「うそでしょ・・・?」
藍によって運ばれてきた蓮夢を見て心がざわめき、思わず目を逸らす。この目の前の光景を信じたくなかったのかもしれない。
頭が真っ白になり、何も考えられない。恐怖で体が震え、膝が笑いうまく立てずにその場にへたりこむ。
「蓮夢・・・?」
力の入らない体をどうにか動かし這うようにして一度目を逸らした現実をぼんやりとした視界に収める。肩口の大怪我ばかりに目が行くがよく見ると蓮夢の体には無数の傷もできていた。
「なんで・・・?」
口をついて出たのは素直な疑問だった。なんで蓮夢がこんなに傷ついてるの?誰がこんなことをしたの?私があの時、止めていれば。なんで、なんで、なんで。しかし答える答える声などは無い。
ぼんやりとしたまま私は蓮夢の左手を握った。少し暖かいそれはいつも私の手を握り返してくれたが今日はピクリとも動かない。
「蓮夢!」
寝たふりをする蓮夢を起こす時みたいにゆさゆさと体を揺する。それでも反応は無い。
「蓮夢起き…「あんまり揺するな霊夢!…傷に障るだろう」
蓮夢を起こそうとしたら隣で傷の手当てをしていた藍に止められた。
「なんでよ!こうすれば蓮夢は起きるんだから!」
「落ち着け霊夢!お前がやろうとしているそれはもっと悪くするだけだ!蓮夢は助けるからお前は何もしなくていい!」
藍に蓮夢から離され、私は遠くに座らされる。蓮夢が苦しそうにしているのをただ離れて見守るしかできない。
そんな無力な自分が憎かった。
「うう…」
自分の情けなさに涙が出そうになる。しかし泣くまいと必死に堪えていたらいきなり誰かに後ろから持ち上げられた。
「なに!?」
びっくりして後ろを向くと私を持ち上げていた正体は紫だった。
「なによ、紫」
紫はさっき玄関で見た時とは違っていつもの様な胡散臭い雰囲気を醸し出していた。私と目が合うとにっこりと笑みを作って私の頭を撫でながら口を開く。
「安心しなさいな霊夢。蓮夢は絶対私たちが助けるから。だから…」
そう言って紫の手が眼前にかざされる。そうするとどうしたことか、急激に眠気が襲ってきた。
まるで気を失うかのように視界が暗くぼんやりとする。
「ゆ…かり…なにを…」
「だから今日はもうゆっくりおやすみなさい。霊夢。
ーーーいや、今代博麗の巫女よ。」
紫が何かを言っていたがそれの意味を理解する前に私は意識を落とした。
まだ小さく幼い博麗の巫女を妖怪の賢者は眠らせ自らの式の式が寝ている部屋へと運んでいった。
「じゃあ、ゆっくりおやすみなさい」
寝ている彼女へそう言って頭を撫でたあと部屋を出て行った。その時の賢者はまるで我が子を慈しむかのようだった。
部屋を出て、廊下を渡り再び自分の式がいる部屋に入ると、その式が話しかけてくる。
「紫様、傷口の止血は終わりましたがまだ危険な状態です」
「そう、ご苦労様、藍。これからも注意を怠らないで」
「わかりました。ですが、紫様、その、少し気になることが…」
「なに?言ってごらんなさい」
藍は聞くかどうか少し悩んだ素振りを見せた後、怪訝そうな顔をして主に問うた。
「先ほどのお言葉の中に蓮夢“は”助けるとおっしゃっていましたが霊歌は?もしかしてまだ見つかっていないのですか?」
藍の問いに紫は意味深な笑みを浮かべる。
「藍?なら私はさっき誰を今代博麗の巫女と呼んだのかしら?」
「誰を…?っまさか…!?」
何かに気づいたであろう藍は口ごもる。それを見た紫は少し悲しそうな顔をしてさらに続けた。
「気づいたようで何よりだわ。そう、私が蓮夢を見つけた時には全ては終わっていた。その場にあったのは傷だらけの蓮夢、力のほとんどを封印されていた宵闇妖怪。そして、事切れた彼女」
「そう、ですか…」
「ええ、霊夢には悪いけどもう四の五の言ってられない。霊夢を博麗の巫女にするわ。藍もそのつもりでいて頂戴」
悲しげに語る彼女にその式は深々と頭を下げて応じる。
「かしこまりました」
「…少し外に出てくるわ。蓮夢のこと、よろしくね」
紫は席を立ち従者と巫女の子を残して出て行った。
神社の裏手に一つの影。その人影は神社の敷地の隅にある石を積んだだけのような粗末の墓の前に静かに佇んでいた。
「ご苦労様、霊歌。あなたはよく頑張ってくれたわ。この幻想郷のために」
人影はもの言わぬ石に語る。返事は無くともただ語る。
「霊夢と蓮夢は私に任せて頂戴。二人が自立できるまでは面倒見るわ」
大事そうに石に触れても、反応なんて無い。それでもその人影は墓石に触れていた。
「思えばあなたの代は大変だったわね。ほら、あの時なんかも………」
人影は語る、土の下に眠る者との思い出を。
そうしてひとしきり喋った後に墓石に背を向け、人影は神社の中に戻って行った。
「じゃあね、霊歌。どうか安らかに眠っていて頂戴」
その日は雲ひとつ無い晴れた夜空が広がっていたと言うのに、その墓石は雫に濡れていた。
ーーーある日、博麗の巫女が死んだことが幻想郷中に知れ渡った。曰く、妖怪に襲われて死んだと。
人間たちはその事に驚き、妖怪退治の専門家をも殺した妖怪たちを畏れ、しばらく人里は動揺に包まれた。
妖怪たちはもう何度目かのその事に今代は早かったな、と感想をもらす者や次の巫女はどんな奴だろうか、と予想したりする者など特に気にした様子も無く、各々の日々を営んでいた。
一人の巫女が死に、一つの物語が終わった。
しかし、一つの終わりは一つの始まりを告げる。
巫女の子たちによる新しい物語がまた幻想郷で始まろうとしていた。