爆圧をモロに浴びる事になる。そうなったら終わりだ。この艦も自分達もバラバラになって、魚の餌になるだろう。舵を持つナインの手は、力の入れ過ぎで白くなっていた。

 

 ……5秒経過。

 

 ……10秒経過。

 

 爆圧は……襲ってこない。

 

 爆雷群はまだ沈降を続けている。ビッグママの判断は正しかった。爆雷は深い深度で爆発するように設定されていたのだ。老艦長のカンは当たっていた。

 

「来るぞ!! 総員、ショック対応姿勢を取れ!!」

 

 言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、再び下から突き上げるような爆圧が襲ってきた。しかし未だ、何とかであるが艦に致命的な損傷は無い。

 

 今度こそかわした。誰かがほっと息を吐きそうになった所で、再びビッグママが怒鳴った。

 

「よし、全ベント開け、急速潜航!! すぐに第三波攻撃が来る。今度こそ爆発深度を浅く取った爆雷が降ってくるよ!!」

 

 ビッグママがそう言った瞬間、カーン!! という独特の音が聞こえてきた。洋上艦からのアクティブソナーだ。いつ聞いても嫌な音だと、耳を押さえながらリケが毒突いた。

 

「来るぞ!! 爆雷回避!!」

 

 

 

 

 

 

 

 晴風の艦橋。

 

 海に水柱が上がるのを見る度、晴風のクルー達は息を呑んで顔を青くしていた。

 

 RATt艦隊は円を描くように航行するエリアのどこかにクリムゾンオルカが居ると見て、飽和攻撃を行っている。ビッグママの操艦技術が神懸かっているのは今やクルーの全員が認める所であるが、あれほどの物量を連続で叩き込まれて果たして無事でいられるのだろうか。

 

「マ……ママさん、やられちゃったんじゃ……」

 

 縁起でもない事を言うなと、志摩が目で芽依を制する。しかし三度に渡って何十発という爆雷を雨の如く受けてはいくらなんでも……そう考えるのは自然な反応である。

 

「……のまさん、海上に何か浮遊物は浮いた?」

 

<……いえ、今の所は認められません。流出したオイルなども見えません>

 

 見張り台からの報告に、明乃はほっと息を吐く。いきなり胸がすっとした気分になった。円陣を取ったRATt艦隊が爆雷攻撃を始めてから、生きた心地がせずにずっと息を止めていたような気がする。

 

「どうやら……ミス・ビッグママはまだご無事のようですが……」

 

 ましろの言葉は、どうにも歯切れが悪い。言いたい事は明乃にも分かっている。

 

 クリムゾンオルカは今の所、奇跡的とも言って良い正しい選択の連続、細い道を踏み外さず辿るような操艦によって全ての攻撃をかわしているが、しかし防戦一方である事も事実。このままでは物量の差に押し切られて、いつかやられる。

 

 やはりRATtの謎。これがネックである。

 

 最高度の訓練を受けたブルーマーメイドのように艦隊を統率し、ソナーのような計器によらず周囲の状況を把握する未知の能力。これによって当初立てた作戦は全て覆されて、劣勢を強いられてしまっている。

 

「何とかして秘密を解かねば……これでは対策の立てようがないぞ」

 

 ミーナが、ぎりっと歯を噛み締める。

 

 その時だった。伝声管が鳴る。医務室からだった。

 

「みなみさん?」

 

<艦長……状況は把握している。それで……突然だが……>

 

「?」

 

<奴等の能力の秘密……私、分かったかも>

 

 

 

 

 

 

 

 現在、クリムゾンオルカは深深度を取って海底に着底しつつ停船していた。

 

 その発令所では、

 

「ママ、被爆深度はクリアしました。各区損傷無し」

 

「ああ……」

 

 ナインの報告に生返事を返しつつ、ビッグママは手にしたタブレットを睨んでいた。しかしそれも一時の事、タブレットを傍らの机に置く。

 

「ママ?」

 

「謎は解けたよ、お前達」

 

「「「では……!?」」」

 

「ああ、どうしてネズミ共があんな精緻な艦隊行動を可能とするのか、そして何故涼月がレッドオクトーバーによって無音航行していてしかもバッフルズに入っている本艦を捕捉できたのかも、全て分かった」

 

 ビッグママはタブレットをケーブルで艦のコンピューターに繋ぎ、正面の大型モニターと画面を同期させる。真霜が調べていたRATtに関する調査資料のデータが大映しになった。

 

「まずはこれまでの情報のおさらいだ。ナイン」

 

「はい……RATtウィルスに感染した者はウィルスが発する電磁波のハブとなって周囲の二次感染者の脳波に干渉、生体電流ネットワークを構築して単一の意思に基づいて行動する『一つの群体』となる。そしてより強力となった電磁波によって感染を拡大し、周囲の電子機器に異常を発生させる……ですよね、ママ」

 

「そうだ」

 

 頷くビッグママ。ここまでは既に明らかとなっている情報だ。そしてその一つの意思の根幹を成すのがRATtの上位個体であるボルジャーノンである。

 

「だが……生体電流ネットワークでやり取りされるのが上位個体からの『命令』だけだと考えるのは早計という事だろう」

 

「と、言うと?」

 

「『命令』は上から下への『一方通行』で間違いない」

 

 更に言うなら下位の個体は上位個体からの命令には逆らえない。そうでなければ命令が錯綜して、一つの意思の元に全体が行動するなど到底不可能だ。

 

「だがそれぞれのネズミ達が見聞きして、感じている『情報』は、生体電流ネットワークによって『リアルタイム』かつ『双方向』でやり取りされているんだろう」

 

「? ど、どういう事? ママ……」

 

「……つまり、仮に武蔵に乗り込んでいるRATtが晴風を見ていたとしたら、摩耶や涼月に入り込んでいるRATtも同じ光景が『見えている』という事……RATtのどれか一匹が見聞きしている全ての情報を、全てのRATtが生体電流ネットワークによって共有しているという事……ですよね、ママ」

 

「あぁ、その通りさナイン」

 

「し……しかし……トランシーバーのように声を伝えたりするぐらいなら兎も角、視覚や艦の状況を共有するなんて可能なんでしょうか?」

 

「……レッスン4だよ、リケ。先入観を捨てろ、だ」

 

 実際に、全く有り得ないという話でもない。

 

 見える、聞こえる、感じるという五感は、突き詰めれば脳内での電気信号だ。極端な話、リンゴなどどこにもないのに『目の前にリンゴがある』という情報がオープンチャンネルラジオのように電波として脳内に飛び込んできたとしたら、実際に目の前にリンゴがあるように見える筈である。

 

 ましてやRATtは電波どころか脳波を用いた生体電流で、群体を形成するのだ。ならば脳内の情報を直接やり取りする事も十分に有り得る。

 

「信じられないほど見事な艦隊行動をするのは、それが理由だ」

 

 人間ならどんなに訓練された艦隊でも、①艦隊司令官が艦隊の状況を把握する→②各艦に命令を出す→③各艦の艦長がそれを受ける→④艦長がクルーに命令を下す→⑤クルーが命令に従って艦を動かす……と、こうしたプロセスをどうしても経る訳だがRATtの場合『親玉が艦隊の状況を把握し命令内容を考えると各艦のRATtがそれを感じ取り、全ての個体に同時に命令が行き渡ってそれに従って艦を動かす』というワンアクションだ。

 

 クッションも経ないし、タイムラグも無い。トップから末端までダイレクトに意思が伝わる。成る程、異常なまでに統率された動きを見せる訳だ。

 

「それにこれは何もRATt固有の特性という訳でもない。最新の研究では、アマゾン川に住むデンキウナギは体から発生させる電気を、外敵を追い払ったり獲物を狩ったりするだけではなくオスとメスのコミュニケーションの為に使っているという報告も上がっている。電気を使う生物として、RATtにもそれが出来るんだ」

 

「……で、でもママ、そんな使い方を、ネズミ共が思い付くかしら?」

 

「……ロック、そもそも『使う』とか『思い付く』とかいう発想自体が的外れなのかも知れないよ?」

 

「はっ?」

 

「例えば暗号だが……解けない奴には何時間頭を捻っても解けないが、分かる奴にはそもそも『解読している』という意識すらなくラノベのように『読める』っていうからな……鳥が生まれながらに空を飛ぶ事を識っているように、魚が生まれながら泳ぎ方を本能に刻み込んでいるように。RATtもそうした事が『できる』んだ」

 

「じゃあ、バッフルズの中の本艦を探知したのは?」

 

「それも、生体電流ネットワークの応用だ。さっき、デンキウナギを例に挙げたが……他にもシビレエイやデンキナマズといった他の発電魚にも共通する特性として、連中は弱い電界によって定位……レーダーのように周囲の状況を把握する事が出来る。ネズミ共も、同じように十体二十体と集まれば生体電流が増幅し合って『結界』のように、微弱電流の反射で周囲の状況を把握する事が出来るんだろう」

 

 そして水中では電波が減衰するから、あまり長距離までの知覚は出来ない。これで探知範囲が狭い事にも説明が付く。

 

「……恐るべき能力ですね、ママ……」

 

「ああ、その通りだ。ナイン……」

 

 ビッグママは認めた。

 

 こんな敵とは、未だかつて戦った事がない。しかも能力を抜きにしても、執念深く慎重な攻撃を仕掛けてくる知能・指揮能力には恐るべきものがある。

 

「だが……!!」

 

 べきっ。乾いた音が鳴る。ビッグママが、手にした煙管をへし折った音だ。

 

「タネと仕掛けが分かった以上、反撃は可能になった!!」

 

 巨体が、勢い良くキャプテンシートから立ち上がる。

 

「ネズ公共……最早これまでのようには行かないよ……覚悟する事だね!!」

 


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